第263話 明日に進む者達Ⅲ

――アメリア城、とある一室。


「……」


 勇者の一人、ユウヤ・オオトリは自室で一人虚ろな表情を浮かべていると、扉がノックされる。


「……誰だい?」

「私よ悠矢、入るわよ」


 扉を開けて入って来たのは勇者アヤカ・タチバナ。

 その後ろにミズキ・ワタナベとカイト・モリヤマの姿もあった。


「綾香……一体何の用だ?」

「あんたの様子を見に来たのよ……あれ以来ほとんど外に出ずに部屋に引きこもって……まだオリーブ姫の事を引きずってるの?」

「あ、綾香ちゃん……!!」

「いくらなんでも直球すぎじゃねぇか!?」


 アヤカの発言にミズキとカイトが慌てるが、当の本人であるユウヤは全く気にしていない様子だった。


「いいんだ瑞樹、海斗……事実、俺は未だに引きずっているからな……」

「……」

「この世界に来て、オリーブを一目見た時から、俺は彼女に心奪われたんだ……だから、彼女の婚約者になれた時は本当に嬉しかった、幸せだと思えた……だけど今考えて見えば、俺は彼女の気持ちを微塵も考えていなかった……表面しか見ていなかったんだ」


 ユウヤは自分の手を見て握りしめた。


「オリーブの気持ちを考えず、理解しようともせず彼女の好きな物も否定した……そして俺の理想を押し付けた……最低だよ……嫌われて当然だよな」

「……」

「だから簡単にブロストの術中にはまって、あんな醜態を晒してしまった……こんな俺なんて勇者の資格すらない……いや、元々勇者なんてモノは存在しなかったんだっけな……」


 ユウヤは虚ろな表情で笑みを浮かべ、天井を見上げた。


「もう、疲れたんだよ……だからもう放っておいてくれ……」


 そう言ってユウヤがアヤカ達の方を向くと、目の前にアヤカの右手があった。

 次の瞬間。


「《電撃》」

「あばばばばばばばばばばばばばっ!?」


 アヤカはユウヤに電撃を喰らわせた!


「あ、綾香ちゃんっ!?」

「何やってんだよおい!?」

「出力を抑えているから大丈夫、せいぜい痺れる程度よ」

「そ、そういう問題じゃないと思うけど……」


 呆れ顔でミズキは呟き、カイトとミズキは慌てて駆け寄る。


「……身体が、ビリビリする……」

「まったく、少しは元気が出たかしら?」

「綾香……」

「悠矢はね、基本馬鹿なのよ……人の話を聞きゃしないし、周りが見えなくなるくらい熱中して暴走する自分勝手な男……でもね」


 そう言いながらアヤカはユウヤの頭を撫でた。


「そんなあんたが、私は好きよ」

「え……」

「他人のために戦える優しさがあって、困った人を放っておけない正義感がある……それは誰だって出来る事じゃないわ」

「ゆ、悠矢君が優しい事は私達が知っているよ! 私達は悠矢君の友達だもん!」

「そうだぜ、お前は最高の勇者だ、胸を張って堂々としてろよ」

「みんな……」

「そうよ、それにラグナ国王とウィズちゃんのお父さんから聞いた話では、まだブロストのような奴らが世界を支配しようとしているらしいわ……そいつらを倒すためにバノンさん達が戦うそうよ……私達も協力しましょう、私達が本当は勇者じゃなくたって良いじゃない、これからなればいいのよ、本当の勇者に!」


