第282話 悲しき復讐者Ⅵ

「馬鹿な! 幾らファレナがここまで勝ち上がれる実力があっても……六色魔将であるお前に勝てるわけが無い!」

「ビャハハハッ! 安心しろや、ちゃあんとハンデは付けてやるからよぉ!」


 そう言ってビャハ様は三又槍を地面に突き刺し、自身の周囲に2メートル程度の円を描いた。


「俺を一歩でもこの円の外へ出せたらお前の勝ちだ……良いハンデだろ? ビャハハハハハハッ」

「……分かりました」

「よせファレナ! たとえその条件でもビャハには……!」

「大丈夫、兄さん……必ず勝って、私は戦士になる!」


 私は心配する兄さんに笑顔で答え、ビャハ様に向き合う。


「ビャハハハハハハ! 良いねぇ、そう来なくちゃなぁ」

「……っ! ギリエル様!」


 兄さんは膝を付きギリエル様に懇願する。


「どうかビャハをお止めください! このままではファレナはビャハに八つ裂きにされてしまう……! どうか、お願いします!」

「……」


 ギリエル様は暫く黙った後、静かに口を開いた。


「……ビャハよ」

「はい?」

「死なない程度に抑えよ」

「ビャハハハハハ、了解しました」

「ギリエル様!?」

「ファレナも戦士として、覚悟を決めているのだ……ならばそれを見届ける事こそお前の義務ではないのか?」

「ぎ、ギリエル様……」


 ギリエル様の言葉に兄さんは項垂れ、その後ギリエル様が立ち上がった。


「では特例選定最終戦……始めぇっ!」

「ふっ!」


 開始の合図と共に私は駆け出し、円内へ入ると同時にビャハ様目掛けて飛び蹴りを放つ。

 ビャハ様はそれを軽くかわし、私は地面に着地してそのまま足払いを仕掛ける。


「ビャハハハハハ、甘めぇっ!」


 しかしビャハ様は私の足を掴んで引っ張り、私は体勢を崩してしまう。


「はっ!」


 私は咄嵯に逆の脚でビャハ様の顔目掛けて蹴りを入れる。


「っ!?」


 しかしその蹴りは空を切り、私が顔を向けるとそこには既にビャハ様の姿は無かった。


「こっちだよぉ!」

「ぐぅっ!?」


 真後ろから胴に蹴りを受け、私は円の外へ吹き飛ばされる。

 なんとか受け身を取り地面への激突は免れた私はビャハ様から距離を取り、両手に火球を出現させる!


「《二重火球》!」

「ビャハハ! そんなもん効くかよぉ!」


 ビャハ様はいともたやすく二重火球を弾いた。


「くっ……《二重雷球》!」

「ぬりぃ攻撃してんじゃねぇよ! もっと楽しませろヤァ!」


 その後も連続で火球と雷球を繰り出すが、いともたやすく弾かれていく。


「はぁ……はぁっ……」


 私は肩で息をしながらも距離を保ち続けていた。


「……どうしたよぉ? もう終わりかぁ!?」

「……」

「せっかくハンデをくれてやったのに、やる事はちまちまと撃って来るだけ……ふざけてんじゃねぇぞォッ!」

「っ!?」


 ビャハ様は私目掛けて三又槍を投擲してきた!

 何とかギリギリで避け、槍はそのまま地面に突き刺さった。


 何故自ら武器を捨てるようなことを……でも今なら!

 私は丸腰となったビャハ様の元へ突っ込み、腰に携帯していた短剣を抜き放つ。


「……ビャハハハハハ」


 私が接近する中、ビャハ様棒立ちしたまま笑っている。

 警戒しながら短剣を突き立てようとしたその時――


「ファレナ、後ろだぁ!!」

「えっ!?」


 兄さんの叫びを聞き、後ろを見た私の眼に映ったのは、私目掛けて飛んでくる、三又槍だった。


「きゃあああっ!?」


 三又槍は私の右腕に切り傷を付け、そのままビャハ様の手元へと戻った。

 そしてその瞬間、ビャハ様は大笑いする。


「ビャハハハハ! 馬鹿が! 俺が激情に駆られて武器を捨てたとでも思ったのかぁ!?」

「う、腕が……くっ!」


 私の右腕からは血が流れ落ち、痛みに耐えながらも私は左腕で短剣を構え、後ろへと下がって行く。


「逃がすと思ってんのかぁ……? ビャハハハハハハ!!」


 ビャハ様は再び三又槍を投擲! 私は避ける事が出来ず、右肩へ深々と刃が食い込む!


