第253話 憤怒の黒炎Ⅱ

「《斬撃》ィィィッ!!」


 私は角を振り、アバドン目掛けて黒炎の斬撃を撃ち出す!


「こんな単調な攻撃など……当たりませんよぉ!」


 空を蹴って移動するアバドンは斬撃を悠々と躱す。


「《斬撃》《斬撃》《斬撃》《斬撃》《斬撃》《斬撃》、《斬撃》ィィィッ!!」


 私は連続で斬撃を撃ち放つ! 

 無数の黒炎斬撃がアバドンへ向かう!


「これしきの事ォッ!!」


 アバドンの胸の魔封石が光り輝き、腹部にクマゼミの腹弁を作りだす。

 そして腹部を振動させて音を発生させ、内部で反響、拡大させた大音量の鳴き声を周囲に響かせ、その衝撃で総ての黒炎斬撃を消滅させる!


「グ……アアアアアアアアアアッッ!!」


 私は衝撃波で吹き飛ばされるが、すぐに態勢を整えアバドンへと突進する!


「馬鹿の一つ覚えですねぇ!」


 再び魔封石が光り輝き、アバドンの右第二腕をカマキリの鎌脚、左第一、第二腕をサソリモドキ、ハサミムシの尾部に変形させる!


 サソリモドキの尾部をこちらに向け、酸を噴射!

 だが酸液は私の黒炎に触れると同時に一瞬で蒸発する。


 間髪入れずにカマキリの鎌脚で私に斬りかかる!


「アアアアアアアッ!」


 私の角で鎌脚を弾き、そのまま関節を狙って焼き切った!

 そしてそのまま全ての腕を失い隙だらけとなった右側からアバドンを攻撃!


「ふふふ……」


 だがしかし、アバドンが不敵な笑みを浮かべたその時、黒炎の燻る右第一腕の一部が千切れ、そこからイチジクコバチの尾が生えて来た!


「ッ!」


 私の顔面目掛けて伸びるイチジクコバチの尾をギリギリで避け、アバドンから距離を取る。

 その姿を視たアバドンが愉快そうに高笑いを上げる。


「ふふふふふふ! 驚いていますねぇ! 確かに貴様の黒炎は私の再生能力を阻害する厄介な能力……だが蟲人である私にとって自分の腕など自由自在に切り離せるんですよぉ!」

「ジセツ……」


 自切とは、節足動物やトカゲなどに見られる、敵に襲われた際に自分の身体の一部、主に脚や尻尾を切り離し囮とすることで逃走確立を上げる手段だ。

 甲殻類である昆虫にもこのような能力を持つ種がいくつか存在しており、バッタもその能力を有している。


「無論一度切り離してしまえば再生は出来ない……普通ならばね」


 そう言うとアバドンは黒炎で燃えている右及び左第二腕を自切し、新たな腕を生やした。


「魔封石の力を手に入れた私はいくらでも腕を再生させることが出来る! 貴様の黒炎を恐れること無く攻撃できるんですよぉ!」

「……」


 私は苛立ちながら、自分の身体の状況を確認する。

 黒炎は蝕むように私の身体を徐々に焼いている……そして体の内から溢れる怒りの感情……このままいけば確実に私は燃え死んでしまうだろう……だが、私はこの力を使い続ける。

 私の愛する人を……オリーブを死にやったこいつを殺すために!


「アアアアアアアアアアアアッッ!!」


 私はアバドンに突進する!


「ふふふ……行きますよぉ!」


 アバドンは腕を変形させ、私に突っ込んでくる!


「《斬撃》ィ!」


 アバドン目掛けて斬撃を放つ!

 だがその斬撃は右第二椀によって防がれた。


 私はアバドンの腕を見ると、その腕は黒色の平べったい蓋のような形になっていた。


「タートルアントの頭部、そしてイチジクコバチの尾!」


 アバドンがイチジクコバチの尾に変形させた右第一腕を振る!

 空中を蹴り進み私に接近するアバドンの動きを見切って尾を切断、炎のを燃え移らせるが、即座に自切、再生されてしまう。


「お次はこれです!」


 そう言ってアバドンは左第一腕は黄色で褐色の斑紋がある昆虫の腹部に変形している。

 その腕をこちらに向けた。


「喰らえェ!」


 アバドンが叫ぶと同時にボンッ! と言う爆発音が鳴り、同時にガスが噴射される!

 その噴射されたガスを受けた私は後方に吹き飛んだ!


「グゥゥゥゥ!? ミイデラ……ゴミムシ……!」




 ミイデラゴミムシはコウチュウ目、オサムシ上科、ホソクビゴミムシ科の昆虫であり、外敵からの攻撃を受けると、腹部に溜めている過酸化水素とヒドロキノンと言う二つの物質の化学反応によって生成した、100℃以上の気体を爆発的にかつ自由な方向へ噴射する能力を持ち、これを受けると痛みや炎症を伴い皮膚炎を引き起こす。


 敵に対して悪臭のあるガスなどを吹きつけることと、ガスの噴出のときに鳴る音とが屁に似ている事から、ヘッピリムシと呼ばれている。




 ガスを受けた身体を確認する。

 ダメージを負ってはいたが、黒炎を纏っている事によって多少軽減されているようだ。


「《斬撃》《斬撃》《斬撃》《斬撃》《斬撃》《斬撃》、《操炎》ッッ!」


 無数の黒炎斬撃を放ち更に分裂、数十もの斬撃がアバドンに襲い掛かる!

