第191話 過去への旅Ⅰ
『ここは……少し薄暗いけど、大樹海の中か……ん?』
周囲を見渡していると、背後に巨大な物体がある事に気付いた。
『こ、これは……!』
物体の正体は10メートルはある巨大な生物だった。
長い胴体に三つの頭部……三つ首の龍を思わせるこの姿……間違いない! 私が生まれた時に見た本来のミミズさんの姿だ!
『と言うことは……本当に私はミミズさんの過去を見ているのか……』
私は試しに前脚を動かし、ミミズさんに触れようとするが、触れられない。
身体の感覚はあるけど、物に触れることは出来ないのか……
それにミミズさんと私が別に居ると言うことは、魔植王のスキル《魔植の恩恵》はミミズさん視点ではなく、第三者視点で過去の記憶を見せているみたいだな。
「魔王様~」
『! この声は……ゴールデン!』
声を聴いて後ろを振り返ると、こちらに向かって歩いてくるゴールデンとゴリアテの姿が見えた。
「……」
「なんや、まだボケーっとしてはるんですか?」
「ゴールデン、魔王様に対して無礼な発言は控えろ」
「せやかてゴリアテ、魔王様はもう二日もこの調子やで?」
「聡明な魔王様の事だ……きっと何かを考えておられるのだろう」
「……ほんまかいな? ただ暇なだけちゃうんか?」
うん、多分絶対暇なだけだと思う。
私が心の中でゴールデンに同意していると、更にミミズさんの元に向かってくる昆虫の姿が。
あ、あの昆虫は……!?
メタリックグリーンがかった虹色のボディは……間違いない、ニジイロクワガタだぁっ!!
ニジイロクワガタは昆虫綱甲虫目クワガタムシ科に属し、オセアニア、ニューギニア南部及び、オーストラリア北部のクイーンズランド州などに生息している世界一美しいと言われるクワガタで、所謂『色虫』の一種だ。
オスの成虫は頭部は小さく幅が狭く、大顎の基部は上向きに半円を描いて湾曲し、先端が二股に分かれた特徴的な形をしている。
一見すると挟みにくそうな形状だが、力はそこまで弱いわけではなく、オス同士の戦いでは相手を挟むよりは反り返った大顎でカブトムシのように下からすくい上げる戦法を得意としているのだ。
この大顎は蛹期にはゼンマイ状に丸まっていて、羽化の際に伸びる。
前翅はもちろんのこと、脚から腹側までがタマムシのように緑がかった金属光沢をしていて、見る角度に応じて色調がわずかずつ変化する。
こんな派手な色では鳥などの捕食者に見つかるのではないかと思うだろうが、ニジイロクワガタは昼行性であるため、日光を反射させ体温の上昇を抑えたり、体色そのものが林の中では迷彩色となって外敵の目から逃れることが出来るのだ。
成虫の寿命は比較的長く一年以上はあり、飼育下では温度・栄養管理によっては丸2年以上生きることもあるのだ。
飼育はかなり容易で、大きく丈夫で寿命が長い、何より美麗で繁殖も比較的容易なことから、非常に人気の高いクワガタなのである。
ニジイロクワガタは私も飼育したことがあり、あの美しさはずっと見ていても飽きず、気づけば一時間経っていた事もあったな。
本当に美しい……あの虹色の輝きをこんな大きな姿で見れるなんて……ああ、幸せだ……
――さっさと目を覚まさんか、このたわけがっ!
『――はっ!?』
私は突然のミミズさんの言葉に正気に戻り、過去のミミズさんを見た。
しかしミミズさんは先程からずっと微動だにしていなかった。
ひょっとして私、トリップした際にミミズさんに叩かれ起こされ続けたせいで、変な幻聴が聞こえるようになっちゃったのか……?
私は溜息を吐いた後、再びミミズさん達の元に来たニジイロクワガタを見た。
「ゴールデン、ゴリアテ、魔王様の調子はどうだ?」
「レインボー、駄目やな、今日もずっとこのままや」
「ううむ……何とかして魔王様を楽しませられれば良いのだが……ウィドーの奴は?」
「さぁ? また何処かで巣でも張ってるんちゃうんか?」
「全く……あの馬鹿の芸なら魔王様の機嫌を上げられるかもしれんのに……」
「誰が馬鹿って?」
ミミズさん達の近くの木の上から、一匹の虫が糸を引いて下りてくる。
あの毒々しい黄色と黒のマダラ模様は……ジョロウグモ!