 アヤカの言葉を聞いたユウヤは目に涙を溜めながら微笑む。


「綾香……ありがとう……本当にお前達は最高の仲間だ!」


 ユウヤは立ち上がり、拳を突き出した。


「俺は戦う! この世界を救う勇者になるんだ!! 」

「ようやくいつものユウヤに戻ったわね」

「うん、やっぱり悠矢君はこうでないと」

「ああ、これでこそユウヤだぜ!」


 ユウヤ、アヤカ、ミズキ、カイトの4人は拳を合わせ、笑い合った。






 ――時は進み夕刻、城下町、中央広場。


「ごめんねディオスさん、買い物に付き合わさせちゃってー」

「良いさ、今日は特に用事は無かったからな」


 ウィズとディオスが夕飯の買い出しを終え、帰路に着いていた。


「今日の夕食はシチューだから楽しみにしててねー♪」

「それは楽しみだ……」

「……? ディオスさん、暗い顔しているけど……何処か調子悪いのー?」

「ん? いや、そう言うわけではないから安心してくれ……」

「本当ー?」

「ああ……」


 ディオスは一瞬考え、そして口を開いた。


「……ウィズ、私は君に言わなければならない事が――」

「あーっ!? 見てディオスさん、焼きプラチナコーンが売ってるよー! ちょっと買ってくるから、荷物持って待っててねー!」

「あっ!? ちょ、ウィズ……行ってしまった……」



 ディオスが広場のベンチに座って待っていると、ウィズがプラチナコーンを二つ持って戻って来た。


「はい、ディオスさんの分だよー」

「ありがとう」


 ヴィズとディオスはプラチナコーンを食べた。

「うん、美味しいねー♪」

「そうだな……」

「ところでディオスさん、さっきの言わなければならない事って何ー?」


 ウィズの言葉に、ディオスはプラチナコーンを食べるのを止め、真剣な表情になる。


「ウィズ……私は君に謝らなければならない」

「……急にどうしたのー?」

「君に命を助けられながら、私はずっと素性を隠し続けていた……私の正体は魔人族六色魔将の一色、『緑』のディオス……このアメリア王国を襲ったあのブロストと、同じ軍に所属していたんだ……」

「……」

「ウィズ……すまない、今まで黙っていて……本当に申し訳ない」

「ふぅー……」


 ウィズはため息を吐き、笑顔で答えた。


「知ってたよー」

「え……」

「お父さんと知り合いって時点で何かあるんじゃないかなーって思ってたんだけど……実はお父さんとディオスさんの会話をちょっと聞いちゃったんだー」

「そうか……」


 ディオスは夕焼け空を見上げた。


「私はこれまで、魔人王様のために戦い多くの人間を殺めた……それが忠義だと、自らの存在意義だと信じていたからだ……だが、心の中では小さな疑問をもっていたんだ……これが本当に正しいのかどうかと……」

「……」

「そして私はブロストの策略によってあの大草原に飛ばされ、ウィズ、君に出会えた」


 ディオスは隣に居るウィズの顔を見つめる。


「君と出会い、この国で体験した事はとても楽しく素晴らしいモノだった……私にとって、かけがえのない時間となった……だがそれと同時に君に対する罪悪感が生まれた……君を騙している事に胸が痛んだんだ……」

「ディオスさん……」

「更にブロストによってこの国は大きな災厄に見舞われ、あろうことか君の大事な義姉を……オリーブ姫が死にかけてしまった……本当にすまない……」

「……ディオスさんは何も悪くないよー」

「いいや私も同罪だ! 私がもっと早くブロストの企みに気付き、奴の野望を阻止していれば、この国の悲劇は起きなかったかもしれないんだ……こんな……こんな多くの人間の犠牲の上に成り立っている汚れた身体では、この場所に居る資格すらないんだ……だから私は……次の戦いを最後に、君の前から消えるよ……」

「汚れてなんてないよ」

「え……」


 ウィズがディオスの両手を優しく包み込んだ。


「ディオスさんの身体は汚れていないよ……だってあの時、ブロストの攻撃から私を守ってくれたじゃない」

「ウィズ……」

「それに、わたしだって半分はディオスさん達と同じ血が入ってるんだよー」


 ウィズは額に生えた小さな角を指差した。


「だからそんなに一人で抱え込むのは止めて、これからはこの国の人達と一緒に幸せになろうよ」

「……ありがとうウィズ……君は優しいな……」

「ふふ、やっと笑顔になってくれたねー♪ ……それとディオスさん、お姉ちゃんが死にそうな時に、『ウィズの大事な人のためにこの命を捧げても良い』って言葉……私、少しドキッとしたよ?」