 アバドンは再びクマゼミの腹弁を鳴らし、爆音の鳴き声を発生させ、衝撃で黒炎斬撃を消していくが、後続の斬撃は衝撃波の影響を受けずにアバドンへ迫る!


「ふんっ!」


 アバドンは全身からジュエルキャタピラーのゼリー状の分泌液を大量に作りだし、全身を覆った。

 黒炎斬撃は分泌液に当たり燃え広がるが、内部のアバドンは無傷、真上から分泌液から飛び出した。


 奴は自由に手足を再生でき、対して私の身体は徐々に焼けていく……このままではジリ貧だ、一気に倒す!


 私は再び無数の黒炎斬撃を放ち更に分裂、数十もの斬撃でアバドンを攻撃する!


「何度やっても無駄なんですよぉ」


 そう言って先程と同じ様に腹弁を鳴らし斬撃を消滅、そして残った斬撃を分泌液で受け、飛び出す。


「イマダァァッ! 《超突進》ンンンッッ!!」


 私の身体を黒炎が強さを増し、超スピードでアバドンへと突進する!


「オオオオオオオオオオッッッ!!!」

「面白いっ、真正面から打ち破り貴方の心を完全にへし折ってあげましょうッッ!!」


 アバドンは私の方へ身体を向け両足を畳み、ガチッと言う音と同時に高速で私に接近する!

 そして体を一回転させドロップキックの態勢を取り、クロカタゾウムシの甲殻を纏わせて脚を畳んだ!


「オオオオオオオオッッッ!!」

「砕け散れェェェェェッッ!!」


 ガチッの音が鳴りアバドンの両足が開放、それと同時に私の角と激突したッッ!

 その衝撃は、遥か下にいるミミズさん達の元まで届いていた。


 黒炎がアバドンの脚に燃え移る。

 しかし、それと同じタイミングで私の角にヒビが入った。


「ッッ……!?」


 ヒビはどんどん広がり、遂に私の角が砕け散った!

 そしてその勢いのまま、私の角を砕いたアバドンの脚が私の前胸部に直撃した!


「ガアアアアアアアアアアアッッ!!?」


 私は吹き飛ばされ、壁に激突、そのままミミズさん達の元へと落下した。


「や、ヤタイズナァァァ!!」

「殿ォォォォッ!?」

(ごしゅじんー!?)

(なんて事っすか……!)


 ミミズさんが叫び、ガタク達が私の元に駆け寄る。


「サ、サワルナ……オマエタチニモエウツッテシマウ……」

「し、しかし……」

(僕に任せてください、《癒しの鈴音》)


 ベルが癒しの鈴音で私の身体を治癒しようとする。


(……!? 傷が癒えない……!? まさか、この黒炎のせい……!)


 そうか……私の身体を焼くこの黒炎は自身に対する回復すら阻害してしまうのか……


「ふふふふ……自らの力で滅ぶとは、愚かで哀れですねぇ……」


 そう言って愉快そうに笑いながら、アバドンが降りてくる。


「グッ……ア、アバドン……!」

「殿、起きてはいけないで御座る……」

「おやおやぁ? 魔蟲王ヤタイズナ達はオリーブ・アメリアの元で何をしているんですかぁ?」


 アバドンがミミズさん達の居る方に複眼を向けた。


「まさかと思いますが……オリーブ・アメリアを蘇らせようとしているんですか? ……ふふふ、あはははははははははは! 無駄な事を、魔蟲の宝珠を使用した者は死ねば灰になる事が運命……蘇らせるなど不可能!」


 アバドンが愉快そうにミミズさん達を嘲笑う。


「アバドン……オマエノアイテハ、ワタシダ……」


 私は力を振り絞り、アバドンの前に立ちはだかる。


「ふん……角を失った貴方に勝ち目があると思っているんですかぁ?」

「タトエツノガ、ナクテモ……ワタシハタタカウ! オマエニシガミツキ、イッショニモエツキテヤルッ!」


 私は翅を広げ、アバドンに突進する!


「馬鹿が……ならば貴様の最期に相応しい昆虫で仕留めてやろう!」


 そう言うとアバドンは左第一椀と第二腕をくっつけ、変形させる。

 それは、槍のように太い角を持つ甲虫、そう――



「――ヘラクレスオオカブトの頭部!」


 ソレを見た私の脳裏に、あの時の……ギリエルとの戦いの光景が蘇る。

 何も出来ず、ただ一方的に、圧倒的な敗北。


 そして、そんな私を庇って死んだレギオン達の姿を。


 ソレを思い出した私の身体は一瞬硬直してしまい、その隙を狙いアバドンのヘラクレスオオカブトの角が私の腹部を貫いた。


「ガ、ハァ……」

「さらばだ、愚かな虫ケラァッ!」


 そう言ってアバドンは私を城の外へと投げ飛ばし、まるで奈落に落ちるかのように、私は玉座の間から落下して行った――

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