第280話 悲しき復讐者Ⅳ

――一か月後。


「えいやぁっ!」

「ファレナ、踏み込みが甘いぞ! もっと鋭く!」

「はい!」


 私は木剣を手に持ち、兄さんに言われた通りにするがあっさり避けられてしまう。


「遅い! 隙だらけだぞ、そんな攻撃では俺から一本とる事など出来んぞ!」

「うぅ~っ、まだまだぁ!」


 私は何度も兄さんの体に木剣を当てる事を目標に、攻撃を仕掛け続けた。


「はあっ!」

「ふんっ!」

「ぎゃっ!?」


 だが結局一度も当てられず、弾き飛ばされ地面に倒れ込んでしまう。


「どうした、もう終わりか?」

「ま、まだです! もう一回!」


 私は立ち上がり、再び構えを取った。

 その姿を見た兄さんは二ヤッと口元を緩ませる。


「その意気だ、よし、来いっ!」

「行きます!」


 私は地面を蹴り上げ、兄さんへと向かって行った。






「よし、今日の鍛錬はここまでだ」

「はい……」


 日が落ち始めて来た頃、ようやく私達の稽古は終了した。

 兄さんから渡された水を飲みながら、その場に座り込む。


「大丈夫か?」

「はい……何とか……」

「ははは、最初に比べたら大分動きが良くなったぞ?」

「ありがとうございます! ……でも、全然当たらないんですよね……」

「焦る必要はないさ、それにお前には才能がある、きっと強くなれると俺は信じているぞ」

「本当ですか!?」

「ああ、だからこれからも頑張るんだぞ?」


 兄さんはニカッと笑いながら私の頭を撫でてくれた。


「……はい!」


 私は笑顔で返事をした後、兄さんに集落へと送ってもらった。


「それじゃあファレナ、また明日な」

「はい!」


 私はザハク兄さんの姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。





「――ザハク」

「ディオスか、どうした?」


 ザハクが廃城へ戻る途中、木の陰からディオスが姿を現した。


「最近、お前が訓練が終わるとすぐに何処かへ行くから妙だと思ってな、様子を見させてもらっていたんだ」

「おいおい、盗み見とは趣味が悪いぞ?」

「悪いな、だがどうしても気になってしまってな……あの子は確か、以前訓練場に忍び込んでいた娘か?」

「ああ、ファレナって言ってな、俺の妹だ」

「妹?」

「ああ、あの子が俺を兄さんと呼びたいと言ってな……だから俺もあの子を妹にすることにしたんだ」

「……随分と気に入ったようだな」

「そうか? 俺はただ普通に接しているだけだよ」

「……お前の普通は、まだ幼い魔人族女性を木剣で叩きのめす事なのか?」

「戦士を目指すのであれば普通の事だろう? あれに耐えられないのであれば、戦士になる資格は無いからな」

「お前なりのやさしさと言うわけか……だがなザハク、本当にあの子が大事なのであれば、突き放すべきだ」

「……」

「魔人族女は後宮で子を産み育てる事こそが使命であり、それ以外の生き方は許されない事はお前だって分かっているだろう?」

「……ああ、分かってるよ」


 ディオスはザハクの肩に手を置く。


「あの子はまだ子供だ、今のうちに現実を教えてやるべきだ、それが例え残酷であっても……」

「…………」

「ザハク?」

「確かに魔人族女が戦士なる事は不可能だろう……今のままならな」

「何?」

「俺が武勲を立て昇格し六色魔将となり、ファレナを部下として迎えるんだ! そうすればファレナは戦士になれる!」

