2かもめの玉子
「ほんだげんど、なすて接客だったんです? 戸田さん休憩中だっちゃ?」
「ええどうも、みなさん取り込み中だったみたいで。ちょっと専門的な内容でしたんで、私が」
「若えのに新店配属でねえ。照明売場の部門長だなんて。わだすら、なんもでぎねがってもうすわげねえ……」
私に感心したかと思えば頭を垂らして気落ちする。感情の豊かな変化を見て、砂森さんの美点だと改めて感じる。
「ああいえ、そういう意味で言ったんじゃないんです。今は一つひとつ業務と知識を覚えていってくれれば。この間、電球の違いについて、熱心に質問してくださったじゃないですか」
「そうそれ、ありがとね。今朝お客さんに電球訊がれでっさ、ちゃんと説明できましたよ。詳しんだねって、褒められでよ」
「いいですねえ。今度はそのお客様、砂森さんに会いに来ますから、そのときまた親切な対応お願いします。わからないことがあったら私にきいてください」
部下が成長していくさまを見るのは、五年前では知りえない感覚だった。五年間ホームセンターで働くと人にものを教える立場になれるだなんて、新入社員だった当時考えられただろうか。
部門長に任命されてから日は浅いが、志すものは昔と変わらない。たくさんのお客様に好かれる店をつくるということだ。
ファンを持つ店は強い。何度だって来てくれるからだ。しかし人は最初から店を好いてくれるわけではない。多くの場合、店の人間を好きになってくれて、それから店のことを好きになってくれる。
担当者だったころは自分だけ工夫すればよかった。部門長に就任した今は、自分だけでなく部下たちがファンを獲得できるようマネジメントする必要がある。
特に砂森さんたちパートは、私が異動したあともこの店にいつづける。私が去ってもお客様と共に店を成長させられるようになってほしい。
新店の一部門を任されたからには、自分の志をのこしていきたいと、そう考えている。
「戸田さんに褒められっと、元気出るよ。わだすも早ぐ戸田さん助けれっぐれえ働ぎてえげんども」
砂森さんは二児の母で、どちらも東京にいるらしい。要するに私と息子が同じくらいの年齢で、私が働いている姿が励みになるんだそうだ。
仕事熱心で、なんでも質問してくれて、理解も早い。砂森さんのような人が一人いるだけで本当に助かる。
「プレオープンのときと比べると、見違えるくらい仕事が早くなってますよ」
「いいえぇ。だってまだ二〇日しか……んん、ここオープンしてからもうそんなに経っぢまっでねえ」
「あっという間でしたね。目に見えて成長してますよ」
「んもう、そんな褒めっどな……これけっから。がんばってけさいね」
笑みを隠そうともせず、白い包みにくるまれた菓子をもらった。
「かもめの玉子?」
「そ。三陸銘菓、見がげっどつい買っぢまっでよ。知らねえの?」
「ええ、初めて食べます」
包装紙をとると、ゴルフボール程度の白い菓子が出てきた。半分かじってみた。
うまい。ホワイトチョコの殻にしっとり甘い餡。地元で食べたことのない味と食感は、冷めたコーヒーですらウマいと感じるほどだ。
「おいしいですね、うん、おいしい」
「でしょ? タガダに姪がいでな、この間行っだわけ。戸田さんはタガダ、行っだごどあります?」
このまちに引っ越して一ヶ月の人間なので、一関市周辺の地理には詳しくなかった。そもそも今までが激務だったので社宅の付近すらまともに散策できていない。タガダというのが地名なのか菓子の製造会社なのかすら判別できなかった。
「行ったことないですね、どんな感じなんですか?」
地元のことを知るためにも、広く意味を取れるような質問をした。
砂森さんはすこし表情をこわばらせた。それから少しばかり思案し、こう言った。
「なんも、ね」
文字だけを切り取ると、それは田舎を語る常套句のようだったが、その口調は単なる田舎とは異なるニュアンスを抱えていた。
「まあでも、一度行っでみっといいべ。ほら、奇跡の一本松とかね」
奇跡の一本松。
その妙に浮いた言葉を耳にして、タガダがどこなのか一瞬で判明した。
岩手県
そのことを知らずに話を聞いていた自分に気づいて、身の毛がよだつ思いがした。
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