第251話 虫愛づる虫姫Ⅲ

「え……?」


 オリーブの言葉に硬直するウィズ。

 その喉元に大顎が突き立てられようとしたその時、オリーブの首筋に一本の針が突き刺さった!


「ぃあっ……!?」


 針が刺さったオリーブが痛みで動きを止めた隙を突き、ディオスがオリーブに跳び蹴りを喰らわせ吹き飛ばした!


「アアアアアアアッ!?」

「お姉ちゃん!?」

「ウィズ、彼女に近づくな!」


 オリーブに近寄ろうとするウィズを、ディオスが抑える。


「離してディオスさん! お姉ちゃん、お姉ちゃん!!」

「まだ分からないのか! 彼女は君を殺そうとしたんだぞ!」


 オリーブは立ち上がり、首筋の針を抜いてへし曲げた。


「貴方は……確かディオスさんね? どうして私とウィズの邪魔をするの? あと少しで大好きなウィズを殺せたのに……」

「今の言葉を聞いただろう? アレはもう君の知るオリーブ・アメリアでは無いのだ!」

「そんな事無いよっ!!」


 ディオスの言葉を、ウィズが大声で否定した。


「さっき私の頬を撫でてくれた時のお姉ちゃんは、いつもの優しいお姉ちゃんだった……見た目が変わっても、心は変わってないんだよ!」

「よく言ったぞウィズ! オリーブ、ブロストの小賢しい策なぞに操られるな! 自分を取り戻せ!」

「ウィ、ズ……姉様……っああ!?」


 ウィズとガーベラの言葉に反応したオリーブが、右第一腕で頭を押さえた。


「……ああ、ウィズ……それに姉様……二人の想い、胸に届いたわ……だから私が二人を殺してあげる!」


 オリーブが翅を広げ、ウィズに飛び掛かる!


「オリーブ!」


 私は咄嗟に飛び出し、オリーブに突進した!


「あはぁっ♪」


 私の姿を見たオリーブが笑みを浮かべ、空中で軌道を変更し私の前胸部に取り付いた。


「嬉しい! ヤタイズナさんから私の元に来てくれるなんてぇ♪ また私の愛を受けとってェェッ!」


 昆虫腹部を動かし毒針を出すオリーブ。


「オラァァァ!!」


 私は前胸部を円を描くように動かし、オリーブを振り回す!


「きゃあああああああ!?」

「あそこに……ラァァッ!」


 私は誰も居ない場所にオリーブをぶん投げた!

 投げ飛ばされたオリーブは空中で一回転して態勢を戻し、空中に留まる。


「もう……あと少しでヤタイズナさんを殺せたのに……」

「オリーブ!」


 オリーブと私が声のする方角を見る。

 あれは……ラグナ国王。


 ウィズとディオスの背後から国王ラグナが姿を現した。

 国王の姿を見たオリーブの表情が曇る。


「お父様……」

「オリーブ……何と言う姿に……結局私はお前を守れなかったのか……私は……」

「お父様の言葉なんて聞きたくない、私の好きなモノも理解してくれずに、勝手に私の結婚相手を選んで……殺したくも無いわ!」


 オリーブはラグナを無視してこちらに向かって飛んでくる!


「待ってくれ、オリーブ!」

「ラグナ、オリーブちゃんには君の言葉は届かない……ここはヤタイズナに任せるんだ」

「愛するヤタイズナさんを殺して、その後ウィズも姉様もお母様も……大好きな皆を殺しつくしてあげるのォォォォォォ!!」

「オリーブ、こんなことはもう止めてください! 正気に戻ってください!」


 オリーブが昆虫腹部を私に向け、毒液を噴射する!

 私は上昇し毒液を回避、オリーブも私を追いかけ上昇する。


「私は何もおかしくなっていませんよ? 愛しい貴方を殺すだけ、それの何がおかしいの?」

「いや! 貴女は気づいているはずだ、自分が正気じゃないと!」


 オリーブが私に近づき捕らえようとする。

 私はそれを避け、一定の距離を保ちながら会話を続ける。


「さっきウィズとガーベラの言葉を聞いた時、頭を押さえ苦しんだ……あれは貴方の本心が表に出るのを抑えられて苦しんでいたんだ!」

「頭を押さえていた? ……そんな事していませんよ?」

「オリーブ、私の知る貴女は虫を愛する優しい心の持ち主だった……そんな貴女だから私も惹かれた」

「嬉しい……私もその想いに応えてあなたの命を……」

「けど、今の貴女には何の魅力も感じない」

「っ!?」


 私の言葉にオリーブは身体を震わせた。


「私の知るオリーブはこんな事をする人では無かった……ハッキリと言わせてもらいます、私は今の貴女は嫌いだ」

「……ど、どうして……どうしてそんな事を言うの? 私は……私はこんなに貴方を愛しているのにィィィィィッッッ!!?」


 オリーブは半狂乱に陥りながら高速に動き、私の背後を取った!

