第283話 悲しき復讐者Ⅶ

 ――それから年月が過ぎ、今日、私は成人を迎える。


 廃城の中庭の一角に、兄さんを含む六色魔将の方々と百数人程の魔人族男性が集まっていた。


「お前達に問おう、我ら魔人族は何だ?」


『『魔人族わたしたちは選ばれた存在、誇り高き種族です!!』』


 ギリエル様の言葉に、魔人族男性に混ざり大声で答えた。


「そうだ、そして今日この日をもって、お前達は成人を迎え、我らの主、魔人王様に仕える戦士となる! その覚悟は出来ているか!」


『『勿論です!!!』』


「よろしい、ではこれより成人の儀を執り行う」


 ギリエル様が手を下げると同時に数人の魔人達が手のひら大の肉塊が大量に入った袋を持ってきた。


「この肉には魔人王様の力が込められている、この肉を喰らうことにより、お前たちは魔人王様の加護により戦士となる! さぁその肉を喰らうのだ!」


 ギリエル様の言葉を聞き、私達は肉塊を手に取り喰らった。

 風味や血の味なども一切ない、奇妙な肉だった。


「これでお前達は戦士となった、この世界を魔人王様の物とするため、命を懸けて人間共を滅ぼすのだ!」


『『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!』』


 魔人族男達が雄叫びを上げる中、私は無言でこの瞬間を噛みしめていた。


 遂に、遂になったんだ……戦士に……!

 私は拳を強く握り締めながら、喜びに打ち震えていた。


「ではこれにて成人の儀を終了とする、《総ては我らが主、魔人王様のために》」


『『《総ては我らが主、魔人王様のために!!!》』』





「――兄さんっ!」


 成人の儀が終わってすぐ、私は兄さんに抱き着いた。


「おいおい、もう成人になったっていうのに、甘えん坊だなお前は……」

「歳なんて関係ないよ! やっと、やっと兄さんと一緒に戦えるんだから!」


 私は兄さんにもっと強く抱き着く。


「こらこら、そんなに抱き着かれると痛いって」

「それぐらい嬉しいの! だって願いが叶ったんだもの!」

「そうか……なぁファレナ」

「何、兄さん?」


 私が兄さんから離れると、兄さんはいつもの優しい笑みでは無く、戦士の顔になっていた。


「戦士となった以上、俺はお前に対し一戦士として接する事となる、戦場では俺の事は兄と呼ぶことを禁ずる、良いな?」

「……分かった、いえ、分かりました、ザハク様! このファレナ、黄の部隊の一員として全力を尽くします!」


 そう言って私は兄さんに敬礼する。


「……こんな感じで良い?」

「ああ、ばっちりだ」


 私が笑顔で尋ねると、兄さんも笑顔で返してくれて、私の頭をいつものように撫でてくれた。


「これからもよろしくな、ファレナ」

「……っ、はい!」


 こうして、私は正式に戦士となり、兄さんの率いる部隊に配属された。


 それからは、様々な任務を一戦士として潜り抜けて行った。

 ある時は人間の拠点の殲滅、またある時は任務の障害となる魔物の討伐、更には人間の国への潜入及び情報収集など。


 任務をこなしていく中で、私はどんどん実力を磨き、部隊の仲間達とも絆を深めていった。


 そして、あっという間に数百年もの時が流れたある日の夜、私は兄さんと一緒に月を見ていた。


「いつ見ても月は美しいな」

「そうですね……」


 兄さんが呟くように言った言葉に、私は相槌を打つ。

 本当に、月は綺麗だと思う。でも……。


(月を眺める兄さんの方が……ずっと、素敵)


 兄さんの横顔を見ながら思う。

 安らいだ顔で月を見る兄さんを見ている方が、私は好きだ。


「……どうした? 俺の顔を見て……」

「何でもありませんよ?」


 いけない、つい見惚れてしまった。

 誤魔化すために微笑むと、兄さんも優しく笑ってくれた。


「そうか……ファレナ、一つ良いか」

「? 何ですか、兄さん?」

「もしも、もしもだな……俺が戦場で死んでしまうとするだろう」

「え……」


 いきなり何を言っているのか分からなかった。

 兄さんが死ぬ? どうして、そんな事を急に言い出すの?


