五十九話 葬送と遺言とビーチパラソルと



 晴天であった。


 アトリエの前で空を見上げながら立つと、早朝にもかかわらず日射しは肌に熱を与え、潮の香りを運んでくる海風がとても心地良い。


「あら、今日は暑くなりそうね~」

 続いて出てきたあまり闇っぽくない闇の女神が、眩しそうに掌を目の上にかざし楽しそうに言う、暑くなると何かあるんだろうか? とほんの少し疑問が湧いたが、他の皆もぞろぞろ出てきたのでまあいいかとなった。

 揃ったところで出発である、セルピナの先導でアトリエの裏手に続いている小径を辿っていく、日が昇るにつれた気温の上昇で森の匂いが強く立ち昇っており、歩いているだけで健康になってしまいそうであった。


 ほんの少し上り勾配になっている小径を歩きながら、後方をアリーシアと歩くイルビスをチラチラ見る、起きてからすでに数度、具合はどうかと尋ねてはその都度はっきりと大丈夫と言われていた。

 だがあの酷い負傷をした昨日の今日である、自己修復できる女神だと理屈では分かってるのだがどうにも気が気ではない……なんだか心配性の兄にでもなった気分であった。

 そんな感じで数分も歩いていると急に開けた場所に出た、一同がため息混じりのふわぁ~という声を上げながら横並びで立ち止まる。

 そこは岬の上であった、森を背に眺めるとその先端は、まるで天空へ向かうプラットホームのように青い空の中へ溶け込んで見える、そしてその手前は小さな広場のようになっており、そこには古い四角い石の墓碑が四つ仲良く並んでいた。


 進み出たセルピナが、向かって左から。

「お義父さま、お義母さま、愛しの旦那様のタオ、そして最愛の息子タイチのお墓よ」

 最後まで愛し抜いたセルピナ自慢の家族であった、胸を張りオレたちに紹介してくれる、オレたち一同は胸前で両手を合わせ握り、それぞれの精神の良き輪廻を願う、このやり方がこちらの世界の流儀ということであった。

 魂や精神、霊体などの存在認識があやふやな物質界とは違い、アウルラと精神体の概念がはっきりと認識されているこちらの世界ゆえの願い方のようだ、どこだか分からないあの世という所へ逝った魂の、ご冥福とかいうよくわからぬものを祈る……なんて漠然としたものではないということである。


 セルピナが片手を振ると、湧いた黒霧からカンナの眠る結晶の柩がスッと現れた、それに続いて四角い石の墓碑とスコップも現れる、穴掘りからかな? と思ったがさすがにそんなことはなかったようだ。

 スーッと空を優雅に滑空してきたBBが、タイチの墓の横辺りで空中停止しながら羽を広げる、すると黒霧が地面に四角く貼りつくように湧いたかと思いきや……ガボッと音をたてて一瞬でキレイな墓穴が、地にぽっかりと開いてしまったではないか。

 そして間髪入れず穴のすぐ脇にドザァッと、これも黒霧の中から穴の場所のものであろう大量の土が出てきて山になる、おお~っ……と見守るオレたちの目の前であっという間に埋葬の準備が整ってしまった。


 なるほど……影渡りの応用で穴まで掘れるのか……と感心しきりのオレの頭に羽音と共に一仕事終えたBBが舞い降りる、フンフンッと小さな体を揺らして居心地よく座り込み、オレの頭頂に美しいパイルダーオンが完成した。

 全員が何か言いたそうにオレとBBを交互に見ている、イルビスは本当に羨ましそうに、うああぁ……という表情だし、セルピナに至ってはオレたちの共感している様子をどうしても理解できないようである、怪訝を通り越して猜疑的にすらなり、ウムム~……と難しい顔で見ている。


 墓穴へ黒い柩が納められた、透けた結晶の中で胸前に手を組むカンナは、夜明け前からセルピナが森で摘んできた色とりどりの花に囲まれている、万感の想いがあるのだろう、言葉も無くカンナを見つめるセルピナはとても優しい眼差しをしていた。

 スコップで土がかけられる、セルピナからオレへ、オレからアリーシア、イルビス、ローサ、サマサ……数回づつ集った全員が渡されたスコップで土をかけて次へ回していく、そうすることで別れの覚悟をするという意味があるのであろう、土で見えなくなっていく柩が葬送する者へ、未練を断ち切り永訣へと向き合うことを教えていくのである。