「そ、そうか……しかしあれだな、改めて聞くと少し恥ずかしい言葉だな……」

「ディオスさん、こっち向いて」

「ん?」


 俯いて恥ずかしそうに頬を掻いていたディオスが、ウィズの言葉で顔を上げたその時。




 ――ウィズがディオスの口にキスをした。


「…………!?」


 突然の事にディオスは固まる。


「……えへへへ……初めてのキスはプラチナコーンの味がしたよー」

「え、は、え……」

「それじゃあ私、先に帰って夕食の支度をするからー!」


 そう言ってウィズは荷物を持って走って行った。


「……」


 走り去るウィズの後姿を見ながら、ディオスは頬を赤らめ、自らの唇を触った。


 ――その瞬間、ディオスの背後からとてつもない殺気が発せられた。


「――っ!?」


 殺気を感じ背後を振り向こうとしたディオスの右肩を何者かが掴む。


「……私は悲しいよ、ディオス……」

「そ、その……声は……先生……?」


 ディオスは全身から冷や汗をかきながら、ゆっくりと背後を見た。

 背後に居たのはバロムで、無表情だった。


「何時から……見ていらっしゃったんですか?」

「そうだねぇ……ウィズがプラチナコーンを買いに行ったあたりかな?」

「ほとんど最初からですね……」

「まぁそういう事だね……ところでディオス、私の質問に答えてくれないか? 何故ウィズとあんな事をしていたんだい?」


 バロムの口調こそ穏やかだが、その眼が一切笑っていない事をディオスはすぐに見抜いた。


「い、いえ……特に深い理由、は……」

「ほう……特に深い理由も無く、軽い気持ちでウィズのファーストキスを奪ったと?」

「そいつは聞き捨てならないねぇ……」

「え、エマ殿……っ!?」


 いつの間にか現れたウィズの祖母にして冒険者ギルドのギルドマスター、エマに左肩を叩かれたディオスは小さな悲鳴を上げる。


「あれだけ釘刺したのに、アタシの可愛い孫に手を出すなんて良い度胸してるじゃないか……ちょっとツラ貸してもらおうかい?」

「ちょ、ちょっと待って下さい! エマ殿落ち着いてください! 先生も!!」

「何を言っているんだいディオス? 私はずっと冷静だよ……ねぇ母上?」

「そうさねぇ、あたしたちは只冷静にあんたと話したいだけさね……ねぇバロム?」

「そうですねぇ母上、さぁディオス……ウィズが夕食を作り終えるまでゆっくりと話し合おうじゃないか……」

「あ、あの……本当に落ち着――」







「――……? 今、ディオスさんの声が聞こえたような……?」







 ――三時間後、バロムと共に家に戻って来たディオスの表情は生気が抜けきっていた。

 何かあったのかとウィズに聞かれたディオスは、震えながら『魔王よりも恐ろしい存在を見た』と語ったという。











「第108回次回予告の道ー!」

「と言うわけで今回も始まったこのコーナー!」

「カーッ……ペッ!」

「いきなり次回予告で土吐くんじゃないよミミズさん……」

「吐きたくもなるわ、勇者達はまだしも小娘とあんまり知らない奴はマジでラブコメしとったではないか……しかも口付けまでしよってからに……甘すぎて土も吐きたくなるわ」

「まぁまぁ……前二話は私達の話だったんだし良いんじゃないの? それに次回からは本格的に魔人族達との戦いが始まるらしいからね!」

「何! それは確かに土吐いとる場合じゃないのう!」

「その通り! パワーアップしたしもべ達も活躍するから、楽しみにしててよ! それでは次回『マモン森林を突破せよ』!」

「「それでは、次回をお楽しみに!!」」


 ・注意、このコーナーは作者の思い付きで書いているので、次回タイトルが変更される可能性があるのでご注意下さい。

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