「……兄さん、それはどういう意味ですか?」

「そのままの意味だ、俺がいなくなったときの話をしている」

「いなくなるって……嫌です! そんなの絶対に嫌です!!」


 兄さんがいなくなってしまう。

 そう考えただけで目の前が真っ暗になり、絶望感に包まれ、私は兄さんにしがみ付いていた。


「ファレナ、俺だって死ぬつもりなんて無い、だが絶対なんて言葉は存在しない……ひょっとしたら次の任務で死ぬ可能性だってある」

「っ、そ、そんなの駄目! 兄さんは死んじゃダメ!」

「落ち着け、大丈夫だから」


 兄さんは私を抱きしめてあやしてくれる。

 そのお陰で少しだけ落ち着きを取り戻すことが出来た。


「もしもの話だと言っているだろう? その時の心構えをしておいてほしいんだ」

「心、構え……」

「ああ……」


 兄さんは私の頭を優しく撫でた。


「俺だって、ファレナと共に生きていきたいと思っているんだ、共に戦い、笑い合い、時には喧嘩したりして……いつまでも一緒に」

「……はい」


 私は涙目になって兄さんを見つめながら、力強く返事をする。


「ファレナには、何時も笑顔でいて欲しいんだよ」

「……兄さん……」


 兄さんの言葉に、私は胸が熱くなった。


「兄さん、ザハク兄さん……」

「ファレナ……」


 私は兄さんに抱き着いて何度も名前を呼ぶと、兄さんは何時までも頭を撫でてくれた。





 それから少しして、私は任務中にミスを犯し、右腕を大きく負傷してしまった。


「戦場では油断するな、そう教えただろう!」

「すみません、ザハク様……」


 私は珍しく兄さんに本気で叱られ、落ち込む。


「はぁっ……だがまぁ、その程度で済んで幸いだったのかもな、しばらくはお前を任務から外す、傷を癒すことに専念しろ」

「はい……」


 そう言われ、私は暫く集落で待機する事となった。



 それからすぐに、兄さんと部隊が慌ただしく準備をしているのを見かけ、気になった私は兄さんの元へと向かう。


「兄さん、何かあったんですか?」

「ファレナか、実はギリエル様の命でレイド大雪原に居る六大魔王の一体、魔獣王の討伐に向かう事となった」

「魔獣王……!? 魔人王様復活を為すための最重要目標の一体ではないですか!?」

「そうだ、準備完了次第すぐに出発する」

「わかりました! すぐに準備します!」


 私が集落に装備を取り行こうとするが、兄さんが呼び止めた。

「待て、今回お前は待機だ」

「どうしてですか!? 私はもう平気……」


 私が反論した瞬間、兄さんに傷を負った右腕を強く掴まれた。


「痛っ……!」

「この状態で何が平気だ! そのざまでは戦場で命を落とすぞ!」

「っ……」


 兄さんの言う通りだ。今の私は足手まといにしかならない……。

 私は唇を噛み締めながら俯く事しか出来なかった。


「ファレナ、お前は傷を治す事だけに専念しろ……今はそれがお前の任務だ」

「……はい、分かりました」

「何、次の任務では必ずお前を連れて行く、だからお前は、俺が帰って来た時に、笑顔で迎えてくれ」

「……! はいっ!」


 兄さんの言葉に私は笑顔で答える。

 そして数時間後、兄さんの部隊はレイド大雪原に向けて出発し、私は兄さんの姿が見えなくなるまで、ずっと見送り続けた。






 ――一月後、傷が完全に完治した私は、勘を取り戻すための特訓をしていると、廃城に黄の部隊が戻って来てるのを確認した。


「兄さんが帰って来たんだ……!」


 私は手で顔の筋肉を解し、笑顔を浮かべて兄さんの元へ向かった。




 ――しかし、私の顔から笑みは消え、部隊の惨状を見て絶句する。


「あ、ああ……」


 そこには半数程度の数となり、重傷を負った部隊員達の姿があった。


「なに……これ……」


 全員が意気消沈している中で、皆に指示を出している人の姿がある。

 黄の部隊の副官だ。


「副官!」

「! ファレナか……」

「これは一体どういうことなんですか……? ザハク様は……兄さんは何処にいるんですか!?」

「……ザハク様は……」


 副官の表情が暗くなる。

 私はその表情で兄さんがどうなったのか、察してしまった。


「まさ、か……」

「――戦死、された」


 副官の言葉を聞いた私の頭は真っ白となり膝から地面に崩れ落ちる。


「……兄さん」


 私の瞳から一筋の涙が流れ、徐々に視界が歪んでいく。


「兄さん、にいさん……に、いさん……うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!!」


 私は涙が枯れるまで泣き叫んだ。

 兄さんの死を受け入れられずに、ただひたすらに。

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