 少し盛り上がった状態まで土をかぶせ、よく均してから墓碑である石を置いてしっかりと固定すると、ささやかではあるが想いのこもった埋葬は終了であった。

 ローサとサマサが花を摘んできてくれた、渡された一輪の黄色い花を墓前に供えると、海から吹き上がる爽やかな風が青い空へと巻き上がる。

「人はその身を大地へ……精神をアウルラへ……そして想いは我等の胸へ……」

 五つ並んだ墓碑へ……そのセルピナの言葉も風に乗り大空へと舞っていく……


 そのときである、森の上空から飛来する影がオレたちの方へふわりと舞い降りてきた。

「フクロウ……カノポスか?」

 タイチの墓碑の上に柔らかな羽音を微かにたててとまった、灰白色のフワフワの羽毛にこげ茶色の模様がついているフクロウがこちらを見回す、問うまでも無くカノポスであろう、鋭い猛禽の爪がのぞく片方の趾に透明の小さな水晶球を握りしめていた。

「カノポス、来てくれたのね……」

 セルピナが進み出て話しかけると、器用に水晶球を握る趾を差し出す、その仕草にイルビスの表情がグハァッとなっていた。

「私に……?」

 カノポスの前にしゃがみ込み、差し出された水晶球を受け取ったセルピナの優しい微笑みがピタリと固まる、すぐ驚いたように立ち上がり辺りをキョロキョロ見回し始めた、オレとイルビスは同時にハッとする、オーブの機能が発動したと気付いたのだ。


 情けないくらいにビビっているセルピナがグリッとオレを見た、なかなかに切羽詰まって必死の表情である、ちょっと怖い。

「オーブは何て言ってるんだ?」

 尋いた瞬間グワッと寄って来た、こちらが事情を理解してると知った途端に完全に依存モードに入ったようである、本人は愛想笑いのつもりなのだろう、かなり怖いうすら笑いを浮かべている。

「え、ええとね、最初に頭の中に声が聴こえたのよ、システムなんとか、リンクなんとかって……そのあと目の前に認証って字が浮かんでその横に棒がピコピコ点滅してるの……」

 なんと、直接脳内に投影できるのか……しかし起動はまるでPCだな……ならば……


「セルピナ、オーブをしっかり握って真名を言ってみてくれ」

 オレの言葉に、な、なるほど……という感じで頷くセルピナ。

「アウルラ・フィネスタ・セルピナ」

 言った瞬間であった、あっ……と小さな声を上げると目が何かを読んでいるように横へ行ったり来たり動いている。

「えと……私の名前に与えられてる権限が、メッセージの閲覧……一件あるって表示が……」

「閲覧実行を念じてみてくれ」

「わかった……あっ……空間投影、視野に重ねて表示、音声のみ、の選択肢になったわ」

 セルピナも要領を把握してきたようである、だいぶスムーズに運ぶようになった。


「セルピナ……それはおそらくタイチの最後の言葉だ……いつ、どういうふうに見るかは全てセルピナが一番望む方法を選ぶといい」

 少し驚いた様子のセルピナであったが、オレとオレの後ろに居並ぶ皆が頷くとジーンときたのであろう、泣き笑いのような表情を浮かべる。

「そんなの決まってるじゃない……私とBBだけじゃここまでこれなかったわよ……」

 クルッと背を向けオーブを持つ手を前へ出し。

「空間投影!」

 ヴゥオンとオーブが低く唸るとその直後、現れた光景に皆も驚嘆の唸りをあげる。


 オレたちの前には例の泉の巨木であろう、そのねじくれた根の上に、手にオーブを握って座る痩せた老人の姿があった……実にリアルなホログラムである、本当にそこに居るように見えていた……

 これがタイチ……その最後の姿か……

 頭髪のない頭、首から胸、手首から手の甲……服で隠れておらぬ肌には、至る所から闇の結晶なのであろう漆黒に光る表面が覗いている……千二百余歳と聞いた、本来ならば人間の身体などが耐えられる年数ではない、骨格の補強や機能の補助のためなのであるのは容易に想像できた……

 だがオレはなによりタイチの目に惹かれた、澱みなく真っ直ぐに……千二百年生きてなおこの澄んだ眼差しができるのか……と驚かされるその翡翠色の目は、真っ直ぐにセルピナへ向けられているようであった。


