五十話 進撃と戦果と招待と



 きたっ! オレを見つけたみたいだっ。


 短弓を構えて迷うことなく戦闘態勢に入るフードローブがこっちへ突進してくる、逃げるのを装いながらなるべく木を盾にして射線が通らないようにジグザグなコース取りで、追ってくる弓猿に適度に距離を詰めさせつつオレは走っていた。


 頭の中で考えていた段階ではさほど難易度の高い作業ではなかった、しかし実際にやってみるとこれが実に怖い……まず弓猿の素早いことといったら……なんてったって猿だものな……しかもヒュプノ学習で焼き付けられていると予想される弓術の精確な射撃といったら……

 ズカッ! とすぐ側の木に矢が突き立つ、少しでもヤツとの間に射線が通ると問答無用で射ち込んでくる、怖くないハズがないっ。


「ひっ、ひえぇっ」

 走るオレの口からは絶えず細い悲鳴が漏れている、森の木々とてびっしりと密集して生えているわけではない、逃げていればどうしても射線に出てしまう時もある、これがまた非常に心臓に悪い。

 距離が詰まってくるにつれ狙いも精確になるのは道理だ、木々の間にチラッと見える弓猿もかなり迫ってきている、いつ矢が飛んできてもおかしくない恐怖に、もうダメ……限界っ! と心が折れるどころかクシャっと潰れてしまうんじゃないかと思った瞬間であった。


 バササッ!


 突然真上から急降下して大きく羽を広げ、フードローブの行く手を遮るように宙へ浮くBBが現れる。

 疾走していたフードローブがガクンッとつんのめるように停止した、よく転ばなかったと思わせるほどの急停止である、が、その分できた隙は大きい。


 ハッとしたフードローブの首がそちらを向いた時にはもう、横手で構えるファイの真っ直ぐ伸ばした右掌から、ビー玉ほどの白く輝く光弾が撃ち出されていた。

 白熱の光弾は狙い違わずローブのど真ん中に吸い込まれるように命中し、当たったかと見えた瞬間にジュッ! と音をたてるや、紅蓮の火球となって膨れ上がる、光弾の超高熱によって周囲の可燃物が爆発的に燃え上がるのだ。

 火球の中心の光弾が体内へ突き刺さると、命中個所はすぐに膨れ上がって内側からボンッ! と弾け、燃え上がって炭化した細かい体組織を辺りに飛散させながら吹き飛び、グチャッと地に倒れた弓猿は黒煙をブスブスと噴き出し始めた。


 オレはゼエゼエと肩で息をしながら、ようやっとのことでファイの隣へ到着し並んでそれを眺める、ファンタジー系ゲームのファイアーボールって実際はこんな感じなんだなあ……と、弓猿の腹に開いた大穴を見てオエッとなりながらしみじみ思うのであった。

 影の精霊が無事に消えるのを見送ったあと、すぐに周囲の索敵を終えて戻ってきたBBがオレにパイルダーオンする、この一連の作業を繰り返してもう結構な数の弓猿を倒し、それと同数の影の精霊を解放してきた、そろそろ頃合いかなとイルビスチームと合流すべく歩き出す。


「いたいた、おーい」

 イルビスとセルピナが並んで立っている、今度は岩の精霊でも使ったのか、岩石に潰された哀れな姿の弓猿を見下ろしていた。

 近づくオレを二人はジーっと見る、頭頂のBBが気になるようであった、セルピナはあんたたちどうしてそんなに仲良いのよ……という感じらしいし、イルビスはパイルダーオンが羨ましいらしい、事が済んだらBBにイルビスにもやってくれと頼んでみよう。


「そろそろ一周したと思うんだが……」

 潰れた弓猿から影の精霊が消えていくのを見て切りだすと、セルピナが頷きながら同意する。

「そうね、もうすぐスタート地点に戻るわね……それにしても結構倒したわね~、私たちは八体、タクヤは?」

「六体だ……」

 さすがに女神のタッグには敵わない、まあ善戦したほうであろう。


 泉を中心として半径一キロほどの円内が弓猿たちの防衛圏になるという、なので当然その外縁に防衛網があるだろうということで、そこに真っ直ぐ突っ込んでいってしまうとやがて多方向から同時攻撃されるのは目に見えている。

 そんなことやってたら命がいくつあっても足りないので、まずは外周をぐるっと一周しながら外縁に配置されている弓猿を各個撃破する作戦であった。

 直径二キロの円の外周なので、道も無い森の中を六キロを優に超す移動をするハメになったが、苦労に見合った戦果であったと言えよう。


「予想より戦闘回数が多かったから時間もオーバーしちゃったな……少し中心へ寄ってもう一周する予定だったけど……途中で暗くなっても危険だし、今日はこのままアトリエに戻ろうか?」

「そうじゃのう……その方がよいかもしれんの」

 オレの提案にイルビスが応え、セルピナはどうだ? と二人でセルピナを見ると……何か様子がおかしい……

 蒼白な顔をしてあらぬ方向を凝視している……ただ事じゃない様子に一瞬にしてオレとイルビスにも緊張が走る、セルピナの視線を追ったオレたちの目は同様に見開かれた。


 森の木々と草葉の緑の中に、赤いワンピースの小さな姿が立っていた……

 ワンピースの赤と真っ白な手足が森の緑の中で際立っている、うつむき加減で目を伏せて……こちらを窺うわけでもなくただそこに立っているだけのようであった。

 突然現れた十歳の少女のその姿に、気圧されたように言葉すら出ず動けないでいるオレたちの方へ、その顔が僅かづつ上がり、伏せていた目が虚ろにこちらを見る。


 セルピナが暗い水底のようだと言っていた目であった、亡骸なので当然ではあるが確かにゾッとするほど生気が感じられない、ようやく声が届くほどの距離であるにもかかわらず、見ていると氷のように冷たい虚無感の中へ吸い込まれるような錯覚すら覚えてしまう。


