第186話 異端Ⅷ

「虫の蛹……? しかしなぜこのような場所に……」


 巨大な蝶の蛹には一本の管が付けられており、その管は奥の通路へと伸びていた。


「この先だ」


 バロムはギリエルとビャハの後を追い、奥へと歩いて行く。

 通路の途中で、バロムは黒装束の魔人達が巨大な柱のような物体を作っている現場を発見する。


「あの柱は一体……?」

「あれは魔人王様が造られていた『魔王縛りの柱』だ……ここではかつて魔人王様が作られたモノを発掘及び復元も行っているのだ」


 バロムはさらに奥へと進み、地下の大広間へと着き、そこで奇妙な二つの物体を目撃する。


 一つは天井に張り付き、筒状の透明容器が組み込まれている肉塊で、先程の蛹に付いていた管はこの肉塊に繋がっていた。


 もう一つは地面に根を張る樹の形をした肉塊だ。

 肉の樹の枝の部分には実が生るように小さな肉塊が生っている。


「何だ、これは……」

「この場所こそ魔人族始まりの場所だ」

「始まりの場所……ここが、ですか……?」


 バロムはこの場所でも幾つもの蛹を発見、その蛹の内部が薄らと見えることに気付き、蛹に近づいた。


「……!?」


 そして蛹を見たバロムは驚愕に目を見開き、後ずさる。

 蛹の内部に魔人の姿が見えたのだ。


「これは……これは一体……」

「ビャハハハハハハ、その蛹はもう羽化する頃合いだなぁ」

「羽化……羽化だと?」


 驚くバロムの背後で蛹に亀裂が入り始める。


 ピキピキ……パキッ!


 割れた亀裂から、内部の人が出て、地面に倒れ落ちる。

 蛹から出てきた魔人は十歳前後の姿をしている。


「ビャハハハ! おい、こいつを連れて行ってやれ」


 ビャハの指示で黒装束の魔人達が、羽化した魔人と空の蛹を抱えて歩いて行く。


「……何なんだ……私は、私は夢を見ているのか……!?」


 自らの目の前で起こったことを理解できず混乱するバロムを、ビャハが笑う。


「ビャハハハハハハハ! 夢なんかじゃねぇよ! これが魔人族の造り方なんだよ」

「造り方……それでは魔人族とは」

「そう、魔人族とは魔人王様によって造り出された人造生命体なのだ」


 ギリエルの言葉を聞き、バロムは身体を震わせる。


「アレを見ろ」


 バロムはギリエルの指さす方に顔を動かす。

 そこには上の部分が開けられた空の蛹と容器を持った魔人の姿があった。


 魔人は容器に入っていたモノを蛹の中に入れ、蛹を閉じ、管を取り付けた。

 バロムは己が目を疑った。


 それは、容器から蛹に移されたモノが、バラバラに刻まれた人間の死体だったからだ。


「虫とは不思議だと思わぬかバロムよ?」


 突如そう言われ、バロムはギリエルを見る。


「奴らは幼虫から蛹と経る際、内部の躰をどろどろに溶かしきってから成虫へと変わる……まさに生命の神秘……魔人王様それを応用し、人間の死体から新たな生命を造り出す方法を編み出されたのだ」

