第206話 黒のギリエルⅡ

 ヘラクレスオオカブトは主に中央アメリカから南アメリカの熱帯雨林に生息するコガネムシ科、カブトムシ亜科ヘラクレスオオカブト属の昆虫で、世界最大の昆虫として知られその最大体長は全長180mm以上になると言われる巨大カブトムシだ。


 野生の幼虫は朽木や腐葉土の中で1年半から2年程かけて成長し、飼育下では1年半で羽化することも多い。

 羽化後は成熟まで3、6か月ほど要するがその分寿命も長く、1年から1年半まで生きる事もあるのだ。


 ヘラクレスオオカブトの特徴と言えば何と言ってもあの長い角だ。

 オスの成虫は頭角、胸角共に長く、体長とほぼ同寸の角を持つ個体も存在する。

 ヘラクレスオオカブトは喧嘩の際相手の腹の下に胸角を入れ、頭角と挟み持ち上げて投げるため、胸角の内側に褐色の毛が生えていて、これがすべり止めの役目を持っているのだ。


 そして前翅は黄褐色を帯びるのが特徴であり、黒い斑点の大きさや数、また全体の色合いの濃さなど、個体によって多少の違いが見られる。


 前翅は湿度が高いと黒褐色になり、湿度が下がると黄褐色が濃くなる。また、油脂などの付着や栄養状態によっても黒褐色になり飼育下では湿度が高くなったり、餌などの付着による汚れや高栄養な餌による栄養状態の飽和により、黒くなった状態になることが多く、よく写真や絵などで見られるヘラクレスはだいたいが乾燥時のものなのだ。


 性格は基本的に温厚だが、刺激を与えると攻撃を行う事もある。

 そしてその巨体に相応しい力と、卓越した技を有しており、他種のカブトムシを容易く蹴散らしてしまう。

 さらにヘラクレスには、多種多様な亜種の存在している。


 先端がヘラ状になる頭角が特徴的なヘラクレスリッキー。

 体に比べて非常に細く根元に突起がある胸角と、直線的な頭角が特徴のヘラクレスオキシデンタリス。

 ヘラクレスの中では小型で、胸角より頭角が長くなるのが特徴的なヘラクレスレイディなど、その数10種類以上も存在しているのだ。


 その圧倒的な強さと堂々とした姿、ギリシャ英雄ヘラクレスの名を冠する本種は、男なら一度は憧れたまさに『昆虫の王者』である。





 ――そして、今私の目の前で変形したギリエルの姿は、間違いなくヘラクレスの原名亜種、ヘラクレス・ヘラクレス!

 亜種の中でも特に胸角が太くなる種で、その角はまるで西洋のランスを彷彿とさせる。


 しかし……まさか私がヤマトカブトムシの次に好きだと言ったヘラクレスオオカブトとこんな形で出会う事になるとはな……

 私は鑑定を使いギリエルのステータスを確認した。










 ステータス

 名前:ギリエル

 種族:不明

 レベル:不明

 ランク:不明

 称号:不明

 属性:不明

 スキル:不明

 エクストラスキル:不明

 ユニークスキル:不明










 名前以外ステータス不明。

 恐らく奴も魔蟲の宝珠を使用したのだろう。


 先程言っていた外骨格が戻らない……つまりギリエルは人の姿に擬態した虫だったと言う事だ。

 多分魔海王のように擬態(人)のスキルを有しているのだろう。


 しかし今まで私が戦ってきた魔蟲の宝珠で変異した者達はザハクを除き喋る事など無かった。

 そのザハクも死ぬ間際にカタコトの言葉しか喋らなかったが、このギリエルは先程人の姿のまま流調に言葉を喋っていた。


 一体変異してからどれだけの年月を過ごしていたと言うんだ……?


「――さて、それでは始めようか」

「っ!」


 ギリエルが私達に向かって悠然と歩き始めた。

 考えている暇は無い、何とかして奴を倒すんだ!


「行くぞゴリアテ、《炎の角》!」

「応! 《岩の槍》!」


 私は炎の角を使用後、翅を広げギリエルの上空に飛び、ゴリアテは周囲に岩の槍を出現させた!


「《斬撃》、《操炎》!」


 私は真下に居るギリエル目掛けて炎の分裂斬撃を撃ち出し、同時にゴリアテも岩の槍を射出する!

