第210話 忠義の果てに

――自分は、女王様に従うただのアーミーアントの一匹に過ぎなかったであります。


 生み出され、成体へと進化したときから与えられた役割を遂行し続けた。

 食料の調達、幼体の世話、巣の警備、毎日この繰り返し。


 別にこのことに対する不満や疑問などは微塵も無いでありました。

 自分は自らの役割に誇りを持っていましたし、何も起こらないと言う事は巣が平和である証でありましたから。


 そんな自分たちの日常に変化が起こったのは、とある日の事でありました。

 その日はいつも通り自分は仕事を行っていた自分の耳に騒々しい声が聞こえたのであります。


「――くそったれがぁ!! なぜ儂ばかりこんな目に遭わなければならんのじゃ! もし運命の女神が存在するならそいつ絶対儂の事嫌いじゃろうがぁ!!!」


 声を聴いて通りがかった食糧庫を見ると、真っ白なワームが騒いでいたでありましたが、自分は直ぐに仕事へと戻ったであります。




 ――そしてその直ぐに後に、巣に侵入者が入り込んだと言う知らせが入り込んだのであります。

 自分と仲間達は直ぐに侵入者の居る場所へと向かったであります。


 そしてそこで自分が見たのは、仲間を蹴散らしていく侵入者たちと、その先頭に立っていた一本角の敵でありました。


 これが、自分と魔王様の最初の出会いでありました。

 その後自分は突如起きた爆発により、意識を失ってしまい、目覚めた時には女王様は既に亡くなられてしまっていたのであります……


 女王様を守れなかった無念はあったでありますが、強者が勝ち残るは自然の摂理、そして勝者に付き従うは我等の摂理であります。

 故に生き残った自分たちは魔王様のしもべとなり、自分は名を貰って仲間達を指揮する立場になったのであります。


 魔王様の元での自分たちはとても新鮮な気分でありました。

 巣の増設や食糧の調達などの仕事は変わらなかったが、他のしもべ達との交流や訓練、皆で食事を取ったりと楽しい事がとてもたくさんあったであります。


 他には魔王様が旅に出られ留守を任されている間に、魔王様の部屋に飾る石像を皆で作ってみたら、魔王様はとても喜んでいただけて嬉しかったであります。


 それからしばらくして、我等も魔王様の旅に同行する事となり、全員で行こうとしたのでありますが、魔王様に止められたときは残念でありました……


 仕方なく自分と精鋭10匹を選んで同行し、初めて森の外に出た時は見たことない景色や物体、食糧など見るもの総てが驚きに溢れていたであります。


 そして旅から戻って来た自分たちは、巣の防衛を任せていた仲間達全員に旅の話を聞かせるのでありますが、魔王様の冒険譚を聞いた者達は皆複眼を輝かせ、とても興奮していたであります。


 本当に、魔王様のしもべとなってからはとても楽しい毎日でありました。

 そして我等一体一体を大事にしてくれる魔王様のためなら、我等はどんな任務でも遂行してみせるであります!


 たとえ、この命を失おうとも――









(――総員、攻撃開始ィッ!!)

『『『ギチチチチィィィィィィィィィィィ!!!』』』


 レギオンの指示と共に、周囲を包囲していたアント達がギリエル達に向かって一斉に突撃する!!


「魔人王様万歳魔人王様万歳!」


 黒装束達が松明をアント達目掛けて投擲する!

 だがアント達は松明の落下する場所を避け、そのまま黒装束達に突っ込む!


『ギチチチチィィィィィ!』

「ま、魔人王、様万歳、魔人王様万歳……」


 黒装束達はアント達を攻撃するが、地面を覆うアント達の波に飲み込まれ、見えなくなった。


「ちぃーっ! 数が多すぎるかぁ……さっさと走りやがれ!」

「ギチュチュチュチュ!」


 ビャハはヒヨケムシに乗って動きながら、アント達の波を巧みに回避する。


『『ギチチチチィィィィィィィィ!!』』


 そしてアント達は一斉に跳び、ギリエルへと飛び掛かる!


「ふぅん!」

『ギチャァァァァァァァァァ!?』


 ギリエルが角を振り、十数匹のアントが弾き飛ばされるが、後続のアント達がギリエルの身体に取り付いた!


「ギチチィィィ!」

「ギチィィ!」


 アント達がギリエルの甲殻に噛み付くが、やはりギリエルの身体に傷は付けられない。


「うっとおしい!」


 ギリエルが身体を揺らしてアント達を引き剥がすが、続々とアント達が取り付き続け、遂にギリエルはアント達に埋もれ姿が見えなくなった。


(魔植王殿、今のうちに!)

(分かりました……《魔植の加護》)


 魔植王の根っこが魔鳥王に触れ、魔植王の力が魔鳥王へと流れていく。


「……十分です……では、始めますよ!」


 そう言うと魔鳥王の瞳が赤く輝き、全身を炎が包んだ。

 そして炎は徐々に大きくなり、中から本来の姿の魔鳥王が現れた!