「まさか、それが……」

「そう、それが魔人族……そしてこの『後宮』こそが魔人族製造工場なのだ」

「だから人間を殺し、その死体を持ち帰っていた……」

「その通りだ、しかし魔人族には致命的な欠陥がある」

「致命的な、欠陥……?」

「寿命だ、魔人族は生後からおよそ十年で肉体の劣化が始まり、数年で死に至ってしまうのだ」

「十年……魔人族が生後すで十歳前後とするなら、成人と共に劣化が始まる……?」

「それでは魔人王様のために戦う兵としては欠陥品だ……故に魔人王様はあの『肉の樹』を造られたのだ」

「肉の樹……」


 バロムは肉の樹を見て気づく。

 肉の樹の表面部に幾つもの人の顔が浮かび上がっている事に。


「バロムよ、魔人族を造り出す遥か前より、魔人王様は人間から多くの亜人種を造りだされた……その一種に『エルフ』と呼ばれる亜人種が存在した」

「エルフ……? 獣人やドワーフなどの種族は知っていますが、そのような種族は聞いたことがありません」

「当然だ、彼らは既に絶滅している」

「絶滅……」

「エルフは長寿と言う特徴を持っていてな……数百年経とうが老いる事が無い種族だった……それに魔人王様は目を付けられた」

「まさか……エルフ達を」

「そうだ、エルフを襲い、捕らえた……この廃城は元々奴らの居城だったのだ」

「あの時は楽しかったなぁ……エルフは綺麗な顔してっから、恐怖に歪んだ時の顔はそれはもう……ビャハハハハハハハハ!」

「私とビャハはエルフ達を使い多くの実験を繰り返した……そして完成させたのがあの肉の樹だ」

「ビャハハハ、結構失敗したけど、エルフの悲鳴は良い声だったなぁ……」

「あの樹から実る肉塊を喰らった者はその時点から老いる事は無くなる……魔人王様の支配下にある限りはな」

「それが……魔人王様の加護の、正体……」


 バロムは震える己が両手見つめる。


「私達は……他の種族の犠牲の上に生きているのか……」

「嘆くことは無い、総ての生物は他の命を奪って生きているのだ……それにエルフも元は魔人王様のしもべ達だ、エルフ達も魔人王様に命を捧げられて本望だろう」

「ビャハハハハハハ! でしょうねぇ」

「……」


 ビャハが笑い続ける中、バロムはある事に気付いた。


「我等魔人族がどのように生まれたかは分かりました……ですが……それでは後宮に入った女性達は、一体何処に……」

「ギリエル様」


 バロム達の元に大きさ一メートル程の筒状の容器を持った魔人達がやって来る。


「新たな『部品』の加工が完了しました」

「そうか、では使い切った『部品』と取り換えておけ」

「かしこまりました」


 魔人が容器をもって肉塊の元へ向かおうとした時、バロムは容器を近くで見て、呼吸が一瞬止まった。


「お前、その容器を見せろ!」


 バロムは魔人から容器を奪い、中身を視認した。


「――っ」



 容器の中には手足を切断された女性の肉体が液体と共に入っていた。

 女性の頭部には、小さな角が生えている。


 中身を見たバロムは硬直し、手元から容器が滑り落ちる。

 それを魔人が地面に落ちるギリギリで受け止めた。


「……嘘だ」







 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ、嘘だ!




 肉塊、容器、蛹、それらを繋ぐ管……嘘だ、こんなのは嘘だ!

 バロムは己が考えた最悪の答えを必死に否定する。


「……後宮に入れられた者達がどうなったかだったな、その問いの答えはその容器だ」

「嘘だ……こんなのは嘘だ……!」

「ビャハハハハハハ、あのバロムがこんなに動揺する姿て初めて見たぜぇ! 滑稽だなぁ……ビャハハハハハハハハ!」

「バロムよ、死体から新たな生物を生み出すとして、必要なモノは何だと思う?」

「……」

「生命力だ、死体を一度溶かし別のモノに変えても、それでは只の命持たぬ肉人形だ……故に最も生命力が熟す成人の時に女達を『生体部品』として加工し装置に組み込み、管を通して蛹に生命力を与えることで魔人族が完成するのだ」

「ギリエル様……貴方は私に言ったではありませんか……女達は後宮で子を産み、育てその一生を全うすると!」

「自らの命を糧とし、魔人族を生み出す……まさに子を産み育てる事と同じではないか」


 バロムの視界が歪む。

 他の命は愚か同族の命すら犠牲に生きていたという事実に、バロムは耐え難きモノを感じた。


「では……百年前、この城に入った者達は……ロディアは……!」


 バロムは自らを慕ってくれた女性の姿を思い出す。


「ロディア……?」

「ビャハハハハハ、最後までバロムの名を呼んでた女の事じゃないですか?」

「……ああ、アレか……」


 ギリエルは思い出したようにバロムに背を向け、肉塊を見た。


「アレの生命力は多くの魔人達を生み出した……素晴らしい『部品』だったぞ」

「――っ!!」


 バロムは腰の剣を抜き、ギリエルに斬りかかる!



 ―それを、ビャハが三又槍で受け止めた。


「……手を出す必要は無いぞ、ビャハよ」

「ビャハハハハハ、いやぁちょっと楽しみにしてたんですよぉ、こいつと本気で殺し合うのを……よぉ!」


 ビャハは槍で剣を弾き、バロムの胴体目掛けて槍を突くが、バロムは槍を回避し、ビャハの顔面目掛けて蹴りを放つ!


「ビャハハァッ!?」


 蹴りをモロに喰らったビャハはよろめき、その隙にバロムはビャハの首目掛けて剣を斬りかかる!


「痛ってぇ……なぁ!」

「ぐふっ!?」


 咄嗟に剣を避け、ビャハはバロムの胴体に膝蹴りをかました!

 バロムは地面に倒れ、首元に槍を突き付けられた。


「ビャハハハハハ、それじゃあとどめぇ……」

「待て」


 ギリエルの言葉を聞き、ビャハは槍を止めた。


「バロムよ……お前は何ために生きている、何を為すために生きている」

「……私、は」

「お前は魔人王様の物だ、魔人王様のために生き、魔人王様の願いを叶える事こそが総てなのだ」

「……」

「私はお前を失いたくは無い……己が迷いを断ち切るのだ……《総ては我らが主、魔人王様のために》」


 その言葉を言い、ギリエルは歩き出し、ビャハも付いて行く。


「……何が選ばれた存在だ、何が誇り高き種族だ!」


 バロムは地面に拳を叩き付ける。


「私は……私はぁ……!」


 バロムの悲しき叫びが、地下室に響いた。

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