第32話 黒い悪魔と天敵再びⅠ

「さぁ、入って入ってー!」

「お邪魔します」

「失礼するで御座る」

「邪魔するぞ」

(おじゃましまーす♪)


私達はウィズの家にお邪魔していた。


「適当に座ってていいよー」

「分かった、それにしても大きい家だね」

「そうかなー? 普通だと思うけどー」

「普通…なのかな?」

「とりあえずご飯にしよー!」


私達はウィズの家で夕食を食べた、メニューはテールシザーの姿焼き。


「もうずっとテールシザーばかり食べてるなぁ…」

「仕方なかろう、持ってきた食料はこれしかないのだから」

「拙者は別にずっとこれでも問題ないで御座るが…」

(ぼくもー)


そう言えば森に残ってるソイヤー達は大丈夫かな…ちょっと心配だな…


食事を終えた私達は疲れていたのですぐに寝た。





翌日、私達は再び城に行き庭園にいるオリーブに会いに行った。


そして昨日と同じで私はオリーブに撫でられミミズさん達はクッキーを食べている。



「うふふふふ…」

「あの、オリーブ、聞きたいことがあるんですけど」

「はい、何でしょうか?」

「ウィズから聞いたんですけど、お姉ちゃんにカブトムシの事を教えられたと、どうしてカブトムシの事を知っていたんですか?」

「それはですね、本を読んだからです」

「本?」

「はい、私が子供の頃から読んでいる本で虫の事が沢山載っているんです」

「へぇー、何て本ですか?」

「昆虫図鑑です」

「…今なんと?」

「昆虫図鑑です」

「…なるほど」


どういう事だ? この世界にも昆虫図鑑が存在するのか? 


いや普通にあるならバノンもカブトムシの事を知っているはずだし…ひょっとしてとても高価なものとか?


「あの、オリーブ」

「はい、なんですか?」

「その本を見せてもらえたりできますか?」

「勿論良いですよ、では取って来くるので少々お待ちください」


オリーブが立ち上がり城内に入って行った。








10分後、オリーブが本を持って戻って来た。


「お待たせしました、これが昆虫図鑑です」

「こ、これは…」


私は本のタイトルを見て驚いた。


『世界の昆虫図鑑』


と日本語で書かれていたのだ。


どういう事だ、これはどう見ても日本の昆虫図鑑だ。


それが何でこの世界にあるんだ!?


「オリーブ、これ読めるんですか?」

「はい読めますよ?」

「そ、そうですか…」


何で異世界と日本の言語が同じなんだ? まぁ考えても答えは分からないしこの話は終わらせよう。


「ほら見てください! このページにヤタイズナさんが載ってるんですよ!」


オリーブが昆虫図鑑を開きカブトムシのページを私に見せた。


「確かにカブトムシですね、そう言えば何故オリーブはカブトムシが一番好きなんですか?」

「それはですね! 私が子供の頃この庭園の木にカブトムシさんが止まっているのを見たんです!」

「ええっ!? それは本当ですか!?」

「はい! その後直ぐに飛んで行ってしまったのですが…あの時のカブトムシさんが私今でも忘れられないんです!」

「なるほど…それなら好きになっても仕方ありませんよね」

「分かってくれるんですか!」

「はい! 私も同じ状況なら絶対カブトムシの事が好きになりますね!」

「そうですよね! なのにお父様や爺やはもういい歳なんだから虫と戯れるのはやめて婚約者と結婚しろなんて言うんですよ!」

「それはひどいですね!」

「ですよね! しかもその相手が全然好みでも何でもないんですよ!? しかも虫に興味なんて全然ないんですよその人!」

「そんな…親も相手も虫に興味がないなんて…地獄じゃないですか!」



こんなひどい話があるのか…私が人間だった頃は両親と兄弟全員が虫大好きだったのに…


オリーブは趣味を共有できる人が周りにほとんどいなかったのか。



「そうなんですよ! 私の趣味を反対しないのはウィズとお母様だけ! そのお母様も今は用事で国を離れているし…」

「大変だったんですね」

「はい、でも私今とても幸せなんです…またカブトムシさんを見れて、カブトムシさんと喋れて…カブトムシさんに触れて…私今までの人生で一番幸せなんです! だからヤタイズナさんを連れてきてくれたウィズには本当に感謝しています」

