第250話 虫愛づる虫姫Ⅱ

再び城の外へと飛び出した私は、周囲を見渡しオリーブの姿を探す。


 落下もしくは飛んで空中に留まっているはず……何処だ……!?


「あはははははははぁぁっ!!」

「上っ!? しまっ……」


 真上からの奇襲でオリーブが私の背中に抱き着き、無理矢理前翅を閉じられた私はオリーブと共に地面に向かって落下する!


「うおおおおおおおおおおっ!?」

「ああ……♪ ヤタイズナさんに抱き着いちゃってる……♪ でもまだ足りないの……私の愛を受け止めてェェェェェッッ!!!」


 オリーブの昆虫腹部を動かし、私の腹部に毒針を突き刺した!


「ぐうぅぅ!?」


 激痛と共に私の身体に毒液が注入される!


「はぁぁぁ……♪ 私の愛がヤタイズナさんに注がれているのを感じるゥ……もっと、もっと私の愛を受け取ってェェェェェェッ!」


 オリーブが針を引き抜き、再び私に刺そうとする!


「っ……《炎の角・鎧》!」

「ああぁぁぁぁぁぁっ!?」


 炎の角・鎧で全身を包む私、抱き着いていたオリーブは炎が身体に燃え移り、悲鳴を上げて私から離れると同時に、私は翅を広げ空中に留まる。


 オリーブは落下しながら身体を高速回転させて火を掻き消し、翅を動かして態勢を整え、上空に居る私を恍惚の表情で私を見る。


「ひどいですよヤタイズナさん……ちょっと火傷しちゃったじゃないですかぁ……でもこの熱さがヤタイズナさんの愛の証だと思うと嬉しくなっちゃう……ああ、もっとヤタイズナさんに私の愛を受けて欲しい、早くヤタイズナさんを殺してあげたい……♪」

「……」


 私は嬉しそうに身悶えするオリーブの全身を確認する。

 あの身体の特徴……間違いなくスズメバチだ……それもオオスズメバチ!






 オオスズメバチはハチ目スズメバチ科スズメバチ亜科スズメバチ属昆虫の一種で、スズメバチの中でも世界最大種として知られている。


 大きな触覚と鋭い顎、黒い胸部に黄色と黒のストライプ模様の腹部が特徴で、そのサイズは50mmにもなる。


 黒い甲殻に覆われた身体は多少の攻撃ではビクともせず、顎の力は人の皮膚さえ噛み千切るほど強力だ。

 更に飛行速度は時速40キロに達し、外敵を認識すると集団で襲い掛かって来る。


 そして、スズメバチ最大の武器は勿論、腹部の毒針だ。

 スズメハチの針は注射針のような1本の管ではなく、鋸(ノコギリ)状の細かい刃が密生した2枚の尖針が管状の刺針の外側を覆うという構造になっているのだ。


 この二枚の尖針を筋肉によって交互に上下運動する事により、針は皮膚を切って奥深くまで毒針を差し込め、毒液を注入出来るのだ。


 ミツバチなども同じ構造の針を持っており、同じ方法で毒を注入するのだが、ミツバチの針には返しが付いており、一度刺すと抜くことが出来ず無理に抜こうとすれば逆に千切れてしまうのだ。

 抜けても内臓は動いているため毒液を注入し続けるが、ミツバチは死んでしまう……この事から、『蜂の一刺し』と言う言葉もあるのだ。


 それに対してスズメバチの針には返しが存在しない、即ち何度でも針を刺し毒液を注入する事が出来るのだ。

 更に毒液は別名「毒のカクテル」と呼ばれるほど複数の毒の混合物であり、全ての陸海空の有毒生物トップクラスの強力な猛毒で、それだけに飽き足らず毒そのものを噴射する事も可能だ。


 この毒に刺された場所は痛みや腫れ、痒みに痺れなどの症状を引き起こし、さらに悪化するとアナフィラキシーショックを引き起こす。


 二回刺されればアナフィラキシーショックを起こすと思われているが、体質や毒の注入量よっては一発でアナフィラキシーショックを引き起こす事もあるのだ。


 食性は肉食で生きた昆虫を捕まえるのだが、これは幼虫が食べるための餌であり、成虫は幼虫が分泌する液を餌としている。

 秋になると新女王蜂の幼虫と他の幼虫達の食糧調達のため、ミツバチや他種のスズメバチを襲撃、数万単位のミツバチの巣をわずか十数匹程度で全滅させてしまうと言うのだから末恐ろしい。


