二十三話 大聖堂と官位と出発と



 迎えの神官に案内され、馬車に乗って王城を後にする。

 向かう先はやはり大聖堂であった。


 馬車を降り、案内されて着いたのは内神殿の中にある応接室であった。

 応接室に通されると、オレを待っていた人たちが立ち上がりオレを迎え入れる。

「お久しぶりです、マクシム神官長、キラさん」


 自ら近づきオレに握手を求める二人としっかりと手を握り挨拶を交わす。

 待ちかねていたように、白く長い髭のマクシム神官長が話し始める。

「タクヤ殿、今回のアリーシア様の現身を取り戻していただいた件、アリーシア様の精神を救っていただいた件と合わせて深くお礼申し上げる」

 神官長とキラさん共々深く頭を下げた。

 オレは照れながら礼にはおよばないと言ったが、アリーシアは随分オレを持ち上げる話し方をしたようで、かなりの勇者扱いに辟易してしまった。


「タクヤさん、回廊へと向かわれるのですね?」

 応接セットのソファーを勧めてくれながら、キラさんが本題に切り替えてくれる。

「はい、できればすぐにでも……」

「そうですか、ならばやはり……」

 キラさんはマクシム神官長と顔を見合わせて頷く。


「タクヤ殿、ご存知のこととは思うが、イルビス様はその昔大神官の位に就かれて、王国の建立繁栄にご尽力されておりました」

 神官長は白い髭を撫でながら言う。

「魔に堕ちたとはいえ、それも元々は王国を侵略より救わんとしたためと、遥か建国の時代より連綿と語り伝えられております、なので畏れこそすれ、決して我らは代々イルビス様を憎むような時の過ごし方はしてきませんでした、大神官の位もイルビス様ただお一人のものとして、二千年もの間誰一人として就かずに空位となっております」


「しかし、一年半ほど前のアリーシア様の失踪……それがイルビス様がアリーシア様を消滅させるべく行ったことだと……それを知らされた我らがいかに苦悩したことか……」

「アリーシア様をお護りするためには、戦う選択をとるしかないのかと諦めかけていたときに、タクヤ殿、初代王陛下の意志を受けられたというあなたの、イルビス様をも救いたいという言葉……どれだけ私たちの胸に希望の言葉として響いたか……」


 感極まった神官長にかわり、キラさんが続ける。

「ならば我らにできることは、タクヤさん、あなたとアリーシア様を全力でお助けすることです」

「回廊へと続く道を開きます、タクヤさん、カムイへお入り下さい」


「カムイへって……カムイがシグザールの城へつながってるんですか⁉」

 驚きのあまり大きな声が出てしまう、失礼……と言うオレにキラさんが説明をしてくれる。

「この大聖堂はカムイがあったから建てられたものなんです、そしてそのカムイを中心とする大聖堂の建てられている場所には、その昔、王国初代国王であるシグザール様の居城が建てられておりました」


「! ……そ、そうか……ということはカムイって次元の扉の……」

「はい、城を丸ごと回廊の入口へ沈めるというとんでもない大きさの次元の扉です、閉じ切らずに不安定な小さな穴が、中心部に開いたままになっていました」

「その穴を固定し、蓋をするように封印して厳重に結界を張り続けている、それがカムイです」

「結界を張り続けてるって……二千年も?」

「はい、アリーシア様が封印を施し、その上に張った結界を巫女たちが維持し続けてきました、当然巫女たちは結界を維持する素養があるだけの普通の女の子ですので、毎年国中から選ばれて採用されております」


「そこまで厳重に封じなきゃならないものなのか……」

「恐怖ゆえ……なんでしょうね、物質界からの侵略者への恐怖、それを虐殺した魔王の力への恐怖、次元の穴なんてのも本来はあってはならないものですし、アリーシア様もその民衆の恐怖心を抑えるために、そこまでしなければならなかったのだと思います」

「なるほど……それも終わらせなきゃならないことの一つですね……」

 神官長もキラさんも深く頷く。


「そこでタクヤ殿、カムイへ入るにあたっての準備なのだが」

 神官長が切りだす。

「準備ですか?」

「うむ、カムイは教会が管理してきたのではあるが、いざ封印を解くような大事になると、やはり議会やアカデミー、貴族院を納得させるだけの材料というものが必要でしてな」


「材料……といいますと?」

「材料の一つは先ほど王城でもらってこられましたな」

「あ、称号……」

「さよう、まずは肩書ということですな、我ら教会はタクヤ殿へ枢機卿の官位をお渡しします、タクヤ殿用の特別官位なのですが、アリーシア様をお護りする場面限定で、神官長の私と同程度の決裁権を行使できるという、特権を付与しておきました」

「そんな特権まで……でも回廊へ入ってしまったら……」

「おっしゃる通り、我らは全く手が出せませんでな、やはりそこは対外的なアピールというやつで、材料の一つというわけになります……悔しいことに……」

「いえ、これだけスムーズに回廊へ行けるなんて思ってもいませんでした、それだけご尽力いただいてるんですから、感謝しかありませんよ」

「そう言っていただけると救われますな」

 神官長は言葉だけでなく、ほっとした表情でソファーの背にもたれて大きく息をつく。


 キラさんが言葉を継ぐ。

「タクヤさん、行かれますか」

「はい、行きます」


 見覚えのある廊下を抜けて進んでいくと、これも見覚えのあるホールに出る、カムイへの扉のあるホールだ、オレはここで手鏡の中へ移ったアリーシアと出会った。

 ホールを渡り扉の前へと向かう、相変わらず大きなソファーが据えられている。

 そしてオレは扉を背にして立つアリーシアと向かい合った。


 白く柔らかいトーガを身にまとい、首には四つ四色の宝石が光る精霊の首飾り、光の女神様と呼んだ姿がそこにあった。

「お待たせしました、タクヤさん」

 よし、行こうか、と言いかけたとき。


「それでは、これを着けていただきます」

 細長い布を見せられる。

「ん? それは……?」

「目隠しです」

「目隠しって……あ、そういえばカムイって男子禁制だっけか……」

「はい、なのでしっかり見えなくさせていただきます」


 そういうことならやむを得ない、長い布で目の辺りを三重にも巻かれてしまった。

「それではみなさん、行って参りますね」

 アリーシアが神官長たちに言っている。

 「行ってらっしゃいませ」「どうぞご無事で」などと声がかかり、次いでガコンッとあの大きな扉が開く音がした。


「タクヤさんこちらです」

 と、アリーシアが手を引いてくれるので、ヨタヨタと歩き出す、なんだか急にカッコ悪い出発になってしまった。


 背後で扉の閉まる音を目隠しの闇の中で聞きながら、いよいよシグザール城へ乗り込むのだと、緊張感は静かに高まっていく。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る