 スピードが上がった……!?


「ァァァァァァァァァァッッ!!」


 オリーブが私の背中目掛けて蹴りを喰らわせた!


「ぐはぁぁっ!?」


 急に衝撃を受けた私は態勢を立て直すことが出来ず回転しながら落ちて行き、破壊され穴が空いた壁際に仰向けになる形で落下した。

 そのままオリーブが高速で私の元に接近、両第一腕で私の前脚を、第二腕で中脚、脚で後脚を抑え身動きを取れなくした!


「ヤタイズナさん……ヤタイズナさぁぁぁぁん!!」


 オリーブが大顎を開き私の首元に噛み付いた!


「ぐぁあああああああっ!?」


 大顎はまるで万力の如く徐々に締まって行く。


「殿ぉっ!」

「……手を出すなぁ!」

「し、しかし……」


 私を助けようとするガタク達を制止する。

 昆虫は腹部の気門で呼吸するから息は出来る、だがこのままでは、首を両断されてしまう……!


「殺すの……殺すのォォ……ヤタイズナさんを殺して私の愛を、愛ヲォォォォ……」

「ふふふふ……」


 その光景を、アバドンは楽しそうに、そして食い入るように見ていた。


「オリー、ブ……止めてください……」

「ヤタイズナさん……ヤタイズナさん……」

「……っ!」


 大顎がどんどん締まって行く中、私は心からの叫びを放った。


「目を覚ますんだ、オリーブ・アメリア!!」


 その瞬間、首を絞めていた大顎の力が緩み、オリーブが顔を上げていく。


「が……あ、ああ……や……」


 オリーブが苦しそうに呻きながら、口を動かす。


「ヤタイズナ、さん……私……」

「オリー、ブ……正気に戻ったんですか!?」

「私を……殺して……」

「なっ……!? なにを言っているんですか!?」


 オリーブの言葉に私が驚愕する中、オリーブは苦しみながら話し続ける。


「わ、私……ヤタイズナさんを傷付けて、ウィズまでも手にかけようと……私は、取り返しのつかない事をしようと……お願いですヤタイズナ、さん……私が私を抑えられている内に、殺して、ください……」

「オリーブ……」


 苦しむオリーブの姿を見て、私は意を決して口を開いた。


「オリーブ、私は貴女を殺す事なんて出来ません……だって貴女は、私にとって一番大事な女性だから」

「……っ!」

「あの広場での貴女の告白に対する答えを、今ここでします……オリーブ、私は貴女を愛しています! 人や虫なんて関係無い、一人の異性として!」

「……あ、あああ……」

「だから殺してなんて言わないでください! その力を抑えて、元の優しい貴女に戻ってください!」

「……ヤタイズナ、さん……」


 オリーブは感極まり、両第一腕で自分の顔を覆った後、私に笑顔を見せた。


「嬉しい……わ、私……幸せです……その言葉を聞けただけでもう……――」



「じゃあ死ね」


 その言葉と同時にアバドンの脚がオリーブの胸部を貫いた。

 赤黒い血が私の身体に掛かる。


「調整は完璧だったはずだが……やはり人間とは分からない部分が多いですねぇ……期待したと言うのに、このような茶番を演じるとは……がっかりですよぉ……私を楽しませられない玩具なんて必要ないんですよぉ!」


 アバドンは右脚を振り、オリーブを投げ捨てた。


「……オリーブ」

「いやああああああああああああああああああああ!!!」


 ウィズが悲鳴を上げ、投げ捨てられたオリーブの元に向かう。


「お姉ちゃん! しっかりして、お姉ちゃん!」


 ウィズがオリーブの身体を揺さぶるが、動かない。


「お願いだよぉ……返事をしてよぉ……」


 ウィズは大粒の涙を流し、オリーブに縋(すがり)り付く。


「貴様ァァァァァァァァ!!」


 ガーベラが激昂し、アバドンへ斬りかかろうとするが、バロムがそれを止める。


「落ち着くんだ! 一人で掛かっても勝てる相手では無い!」

「落ち着けるものか! オリーブが、オリーブが殺されたんだぞ!」

「分かっている……! だからこそ、今は落ち着くんだ」



 横たわるオリーブの姿を見て私の中で様々な感情が渦巻く。


 とてつもない悲しみが。


 途方も無い喪失感が。


 そして――――――湧き上がるどす黒い憤怒が。



 《条件を達成しました。 エクストラスキル:炎の心が憤怒の心に進化しました。 条件を達成しました。 エクストラスキル:炎の角及び派生スキルが統合され、憤怒の炎角へと進化しました。》




「――《憤怒の炎角》」


 その言葉と共に、私の全身がどす黒い炎で覆われた。













「次回、『憤怒の黒炎』、お楽しみに。」

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