四十一話 資格と真名とお仕置きと
「しかしタイチの開発した、動く物体への封印術をマスターした第三者がいるという仮定は……現実的ではないような気がするのじゃがのう……」
「そうよね~、タイチが教えたにしても、技術を盗んだにしても……そういった人物とタイチが会っていたら、私、絶対に気付いてたと思うものね……」
イルビスすら理解の及ばない技術である、そう簡単に扱える者がいるはずはないであろうし、イルビスの心情的にも認めたくはないであろう、セルピナの母としての勘もそれを裏付けていた。
「じゃあ二人とも、カノポスが単独でやってることだと思うんだな?」
オレがそう訊くとやはり確信とまではいかないようで、う~ん……と腕を組んで考え込んでしまう二人であった。
「そもそも精霊って、封印術なんて使えるもんなのか?」
ファイを見てる限りじゃ火に関することしか出来なさそうな印象なので、湧いてきた疑問である。
「無理じゃろなあ……知識がないじゃろうし……」
イルビス自身も、そうなんじゃよな~……という感じである。
だがこのときオレはふと思いついた、それがきっかけでいくつかの疑念や違和感もほどけていくような気がした、仮定の話で進める価値はありそうである。
「じゃあさ……例えば、その封印術の説明書なんかがあった場合はどうだ?」
「お前……精霊が読書してるところを見たことでもあるのかの?」
「い……いや、ないけどさ……」
しかし、イルビスはオレをジトーッと見ながら何かを察知したのであろう、しばし考えを巡らせ、やがて仏頂面で話を再開する。
「タクヤよ、よもや……お前の言わんとしてるのはオーブのことではあるまいな?」
ちょっと上目遣いで挑戦的な目つきである、本人はトゲトゲしさを表しているようではあるのだが、十五、六歳の美少女がそれをやっても、可愛さを引き立たせる以外の役には立っていないようだ。
「私が古代の図書館とそれに付随することを、どれだけ研究してきたと思っておるのじゃ、現存する文献や資料が少ないというのもあるがの……全くと言っていいほど意味不明なのじゃぞ? それを……それをじゃぞ……」
なんかイルビスの様子がおかしい、俯いてプルプルしだしたかと思えば、ガバッと上げられたその顔は、好奇心に目をキラキラとさせた期待に溢れる表情であった。
「それを、お前っ! 何か解ったことがあるのじゃな? 言うてみよっ! 推測じゃろうが主観じゃろうがなんでもよいっ、隠そうなどとは思うなよ? 正直に思ったことを全て白状せいっ!」
興奮のあまり、いつのまにか尋問になっているが……
「いや……さっきさ、イルビスが四行詩みたいなのを諳んじてただろ? 古代の図書館にまつわる記述みたいな感じの……」
「ああ……宝珠の表記があったものじゃの、意味はさっぱり解らぬが……」
「そうか……でもイルビス、オレにはその意味がスッと入って来るように感じられたんだ……」
「り、理解できたというのか……よい、続けよ……」
驚いたり悔しがったりする間も惜しいというように、イルビスは先を急かす。
「たぶんな……たぶんなんだけど、それってオレが物質界から来た人間だから……なんじゃないかと思うんだ……」
「なるほどの……ということはじゃ、物質界には古代の図書館とオーブのような概念があるということなのかの?」
即座に理解するというのはさすがである。
「ホストっていって、知識も含めた様々なことを記憶している場所があってさ、そこから必要な情報を、好きな時に好きな所で引き出すことのできる端末ってのがあるんだ」
「ま……まるきり図書館とオーブの関係ではないか……?」
「もちろん物質界の技術は、まだまだ古代の図書館やオーブには及んでないと思うけどね、技術体系は物質界の方に近いものがあると思う、ただ……」
「ただ? なんじゃ、言うてみい?」
「さっきの四行詩の中の、真名がなんとかって行……」
「ああ……資格を得るは難からずただ問いに真名を示し……じゃな、これがどうかしたのかの?」
「真名なんてさ……女神以外に持ってるもんなのか?」
「あっ……」
イルビスとセルピナの二人の「あっ……」である。
「それにさ、例えその場所がすごく到達困難な場所でもさ、人間が行ける場所でオーブも人間が入手可能であるなら、長い年月の間にもうちょっと存在が知られて、オーブも少しくらい出回ったっておかしくないと思うんだけど……」
「古代の図書館は……女神のためにあるものじゃと言うのか……?」
「宝珠がなんとかっていう、最後の行ちょっと頼む」