 炎の斬撃と岩の槍がギリエルに命中し、周囲に土煙が舞う。


 数十秒後、土煙が晴れて私が見たのは、悠然と佇んでいるギリエルの姿だった。

 その身体には傷一つ付いていない!


 くそっ! 予想はしていたが、無傷とは!


「ゴリアテ、そのまま攻撃を続けてくれ!」

「分かった!」


 私の指示で、ゴリアテが岩の槍を連続して撃ち出し続ける!

 それをギリエルは避けもせず、ただ立ったまま受け続けており、かすり傷一つすら付いていない。


「《斬撃》、《斬撃》、《斬撃》、《斬撃》、《斬撃》!」


 私はゴリアテが攻撃を続けている間にギリエルの右側面に移動して着地、ギリエルの腹部目掛けて連続で炎の斬撃を撃ち放つ!



 ――そんな私達の猛攻撃を、ギリエルは避けるでも、反撃するでも無く……ただその場を動かず、無傷で受け続けているのだ。


 なんて硬さだ、これだけの攻撃を喰らって傷一つ付けられないなんて……

 この様子では炎の角も、炎の角・槍も効果は期待できない……アレを使うしか……


「我が岩の槍が効かないとは……ならばこの技で!」


 ゴリアテが翅を広げ、ギリエルに向かって突進する!


「喰らうが良い、《巨人の重撃》!」


 ゴリアテの頭角が漆黒に染まり、そのままギリエル目掛けて振り下ろした!

 漆黒の頭角がギリエルの前胸部に当たった瞬間、ギリエルの半径1メートル付近の地面が陥没、辺りの岩や倒木が潰れて行った!


「これは……重力!?」


 ゴリアテのあのスキルは重力を操る事が出来るのか!

 これならば、ギリエルにもダメージが……っ!?


 もろに巨人の重撃を喰らったギリエルは、脚が地面に少し沈んでいるだけで、外傷は一切見られない。


「馬鹿な……!?」


 驚愕するゴリアテを尻目に、今まで動かなかったギリエルが動き出し、二本の角でゴリアテの前胸部を挟んで持ち上げた!


 そして、そのままゴリアテを頭部から地面目掛けて叩き落とした!


「ごはぁっ……!?」

「ゴリアテぇっ!」


 地面に落とされたゴリアテは前胸部まで地面に突き刺さり、脚を痙攣させている。


 あの世界最重量昆虫であるゴライアスハナムグリを軽々と……流石はヘラクレスオオカブト……こうなったらあの技をやるしかない!


「《昆虫召喚》!」


 その言葉と共に魔法陣が現れ、私の前に40センチほどの昆虫の卵が召喚された!

 あの硬い甲殻を突き破る方法は、エッグホームランしかない!


「喰らえェェェェェェッ!!」


 私は大きく振りかぶり、ギリエル目掛けて昆虫の卵を撃ち出した!

 昆虫の卵は回転しながら、真っ直ぐに飛んでいく!


 どうだ、どんな障害物も破壊する必殺技! その巨体ではこの速度の攻撃は避けれまい!

 だが、受けた所でお前は終わりだぁっ!


 昆虫の卵が接近する中、ギリエルは前胸部の角を昆虫の卵に向けた。

 そのまま昆虫の卵がギリエルの角に直撃!



 ――したと思った瞬間、昆虫の卵はギリエルの胸角を流れるように滑って行き、そのまま後方の木に向かって飛んでいった。


「何だってっ!?」


 昆虫の卵は木々を破壊しながら進んでいき、50メートル先の地面に突き刺さった。

 そんな……エッグホームランを受け流した!?


 私が驚く中、ギリエルが翅を広げ、私に向かって飛んでくる!


「ううっ……!」


 私も空を飛び、ギリギリの所でギリエルの突進を回避!

 しかしギリエルは空中で方向を変え、私目掛けて右前脚を振り下ろした!


「ほ、《炎の角・鎧》!」


 私は咄嗟に炎の角・鎧で身体を包むが、ギリエルは炎に躊躇わずにそのまま右前脚で私を攻撃する!


「ぐあああああああああああっっ!?」


 もろに右前脚攻撃を喰らった私の身体にヒビが入り、そのまま地面に叩き付けられた!

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