「お姉ちゃん…」

「それにヤタイズナさんは私の趣味を理解してくれる素晴らしい方…私、ヤタイズナさんの事が本当に大好きです!」

「そんなにカブトムシの事を好きと言ってくれるなんて…嬉しいです!」

「ほ、本当ですか!?」

「はい! オリーブがカブトムシの事を好きと言ってくれて私はとても嬉しいです、同じ虫好きとしてこんなに嬉しいことはありませんよ! これからもカブトムシの事をずっと好きでいてくださいねオリーブ!」

「はい! 私ヤタイズナさんの事ずっと大好きでいますね!」


オリーブが笑顔でカブトムシの事をずっと好きでいると言ってくれた。


その言葉聞き私は再び嬉しく思った。


「お姉ちゃん…良かったね」

「よく分からぬが良かったで御座るな!」

(よかったねー)

「…何かあ奴ら会話がかみ合ってない気がするんじゃが…気のせいかのう…」

「…俺もそう思う」


こうして私達は庭園で楽しく過ごした。












翌日、私達はまた城に行きオリーブに会いに行った。

そして今日もオリーブは笑顔で私を撫でている。


「オリーブ、私達そろそろこの国から出ようと思うのですが」

「………え?」


私が国から出て森に帰ることを言うと、私を撫でていた手が止まり、オリーブはこの世の終わりのような表情をした。


「え? 何でですか? 何で出ていくんですか?」

「いえ、3日も滞在してしまったのでそろそろ帰らなければと思って…オリーブ?」

「………」

「オリーブ? どうしたんですか?」


オリーブは黙ったまま俯いている。


「………やだ」

「え?」

「行っちゃやだぁ…ヤタイズナさん私の側からいなくならないでぇ…」

「え、ちょ、オリーブ!?」


オリーブが突然泣き始めた。私はどうしたら良いのか分からずあたふたしてしまう。


「お、お姉ちゃん!? どうしたの一体!?」

「ウィズぅ…ヤタイズナさんが…ヤタイズナさんがここからいなくなっちゃう…」

「お姉ちゃん落ち着いて、ヤタイズナさんは帰る場所があるからここを離れるのは当然なんだよ?」

「やだぁ…ヤタイズナさんともっと一緒にいたいよぉ…」

「大丈夫だよ! ヤタイズナさんはまたすぐに会いに来てくれるよ!」

「ぐすっ……本当?」

「本当だよ! ね、ヤタイズナさん」

「え、は、はい!」

「ほら、ヤタイズナさんもこう言ってるし大丈夫だよ、お姉ちゃんはヤタイズナさんの事が好きなんでしょ? だったらヤタイズナさんを困らせちゃだめだよ」

「……うん、分かった、私ヤタイズナさんを困らせない」

「分かってくれたなら良かったよ!」


…なんかよく分からないうちに問題が解決した。


あとミミズさんに「お主これから大変じゃのう」と言われた。


どういう事だろう?















王国に滞在して4日目、私達は大樹海に帰るため王国の正門の前にいた。

私達を見送るためにオリーブが使用人を連れて門前に来てくれていた。


「ヤタイズナさん、この4日間本当に楽しかったです…本当にありがとうございました」

「いや、こちらこそ本当に楽しい4日間でした」

「ふふっそれなら良かったです…ヤタイズナさん、これはほんのささやかなお礼です、どうか受け取って下さい」

「これは?」

「クッキーです、帰りの途中に食べてください」

「ありがとうございます、じゃあ私もお礼をしないと…そうだ、この角輪なんてどうですか?」

「いいんですか!?」

「はい、私が持っている物といえばこれぐらいしかないので…」


オリーブが私の角から角輪を外す。


「ありがとうございます、とても嬉しいです! 大事にしますね!」

「喜んでくれたなら良かった、では私達はこれで」

「はい! ヤタイズナさん、それに皆さんもお元気で、また来てくださいね」

「ヤタイズナさん達さよーならー!」


別れを告げ、私達は空を飛び、王国から出発した。













空を飛んで一時間程が経過し、私達は草原で休憩していた。



「それにしても楽しい4日間だったな…」

「このクッキー美味いのう」

「美味で御座る!」

(おいしい~♪)

