第226話 豊穣祭Ⅰ

 ――祭り当日、王城、オリーブの自室。


「……よし、着替えはこれで終わりっと」


 オリーブは自室にある姿見鏡の前で身だしなみを整えていた。


「匂いは大丈夫かな……? 香水を使いたいけど、それでもし民達に気付かれたら色々と面倒な事になるし……」


 オリーブが思案していると、部屋の扉がノックされた。


「誰ですか?」

「わたしだよーお姉ちゃん♪」

「ウィズ? 入って良いわよ」


 扉が開きウィズが部屋へと入って来た。


「お姉ちゃんおはよー!」

「おはようウィズ……と姉様!?」


 ウィズの後ろに、ガーベラの姿を見て驚くオリーブ。


「おはようオリーブ、お前の所に向かう途中で偶然ウィズちゃんと廊下で会ってな、せっかくだから一緒に来たんだ」

「そうだったんですね……でもウィズどうしたの? 約束の時間まであと少しあるけど……」

「そうなんだけど、私が我慢しきれずにお姉ちゃんに会いたくなったんだよー♪」

「ふふ、ウィズったら」

「ところでお姉ちゃん……今日言うんだね、ヤタイズナさんに愛の告白を」

「え、ええ……」


 ウィズの言葉にオリーブが顔を紅潮(こうちょう)させ頷いた。


「成程、母上の助けはあれど自ら勇者殿との婚約を破棄したのはやはりヤタイズナ殿絡みだったわけか、今回もミモザを祭りに連れて行ってもらおうかと考えていたが……今回は遠慮した方が良さそうだな」

「望まない婚約も破棄して遂に想い人……想い虫? に心の底からの愛の言葉を捧げるんだねー♪ ここまで長かったよねー」

「……そうね……」


 満面の笑みのウィズにと逆に、オリーブは表情を暗くして俯いていた。


「お姉ちゃん? どうしたの?」

「……私、不安なの……ヤタイズナさんが、私の想いを受け入れてくれなかったらどうしようって……」

「オリーブ……」

「そんなこと絶対あり得ないよー! ヤタイズナさんだってお姉ちゃんの事が好きに決まってるよ! ヤタイズナさんなら絶対受け入れてくれるよー!」

「ヤタイズナさんなら……私の想いを……でもやっぱりまだ不安……この不安は私とヤタイズナさんが人と虫だから……? 異種族間で結ばれるお伽話はあるけど、実際に結ばれる事なんて出来るのかな……? ああ、私がヤタイズナさんと同じ虫になれたらいいのに……」

「お姉ちゃん……しっかりして! お姉ちゃんは誰よりも素敵な人なんだよ! そしてヤタイズナさんだって種族の差なんて気にするほど小さな虫なんかじゃないよ!」

「ウィズ……」

「だから自信を持って、お姉ちゃんの思いの丈を、全部ヤタイズナさんにぶちまけちゃってー!」


 オリーブの両手を握り、ウィズが激励する。


「……分かったわウィズ、私もう迷わない……今日のお祭りでヤタイズナさんに私の全てをぶつけるわ!」

「それでこそ、私のお姉ちゃんだよー!」

「成長したなオリーブ……それでこそ私の妹だ! 女ならば、愛した者への想いを貫き通せ!」


 その言葉を言い残し、ガーベラは笑みを浮かべたまま部屋から出て自室へと戻って行く。


「ありがとう姉様……行きましょうウィズ、ヤタイズナさん達の元へ!」

「うん!」


 決意を胸にオリーブはウィズと共に部屋を出て、ヤタイズナ達の待つ場所へと向かって歩き出した。






 ――その一部始終を、窓の外から監視していた小さな水晶玉の存在に気づけぬまま。

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