第187話 異端Ⅸ

「……」


『後宮』の出来事から一月が経過した。

 あの日以降、バロムは以前よりも口数が少なくなっていた。


「先生、今日もずっと黙っているな……」

「一体先生に何が……」


 ディオス達や他の魔人達がバロムを心配する中、バロムの元にヴィシャスがやって来る。


「バロム、今日も精が出ているな」

「……ヴィシャスか……何の用だ?」

「いつも通り立ち寄っただけだ……隣、良いか?」

「ああ……」


 ヴィシャスはバロムの隣に座る。


「……」

「……」


 しばらくの間、二人は無言のまま時が流れた後、ヴィシャスが口を開く。


「―何があった?」


 ヴィシャスの言葉にバロムが反応するが、以前バロムは喋らない。


「最近のお前からは生気を感じられん、一月前ギリエル様とビャハがこの森に潜んでいた人間達を駆除した時からお前はおかしくなった……話ではお前もその場所に向かったと聞いたが、一体何があったと言うんだ?」

「……ヴィシャス……魔人族(わたしたち)は、誇り高き種族と思うか?」

「突然何を……」

「選ばれた存在だと思えるか?」

「当然だ、私達は魔人王様直々に生み出された種族、まさに選ばれし種族であり、それを誇りに思うのは当たり前だろう」

「……そうか」


 バロムは立ち上がり、森の方へ歩いて行く。


「バロム、何処に?」

「すまないヴィシャス……一人に、させてくれ……」


 そう言って歩いて行くバロムを、ヴィシャスは止めることが出来なかった。


「……ビャハハハハハ」


 その光景を、ビャハは楽しそうに笑いながら見ていた。











 ――バロムは森の中にある石碑の元に歩き、腰を下ろした。

 石碑の前には、以前には無かった小さな石碑が作られていた。


「……ロディア……」


 バロムは小さな石碑に祈りを奉げ、その後空を見上げた。



『お前は魔人王様の物だ、魔人王様のために生き、魔人王様の願いを叶える事こそが総てなのだ』





 ―違う、そんなモノが私の、魔人族(わたしたち)の総てのはずが無い。


「ロディア、私は覚悟を決めたよ……もう少し早く決意できていれば、君を救えただろうにな……」


 自虐を言いながらも、バロムの瞳は決意に満ちていた。











 ――三日後の夜、バロムは鎧を着けず軽装にグレーのマントを羽織り、月明かりに照らされた石碑の前に居た。


「……来たか」

「先生、こんな森の中で話とは一体……?」

「森にこんな場所があったのか……」

「あの石碑一体……」


 そこにディオス、ザハク、ゼキアの三人がやって来た。


「……ディオス、ザハク、ゼキア……私は……この森を出ることにした」


 バロムの言葉にディオス達は驚愕する。


「なっ……!? 先生、何をおっしゃられているのですか!」

「それはつまり……魔人族を、魔人王様を裏切ると言うことですか!?」

「馬鹿な! 先生が……先生がそのような血迷ったことを……」

「血迷った、か……確かにそうかもしれんな……」

「そう思っておられるのであれば、何故!」

「ディオス……成人の儀の日、私がお前達に言った言葉を憶えているか?」

「勿論です、私達は先生の言葉を胸に、今日まで戦士として生きてきました」

「そう……その教えを今、私自身が実行しようとしているんだ……自分だけの「個」を見つけるために」

「それが何故、魔人王様を裏切る事に繋がるのですか!」

「私は……私は今まで自分がしてきた事に疑問を抱いていた……正しい事なのかと悩んでいたんだ……だが、一月前の事で確信した、私は間違っていると」

「先生……」

「私は……人として生きる、魔人族六色魔将、『紫』のバロムとしてではなく、ただのバロムとして」

「「「……」」」


 バロムの言葉にディオス達が沈黙する中、バロムは背を向け歩きだした。


「ザハク、妹を戦士にする願い、必ず叶えるんだぞ」

「っ! ……はい」

「ゼキア、君は少し冷静過ぎる所がある、偶には心の思うままに行動してみるといいぞ」

「……」

「ディオス、人の……命の重さを知るんだ、そうすれば君はもっと強くなれるはずだ」

「命の、重さ……」

「さらばだ……皆、生きてまた会える事を願っているよ……」


 そう言って歩いて行くバロムの姿が見えなくなるまで、ディオス達はただじっと、その後姿を見つめていた。



 そして、ディオス達の背後に隠れていた黒装束の魔人も、城に向かって移動を開始した。









 ――廃城円卓の間。

 黒装束の報告を聞いたビャハが笑い声を上げる。


「ビャハハハハハハハハ! ギリエル様、バロムの奴森を出ようとしているみたいですぜ」

「そうか、残念だ……優秀な戦士を失うことになるのは……」

「そんじゃあ、俺があいつの始末に……」

「その役目はヴィシャスとデスラーに任せる、念のために『魔蟲の宝珠』を持たせてな……」











 森の中を移動するバロムは、背後から迫って来る気配を察知した。


「……もう追手を差し向けて来たか」


 バロムは振り返り、腰に携えた剣を抜き、警戒する中、森の中から六色魔将『黄』のヴィシャスと『緑』のデスラーが現れた。


「ヴィシャス……お前が来たのか」

「バロム……まさかお前が裏切るとはな……何故だ? どうしてお前が……」

「ヴィシャス、無駄な話は止めろ、さっさと任務を遂行するぞ」


 そう言うとデスラーは戦鎌を手に持ち、戦闘態勢を取り、ヴィシャスも剣を抜いた。


「誇り高き魔人族の面汚しめ……このデスラーが始末してくれる!」

「誇り……他の命を奪い、同族の命を糧にしてまで生きる私達に何の誇りがあると言うのだ?」

「何だと?」


 バロムは額に生える三本の角の内、右の角を掴んだ。

 そしてそのまま力任せに自らの角をへし折った!


「なっ!?」

「バロム……!?」


 バロムは折った角を地面に投げ捨てた。


「貴様、正気か……!? 角は我等魔人族の象徴にして誇り……それを自らへし折るなど!」

「こんなモノが誇りなら……私は喜んで捨てよう」


 そう言ってバロムは左の角もへし折る!


「どうやら狂ったようだな……魔人王様を裏切るような輩だ、狂っていて当然か」

「私は正常だよ……少なくとも貴様よりはな……デスラー、今お前と相対しているのは魔人族でも、六色魔将『紫』のバロムでもない」


 そして、最後に残った真ん中の角もへし折った!!


「ただの……『人間』だ!」

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