 圧倒的な力と頑強な甲殻、そして猛毒。

 まさに世界最強の蜂と呼ぶに相応しいだろう。







 ……そして私がこの世界に転生したのも、スズメバチに刺されアナフィラキシーショックを引き起こしたからだ。

 何時かは出会うだろうと思っていたが……まさかこんな形でとはな……


 私を愛してくれる女性が前世の私の死の原因の存在に変態させられるとは……運命とは皮肉なモノとはよく言ったものだ。


 《条件を達成しました、スキル:毒耐性レベル3を獲得しました。》


 頭に声が響き、新たなスキルを獲得した。

 一発喰らっただけで耐性レベル3とは……やはり毒の強力さは元の世界と同じ……いやそれ以上か。


 身体に多少の痛みはあるが、飛ぶのに支障は無い……だが次毒針を喰らえば、恐らく耐性をもってしてもアウトだろう……


「あははははははははっ!」


 オリーブが笑いながら私に突進して来る!

 私は炎の角・鎧を維持して、オリーブの次の行動を警戒する。


 どう来る? 毒の噴射、もしくは速度を活かして攪乱しての奇襲か? それとも……

 様々な可能性を考える中、オリーブの取った行動は、単純かつ私がもっとも想定していなかったものだった。


「ヤタイズナさぁぁぁぁぁんっ!!」

「なっ!?」



 ――ただ、真っ直ぐに突っ込み、私の身体に抱き着いたのだ。



「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!?」

「オリーブ、なんてことを!!」


 炎の鎧を纏ったままの私に抱き着く……それは焼身自殺と変わらない愚策中の愚策!

 それを彼女は何の躊躇いも無く行ったのだ!


 身体が炎に包まれ燃えていると言うのに、オリーブは笑顔で笑っている。


「あはははははははぁぁっ! ヤタイズナさん……この炎は全て貴方の愛、だから私はその愛を受け止めるのぉ! そして私もヤタイズナさんに愛を……死を与えてあげるのォォォォ!!」

「オリー、ブ……!」








「――ふふふふ、あははははははははっ!! 良いですねぇ、いい感じに狂ってますねぇ!!」


 崩れた玉座の上でヤタイズナ達の状況を水晶で観戦していたアバドンが腹を抱えて愉快そうに笑っていた。


「いやぁ愉快愉快! 少しだけ頭を弄っただけでこんな行動をとるとは……やはり人間は最高の実験材料ですねぇ!」

「ヤタイズナ、小娘……おのれぇ!」

「止めろミミズさん! 悔しいが、俺達が出て行ったところで何も出来ねぇよ……」

「ぬぅぅぅぅ……」

「オリーブ姫をあのような姿に変えただけでなく、殿と無理矢理戦わせその様を楽しむなど……この卑怯者がァッ! 《風の大顎》!」


 ガタクがアバドンへと突進する!


「まったく、私が楽しんでいると言うのに無粋ですねぇ……」

「ジィィィィィッ!」


 アバドンが右第一腕の指を鳴らすと、オ・ケラが前に出て、ガタクの攻撃を防ぎそのままガタクを弾き飛ばした!


「ぬぅ!」

「今私は観戦で忙しいんですよぉ、貴方のような雑魚に構っている暇など無いのです……さて、では続きを見るとしますかねぇ……」


 アバドンが水晶に映し出された映像を再び観戦しようとしたその時だった。

 水晶に、黒い粘液が付いた小箱が張り付いた。


「……んん?」


 アバドンが首を傾げると、小箱に付いていた導火線が内部に入った瞬間、爆発が起きた!


「おお!?」

「何じゃあ!?」


 黒煙が舞う中、水晶が割れて地面に落下した。


「……」


 アバドンがつまらなそうに頬杖をついていると、右から無数の針がアバドン目掛けて飛んでくる!


「フン」


 アバドンが指を鳴らすと、今度はレインボーが翅を広げてアバドンの前に移動し、針を全て弾いた。


「チェイヤァァァァァ!!」

「ギチィ!?」


 空中から人影が飛来し、レインボー目掛けて踵落としを喰らわせた!


「ギチィィィィィィィィッ!?」


 踵落としを喰らったレインボーが地面に叩きつけられる。


「おお、ディオス殿!」


 そう、先程の小箱と針はディオスのよるモノだったのだ。


「これはこれは、随分と遅いご到着ですねぇ……あまりにも遅いから死んだのかと思ってましたよぉ」

「ブロスト……覚悟!」


 ディオスが短剣を抜き、アバドン目掛けて真っ直ぐに突っ込む!


