第228話 大願と災厄の始まりⅠ
――時は少し遡り、北側の城下街。
バノンを先頭に、ガタクとファレナが祭りの出店を見て回っていた。
「ファレナ殿、空腹で御座るか?」
「いや、今の所問題無いよ」
「ならそれ以外の物を見て回るで御座る……む? ファレナ殿、その右手どうしたので御座るか?」
ファレナの右手は包帯で覆われていた。
「もしや怪我を?」
「……ああ、少しな……何、直ぐに治ると医者に言われているよ」
「それは良かったで御座る」
「……」
ガタクとファレナが話す中、先頭を歩くバノンは多くの視線に当てられていた。
「おい見ろ、『救国の従魔使い』様だぜ」
「本物だ!」
「やべぇこんな近くで見られるなんて……」
「後ろに誰か居るぞ」
「『救国の従魔使い』に恋人が!?」
普段はヤタイズナ達を連れているため、大多数の人間はバノンでは無くヤタイズナ達に目が行くのだが、今回はガタクだけので視線の殆どがバノンに集まっている。
そのため、普段よりもむず痒い気分になるバノンであった。
――暫く歩いていると、ガタク達は装飾品などが売られている出店が集まる場所に来ていた。
「へぇ、結構良い商品が並んでるじゃねぇか」
ドワーフと元商人の血が騒ぐのか、バノンは目を輝かせながら出店の商品を見ている。
「確かに煌びやかな物が沢山あるで御座るな……む?」
ガタクの複眼に一つの出店が留まった。
その店はカブトムシやクワガタなどの昆虫を模したネックレスや髪飾りなどが売られていた。
「……」
ガタクがバノンの前脚でバノンの脚をつつく。
「ん? どうしたんだ?」
「バノン殿、頼みがあるので御座るが……」
その後、旅芸人達の曲芸を見たり吟遊詩人の詩などを聞いたりしながら祭りを回って行った。
そして、ガタク達は祭りを回り終わり街の隅で休憩していた。
「いやー、楽しかったで御座るな、ファレナ殿はどうで御座ったか」
「ああ、私も楽しませてもらったよ」
ガタクの言葉に小さな笑みを浮かべて答えるファレナ。
「……やっと笑ってくれたで御座るな」
「え……?」
「ファレナ殿、拙者達と祭りを見ている時も笑みを浮かべなかったから少し心配していたので御座る……本当は気を使って来たのではないのかと……でも笑ってくれて安心したで御座るよ! やはりファレナ殿には笑顔が似合っているで御座る」
「っ! ……また、兄さんと同じ言葉を……」
「……バノン殿、アレを」
「おう……邪魔するのもなんだし、俺は少しだけ離れとくよ」
バノンは懐から何かを取り出し、ガタクの左大顎に引っ掛けた。
「ファレナ殿、これを受け取って欲しいで御座る」
「これは……」
ガタクが左大顎をファレナに向け、引っ掛けられていた物をファレナに渡した。
それはクワガタの形を模したネックレスだった。
「先程ファレナ殿にと思い、バノン殿に頼んで買ってもらったので御座る」
「これを私に……? 何故?」
「特に理由は御座らんが……しいて言うならファレナ殿に似合うと思ったからで御座るよ」
「そうか……」
「……ファレナ殿は時折苦しそうな表情をするが、死んだ兄君が原因で御座るか?」
「……」
「嫌ならば答えなくて良いで御座るよ……拙者は何も知らぬ故、首を突っ込むのは無粋と思うが……そのように苦しむのを兄君は望んでおらぬのでは御座らんか?」
「っ……」
「後ろ髪引かれることなく、前を向いて歩んでほしい……拙者が兄君ならそう思うで御座る」
「……君は、本当に兄に似てるな……あの日、任務に旅立つ前に兄さんも同じことを言ったよ……『もし自分に何かあっても、自分の死に囚われるな、自分の望む道を歩め』……それが兄さんの最期の言葉だった……」
ファレナは左手でネックレスを握りしめ、悲しそうに俯いた。
「兄さんと共に歩む道だけが私の総てだったんだ……その兄さんを失った今、私が望む道は……」
「ファレナ殿……拙者が兄君の代わりになどと、おこがましい事は言わぬ……だが出来るならば、拙者が共に進む道を……」
ガタクがそう言おうとした時、突如ファレナが右腕を掴んで苦しみ始めた!