「あああああああっっ!!」

「ファレナ!! ビャハ、貴様! ギリエル様から殺さない程度にしろと言われたはずだろう!」

「安心しろよザハク、俺も殺そうだなんて思ってねぇよ……せいぜい手足の2本位に留めてやるからよぉ……ビャハハハハハハハハハ!!」

「貴様ァァァァァ!!」

「ザハク!」


 兄さんが物見台から飛び出そうとするのを、ギリエル様が制止した。


「普段のビャハからすれば恩情と取れる処遇だ、これが受け入れられぬのであれば、あの娘は死ぬことになるぞ」

「……!」


 ギリエル様の言葉に兄さんは拳を強く握り締め、歯ぎしりをしながら俯いている。


「ビャハハ……うるせぇ奴も黙ったし、続きを再開するかねぇ……あん?」


 ビャハ様が右手をかざすが、何も起こらない。

 それもそのはず、何故なら私が左手で三又槍の柄を掴み、槍が肩から引き抜けるのを阻止しているからだ。


「……ビャハハハハハ、まだ諦めて無かったってわけかぁ? それともただの悪足掻きかぁ?」

「…………」


 私は答えず、槍を掴んだままゆっくりと立ち上がる。


「ビャハハ、いい加減離しな。このままじゃテメェの腕ごと引き抜いちまうぜぇ?」


 私は無言を貫く。


「じゃあお望み通りその腕を引き千切ってやるよぉ!」


 引き戻す力が一気に強くなったその瞬間、私は脚を地面から離した。

 そして槍ごとビャハ様の元へと一気に飛んでいく!


「ビャハァッ!?」

「敵の力を利用したか!」

「恐らくこれがファレナの最後の一撃となるはず……!」

「ファレナ……!」

「《雷球》!」


 引き寄せられながら私は、右手を前に突き出し血だらけの手から雷球を放った!


「チィィーッ!!」


 ビャハ様は顔の前で両腕を交差させ、雷球を受けた!

 雷球は爆ぜるが、ビャハ様の視界を一瞬遮る。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 私は槍が引き戻される勢いを利用した渾身の飛び蹴りを、無防備な胴に叩き込んだ!


「ご、ふぅっ……!?」


 ビャハ様は口から血を吐きながら、後ろに数歩後退する。

 だけど、倒れるまでには至らない。


「……この、クソアマがぁぁぁぁぁっ!!」


 ビャハ様の渾身の右拳が、私の顔面を捉え殴り飛ばした!

 私の体は地面に叩き付けられ、そのまま倒れ込んだ。


「ファレナァァァァァァァァァッッ!!」


 頭がガンガンと痛む中、兄さんの悲鳴が聞こえてくる。


「まさかここまで貰っちまうとはな……正直舐めてたぜ……」


 ビャハ様が手をかざし私の身体から三又槍が抜け、ビャハ様の手元に戻る。

 そしてゆっくりと私の元へと歩いてくる。


「だがここまでだ……二本程度で済ませてやろうと思ったが、俺に血を吐かせた褒美だ……四肢全部斬り飛ばしてやるぜェェッ!」


 ビャハ様は三又槍を振り上げ、私に突き立て――


「ビャハ!」


 ――ようとした時、ギリエル様が制止した。


「ああ?」

「そこまでだ」


 ギリエル様がビャハ様の下を指差す。


「……あ」


 ビャハ様の右足が、円の外へと出ていたのだ。


「この勝負、お前の負けだ」

「……ちぃーっ、熱くなりすぎちまったぜ……」


 そう言ってビャハ様は槍を下ろし、踵を返して戻って行く。


「勝者、ファレナ!」


 ギリエル様の宣言と同時に、兄さんとが物見台から飛び降りて駆け寄ってくる。


「ファレナッ!!」

「に……兄さん……」


 兄さんが傷ついた私を抱きかかえてくれた。


「良かった……本当に、無事で……!」

「私……勝ちました……これで、兄さんと共に……戦え……」

「ああ、とにかく、今はお前の傷の手当てをしよう!」


 兄さんが私を抱きかかえたまま、走る中、私は安堵して意識を失った。








「――油断したな、ビャハ」


 選定戦から数時間後、ギリエルとビャハは二人きりで話し合っていた。


「ビャハハ、いやなに、魔人族女をいたぶれるなんて事は滅多に出来ることじゃねぇからよぉ……遊びすぎちまったよ……」

「……ふっ、お前が楽しめたのなら、私はそれで良いのだがな」

「けどよぉ兄ちゃん、本当に良かったのか? 魔人族女を戦士にしてよぉ」

「何か問題があるか?」

「これを機に他の女共が戦士になりたいとか言い始めたら、魔人族の生産ラインに支障が出るんじゃねぇか?」

「案ずるな、魔人族女は後宮にて子を産む事が最大の役目にして名誉である……そう考えるように造った事を忘れたか?」

「ああ……そういやぁ、そうなるようにしてたっけな」

「あのファレナとか言う娘はその過程で出来たいわば欠陥品……そんな出来損ない一匹如きが何かしたところで、何も変わらんよ」

「ビャハハハハハッ!! 兄ちゃんは相変わらず良い性格してるぜ!」

「……そう、私達はこれからも変わらず任務遂行のために働くだけだ……総ては魔人王様のために……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る