ジョロウグモは、蜘蛛目ジョロウグモ科ジョロウグモ属の蜘蛛で、身体は毒々しい黄色と黒のマダラ、赤い腹部、非常に長い10本の脚を持ち、夏から秋にかけて大きな網を張る有名な蜘蛛だ。
日本では本州から九州、沖縄本島北部まで生息しており、国外ではインド、台湾、中国、朝鮮に分布する。
和名は女郎に由来すると言われているが、上臈(じょうろう)から来ているとも言われている。
別種のコガネグモにも似ているが、ジョロウグモの方が少し体が細長い。
かなりの貪食であり大型のセミやハチ、トンボやカマキリなども蜘蛛糸でがんじがらめにして食い殺し、巣の網に魚や鶏肉の破片を置いても食べる。
牙には毒があるが、人体にはほぼ無影響である。
メスは17~30mmほどの大きさだが、オスはその半分にも満たず、公園や野山で見つかるジョロウグモの多くがメスでなのだ。
性格は凶暴なため、オスはメスが脱皮中に急いで交尾し、終わり次第すぐ逃げるという生殖行動をとる。
これは下手に近寄ると、ジョロウグモは非常に目が悪いため、獲物と勘違いされて食われるからである。
日本ではメスがオスを食い殺すという習性から「絡新婦」と言う妖怪になるという伝承も存在している。
レインボーは宙ぶらりん状態のジョロウグモ……ウィドーを見た。
「ウィドー! そんなところに居たのか」
「あたしが何処に居ようが勝手でしょ」
「まぁ良い……ウィドー、お前の芸で魔王様を楽しませるのだ」
「何であたしが……あんたがやればいいでしょ?」
「お前は仮にも我等『魔蟲四天王』の一匹、魔王様のために働くのは当然だろう! やってくれるなら良い飯を持って来てやる」
「仕っ方無いわねぇ……」
ウィドーは面倒臭そうに腹部の糸を切り離し、ミミズさんの元に歩いて行く。
……しかし四天王なんていたんだな……まぁ魔王なんだから居るのは当然か。
我等と言っていたからにはゴールデン、ゴリアテ、レインボー、ウィドーの4匹が四天王と言うことだな。
私がそう思っている中、ウィドーがミミズさんに話しかけた。
「魔王様、魔王様」
「……何じゃ?」
「退屈な魔王様のために、このウィドー、芸をやらせていただきます」
そう言うとウィドーは脚で腹部から糸を引き、十本の内四本の脚を使って糸で器用に何かを編み始めた。
「……」
それをミミズさんはじっと見ている。
「……はい!」
しばらく待っていると、完成したらしく、ウィドーが編んでいたモノをミミズさんに見せた。
『! あれは……』
ウィドーが編み上げたのは、ミミズさんの編みぐるみだった。
凄い、あの細い糸を一つ一つ纏めて、大小の異なる糸を作り、あんな精巧な編みぐるみを作るなんて……
「「おお~~」」
それを見たゴールデンとゴリアテが前脚で器用に拍手をした。
「いかがですか魔王様?」
「……うむ、良く出来ておるな……じゃがウィドー、それはもう何度も見たぞ」
「お気に召しませんでしたか? では別の……」
「もう良い、他のももう見飽きた」
そう言うとミミズさんは起き上がり、動き始めた。
それに引っ張られるように、私の身体も勝手に動き始めた。
これは……どうやら今の私はミミズさんの傍からは離れられないようだ。
移動するミミズさんの後ろから、レインボーがやって来た。
「魔王様、どちらに?」
「散歩に行ってくる」
「お待ちください、最近この森で人間共を見かけると他の者達から聞いております、誰か護衛を連れて……」
「要らん、儂が人間ごときにやられると思うのか?」
「そんなこと思うはずがありません!」
「なら良いじゃろう、直ぐに戻る、その間はお前に任せたぞ」
そう言って、ミミズさんは大樹海の中を進み始めた。
――暫くすると、大樹海を進み続けているミミズさんが独り言を呟き始めた。
「退屈じゃ……何故儂がこんな退屈な思いをせねばならんのじゃ……まぁ人間共がちまちまとやって来ていたあの面倒な頃に比べればマシじゃが……はぁ~……」
ミミズさんは大きくため息を吐き、空を見上げた。
「何か、面白い事でも起きんかのう……」
「…………ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………」
「……む?」
『ん?』
何か声が聞こえ、私も真上を見上げると、何かがミミズさん目掛けて落ちてきていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? おいお前! さっさと翅広げろぉぉぉぉぉぉっ!?」
落ちてきていたのは、大きなカナブンに乗った人間の少年だった。
「ああ!?」
『何だぁ!?』
私とミミズさんが同時に驚く中、少年とカナブンは落下し続ける。
「落ちるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」
そしてそのままミミズさんの真ん中の頭部の上に落下した。
少年はカナブンの上に乗っていたため無事だったようだ。
カナブンも無事らしく、起き上がってそのまま飛んでいった。
「痛たたたたた……あの野郎、急に飛ぶの止めやがって……ん?」
「……」
少年がミミズさんの巨大な眼を見つめた。
「うおおおおおおっ!?」
驚き、後ろに飛び跳ねた少年がミミズさんの頭部から落下する。
「うわああああああああっ!?」
「……」
落ちる少年を、ミミズさんが尾部を動かして受け止めた。
「あ、ああ……?」
少年は真上を見てミミズさんの全身を見て、硬直する。
「人間、儂の上に落ちてくるとは良い度胸しとるのう……その命、奪われても文句は言えんぞ?」
「……か」
ミミズさんが少年を威圧する中、少年は。
「かっけぇぇぇぇぇぇぇぇ……!」
目をキラキラと輝かせてそう言った。
「な、なぬ?」
予想外の反応だったのか、ミミズさんがあっけにとられる。
「すっげぇカッコイイ! こんなカッコいい奴俺初めて見た!」
「そ、そうか?」
「うん! あんた一体何なの?」
「ふ……よかろう、特別に教えてやるわ……儂こそはこの世界に破滅をもたらす存在! 六大魔王が一体、魔蟲王ヤタイズナである!」
「魔王!? あのおとぎ話に出るあの!? すっげぇぇぇぇぇっ!」
「ふふーん、そうじゃろう? 儂の凄さが分かるとはお前中々見所があるのう!」
少年の言葉が大層嬉しいらしく、ミミズさんは身体をくねらせている。
『……』
……ミミズさん、チョロいなー……
そう思いながら、私はミミズさんと少年の姿をじっと見ていた。
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