替え玉

今田ずんばあらず

1ドでかヘルシーヌードルしょうゆ味

 照明器具の売場から休憩室に戻った。席にぽつりと冷え切ったコーヒー、それから半開きになったカップラーメンがあった。


 当社PB商品〈ドでかヘルシーヌードルしょうゆ味〉は税込九八円。とにかく安い。関税の低い国でカップと麺その他諸々を大量生産し、国内へ輸入している。商品部の人間は味に自信があると胸を張って答えていた。


 確かに味は悪くない。ノンフライで低カロリー。そのくせ腹持ちはいい。塩分を抑える代わりにダシの味を濃くすることでうまくごまかしている。


 しかし〈ドでかヘルシーヌードルしょうゆ味〉には重大な欠点が二つあった。


 ひとつは、フタに水蒸気が当たると安物のベニヤ板よろしく反り返る点だ。その力や他社製品の追随を許さず、割箸一膳程度では重石の代わりにすらならない。最近はスマホを置いているのだが、ここ最近はそれすら持ち上げることもあった。現に売場から戻った私を迎えてくれたのは、スマホをフタから追いやり、勝利の右腕を掲げるカップラーメンであった。



 中で伸びきってしまった麺がカップの口まで膨らんでいた。湯を注いで何分経ってしまったのだろうか。腕時計をちらと見たが、あまりにくだらなかったので計算はやめておく。


 休憩時間に休憩できないことくらい、ひと週に一度はあることなのだ。この手の泣き言は入社二年目でため息に切り替えた。


 真新しいパイプ椅子を引き、箸を割ったところで白飯が置いてあることに気づいた。これはたしかに私の白飯なのだが、レンジに入れたままだったはずだ。席を外している間に誰かが取り出してくれたらしい。



「あらあ、ラーメン冷めぢまって」


 私の食事風景がどう見えたかは定かでないが、席の後ろに座っていたパートの砂森さんが声をかけてくれた。垂れ目で笑いジワが深く、なまりの強い中年の女性だ。


「この暑さですし、冷めてるほうが食べやすいですよ」

「まあ、わだすん息子見でるみてえだなあ。でも無茶しぢゃいげねえよ」

「はは、お客様は待ってくださいませんからね。いいんです」


 といって麺をすすってみた。


 ぶよぶよした小麦粉の味が舌にねっちょり絡みついた。その味と食感はスープにも溶けており、全体が水で薄めたデンプンノリと化している。



 我がPB商品〈ドでかヘルシーヌードルしょうゆ味〉には欠点が二つある。もうひとつの欠点とは、のびるとひどく味が落ち、やむを得ず席を立つことが多い我々販売員が食べる代物でないということだ。

 それでも店内で安く済ませられるから、当分この食生活を改めるつもりはない。



「あと飯チンしてだがら出してけだよ」


「あ、砂森さんが出してくださったんですね。ありがとうございます」


「いいええ。さめぢまっでっけどね」


 目を細めた砂森さんはお茶を口にした。



 多忙はいつまでも続くように思えた。

 ホームセンターの全国チェーン、モチダホーム一関いちのせき店がオープンして二〇日が経つ。

 岩手県の南端に位置するこのまちは、都内の夏と比べると幾分か過ごしやすいものの、暑いものは暑い。緑が多いからか蝉の声が目立つ。東北にある多くの都市同様、一関市は車と道と畑しかないような田舎だ。

 オープンからの数日間、どこからともなくお客様がやって来て、ディズニーランドのような熱気に包まれていた。なにもないまちだからこそ、ホームセンターでのショッピングが娯楽になるのだ。


 当店は東北エリアにおいて、ネットワーク型店舗構想を本格導入した最初のサテライト店舗となる。上層部の期待を背負った店舗なのは、グランドオープン前後に社長を筆頭にお偉いさんが多数応援に来たことからもわかる。


 さすがに三週間も経てば、ピーク時と比較して落ち着く。他店舗から応援に来ていたメンバーも減り、また減った分だけ忙しくなることもなく、売場のメイン通路をゆっくり歩いてもお客様から声をかけられることもほとんどなくなった。


 とはいえ、先ほどのようにときどき不思議なほど忙しくなることもある。油断できない日々が続いていた。

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