「証としての宝珠を得ること永劫に其と共にあるに等し……」
即座にイルビスが諳んじてくれる、ほんとにたいしたもんだ……
「証としての宝珠とかさ、それを手に入れれば永劫に古代の図書館と共にあるとか……すごく大事なもののように書かれてるだろ?」
「それはもちろん……大事じゃからのう……」
「でも三行目では、資格を得るのは難しくないって言ってる……いや、オレたちがそう言ってると思い込んでいたんだ……」
このへんでセルピナはただニコニコしてるだけになる、話についてこれずにギブアップのようである、まあ無理もない、イルビスにしても怪訝な顔をしてオレの説明を待っているだけであった。
「ただ問いに真名を示し……これをオレたちは、ただ真名を示すだけでいい、つまり単純に名前を言えばいいんだろうなって意味にとっちまってたんだ」
「違うのかの?」
「ああ、逆接さ」
「逆接じゃと?」
「ああ……」
「…………」
「…………」
「もったいぶらずにはよう言わんかああぁ!」
ニャーッ! とイルビスが怒る、うん、どうしてもこれを見たくて焦らしてしまった、すまんすまん。
「資格を得るは難からず、と言っておいて――ただ、問いに対して真名を示す必要があるよ、つまり真名を示せる者でなければならないよ……という意味だったのさ」
「な……なるほどのう……じゃから女神限定じゃと……?」
「いや、オレが言いたいのは真名を示せる者、つまり、女神と同様だと判定してもらえる範囲のことさ」
ガタッとイルビスが椅子から腰を浮かせる、完全に把握したようだ。
「そうかっ……タイチは女神としての真名なぞ持っておらぬ……なのにオーブを入手できた……つまりは女神の能力に近いものさえあれば、入手可能じゃったということか」
「さっき説明した端末を使おうとすると、最初に利用者の登録が必要なんだ、んで、利用者の家族とかも使いたいってことになると、利用者が許可さえすれば許可された範囲で利用者以外の者も端末を使えるようになる、オーブが能力さえあれば使用可能ということであれば……」
すかさずイルビスが後を継ぐ。
「タイチが許可すると、カノポスにもオーブの使用が可能になると……た、確かに精霊は女神と同じアウルラの分身ともいえる精神体じゃ……それが義体に入れば女神とさほど変わらぬこともできよう……ただし、精霊に知識があればという前提の話じゃった……しかしそれがオーブから知識を受けることが可能となれば……」
「最悪の場合、タイチのできることはカノポスもできる……と考えておいたほうがいいかもしれんな」
オレは締めくくったつもりだが、さすがイルビスである、更に話を続けていく。
「いや、できるのは確実じゃ、忘れたか? ヤツは次元の狭間までシグザールの角を盗りに来たのじゃぞ……?」
そうであった、すっかり忘れてた……
「そ、そうだった……ここから王都までってどのくらいの距離なんだ?」
「行商人の荷馬車で十日から十二日って聞いたわ」
やっとセルピナが喋った。
「ずいぶん遠いな……カノポスは一体どうやって角の存在を知ったんだ?」
「なに呑気なこと言ってるのよ~」
セルピナは呆れたように言う。
「探知のあまり得意じゃない私だって感じたわよ~? どっか遠くでなんかやってるわね~くらいだったけど、あんなに派手なことやってるんだもの、知られないわけないじゃない」
もちろん次元の狭間での、オレとイルビスの戦闘のことである。
「げっ……そ、そうだったんだ……それはどうも……お騒がせしまして……」
オレとイルビスは並んで赤くなる。
「と、とにかくじゃ、これで大概の理由はついたようじゃの」
「だな、あとはカノポスの行動の理由だけだが……そればかりはここで話し合っていても分からないだろうな、直接対峙してみなきゃ……か」
「対峙……ねえタクヤ、イルビス、もしかしたら戦うことになっちゃう可能性だってあるのよ? それでも……いいの……?」
セルピナが申し訳なさそうに言う、あの弓猿のこともある、もしかしてどころではなく戦闘になるであろう、だが引くわけにはいかなかった。
「シグザールの角も取り戻さなきゃだしな、それに、なにより……」
イルビスをチラリと見る、もうオレの採る選択など分かっているのだろう、口元に笑いを浮かべてオレを見返す、オレもつられてニヤリとしながら言葉を続けた。
「イルビスの絆の属性が惹き合わせた縁なら、やらない訳にはいかないさっ」
とはいえもうじき日が暮れる時間帯であった、さすがに弓猿たちとの対決は暗いと圧倒的に不利である、なんせ中には影の精霊が入っていると推測されるからだ。