「ま、魔鳥王……何をする気なんですか?」

「……これから、私が念力で貴方達をこの場所から逃がします」

「成程、それならば儂らを逃がすことが出来るのう!」

「けどよ、あのギリエルだって空飛べるんだろ? 直ぐに追いかけてくるんじゃあ……」

「ええ、だから貴方達を安全な場所に逃がすまで、レギオン達がギリエル達を食い止めるんです」

「や、やっぱりそうか……」


 レギオンのあの言葉……死ぬ気なんだ……私を助けるために!


「止めるんだレギオン! 私は……お前達の命を犠牲になんてしたくない!」

(……その命令は聞けません)

「レギオン!?」

「……《蛮勇の角》!」


 アント達の塊の中心が光り輝き、そのまま周囲のアント達を叩き飛ばしてギリエルが出て来た!


「雑兵どもが!」

「ギチャアアアアア!?」

「ギチチィ!?」


 ギリエルは両前脚を振り下ろし、アント達を数匹叩き潰した!


「ああ……!」

(魔鳥王殿! 急いでください!)

「分かりました……っ!」


 魔鳥王の目が光り、私とミミズさんにバノンに、そして倒れているしもべ達とバロムが宙へと浮いて行く。


「うおおおおお!? う、浮いてるぅぅぅ!?」

「ま、待つんじゃ魔鳥王、儂らはまだ魔植王から魔封石を受け取っておらんぞ!」

『その事ですが申し訳ありません……実は地下の神殿にあった魔封石が、この混乱の内に何者かに奪われていました』

「何じゃとぉ!?」


 魔植王の言葉に驚くミミズさん。


『迂闊でした……私の目を盗んで神殿内に入れるものが居たとは……とにかくもう貴方たちがここに居る理由はありません……早く行ってください』

「じゃが、それではお前が……」

『私なら大丈夫です……また後で会いましょう』

「では行きますよ……はぁぁぁぁっ!」


 魔鳥王の羽ばたきと共に、私達は遠くへと吹き飛ばされる!


「ぬおおおおおおおおおお!?」

「し、死ぬぅぅぅぅぅぅぅっ!?」

「っ……! レギオン……!」


 徐々に魔植王達と、レギオン達の姿が遠くなっていく……






「……はぁ、はぁっ……なんとかなりましたね……」


 ヤタイズナ達を逃がした魔鳥王は少女の姿になり、膝を着いた。


『次は貴女です魔鳥王……さぁ、この根に乗ってください……』


 魔植王が根っこを出し、魔鳥王を乗せた。


「ありがとうございます魔植王……また後で」

『はい、また後で……はぁっ!』


 魔植王の根っこが大きくしなり、そのまま勢いよく魔鳥王を空中へと投げ飛ばした!

 魔鳥王は翼を広げ、ヤタイズナ達が飛ばされた方角へと真っ直ぐに飛んでいった。


『この身体も、もうじき終わりを迎えますが……やるべき事はしました……』

(感謝するであります、魔植王殿!)


 炎が全身に回っている魔植王に礼を言ったレギオンは、ギリエルを見据えた。


(全員、覚悟は出来ているでありますな!)

『『『ギチチチィィィィィィィィィッッッ!!!』』』


 レギオンの言葉にアント達が叫ぶ!


(行くぞォ!! 総員突撃ィィィィッッ!!!)


『『『『ギチチチチチィィィィィィィィィィィィィィィ!!!』』』』


 総てのアント達がギリエルに再度突撃する!


「邪魔を……するな!」

「ギチチチィィィィィ!?」


 ギリエルが蛮勇の角を振りかぶり、アント達を吹き飛ばす!

 そして上に跳び、そのままを翅を広げヤタイズナ達を追おうとする!


(絶対に行かせるなぁぁぁぁっ!!)

『『ギチチチチィィィィィィィィ!!』』


 アント達も跳び、ギリエルの脚にしがみ付き、そのアントを他のアント達が掴み飛ばせないように踏ん張っている!


 そしてそのアント達の身体を上ってギリエルの身体に取り付き、顎で翅を攻撃する!


「っ! 蟻共がぁっ!」


 ギリエルは翅を閉じ、落下する勢いを利用して真下のアント達を押しつぶした!


「ギチィ!?」

「ギチャアア!?」


 ギリエルに押しつぶされたアント達は体液を吐き、痙攣する。


(怯むなぁ! 身体に取り付き続けるであります!)


 レギオンの指示で、アント達は潰されようと、蛮勇の角で胴体に風穴が開けられようと、止まらずにギリエルに取り付いて行く。


「面倒な……!」


 アント達が身体に取り付く中、ギリエルが構えを取り、蛮勇の角が霞、再び角が十二本に増えた!


「《十二の試練》ッ!」

『『『ギチャアアアアアアアッ!?』』』


 ギリエルの十二の試練を喰らったアント達は腹部や胸部を失い、地面に倒れる!