「馬鹿ですか貴方は?」


 三度アバドンが指を鳴らすと、今度はウィドーがアバトンの前に出て、ディオス目掛けて糸を射出する!


「チィィッ!!」


 ディオスは立ち止まり、短剣で糸を切り裂いて行く。


「貴方等及びではないんですよぉ」

「……舐めるなよ、先生! ガーベラ!」

「「おお!!」」


 ディオスの背後からガーベラとバロムが現れ、ディオスの肩を踏み台に一気に跳躍し、アバドンへ奇襲する!


「ブロストぉっ!」

「覚悟!」


 ガーベラとバロムがほぼ同時に剣を振るうが、アバドンはクロカタゾウムシの甲殻を纏わせた両第一腕で剣を受け止めた!


「何っ!?」

「っ……!」

「今の私にその程度の攻撃が効くと思っているんですかぁ!?」


 アバドンは一瞬で剣ごとバロム達を後方へとぶん投げた!


「くそぉぉぉっ!」

「くっ……!」


 投げ飛ばされたバロム達が受け身を取る中、勇猛果敢に突進する人影が!


「うおおおおおおおお!!」

「ウィズ!? 勝手に飛び出すんじゃない!」

「戻るんだぁ!」

「よくもお姉ちゃんをォォォォォォォッ!」


 バロム達の制止に聞く耳持たず、ウィズは大剣を振りかぶり、アバドンに渾身の一撃を喰らわせる!


「無駄だと言ってるんですよねぇ!」


 アバドンは右脚にクロカタゾウムシを纏わせてウィズの振るう大剣を蹴り上げた!


「うあああっ!?」

「いい加減うっとおしくなってきたんですよねぇ……吹き飛びなさい!」

「っ!」


 アバドンが右脚を畳み、『ガチッ』と言う音と共に高速の蹴りを繰り出す!


「きゃあああああああああっ!?」

「ウィズ!?」


 ウィドーと戦闘を行っていたディオスが後ろに下がり、蹴り飛ばされて来たウィズを受け止めた。


「だ、大丈夫か……ウィズ」

「う、うん……あいつが力溜めている間に何とか大剣を引き戻して盾にしたんだけど、とんでもない威力だよー……腕がじーんって痺れちゃった……」


 そう言って見せたウィズの大剣にはアバドンの足形が付いており、大きくひび割れていた。


「全く……おかげでせっかくの余興が見れないではないですか……仕方ない、別の水晶を現場に……ん?」

「……うおおおおおおおおっ!!」


 アバドンが徐々に近づいて来る声に気付きその方向を見ると、窓を突き破りヤタイズナ達が飛び込んで来た!








「――あは、あはははははははははははぁっ♪」

「くぅぅっ……!」


 このままではオリーブの命が……くそっ、仕方ない!


 私は炎の角・鎧を解き、再び玉座の間へと向かう!


「ヤタイズナさん? どうして炎を消しちゃうの? 私はヤタイズナさんの愛をすべて受け入れるのにぃぃぃぃっ!」


 オリーブの昆虫腹部から針が飛び出し、腹部を動かしてまた私に毒針を突き刺そうとする。


「オリーブ、少し我慢してくださいね! うおおおおおおおおっっ!!」

「な、何を……きゃあああああああああっ!?」


 私は全速力で玉座の間の窓目掛けて突っ込み、窓ガラスを突き破り、その勢いでオリーブが私の身体から離れ、地面に倒れた。


「殿!?」

「ヤタイズナ殿!」

「大丈夫か?」

「ガーベラ、それにバロムも……到着したんですね……」

「お姉ちゃん!」


 倒れているオリーブに、ウィズが駆け寄る。


「ふふふふ……」


 その光景を見て、アバドンが不敵な笑いを上げる。

 何だ……? ウィズがオリーブに近づいたことの何がそんなにおかしい……っ!?


「お姉ちゃん! お姉ちゃんっ!」

「う、うぅ……」


 ウィズが身体を揺さぶると、オリーブがふらつきながら起き上がり、ウィズを見た。


「ウィズ……?」

「うん! そうだよ、お姉ちゃんの事が大好きな妹のウィズだよー!」


 そうだ……アバドンは愛おしいと思うほどに対象への殺意が湧くと言っていた……


「ウィズ……私の大好きな妹……」


 その対象に、『親愛』も含まれているとしたら……!


「ああ、ウィズ……大好きよ……だから貴女も……――」


 オリーブは右第一腕でウィズの頬を撫でる。


「――死んで」


 そう言うとオリーブは大顎と口を開き、ウィズを襲う!

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