わざわざ相手有利の状況に突っ込んでいくこともないだろうということで、今日は体を休めることとする、考えてみればオレとイルビスはもう丸一日以上動いているのであった。
そこでオレは提案した、装備を取りにも行かねばならぬことだし、昨日オレたちが次元の裂け目に落ちていったきりだと皆心配しているであろう、一度帰るついでにセルピナもわが家へと、夕食の招待をしたのである。
ヴンッと振動音が空中から現れた黒い裂け目から響く、徐々に広がる裂け目が扉のようになり固定されると、中からオレとイルビス、セルピナの三人が姿を現した。
「あ~、なんかやっと帰ってきた~って感じだな」
玄関前で伸びをしてると扉がバンッ! と勢いよく開く。
「タクヤさんっ! イルビスッ!」
心配顔のアリーシアが飛び出してきた、サマサも後に続いてきている。
「ねえさまっ!」
アリーシアに抱きつくイルビス、アリーシアもギュッとイルビスを抱きしめる。
「二人とも心配かけてごめんな、サマサ、お客さんなんだ、夕食に招待したからお願いするよ」
オレたちの無事な姿を見て安堵したサマサが、セルピナを迎える礼をする。
「いらっしゃいませ、ようこそおいでくださいました」
その声にアリーシアもオレの後ろにいるセルピナに気がついた。
「え……? セルピナ……? セルピナなのっ⁉」
「アリーシア~! ひさしぶりね~!」
きゃ~っ! と喜びの溢れる笑顔で抱き合う二人、金髪美女と褐色美女……う~ん……これもいい……
「あの、タクヤさま? こちらの方って……」
サマサが小声で訊いてくる。
「ああ、セルピナも女神さまなんだ」
へえ~……と感心するサマサ、ん? それはいいが……何か足りないな……
カタンッ
玄関入口にユラリと姿が現れる、そう、足りないと思ったらローサがいなかったのだ……が……様子が変だな……
少しうつむいているその顔は無表情に見える、なんだろう……怒ってるのかな……? あれ? 手に……剣なんか持ってるけど……
「ロ、ローサ、ただいま……心配かけてごめん……」
なるべく平静を装って声をかけるが、本能が危険を察知しているのであろう、声が震える。
「おかえり、タクヤ、ご無事でなによりね」
面白くもなさそうな抑揚の乏しいローサの声が返ってくる、まずい……これはかなり怒ってるようだぞ……一体どうしたんだ……? オレ何かしたのかな……?
そこまで考えたとき、オレは雷に打たれたようなショックと共に思い当たる、そうだっ! 何かしたんじゃなく……何もしなかったんだったああっ!
「ねえ、タクヤ」
「はっ、はひっ!」
ユラッと一歩前へ出るローサに、ガチガチの直立不動で返事をする、額から汗が流れてきた。
「サマサとイルビスのスカートをめくったわよね?」
「……はぃ……」
「どうして私にはしなかったの?」
「そ……それは、ほらっ……ローサはショートパンツ……だったから……」
ふ~ん……という顔のローサ、オレの背中は汗でびっしょりである。
「じゃあ、アリーシアのおっぱいを突っついたわよね?」
「うっ……く……は……ぃ……」
「どうして私にはしなかったの?」
「くっ、ううっ……」
言葉のつまったオレに、ローサはフフッと吐き捨てるように笑うと、スラァッと鞘から細身のロングソードを抜き放つ、銀色の剣身が不吉な光を反射した。
「あ……あわわわわ……」
「この……浮気者おおっ! そこになおれっ! ぶった斬ってやるううっ!」
まずいっ! あの目はヤバイ目だっ!
ロングソードを振りかぶるローサにクルッと背を向けて逃げに入る、途端に背中でブオンと剣の空を切る音が鳴る、こ……これはまさか本気なのか⁉
「ぎいやあああぁ~!」
剣をブンブン振り回すローサに悲鳴を上げながら追い回されるオレ、そんな二人を唖然とした顔で見ているセルピナ、そのセルピナにサマサが平然と声をかける。
「ああ、あの剣は訓練用の刃引きの剣ですので、撲殺はできても斬り殺すことはできませんから、ご安心下さいっ」
ニッコリと笑ってセルピナを家へと案内していく。
「撲殺は……できるのね……」
何事もおきてないかのようにアリーシアとイルビスも家へと向かう、入口でもう一度外を振り向いたセルピナは、ちょうどローサの投げた剣の鞘がガスッと頭に当たったオレを見て思うのであった。
あの人……明日の対決まで生きてるのかしら……
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