第279話 悲しき復讐者Ⅲ
――子供の頃、物心ついた時からあの集落に居た私は、生きる事に消極的だった。
変わらぬ日常、そして一番年長の女性達が口々に言い聞かせる言葉に私は嫌気が差していた。
『私達魔人族の女はね、成人になったら皆あの大きな城でずっと平和に暮らすのよ』
そう言った女性達は皆、決められた人生を歩むことに疑問も持たず満足しているように見えた。
だが、当時の幼い私はずっと疑問に思っていた。
どうして私の未来が決められているの? なぜ他の人はおかしいと思わないの? ……私の方がおかしいの?
周りの皆と違うことに悩み、苦しんだ私は、考えるのを止めた。
そうすればもう苦しむことは無くなるし、そのほうが楽だから。
そうして何も考えず、変わらない日々を過ごしていたある日、集落に魔人族の男達がやって来た。
「あ! ディオス様達だー!」
「ゼキアさま、遊んで遊んで―!」
「ザハクしゃま、たかいたかいしてー!」
男達に群がり我先にと話しかける子供達。
「おいおい皆、そんなに集まったら身動きが取れないだろう?」
「慌てなくとも、皆平等に遊ぼう」
「よーし! それじゃあ俺にたかいたかいしてもらいたい子は俺の前に並んでくれー!」
「はーい!」
「あ、ずるーい! わたしもわたしも!」
子供達が嬉々とした表情を浮かべ、次々と男達の所へ並ぶ。
私はその様子を、遠くから眺めていると、一通りの子供と遊び終えた男の一人が、私の元へ歩いて来た。
「よう、君は何をしてるんだい? お嬢ちゃん」
男は笑顔で話しかけてくる。
「……べつに、なんでもないです……」
私がそう答えると、男は一瞬キョトンとした顔を見せた後、急に笑い出した。
「ハハッ! そっかぁ~何でもないか!」
「……?」
何故笑っているのか分からずにいる私を他所に、男はさらに続ける。
「でもな、君はまだ子供なんだからもっと精一杯楽しむべきだ!」
「精一杯楽しむ……ですか……?」
「ああそうだとも ほら、一緒に遊ぼうぜ!」
「えっ……きゃあっ!?」
男が突然私を抱えた。
「ほら、たかいたかーいっ!」
男は私を抱え上げ、その場でくるりと回った。
「わ、ちょ……ちょっと……」
あまりの出来事に困惑する私だったが、普段では見られない高さからの景色を見て、次第に楽しくなって行く。
「……ふふ、あはは!」
「おっ、ようやく笑ってくれたなぁ! よし、次は鬼ごっこだ!」
「え……えぇ!? 待って……キャアァッ!」
それから私は、生まれて初めて全力で走り回り、笑い続けた。
こんな楽しい時間は、今まで無かった。
「ザハク、そろそろ時間だ、戻らなければ」
「む、もうそんな時間か……仕方ないな……」
「あ、ザハク様達帰るの!? また明日ねー!!」
「おう! また明日遊ぼうな!!」
ザハクと呼ばれた男は他の子達に大きく手を振る。
「そういえばまだ名前を聴いてなかったな……俺はザハク、君の名は?」
「ファレナ、です」
「ファレナか! 良い名だな!」
「あ、ありがとうございます……」
「それじゃあファレナ、今日は楽しかったぞ!」
「は、はい!」
そう言うと、ザハク様達は集落から出て帰って行った。
それから、私は私は定期的に遊びに来るザハク様に会える日を楽しみに過ごすようになった。
そんな日々が続く中、私はザハク様達が普段何をしているか気になり、こっそりと集落を抜け出し、城の近くへとやって来た。
するとそこでは魔人族の男性達が木製の武器で稽古を行っていた。
その中には、ザハク様達も居た。
「うおおおおおおおおおっっ!」
「ふんっ!」
ザハク様が木斧を豪快に振り下ろし、それをゼキア様が木の大剣で受け流していた。
その後も二人の激しい攻防が続く。
普段私達に見せる優しい姿とは違い、今ザハク様の表情は荒々しく、それでいて楽しそうだ。
その姿に私は只々見入っていた。
そして……
「これで終わりだ……はあっ!」
「ぐぅ……っ!」
ゼキア様が木の大剣をザハク様の喉元に突き付け、勝負が決まった。
「くそぉ……今回は俺の負けだな……だが次は勝つからな!」
「ふっ、望むところだ」
ザハク様は悔しそうにそう言うが、その顔は清清しい表情をしていた。
「ゼキア、少し休憩したら次は俺と模擬戦を頼む」
ザハク様、ゼキア様、ディオス様の三人が和気あいあいとする光景を隠れていると背後から、突如声を掛けられる。
「おまえ、そこで何をしている!」
「ひっ!」
知らない魔人族男に見つかり、更に声に反応した男性達が私の方へ一斉に視線を向けた。
「どうした、何かあったのか?」
「ディオス様、実は、この娘が物陰に隠れておりまして……」
「何?」
私は怖くてその場から動けず、ただ震えていた。
「ん!? ファレナちゃんじゃないか!」
私に気付いたザハク様が、駆け寄り、しゃがんで私と目線を合わせた。
「集落を抜け出してきたのか!? 危ないじゃないか!」
「ご、ごめんなさい……わたし……!」
怒られた事で思わず涙を浮かべてしまう私に、ザハク様は優しく微笑んだ。
「……いいんだよ、だけど危ない事はもう止めるんだよ?」
「はい、もうしません!」
「この子は俺が送り届ける、皆はそのまま訓練を続けてくれ」
『『はい!』』
私はザハク様に手を引かれ、集落への道を歩き始めた。
「しかし驚いた、どうして城の近くに来たんだい?」
「ザハク様たちが、ふだんなにをしているのか、気になって……」
「俺達が? そうだったのか……」
「……あの、ザハク様」
「ん? どうしたんだ?」
「あの……わたし、わたしに……」
私は言いよどむが、意を決して言葉を発した。
「私に訓練をさせてください!」
「何……!?」
私の発言にザハク様は目を丸くして驚いていた。
「ファレナちゃん!? 一体何を言って……」
「わ、私……ザハク様達の戦いを見て、心が躍ったんです……決められた未来以外の選択肢があるかもしれないと思ったんです!」
「ファレナちゃん……」
「お願いします! 私、戦士になりたいんです!」
私は頭を下げ、必死にザハク様に頼み込む。
「……魔族女が戦士になった前例は無い、そして次代の子を産み育てる存在である君を他の者達と共に訓練を行わせることは出来ない」
「っ……!」
やっぱり駄目、なんだ……未来は、変えられ……
「ただし、俺が個人的に稽古を付けるなら問題は無いだろう」
「え……?」
私が上を向くと、ザハク様はとても優しい笑みを浮かべていた。
「俺の稽古は厳しいぞ、それでもやるか?」
「……! はい!」
「よし、それじゃあ明日からビシバシ鍛えてやるからな!」
そう言ってザハク様は私の頭に手を置き、優しく撫でてくれた。
「……あの、ザハク様、もう一ついいですか?」
「ん? 何だい?」
「もし許してくれるのであれば……ザハク様の事を、『兄さん』と呼んでも構いませんか……?」
私の言葉にザハク様は目をぱちくりとさせていた。
「ご、ごめんなさい! やっぱり駄目ですよね……」
「いや、全然良いぞ! それじゃあ俺も今日からちゃん付けは止めよう! これからはお前は俺の妹だ、よろしくなファレナ」
「……っ! はい! よろしくお願いします、兄さん!」
こうして、ザハク兄さんとの特訓の日々が始まった。
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