「ザハク、お前本気で言っているのか!?」

「勿論だ! ファレナの夢を叶えてあげる事こそが、今の俺の夢だ!」

「馬鹿を言うんじゃない! お前がいくら頑張ったところで、その夢が叶う可能性は無に等しいんだぞ!」

「それでも構わない! 俺は……妹のためならばどんなことでもする!」

「……お前は昔からそういう所があったな、誰かのために一生懸命になり過ぎてしまうところがある」


 ディオスは深いため息を吐き、空を見上げる。


「だけど、それがお前の良い所なんだよな……分かった、俺はもう何も言わん、好きにするといい」

「すまねえな」

「だがこれだけは言わせてくれ……無理はするなよ」

「分かってるって!」


 ザハクとディオスは笑い合いながら、廃城へと戻って行った。





 それから月日は流れ、私は腕を磨き、着実に実力を付けて行った。


「せいっ! はぁぁっ!」

「ふんっ!」


 私の一撃を難なく受け止めた兄さんは、そのまま押し返してきた。

 私は地面に足を付け踏ん張り、何とか堪える事に成功した。


「中々良い攻撃だ」

「ありがとうございます!」

「よし、次はこっちから行くぞ!」


 兄さんは構えを取り、私に木剣を振り下ろす。


「くぅ!?」


 何とか防御するが、あまりの力強さに後ろに吹き飛ばされてしまった。


「大丈夫か?」

「はい、問題ありません……」

「よし、では続きだ!」

「はい!」


 兄さんとの訓練は毎日欠かさず行い、時にはザハク兄さんの友達であるディオス様も稽古をつけてくださった。

 私は順調に成長していった――


「はあ、はあ……」


 私は全身汗まみれの状態で地面に倒れ込み、荒い呼吸を繰り返す。


「どうした、もう限界か?」

「まだまだです!」


 私は立ち上がり、兄さんへと斬りかかる!


「はぁぁぁっ!」

「甘い!」


 私の一撃はいともたやすく弾かれ、私も後方に吹き飛ばされる。


 また駄目なの……? せめて、後一撃……一撃を入れられる力が……力があれば……!


 吹き飛ばされる中、私は兄さんに向けて右手をかざした、そのときだった。

 突如手の平が熱くなったその時、私の手に火球が現れ、兄さん目掛けて撃ち出された!


「え!?」

「何ッ!?」


 突然の事に私と兄さんが驚く中、兄さんは咄嗟に両手を交差させ、火球を受け止めた! すると、爆発が起き、兄さんは後方へ吹き飛んだ!


「ぐおぉ!?」

「兄さん!?」


 慌てて駆け寄ると、兄さんは体に軽い火傷を負いながらも、ゆっくりと起き上がった。


「ぐ、む……」

「ああ……兄さん! ごめんなさい、ごめんなさい!」

「……ファレナ、落ち着け」

「でも私、兄さんに怪我をさせてしまって!」

「気にするな、この程度の傷は一晩で治る」


 涙を流す私の目元を、兄さんは人差し指で軽く拭ってくれた。


「兄さん……」

「しかし凄いな今のは……魔法か? どうやってやったんだ?」

「分からない……ただ、一撃を入れられる力を望んだら、急に掌から火球が……」

「うーむ……しかしファレナ、これでお前に新しい可能性が出来たな」

「え……?」

「その魔法の力をモノにできれば、必ず優秀な戦士になれるだろう、しかしそうなると戦い方や鍛錬の仕方を変えた方が良さそうだな……まぁ、なにはともあれ、ようやく俺から一本取れたな、おめでとうファレナ!」