「まったくだな」


私達はオリーブから貰ったクッキーを食べていた。


「森にいる皆にも食べさせたいから半分は残しておこうよ」

「そうか…ん? なんじゃあれ?」

「え?」



私はミミズさんの言葉で空を見上げ、遠くを見た。


「…あ、あれは…」


東の空の一部が魔物の群れで黒く染まっていた。


魔物の群れはすごい勢いでこちらに向かっている。


私はあの魔物を知っている。


特徴的な顔と発達した後脚、斑模様の前翅、間違いない!


「トノサマバッタ…!」


トノサマバッタとはバッタ目バッタ科トノサマバッタ属に分類される昆虫で、別名ダイミョウバッタとも呼ばれる昆虫だ。


主にアフリカや日本に分布していて日本では全土に分布していてイネ科植物が多い草原などに生息していて、主にイネ科の植物をエサとしているが、昆虫の死骸なども食べる事があり仲間同士で共食いすることもあるのだ。


トノサマバッタ最大の特徴と言えばあの大きく発達した後脚だ。


警戒心がとても強く、外敵が近づくと地面を跳ねて飛び、翅を広げ十数メートルも飛翔して草の中に逃げ込む。


そのジャンプ力の秘密は脚の関節にあるレジリンと言うタンパク質にある。


レジリンはゴムやバネのように力を蓄えることが出来、それを一気に解き放つことであのとてつもないジャンプができるらしい。


実はトノサマバッタは環境によって二種類のタイプに分けられる昆虫なのだ。


成虫が同じ場所で多く暮らすと『群生相』、逆に少ないと『孤独相』と呼ばれるタイプになるのだ。


孤独相は身体が緑色の所謂一般的なトノサマバッタだ。


群生相は身体が褐色で孤独相とは違う特徴を持っている。群生相は翅が長く脚が短くなり、頭が大きくなるのだ。


更に食べる植物の種類が増し、凶暴性が強くなり常に群れで行動するようになるのだ。


このように同じトノサマバッタなのに条件次第で姿や行動が変わることを『相変異』と言う。


群生相は産卵数が少なくなり、代わりに群れで行動することで生存確率が上がりとんでもない数に膨れ上がる。


そして翅が発達し、飛行距離も飛躍的に伸び、大群でとんでもない距離を移動をし、移動した土地の植物を徹底的に食い尽くしてしまう。


これを飛蝗と呼び、飛蝗による災害の事を『蝗害』と言う。


この蝗害は作物に壊滅的な被害を与え、多くの飢餓者を出してしまう恐ろしい災いとして恐れられたと言う。


ヨハネの黙示録に登場する『奈落の王アバドン』はこの蝗害が神格化されたものだと考えられているのだ。


そして今私達が見ているトノサマバッタは群生相だ。


これはやばい状況だ、このままだとこの辺一帯が全て食い尽くされる可能性がある。


しかしやばいのはそれだけじゃない。


「ミミズさん…あいつら、こっちに向かって来てない?」

「ああ…来てるのうこれ」


そうトノサマバッタの群れが一直線に私達に向かって来ているのだ。


「ねぇ、やばいよねこれ」

「ああ…ヤバすぎるのう」


トノサマバッタがすぐ近くまで来ている。


「ミミズさん…どうする?」

「…決まっとるじゃろう」


私はミミズさんを前胸部に乗せる。

バノンもガタクに乗りガタクがスティンガーを掴む。


「逃げるぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!」


私達はもの凄い勢いでトノサマバッタから逃げ出した!

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