第188話 異端Ⅹ

――森の中で、金属のぶつかり合う音が響き渡る。



「ぬぅぅぅっ!」

「……っ!」


 バロムとヴィシャスが鍔迫り合いの接戦を繰り広げる!


「ヴィシャス! そのまま抑えていろ!」


 バロムの背後から、ヴィシャスが戦鎌で斬りかかって来る!


「っ!」

「ぐふぁっ!?」


 バロムは鍔迫り合っていた剣を横に往なし、横蹴りでヴィシャスを蹴り飛ばす、その後瞬時に振り返りながらしゃがみ、デスラーの戦鎌を回避する!


「ぬぅ!?」


 そのままデスラーの鎧胴部を斬り裂いた!


「……浅い、か」


 デスラーの鎧胴部には斬り傷が出来るが、デスラー本人は無傷であった。


「寸前に一歩下がらなければやられていた……ヴィシャス、動けるか!」

「……あ、ああ、大丈夫だ」


 ヴィシャスが起き上がり、デスラーと二人でバロムを囲む。


「……」

「行くぞ!」


 デスラーが叫び突進すると同時に、ヴィシャスもバロムに突進する!


「死ねぇぇっ!!」


 戦鎌を振りかぶるデスラーに対し、バロムは懐から鉤縄を取り出し、デスラー目掛けて投擲!

 鉤縄は戦鎌の長柄に巻き付き、そのまま力強く引っ張った!


「ぬぉぉっ!?」


 突如引っ張られたデスラーは態勢を崩し、その隙を狙いバロムはデスラーの顔面に跳び蹴りを喰らわせた!


「ぐ、がぁっ……!?」


 よろけて地面に倒れるデスラーを後にし、鉤縄を離してヴィシャスの方へ振り向き、剣を振る!

 二つの剣が再びぶつかり合う!


「……バロム、もう一度考え直せないのか?」

「……今更何を考え直せと? 私はもう魔人族では無い、戻ったところで処刑されるだろう」

「なら死んだと偽り、俺の部隊に身を隠すんだ……友として、お前を救いたいんだ」

「……魔人族である事を捨て、人として生きる事……それが私にとっての救いなんだ」

「何故だ、なぜそこまで……」

「ヴィシャス、君は私に何があったのかを聞いたな……今総てを話そう」


 バロムはヴィシャスにあの日の事を、魔人族の真実を総て話した。

 それを聞いたヴィシャスは剣を引き後退、頭を抱えて動揺していた。


「我々が……同族の命を糧にしていた?」

「そうだ、奴は……ギリエルは女達を『部品』と呼んでいた」

「ギリエル、様が……? 嘘だ! バロム、お前がそのような戯言を」

「戯言などでは無い!」


 バロムの叫びに、ヴィシャスが口を閉じる。


「私は許せなかった……魔人族を、そして自分自身を……だから私は捨てたのだ、魔人族である自分を……」

「バロム……」

「何を……世迷言を言っているぅぅぅっ!」


 倒れていたデスラーが起き上がり、バロム目掛けて戦鎌を振り下ろす!

 それをバロムは回避するが、デスラーは辺りの木を切り倒しながら、戦鎌を振り回し続ける!


「ヴィシャス! お前も裏切り者の言葉に聞き入ってんじゃねぇ! こいつの戯言はギリエル様だけでなく魔人王様をも侮辱しているのだぞ!!」


 デスラーの戦鎌がバロムの右腕を切り、血が噴き出す!


「くっ……」

「たとえバロムの言葉が事実だとしても、何を悩む? 魔人族の、魔人王様のお役に立てて女達も幸せであっただろう!」

「デスラー……」

「魔人王様こそが絶対! それに従わぬ者達も人間と同じ、排泄物以下の存在だぁぁぁぁっ!」

「……お前が」


 バロムは剣を低く構え、地面を強く踏みしめた。

 そして一気に地面を蹴り、一瞬でデスラーに近づき、剣を振った!