「ぐぅぅっ!? ぁぁぁっ!?」
「ファレナ殿!?」
「こんな、時に……! ぁぁっ……!」
ファレナは苦しみ呻(うめ)きながら、城下街の裏道へと走って行った。
「ファレナ殿っ!」
「おいおいどうしたってんだ!?」
ガタクとバノンは突然の事に驚きながら、ファレナを追いかけた。
「ぁぁっ……ゥゥぅ……!?」
「ファレナ殿、大丈夫で御座るか?」
裏道の真ん中で倒れ、苦しむファレナの元に駆け寄るガタクとバノン。
「怪我をした右手が痛むので御座るか?」
「見せてみろ、多少の手当てなら出来るぜ」
そう言ってバノンがファレナの右手に触れようとする。
「触るなァッッ!!」
そう言ってファレナが右腕を振ってバノンの手を弾くと右腕が蠢き、袖と包帯が破れた。
「な……」
「ファレナ殿、その手は……」
ソレを見て、ガタクとバノンは身体を硬直させた。
ファレナの右手は白い甲殻で覆われていたのだ。
甲殻は前腕部にまで達しており、指は通常の何倍も細長い三本の指しか無い。
それはまるで昆虫の外骨格のようであった。
「……」
「何なんだよこれ……一体何でこんなモノが……」
「ファレナ殿……一体お主の身に何が……」
その時、アメリア王国上空に無数の亀裂が現れ、数秒後、亀裂内からおびただしい数の黒い影が飛び出したのだ!
「何!?」
「おいおい、これってまさか……」
突然の事にバノンが驚き上空を見上げる。
「まさか魔人族が……ファレナ殿、ここは危険で御座る、直ぐに避難を……」
「――ガタク、ごめんなさい」
そう呟いたファレナはネックレスを捨て、懐から小さな蜘蛛のようなモノを取り出し、ガタクの頭部に取り付けた。
「ファレナ殿、何を……ぐあああああああああああっ!?」
その瞬間蜘蛛から紫の電気が発生し、ガタクが苦しみ始めた!
「ガタク!? あんた一体何を――」
バノンがファレナに近づいた瞬間、ファレナが懐から短剣を抜き、バノンの左胸に突き刺した!
「か……あ、ああ……」
「……」
短剣を引き抜くと同時に、バノンは地面に倒れた。
「ファレ、ナ……殿……」
ファレナの名を口にした後、ガタクの複眼が真っ赤に輝いた。
それを確認したファレナは、懐から小さな水晶玉を取りだした。
「……ご命令通り、例の従魔使いを始末しました、ブロスト様」
『そうですか、ご苦労様でしたねファレナ』
「それともう一つ、従魔使いの従魔を一匹支配致しましたが、どうしますか?」
『ほほう、それは面白い余興に使えそうですねぇ……こちらへの道を開くので、一緒に連れてきなさい』
「分かりました」
『ふふふふ……遂に我が大願が成就する日が来たのだ……そしてファレナ、貴女の復讐もね』
「……はい」
「では、私は次の準備をしますので失礼しますね」
水晶玉の通話が切れると、ファレナの目の前に亀裂が出現した。
「……」
ファレナは地面に落ちたネックレスを拾い、首に着けた。
「行こう、ガタク」
「ギシャアアアア……」
ファレナはガタクを連れ、亀裂の中へ消えて行った。
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