「カンナ……なんだな……?」

 かすれた声でセルピナに問うと無言で頷く、目は一瞬たりとてカンナから離せない。

 カンナはといえば黙ったままこちらをじっと見つめているだけである、何かをしようという素振りすらない、このままでは良い方へは進展しなさそうであった、恐怖感をなんとか抑えつけながら、オレは一歩前に出て少女の姿へ話しかける。


「カノポス……カンナの中に入ってるのはカノポスなんだろ……? 誰もお前を攻撃するヤツなんていない……だから義体に影の精霊を入れて、無差別に攻撃するのを止めるんだ……」

 そう言って様子を見るが反応らしい反応は一つもないようだ……だがオレたちの前に出てきたということは何らかの意思があるのであろう、どうにか疎通できないものかと思案し始めたときであった……


 スッとカンナの左腕が上がり、ゆっくりと森の中を指差す。

 そしてすぐにサアーッと湧き出した黒霧がその指差す姿を覆い隠し、まるで黒い風が吹き過ぎるように消え去った後には、もうそこにカンナの姿は無かったのであった。


「消えた……あの指した方向は……」

「……泉がある方よ」

 オレの言葉にセルピナが応える、ということは……

「ご招待に参上した、ということかの……ナメおって……」

 苦い顔でイルビスがそう言うとオレに向き直り。

「どうするのじゃ?」

 と短く尋ねる、どうするもこうするもない、イルビスは腰に両手を当てて仁王立ちになり、いかにも、男ならハッキリせぬかっ! と言わんばかりの顔でオレを見ている、今日行かなくてもどのみち明日は行かねばならない、ならばわざわざヘタレと思われる選択をすることもないであろう、ということで。


「ドレスコードがなさそうなパーティーでよかった」

 後腰のホルダーの短剣を確かめるように柄に掌を置き、招待を受けるべくカンナが指差した森の奥を見据える、二人の女神を左右に従えて決戦の地へ向かわんとするオレは、頭頂に仏頂面の黒い鳥が座り込んでいなければ最高にカッコよかったであろう。


 泉へ向かっての移動途中でオレは、イルビスとセルピナに考えていたことを打ち明けた、アトリエに戻ってから翌日へのミーティングで言おうと思っていたのだが急な招待である、やむを得ない。

「弓猿の使っていた短弓と、そして着ていたフードローブなんだが……」

「ん? さほど上等なものには見えんかったのう、フードローブに至っては粗末なものじゃったと思うが……?」

 イルビスもある程度観察していたようである、しかしオレの言いたいことは少し違っていた。

「ああ……安物の量産品だった……」

「何か変なとこでもあったのかしら……?」

 難しい顔で言うオレを見て怪訝そうにセルピナも尋ねてきた。

「いや、変なところはない、短弓には全部同じどこかの工房のマークが焼印されていたし、フードローブは全て同じ布同じ規格で作られていた……」

「ならば問題なかろう? どうしたのじゃ?」

「市販品だったということさ……」

 ああっ……と、イルビスとセルピナが同時に気付きその場に立ち止まる。


「自作してるなら分かるんだ、それがたとえ市販の物でも規格がバラバラなら、あちこちから盗んできたんだろうとも考えられるんだが……」

「……じゃのう……取引きで入手せんとあの数を同一商品で揃えるのは難があるかの……」

「ああ……だがさっきのカンナを見た限りじゃ、オレには買い物や取引きができるようには見えなかった……」

「ど、どういうことよ? じゃあ、協力者でもいるっていうの⁉」

 慌てたセルピナがオロオロしながら言う。

「まだそうと決まったわけじゃあない……沢山在庫のある工房や店から盗み出した可能性だってある……まあそれはそれで問題なんだけどな……それに……」

「それに……何?」

「セルピナをすら避けるカノポスが、協力者を受け入れるとも思えない……でも、もしいるとすれば……いや……考え過ぎだな……」

 悪い考えを振り払うように首を振るオレにイルビスも。

「そうじゃのう……いるとすればカノポスをも操るような黒幕になってしまう、と言いたいんじゃろ? さすがにそれはのう……」

「ああ、オレの悪い癖だ、最悪のケースばかり考えちまう……」

 頭頂部は占有されているので側頭部をポリポリと掻きながら苦笑いをすると、二人もため息混じりの笑顔になる。


 再び歩き出すと間もなく木々がまばらになり、さらに向こうにはある程度開けた場所が見えてきた、午後になって少し経過したくらいの時間帯である、真上近くの青空から射す太陽の光は木々に遮られることなく、清らかな水を満たす泉をキラキラと煌かせていた。

 

 予想はしていたが泉までは弓猿の襲撃はおろかその姿すら一度も見なかった、まさか全て倒したわけでもないであろうことから、手出し無用の指令でも出されているのであろう、やはりある程度の統率された集団であったことが窺える。


 パタタッ


 オレの頭皮を勢いよく蹴り、小さな羽を打つ音を響かせてBBが蒼空へ舞い上がる。

 高く高く上昇して空の中へ溶けこんでいく姿を見送り、オレたち三人は木々の間を抜け泉へと進み出ていった。


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