第192話 過去への旅Ⅱ

 ――数分後、少年に褒めちぎられて喜びまくっていたミミズさんは、落ち着きを取り戻し、地面に降ろした少年と向き合っていた。


「改めて聞くが小僧……」

「小僧じゃないよ、俺にはアドニスって名前があるんだ」

「名など今はどうでも……まあ良い、でアドニス、何故お前はこの森に居るのじゃ?」

「暇だから」

「はぁ?」

「俺の住んでる場所ってすっげぇ暇な所でさー……やれ勉強しろだ稽古しろだの、楽しくないんだよ……だからたまに抜け出してこの森で遊んでるんだ」

「遊ぶって……お前この森は人間にとって危険なはずじゃが……」

「そんで色々な虫を観察したりして、あの虫の背に乗って飛んでたらあいつ急に翅を閉じやがってさー……そんであんたの真上に落ちたんだ」

「そう言うことじゃったか……うむ、中々良い暇つぶしになった、感謝してやるぞ小僧」

「何かよく分かんないけど……どういたしまして」

「さて、それじゃあ儂は帰るかのう……」


 そう言ってミミズさんは元来た道を戻り始め、それを追うように少年……アドニスも歩き始めた。


「……」

「……おい、何故付いてくる?」

「?」


 その言葉に少年は不思議そうに首を傾げた。


「いやいやいや、そこで首を傾げるな! 儂が変なことを言ったみたいではないか!?」

「だって魔王さんと一緒に行ったら、楽しそうなんだもん」

「貴様ぁ……楽しそうだから付いてくるじゃとぉ? 儂を舐めている様じゃのう……死ぬ覚悟は出来ておるか?」


 ミミズさんは殺気を出して睨みつけるが、アドニスは朗らかな表情で笑う。


「だって魔王さんすっげぇカッコイイし、すっげぇ立派な虫なんでしょう? そんな魔王さんがどんな所に住んでるか気になるんだ!」

「凄い立派……そう見えるか?」

「うん!」

「……し、仕方ないのぉ~! 特別に儂の棲み処に案内してやるわ!」

「本当!? やったぁー!」


 ミミズさんの言葉にアドニスは大はしゃぎする。

 ……本当にチョロいな、このミミズ……


 私はそう思いながらも、移動するミミズさん達に付いて行った。








「―すっげぇぇぇぇっ! 金ぴかだぁぁぁっ!」

「ちょっ、くすぐったいから触るの止めてや!」


 アドニスが目を輝かせながらゴールデンの身体を触っている。


「……魔王様、この人間は一体……」

「散歩中に出会ってのじゃ」

「は、はぁ……人間がうろついてとは言いましたが、連れてこられるとは……この人間によって我らの居場所が分かり、愚か者共が攻めて来て面倒な事になるかもしれませんよ?」

「……ば、馬鹿者! 儂がそのような事を考えておらんとでも思ったか? ちゃんと考えておるわ」

「流石は魔王様……! このレインボーの頭では魔王様の叡智には遠く及びませぬ」


 レインボーがミミズさんに頭を下げる。

 ……嘘だ、絶対何も考えて無かったぞ、あのミミズ!