『お母さん……』

 タイチの声が聴こえる……口は動いていない、思考からの音声のようである。

『やっぱり直接には言えなかった……こんなかたちでごめんなさい……どうやら僕も寿命のようです……』

 それからしばしの沈黙……穏やかな顔に少しもどかしそうな表情が混ざる、なかなか言葉にならないのであろう、溢れる想いを伝えるというのは原初の女神を唸らせる天才でも難しいとみえる。


『闇柩が減衰消滅したら、このメッセージを届けるようにカノポスに頼みました、カンナの埋葬をお願いします……』

『それから、ボクの研究は全てオーブに記録しカノポスへ預けます、誰かのために使うもよし、そのまま時の中に忘れられるもよし……全部カノポスに一任しておきました』


 また少しの沈黙が流れ、それから……ほんの少し伏せていた目が上がり、正面を見つめ直したタイチは全ての想いをその微笑みに込めて。

『僕はここで生きることができて……本当に幸せだった……』

 そして口が開き、言葉が伝わる、千二百年分の短い言葉が……


「ありがとう……お母さん――」


 映像が消えていく……泉の大木を映した風景は本来の岬の広場に戻り、六百余年の時を経たメッセージはようやく伝わり終えたようであった、今そこには一人、オレたちに背を向けたまま天を仰ぎ立つセルピナだけが残る……

 スッとオレの横をアリーシアが前へ出た、いや、アリーシアだけではない、イルビスが、ローサが、サマサが、皆セルピナのもとへ……タイチの墓碑の上に並ぶBBとカノポスもその輪を見ている、オレは仲良く並ぶ二羽の後ろに、嬉しそうな笑顔で立つタイチがいたような……そんな気がしたのであった。


 アトリエへ戻る道程はうって変わって賑やかであった。

 BBを頭に乗せスコップを担いだオレが先頭を歩くが、女性陣が後ろに固まって何やらキャッキャッと話しながら、こちらと少し距離を開けてゆっくりと進んでいる、この狭い道で何やってるんだろう? と窺おうとするが、目に見えぬ壁でもあるかのごとく話に混ざることができない……

 よからぬ事でも企んでいるんじゃ……? と気が気ではないが、ある意味ミツハのバリアより強固そうな女子バリアになすすべも無く、ローサにシッシッとやられてやむなくスゴスゴと歩を進める、アトリエへ着くまで終始そんな感じであった。


 アトリエに戻るとまだ昼までは間のある時間である、少々寝不足なので夜に使っていたクッションをそのまま床にゴロンと寝転がるが、ここでも女性陣はなんだか元気一杯である、どうやらすぐに昼食の準備にかかるようだ。

 今日は我が家に戻ってベッドで眠れるな……などとボ~っと思いながら、やはり今夜はセルピナを夕食に招待しなきゃなとも考える、カンナを埋葬してタイチの遺言を見た日の夜にBBと二人っきりというのも寂しいものであろう……オーブを渡されるとすぐ飛び立っていったカノポスも気になるところであるが……

 とりとめもない思考が眠気を誘引してくる、キッチンから聞こえる調理の音も意識を心地良い眠りに引き込むのに一役買っていた、睡魔に抵抗する気など一切無いオレはやって来た眠気に喜んで身を預け、やがて軽い寝息をたて始めていく。


「タ・ク・ヤ・お・き・て?」

 頬をツンツンされながら呼ばれている、ゆっくりと覚醒する中で声の主はローサであるというのが真っ先に分かった、行動もそれを裏付けていて、オレが目を開けるまでやり続けるぞ、と言わんばかりに指の先で頬をグリグリし始めたのである。

 至福の眠りから引き戻されてぶすっとした顔のオレが目を開けると、やはりローサのそんなことお構いなしの笑顔が目の前にある、しかもかなり近い……つまりご機嫌ということのようだ。


「もうお昼よ、起き抜けで悪いけどちょっと一仕事してもらえる?」

 相変わらずマイペースに物事を進めるヤツだな……と思いながらも、楽しそうな笑顔に文句も言えずしぶしぶ上体を起こす。

「ん~? 仕事ってなんら……?」

 ショボショボした目をこすりながら尋ねると、間髪入れずにドサドサッと何かを渡された。


「う、うわっ……なんだコレ……傘……? でかいな……あっ!」

 気付いてしまった! そうである、雨よけの傘にあらず、木製の骨格で張ってあるのは布であるが立派な日除け用の巨大な傘、そしてすぐ目の前には海……打ち寄せる波を臨んで砂浜に立てられるそれは……夏のリア充必須アイテムのランキング常連である、ビーチパラソル様ではないかああっ!

