第284話 悲しき復讐者Ⅷ

――それからどれくらいの時間が経っただろうか。


 目を泣き腫らし、無気力に項垂れていると、誰かが私の前に立っている事に気づいた。


「ファレナ……」

「ディオス、様……」


 私の前に居たのは、兄さんの戦友であり親友でもある六色魔将、『緑』のディオス様だった。


「随分と荒れているな……」

「……当然です、兄さんが……兄さんが……っ」


 また目頭が熱くなり、溢れ出しそうになる。


「ザハクの事は聞いた……俺自身、信じられん……あいつほどの戦士が死ぬなんて……」

「……」

「……立てるか? お前に見せたいものがある」

「え……?」


 私はディオス様に手を引かれて立ち上がり、何処かへ連れて行かれる。





 ディオス様に連れられ、森の中を進むと、無数の線が刻まれた大きな石碑と、その隣にある小さな石を見つけた。


「これは……?」

「これはかつて俺やザハク、ゼキアの師であった人が自らが殺めた者達を弔うために作ったものだ……」

「殺した人間達を……何故そんな事を?」

「先生は、命の重さを知れと言った……その意味を俺は未だに理解は出来ていない……だが、誰かを弔いたいと言う気持ちは、今、理解出来た」


 そう言うとディオス様は短剣を抜き、石碑に一本線を刻み込んだ。


「ザハク、お前の遺体を弔らえない代わりだ……せめて、魂だけは安らかに眠ってくれ……」


 ディオス様は祈りを込めた言葉を呟き、石碑に向かって深く礼をする。


「お前の仇は、この俺が必ず討つ……! あの世で見ていてくれ……」


 ディオス様は決意を固められた後、石碑を背にして歩き出した。


「ファレナ、お前もザハクの死を受け入れ、前に進め、それがあいつへの弔いになるはずだ」


 最後に振り向きながらそう言われた後、ディオス様は城の方へと戻って行った。






「……ディオス」

「ゼキア、見ていたのか」


 木の陰から姿を現したのは、六色魔将『白』のゼキアだった。


「ザハクの死を受け入れて弔うとはな……昔のお前なら死を受け入れられずに憤っていただろうな」

「ああ、今の自分でさえ受け入れ難い事実だからな……だからこそ受け入れる為にやっただけだ」

「フッ……強くなったな……だが、ファレナは放っておいていいのか?」

「大丈夫さ、彼女は強い子だ、立ち直れると信じてるよ……」

「……そうだな」








「――兄さんの死を受け入れろ……」


 私はディオス様の言葉を口にしたのち、拳を握りしめ、地面を殴りつけた。


「そんな事、出来るわけないじゃない!!」


 私は怒りに任せて何度も何度も地面を殴り続ける。


「兄さんは私のすべてだったんだ! それを突然失って、受け入れられるはずが無い!」


 戦士を目指したのも、兄さんと出会えたから……兄さんと肩を並べ戦うあの瞬間が、私の生きがいで、そして兄さんとの日々が私の生きる意味そのものだった……。

 それなのに、どうしてこんなことになったの!?


「憎い……兄さんを殺した奴が憎い!! 」


 あの時、副官から聞いた兄さんを殺した奴……!

 一本角の虫の魔物を従えた、従魔使いのドワーフ!


「殺す……! 必ず私が……殺してやるぅ!!!」


 私は兄さんを失った悲しみをぶつけるように叫び続けた。


「ふふふふふ、良いですねぇ……良い憎しみの感情ですよぉ」


 すると、何処からか声が聞こえてきた。

 辺りを見渡していると、後ろに気配を感じ振り返るとそこには居たのは六色魔将、『青』のブロスト様だった。


「ブロスト様、どうしてここに!?」

「いやいや、なにやら騒がしかったので、様子を見に来たんですよぉ……貴女は確か……ファレナ、でしたねぇ」


「はい……それで私に何か御用でしょうか?」

「いえいえ、ただ一つ聞きたい事があるだけですよぉ」

「なんでしょうか……」


 少し警戒しながら答えると、予想外な言葉を掛けられる事になる。


「貴方のお兄さんの事ですがねぇ……殺したのはあのドワーフではないのですよぉ」

「……え!? それは一体どういう事ですか!?」

「ふふふ……奴は只の隠れ蓑……奴が従えている一本角の魔物こそが、魔蟲王……すなわち貴女の真の仇なんですよぉ」

「魔蟲王……そいつが兄さんを殺した張本人…!」

「だが、貴女程度が魔蟲王を倒そうとしても、手も足も出ないでしょうねぇ……そうなればザハクの仇も討てず、犬死にになってしまうでしょうねぇ」

「くっ……!」


 確かにブロスト様の言う通りだ……でもこのまま何もせずにいるなんて絶対に嫌だ!


「ですが、私の研究している力を使えば、魔蟲王を倒せる可能性はありますねぇ」

「っ! 本当ですか!」

「ええ、ですが何事も強大な力と言うモノにはリスクがつきもの……ひょっとしたら力を与えた瞬間、絶命してしまうかも……それでも力が欲しいですか?」


 ……正直怖い、でも兄さんの仇を、私のすべてを奪った魔蟲王を殺すためなら、命なんていらない!

 それに、どうせもう私の生きる理由なんてこの世には無いのだ……


「お願いしますブロスト様……私に力を! 魔蟲王を殺すための力をください!」

「良い覚悟でですねぇ……ただ、その前に貴女には色々と働いてもらいたいのです……私の私兵として、魔蟲王の情報を探ってもらいたいのです……」

「分かりました、それが兄さんの仇を討つために必要であるなら、どんな任務でも遂行します!」


 私は覚悟を胸に、魔蟲王討伐のために動き出した。


 その後ろで、本当に討つべき相手が愉快そうな笑みを浮かべている事など気づきもせずに……

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