 そう言って兄さんは初めて私を妹と言ってくれたあの時と同じ様に、私の頭を優しく撫でてくれた。



 それから私は魔法の特訓と、体術の訓練を主体として兄さんに稽古をつけてもらい、火球の他に雷球の魔法も扱えるようになった。



 ――そして数年が経過し、私があと五年で成人を迎える年齢になった時の事だった。

 私はいつものように、兄さんが待つ稽古の場所へ向かうと、珍しく兄さんが先に来て、地面に座っていた。


「兄さん、先に来ていられるなんて珍しい……」


 私が兄さんに話しかけようとするが、兄さんの雰囲気がいつもと違う事に気づき、思わず言葉を飲み込んだ。


「兄さん……?」


 私は兄さんに話しかけるが、兄さんは黙ったまま地面を見続けていた。


「兄さん、一体どうしたんですか!?」

「っ! ……ああ、ファレナか……すまん、気付かなかった……」


 私に気付き笑顔を見せてくれるが、明らかに無理をしている……。私は兄さんに近づき、そっと手を握った。


「何かあったんですね……?」

「それは……」

「もしも差支えが無いのであれば、私に話してくれませんか……? 兄さんの苦しみを、少しでも軽くしてあげたいんです」

「ファレナ……まったく、妹に慰められるとはなぁ……」


 兄さんは感慨深そうに言いながらも、私に話していくれた。


 自分やディオス様、ゼキア様の先生が、魔人族を出奔しようとしたのだと言う。

 その際に六色魔将の黄と緑の将がその先生と戦い、戦死。


 その先生も青の将に処刑されてしまったのだと言う。


「そんな事が……」

「ああ……だが先生の遺体は見つかっていないらしい……だから俺は信じてるんだ……先生が生きているかもしれないと……」


 兄さんは悲しげに笑いながら言うと、立ち上がって空を見上げた。


「だが、そんな希望は無意味なのかもな……」

「そんな事はありません!」


 私は大声で叫び、兄さんの手を強く握った。


「きっとその先生は生きておられます! 例え可能性は無に等しくとも、必ず再会できるはずです!」

「ファレナ……」

「ですから、いつもの兄さんに戻ってください……」


 私が兄さんの手を握る力を強くすると、兄さんも握り返してくれた。


「はは、そうだな! 辛気臭い姿は俺らしくないよな! ごめんなファレナ!」


 そう言って兄さんはいつもの笑顔を見せてくれた。


「さて、それじゃあ稽古を始めるか!」

「はい!」








 ――それから一年が過ぎ、兄さんは六色魔将、黄の将になり、ディオス様、ゼキア様も緑の将と白の将になられた。



「兄さん、六色魔将への昇格、おめでとうございます!」

「ありがとうなファレナ……どうだ、似合うか?」


 兄さんは六色魔将の証、黄色の鎧姿を私に見せてくれた。


「とてもよくお似合いです!」

「ふっ、お世辞でも嬉しいな」

「け、けっしてお世辞などでは……!」

「分かってるよ……この数年で、お前は真面目になって、表情も少し硬くなったな……」


 そう言いながらいつものように兄さんは私の頭を撫でてくれた。


「だが、やっぱりお前に一番合うのは笑顔だよ、これからも俺の前では笑顔でいてくれよ」

「に、兄さん……そんな恥ずかしい事、堂々と言わないで下さい……」

「悪い悪い! わははははははははははっ!」


 ひとしきり笑った後、兄さんは真面目な表情になり、話を始めた。


「ファレナ、お前と出会い、妹にしてからもう6年は経つな……」

「そうですね……兄さんが話しかけてくれた時の事がもう懐かしく感じます……」

「ああ……そしてお前は十分な実力を手にした……戦士になったとしても、魔人族の男相手に後れをとる事は無いだろう……」

「兄さん……」

「だが、魔人族の女が戦士になる事なぞ、普通はあり得ない事だ……」

「それは……」


 兄さんに言われずとも分かる、幼い頃の私がどれだけ無謀な事を言ったのかは……


「だが、そのあり得ない事を実現するために、俺はここまで上り詰めた」

「え……」

「俺はこれから、六色魔将筆頭、『黒』のギリエル様にお前を戦士にする特例を願いに行くつもりだ」

「そんな……!? いくら兄様でも危険すぎます! 最悪の場合は兄さんが……!」

「ああ、だが俺は行く……お前の……俺の夢を叶えるために……」


 兄さんは決意を込めた目をしながら、私の肩に手を置いた。


「ファレナ……たとえどんな結果になろうとも、俺がお前を守ってやる……だから安心しろ」


 そう言って兄さんは私を優しく抱きしめた。


「必ずお前を戦士にしてやるからな……!」

「……はい、信じています、兄さん」

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