「こ……これって……じ、じゃあ……」

 眠気など数光年先にすっ飛んだオレのキリッとした目を見て、コ、コイツは……という表情になったローサが、それでも少し頬を赤くしながら。

「わ、わかるでしょ? ……セルピナと二人で先に行ってセッティングしててちょうだい……いいわね?」


 その言葉が終わらぬうちにスックと立ち上がり、背筋をビシッと伸ばした凛々しいオレは、一国の命運を担うミッションに参加する精鋭のごとく使命感に溢れた敬礼で返す、ニッと笑った口元で白い歯がキラリと光った。

「いいから早く行きなさいよ……」


 昼食が入っているのであろう大きなバスケットを持ったセルピナに、パラソル用品や敷物を抱えたオレがヨタヨタ付いていく、崖下への坂道を下り鋭角なコーナーを曲がると、先程までは崖上からチラッと見えていた海と砂浜が突然目線の高さに広がって現れる、心臓が跳ね上がるほどインパクトのある大自然の演出であった。

「昔はこれの何倍も広くて長かったのよ~」

 荒めの白砂のビーチを差してセルピナが言う、見ると砂浜自体は百メートルほど先で途切れており、その浜は昔は向こうに見える岬の方まであったという、セルピナと家族が生活をしていた頃の漁村の面影は今は無かった……


「さあ、早く立てちゃいましょうよ」

 ボーっと岬の方を眺めていたオレに長い木の杭が渡される、パラソルを固定するために先に打ち込んでおくヤツだ、重要ミッションを思い出したオレは急いで一番寝心地の良さそうな白砂の場所を選び杭の先端を砂地にググッと押し込む。

 それからちょっと大きめの石を抱えて持ってくると、それで杭の頭をゴスンゴスンと打ち込んでいく、オレの腕の長さほどもある杭は三十センチ程を残すまでしっかりと打たれた。


 パラソルの柄も砂地に深く差し込み、杭にクロスさせる形でしっかりと縛りつけて固定が終了した、結構な力仕事である、昼も過ぎて気温もどんどん上昇してきていた、照り付ける直射日光を立てたばかりのパラソルをバッ! と開いて遮ると、なんとも居心地の良さそうな日陰が出来上がった。

 出来た日陰に合わせて敷物をセッティングする、最後に風でめくれないように先程杭を打った石を端にドスンと乗せるとミッションコンプリートであった、完璧である。


 オレの予想が正しければ、この特等席に座ったオレの目の前で、これからこの世のパラダイスが具現されるハズである……期待し過ぎはイカンぞ……とどこかで己を戒める声も聞こえるが、期待せずにおられようか……だって男の子だもんな。

 さ~て、着席するか~と敷物に上がろうとしたときである、ニコニコ顔のセルピナが手にもっていた大きなバスケットを、特等席である日陰にトスンと置き、さらにそのすぐ横にセルピナ本人も満足そうに座り込んでしまったではないか……


 これには声も出なかった……バスケットには昼食が入っているであろう……たしかに直射日光の当たる場所に置いておくのはマズイ、食品だものな……

 そして次にバスケットの横のヤツを見る……う、う~ん……闇……の冠……いただいてるんだよなあたしかこの人……食品並みに扱うべきなのかなあ……日陰で気持ちよさそうだしなあ……しょうがないかぁ……

 む~……となりながらもやむなく諦める、敷物の端側にあぐらをかいて座った、もちろん日陰はない、日射しがジリジリと肌に刺さるが時折渡ってくる海風が心地良いのでまだ救われている。


 打ち寄せる波と波に濡れる白砂がシャラシャラと音を鳴らしている、引く波には泡の弾けるプチプチという音が楽しい、少し先までは浅瀬が続いてるのであろう、浜辺からしばらく翡翠色の海が広がり、その先は急に深くなっているせいか藍色へとはっきり分かれている。

 音を聴き、色を眺め、潮の香りを胸いっぱいに吸い込んで、オレなりに海を楽しんでいるその時であった。


 ザッザッと坂道を下ってくる足音が聞こえてくる、ハッ! としたオレはそちらへ首を振り向ける、が、あまり露骨に注視してもちょっとアレである、至って自然に振舞おうと何気ない素振りでそちらを見ていると……


 足音はコーナーを曲がりその姿を今、オレの視界へと現そうとしていた……


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