「……ん?」

「彼女の幸せを語るな」



 ――その言葉と同時にデスラーの右腕が、戦鎌ごと地面に落ちた。


「がああああああああああああああああ!!?」


 切断面から大量に血が吹き出し、デスラーは悲鳴を上げる。

 そのままバロムは剣でデスラーの鎧胴部の傷目掛けて刺突!


 剣は鎧を貫通してデスラーの胴体に到達、そのまま奥深くまで突き刺さった!


「が、ごがばぁっ!?」


 デスラーは兜内で吐血、血飛沫がバロムのマントに掛かった。

 剣を引き抜くと、デスラーは頭から地面に崩れるように倒れた。


 バロムは剣の血を拭い取り、マントの一部を破き右腕の切り傷に結び付け止血する。


「……これで私は正真正銘の裏切り者だ、どうするヴィシャス?」

「バロム……俺は、俺は……」


 ヴィシャスが剣を構え、バロムも剣を構えた。

 その時だった。


「あがばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 デスラーが血反吐を吐きながら起き上がったのだ!

 バロムは横に跳び、ヴィシャスとデスラーの両方に対応できる場所に移動する。


「ごの……排泄物以下のゴミめがぁぁぁぁぁぁっ!」


 デスラーは鎧胴部を無理矢理剥がし捨て、懐から緑色の珠を取り出し、胴体の傷に埋め込んだ。


「……ぐげ、げがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 その直後にデスラーの身体がボコボコと膨れはじめた!


「っ……!?」

「一体、何が……!?」


 膨れ上がったデスラーは巨大な肉の塊となり、大きく脈打ち始めた。


 ドクン……ドクン、ドクンドクンドクンドクン……


 鼓動は徐々に速くなり、遂に臨界に到達、亀裂が入り崩れていく。

 肉の塊内部から、二メートル半はある巨大昆虫が姿を現した。


 昆虫の身体はメタリックグリーンの細長いヒョウタンに長い触角と脚が生えたような形をしており、短いながらも立派な大顎を持っている。


 それはマイマイカブリと呼ばれる昆虫だった。



 マイマイカブリは、コウチュウ目オサムシ科、オサムシ亜科に分類される昆虫の1種。

 成虫の体、特に頭部が前後に細長い日本固有の大型オサムシである。


 後翅は退化していて飛ぶことが出来ず、そのため地域による変異があり、いくつかの亜種が存在している。

 平地から山地にかけての林に多く、地表や樹木の幹で見られ、主に夜に活動し、カタツムリやミミズなどを捕らえて食べる。細長い頭や胸は、カタツムリの殻に食い入るためでありマイマイカブリという名は、ここからきている。

 長い脚で活発に歩行するが、危険を察知すると腹部後方から強い酸臭のある液体を噴射する、この液体は刺激が強く、目に入ると炎症を起こす。

 

 亜種ごとに様々な変異があるので昆虫採集の対象となっており、海外のオサムシ収集家にも憧れの的の1つともなっている昆虫なのである。




「オオ、オオオオオオオ……ス、素晴ラシイ……」

「デスラー……なのか……!?」


 驚愕するバロムとヴィシャスを見て、マイマイカブリ……デスラーが愉快そうに喋り始める。


「コレコソガ魔人王様ノオ力(ちから)……! 力ガ、力ガミナギッテクルゥゥゥゥゥゥッ! ヴィシャスヨ、オ前モコノ力ヲ使イ、バロムヲ始末スルノダ!」


 デスラーの言葉に、ヴィシャスは後退る。


「これが、魔人王様の力……? こんなの、もう『人』ですらないじゃないか……!」

「愚カ者メ……コノ力ノ素晴ラシサガ理解デキナイノカ、カカカカカカカカ……」

「……壊れ始めている」

「ココココ、コノ力ヲモッテテテテテテテテ……貴様、ヲヲヲヲヲシマ、始末シテクレルルルルル……ギシュアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 完全に言葉を介さなくなったデスラーがバロムに襲い掛かる!

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