(っ……何と言う奴で御座るか……!)

「見つけたぞ……貴様が指揮官か!」


 レギオンの存在に気付いたギリエルがアント達をはねのけながら、レギオンの元に向かう!


(ガーディアント部隊!)

『ギチチチィィィィィ!』


 ガーディアント達が隊列を組み、レギオンを守る!


「ふぅん!」


 ギリエルの蛮勇の角を、ガーディアント達が受け止める!


「ぎ、ギチ……」


 ガーディアント達は頭部の甲殻がへこみ、ヒビが入るが、脚を踏ん張って何とか耐える!


「その程度で止められるものかぁ!!」

『ギチチチィァァァァァァァ!?』


 奮戦虚しく、ガーディアント達は弾き飛ばされてしまった!


「これで終わりだァァァ!」

(ぐああああああああああ!?)


 ギリエルの突きがレギオンの胸部に命中し貫通!

 そのまま持ち上げられたレギオンの身体から体液が漏れ出て、地面に滴り落ちていく。


(ぐ、が……)

「手間取らせてくれたな……だがこれで終わりだ……」

(い、いいや……まだであります!)


 レギオンがギリエルの角にしがみ付く。


『『『ギチチチィィィィィィィィィッッッ!!!』』』


 そしてアント達も続いてギリエルに再び取り付いて行く。


(本当は、体力を消耗させてからでないと逃げられる可能性があったでありますが……背に腹は代えられないであります……)

「一体何を……っ!?」


 レギオンの腹部が突如輝き始めた。

 そしてそれに呼応するように、地面に倒れているアントも含めた、総てのアント達の腹部も輝き始めた!


(進化して得たこのスキルで……自分達と一緒に……死んでもらうであります!)

「こいつ等……自爆する気か!? ちぃぃっ!!」


 ギリエルが身体を揺らし、取り付いたアント達と角に付いているレギオンを振り外そうとする!


(何としてもしがみ付き続けろ! ここが正念場であります!)

『『『ギチチチィィィィィィィィィッッッ!!!』』』


 アント達は振りほどかれても、その身体を必死に動かし、再びギリエルに取り付く!

 そして腹部の輝きがどんどん強くなって行く!


「ビャハハ、こいつはヤバそうだ……逃げるぞぉ!」

「ギチュチュチュチュ!」


 ビャハ危険を察知してヒヨケムシに乗って逃げて行く。

 そして遂に、腹部の輝きが臨界に達しようとしていた。


「ぬぅ……ぐおおおおおおおおおっ!!」


 ギリエルはアント達を振り払った一瞬で再び翅を広げ、空へと逃げようとする!


(逃がすなぁぁぁぁ!!)

『『ギチチチィィィィィィッッ!!』』


 アント達が必死で取り付こうとするが一歩足りずに失敗してしまう!


「貴様の胴体を引き千切って角から外してくれる」


 ギリエルが両前脚でレギオンの身体に触れようとしたその時だった!

 森から何かが飛び出し、ギリエルの身体に巻き付いた!


「何っ!? ぐおおおおおっ!?」


 ギリエルの身体に巻き付いたのは、巨大な花の蕾(つぼみ)に無数の触手のような蔦が着いた植物だった!

 蔦により翅を閉じられたギリエルは地面に落下し、三度アント達が取り付き始めた!


『ボタニック・モンスターをここまで、呼び寄せていま……した……これで足止めは……十分のはずです……』

(魔植王殿! 最後までありがとうございます……!)



 数分の激闘の末、遂にレギオン達の腹部の発光が臨界に達し、まばゆい光が、辺りを包んだ。




(ああ、本当に……とても楽しい日々でありました……)


 消えゆく意識の中、レギオンはヤタイズナ達とのかけがいのない日々を思い返していた。


(……さらばであります、魔蟲王ヤタイズナ様――)












 ―――あっ。


 今、私の中の大事な何かが消えた。

 私としもべ達を繋いでいる、見えない糸のようなモノ……


 それが、大量に消えたのを感じた。


 私がその喪失感を感じた瞬間、魔植王たちが居た場所を巨大なドーム状の光が包んだ。

 それが、意味するものは――


「っ……レギオォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!」



 私の悲痛な叫びが、大樹海中に響き渡った。












「第97回次回予告の道ー!」

「と言うわけで今回も始まったわけじゃが……ヤタイズナは諸事情により欠席のため、儂一人で行わせてもらうぞ……色々とあったが今回で魔植王編は終わりを迎えた……そしてついに、次回から最終長編『魔蟲王編』に突入するのじゃ! そしてその最初を飾るのはアメリア王国の話となる、久々の小娘達の活躍を楽しみにするのじゃ! それでは次回『ウィズと傷だらけの騎士』!」

「では、次回をお楽しみに!」


 ・注意、このコーナーは作者の思い付きで書いているので、次回タイトルが変更される可能性があるのでご注意下さい。

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