6オススメは、替え玉
間もなく注文した品がやってきた。メンマや温泉卵、チャーシューの他に、三種の海草が入っていた。
ワカメはわかる。このネバネバしたものはメカブだろうか。これもわかる。しかしもう一点、歯ごたえのある赤い海草の名はわからなかった。
スープは魚介ベースで、やさしい薄味だった。三陸でとれた魚介がスープの中に眠っているに違いなかった。
「オススメは、替え玉ですよ」
耳元で囁かれた。クーラーの冷えのせいもあるだろうが、鳥肌が立つ。
ラーメンに集中して気づかなかったが、店員が脇に立っていた。白髪交じりの男性で、鼻が赤く、怪しげなアロハシャツを着ていた。にんまりと笑みを漏らす。
「オススメは、替え玉ですよ。このラーメンの真骨頂は替え玉ですよ」
店員は繰り返した。
「今食べてる麺は、柔らかいでしょう? 替え玉はなんと、麺が硬いままなんですよ」
「はあ」
一考する。替え玉を頼んだら、せっかくの魚介スープが台無しになってしまわないか、心配になる。しかし店の人が薦めるのならばあえて騙されてみようと思った。
「じゃ、お願いします」
「毎度。あ、美味しいと思ってもらえたら、一五〇円、替え玉のお代金はいただきますよ」
店員は冗談らしいことを言った。
「はあ」
「じゃ、すこしお待ちください」
厨房へ向かうアロハシャツを見送り、氷の溶けきったお冷やを口に含んだ。
私はまだ若い。あの店員ほど人生を重ねているわけではない。だが店の従業員ではなく、一人の販売員をしている自覚はある。与えられた業務をこなすのが仕事ではない。ものを売る専門家だ。
だからこそ、むなしい気持ちになる。冷めたカップラーメンを見る思いで、スープだけになった丼を見つめた。
「お待ちどうさま。替え玉です」
店員は嬉しそうな顔でスープだけの丼に麺を投入した。硬麺に絡まるスープはさらに薄まり、腹だけが膨らんでいく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます