第223話 運命の再開と災厄の序曲Ⅶ
「ちょっと悠矢、待ちなさいってば……ってあれはバノンさん!?」
「ま、また巨大昆虫……」
私達の事に気付いたミズキ・ワタナベは、アルトランド王国で初めてあった時と同じ様にアヤカ・タチバナの後ろに隠れた。
「オリーブ!」
「……オオトリ様」
声の主である男がオリーブの元へ歩き始めると、オリーブは私達の前では見せた事が無い不機嫌そうな表情になった。
もしかして、あの二人がこの国に召喚された勇者の残り二人で、どっちかがオリーブの元婚約者?
私がそう思っていると、オオトリと呼ばれた男がこちらに近づき、一瞬私を汚物を見るような眼で睨んだ。
「オリーブ、君は何をしているんだ」
「何をと言われましても……私はお客人と庭園でお話をしていただけですが……」
「それは見れば分かる、問題は何故君がそこの薄汚い虫けらを触っていたかだ!」
薄汚いだって!?
私はオオトリの言葉にカチンときたが、何とか平静を保ちオリーブ達の様子を見守る。
「……ヤタイズナさんはバノンさんの従魔です、ちゃんと手入れもされていて薄汚くはありませんから心配はいりませんよ」
「従魔だとしても、虫なんて皆薄汚いんですよ!? 何かの病でも移されでもしたら取り返しがつきません……ましてやそんな巨大なゴキブリに触れるなんて!」
ご、ゴキブリ!?
失礼な! カブトムシとゴキブリは全然違うんだぞ!
そりゃゴキブリの中にはヨロイモグラゴキブリって言うカブトムシにも劣らない魅力的な種類もいるけど……カブトムシとゴキブリを一緒の括(くく)りにするなんて許せない!
直ぐにでも怒鳴りたいが、ここで勇者ともめるのもなぁ……
私は自身の昂りを抑え、ちらりとオリーブを見る。
オリーブはこめかみを一瞬ひくつかせるが、何事も無かったかのように会話を続ける。
「オオトリ様、従魔を貶すのはその主であるバノンさん自身を貶すも同じ、この国を救ってくださったバノン様に失礼です」
「僕はオリーブの事を想って……今、バノンと言いましたか?」
「はい、こちらの方がオオトリ様達が不在の時に我が国の危機を救い、アルトランド王国の危機を救ってくださった『救国の従魔使い』バノンさんです」
オリーブの言葉を聞き、オオトリがバノンの方を向いた。
視線を向けられたバノンは立ち上がってオオトリに近づき、挨拶をする。
「どうも初めまして、バノンです」
「……」
「えっと……オオトリ様?」
「……貴様が」
「え?」
「貴様が僕とオリーブを引き裂いた屑野郎かぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
オオトリは突如叫び、バノンの服の襟首を掴んだ!
「ぐうっ!?」
「バノンっ!?」
突然のオオトリの行動に私は声を上げた。
「急に僕とオリーブの婚約が破棄されておかしいと思っていたんだ……お前がオリーブを誑(たぶら)かして、僕とオリーブの仲を引き裂いたんだろう!?」
「な、何の事……ぐぇぇっ!?」
「とぼけるな! 王女であるオリーブが城の者や僕達以外で接点を持てる存在なんて、『救国の従魔使い』なんて呼ばれているお前だけだ! それを利用してオリーブを……!」
「く、苦しい……」
バノンの顔色がどんどん青くなっていく。
不味い! このままだとバノンが……
「やめなさい悠矢! それ以上はバノンさんが……」
「五月蠅い! 綾香は黙っていろ!」
アヤカがオオトリを止めようとするが、聞く耳を持たない。
「バノンさんー!?」
「これは流石に見てはいられないね……」
(バノンがおそわれてるー!)
(一番弱いバノン殿を狙うとは……今すぐお助けせねば!)
「皆の者、行くで御座るよ!」
ガタク達が殺気立ってしまっている……ええい、こうなったら私がオオトリをぶっ飛ばしてバノンを助ける!
そう思って私が立ち上がろうとしたその時だった。
オリーブがオオトリの前に出て、そのまま右頬をひっ叩いた!!
頬を叩かれたオオトリは手を離して後ろに下がり、バノンは地面に倒れて呼吸を整えていた。
「バノン、大丈夫?」
「あ、ああ……なんとかな……」
オオトリは叩かれた頬を手で押さえ、信じられないような表情でオリーブを見る。
「お、オリーブ、何を……」
「オオトリ様、いい加減にしてください!」
オリーブが大声で怒鳴り、この場に居た全員が驚きで目を丸くした。
「人を恫喝し、命の危機にさらすなど勇者のやる事ではありません!」
「ですけど、この男は……」
「私とオオトリ様の婚約破棄にバノンさんは一切関係ありません、第一私がバノンさんとそのような関係になる事など、絶対にありえません!」
ほ、本来関係ないはずなのに、心身ともにバノンが一番傷付けられている……
「それに……私が好きな方は……」
オリーブは頬を赤くしながら一瞬だげ私をチラリと見た。
そんなオリーブを見たオオトリが狼狽え後ずさる。
「あ、あんなオリーブの表情、見た事が無い……そんな、オリーブは僕を愛しているんじゃ……そんな…ンそんなことって……」
動揺し、独り言を呟くオオトリの肩をアヤカが掴み、呼び掛ける。
「悠矢、悠矢ってば! まったく……海斗、悠矢運ぶの手伝って」
「はいよー」
カイトと呼ばれた男はアヤカの指示で茫然としているオオトリを抱えた。
「オリーブ、バノンさん、悠矢が迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「い、いえ、気にしなくて良いですよ」
「私も、ついカっとなってしまって……私ったらなんてことを……」
「気に病まないで、これぐらいしないと悠矢もオリーブにずっと付きまとうだろうし……じゃあ私達はこれで」
「そんじゃ、そういう事で」
「し、失礼します……」
勇者達は茫然自失となっているオオトリを運びながら城内へと入って行った。
「……バノン、色々と大変だったね」
「うむ、何か受けなくても良い心の傷も受けておったが……まぁ無事でなによりじゃ」
「ああ、そうだな……」
ミミズさんの言葉に、バノンは複雑そうな笑みを浮かべた。
「ご、ごめんなさい……私ヤタイズナさんを貶されたのが許せなくて……」
「でもお姉ちゃんカッコ良かったよー♪ ねぇディオスさん?」
「え? あ、ああ……確かに最初のイメージとはだいぶ変わったが……」
「うむ、恋は人を変えると言う事だね」
「ウィ、ウィズ、小父様まで……からかわないでください……あの、ヤタイズナさん……オオトリ様達も行かれましたし、また身体を撫でてよろしいですか?」
「そ、それは構いませんけど……でも、腹部を触るのは勘弁してくださいね?」
「え? ……っ!?」
オリーブは先程私を撫でていた時の事を思い出し、顔を真っ赤にした。
「も、申し訳ありません……! ヤタイズナさんに触れていたら気分が高揚してしまって……大丈夫です、今度は腹部を触ろうとしないように気を付けます!」
「ははは……よろしくお願いしますね」
オリーブは再び私の前翅や角を触り始めた。
「はぁぁぁぁ……♪」
「……」
『――それに……私が好きな方は……』
……あの時オリーブは私に視線を向けた。
そして今も、オリーブのライトグリーンの瞳が私だけを見ている。
恥ずかしけど、それがとても心地良い……
――こうして勇者とのちょっとしたトラブルもありつつ、私は自身の気持ちを徐々に自覚しつつ、再びオリーブが満足するまで撫でられるのであった。
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