「金ぴか! 俺を背中に乗っけて飛んでくんない?」

「金ぴかじゃなくてゴールデンやってば、まぁ乗せて飛ぶぐらいええけど」

「本当!?」


 アドニスがゴールデンの背に乗ると、ゴールデンは後翅を広げ、空を飛んだ。


「こんぐらいの高さでええか?」

「もっと高く飛んでー!」

「りょうかーい」

「うわー!」


 ゴールデンは高度を上げて飛ぶと、アドニスは楽しそうに笑っていた。

 ミミズさんとレインボーの近くの木から、ウィドーが下りて来た。


「……随分と騒がしい人間だねぇ……黙らせようか?」

「止めろウィドー、魔王様が連れて来た人間だぞ、勝手な事はするな」

「はいはい……」

「レインボーよ、他の者たちが言っていた森を徘徊する人間達は、あの人間を探していたのではないか?」

「ゴリアテ、私もそう思っていた所だ……恐らく魔王様はあの人間を使って、何かを為そうとしているのだろう」

「何かとは?」

「分からん……だが我々には想像できぬことである事は間違いあるまい」

「そうか……流石は魔王様だ」


 レインボーとゴリアテの会話を聞いたミミズさんは『え、そうなの?』と言う感じでレインボー達を見ていた。


 ゴリアテとレインボーはミミズさんに心酔しすぎてミミズさんが結構アレなのに気づいてないんだな……背後でミミズさんが頭を唸らせて考えているのに……


 暫くミミズさんが頭を悩ませていると、急に大きな声で喋り始めた。


「う、うむ、良く儂の考えが分かっている様で何よりじゃ! ……ではそろそろ暗くなるし、あの小僧を送り返すとするかのう」

「態々魔王様が直々に?」

「やはり、あの人間はとても重要な存在……」

「ゴールデン! 降りてくるのじゃ!」


 ミミズさんの言葉を聞き、ゴールデンが地面に着地する。


「おい小僧、森に居る連中がお前を探している奴らかもしれん、そこに行くぞ」

「えー!? 何でー!」

「お前を返すために決まっとるじゃろうが!」

「いやだー! 俺ずっとここに居るー! あんな退屈な場所になんか戻りたくねーよー!」

「アホなこと言うな! 全くこの体では無理やり連れて行くと潰しかねん……ふんぬぅぅぅ……」


 ミミズさんが力み始めると同時にミミズさんの身体が急に縮み始めた。

 何と、あのミミズさんは体の大きさを自由に変えられるのか!


 ミミズさんの身体は縮み続け、全長2、3メートル程になった。


「ふぅ……これ疲れる上に窮屈であまりやりたくないんじゃよなぁ……さて」


 ミミズさんは右の頭部でアドニスの服を掴み、持ち上げた。


「何すんだよ! 離してくれよー!」

「やかましい、いいから行くぞ!」


 ミミズさんは暴れるアドニスを連れて、再び森の中に入って行った。







「―見つけた」


 森を徘徊する事一時間、ミミズさんは茂みの中から数百メートル先に居る人間達を発見した。

 アドニスも見つかるのが嫌なので、黙っている。


「よし、さっさとこいつをあそこに置いて行くかのう」

「……」


 アドニスは不貞腐れている。


「……アドニス、勉強やら稽古と言っていたが、お前結構位の高い人間じゃろう?」


 ミミズさんの言葉にアドニスが反応する。


「良いか? 上に立つ者は下の者の信頼や、期待に応えねばならぬ」

「……知ってる、だから嫌なんだよ……」

「儂だってのう、上に立つのが面倒な時など山ほどあるわ」

「そうなの?」

「うむ……じゃがな、あ奴らの儂を慕う姿を見ているとのう……そんなもの屁でもないのじゃ、魔王たる者、下の者に付いて行きたい、この方のためなら命も惜しくない、そう思われなければならんのじゃ」


 ……魔王たる者、か。

 まさか過去を視ている時にもミミズさんのご高説を聞くことになるとはね……


「だからお前もそう思われるようになれ、立派な存在になるのじゃ」

「……分かったよ」


 それを聞いたミミズさんはアドニスを地面に降ろした。


「……魔王さん、俺色々頑張るからさ……また遊びに来ても良いかな?」

「……まぁ、偶には許してやる」

「本当!? 約束だぜ!」


 そう言うとアドニスはミミズさんに手を振りながら歩き出し、人間達の元に向かって行った。


「……アドニス王子!」

「やっと見つけましたぞ!」

「もう心配で心配で……」


 アドニスを見つけた人間達が安堵の声を出していた。

 王子……やはりそうか、あれがミミズさんと交流していたと言う王子か。


 私がそう考えていると、周囲の風景が高速に動き始め、再び頭に大量の情報が走り始めた!

 これは……! ひょっとしてミミズさんの記憶が急速に進み始めたのか!?


 風景が高速に動き続けること数十秒経過すると、視界が真っ黒に染まる。





 ―そして気が付くと、私は再びミミズさん達の棲み処に居た。

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