二十二話 約束と称号と王様と



 あれからオレの体調回復には、さらに二日を要した。

 過去の世界での戦闘で黒雲獣に咬まれたときに、かなり濃い瘴気に汚染されていたのだと、治療してくれたアリーシアに教えられたのだ。


 戦闘後、天上の光の中で行われた、ちびっ子アリーシアの治療は、それは見事であったと思う、傷を塞ぎ大部分の瘴気を消し去ってくれたようだ、が、やはりそこはちびっ子ゆえの詰めの甘さというべきか、若干の瘴気が残留していたらしい。

 しかしこれはもう今、立派なおねえさんに成長したアリーシアが、完璧に浄化してくれたので、この短期間での回復となったわけである。


 復調した以上はあまりのんびりはしていられない。

 イルビスの気持ちを察すると、である。

 イルビスにしてみれば、シグザールの心を解き放とうと必死になっている最中に、当のシグザールが彼女の意に反して、オレとアリーシアの身体を逃がしてしまったのである、裏切られたような感覚すら覚えていても不思議はない。

 イルビスの中の全てが瓦解するような、孤独と悲しみに襲われていることすら考えられる。

 そしてオレはイルビスも救いたいと言った。

 なので最優先されるべき目標として、早急にシグザールの居城を再度訪れる、というのが設定されたわけである。


 が、城は次元の狭間である、容易く行ける場所ではない。

 現にオレは行く方法を知らない。

 前回はイルビスの力で連れていかれ、シグザールの力で送り届けてもらっただけである。

 そういう部分ではやはり、今回はアリーシアの知識と力に頼らざるを得ない。

 もう一度行こう! などとカッコつけて言ったくせに、情けない限りである。

 しかしまあ、どちらにしろ頼るのに変わりはないし、アリーシアならば知っているであろうと、たかをくくって訊いてみると、どうにも一筋縄ではいかないらしい、なんだか難しいことを言われた。


「回廊への入口は、今は完全に塞がれています、なので通常の方法では次元の狭間へは行くことができません」

「別の方法としては、シグザールやイルビスのように、次元の扉や裂け目を作って行くものと、他の異なるルートを見つけて行くものがあります」

「ですが、残念ながら次元の扉や裂け目を作る能力は私にはありません、よって他のルートを使用することになります」

 と、いうような話であった、正直わかるようでわからない。


「他のルートというのは存在するのか?」

 とオレが訊くと、アリーシアは少し曇った表情で。

「はい、存在します、ですがそれを利用しようとすると、タクヤさんはかなり大変でしょうが……」

「まあ……多少の苦労や危険はあって当然だろう、それを嫌がってちゃなにもできない」

「……わかりました、では私は用意もありますので、これより教会へ参ります、数日して用意が整いましたら迎えを来させますね」

 このような会話のあと、アリーシアはそそくさと教会へ行ってしまった。

 大変と言っていたが、やはり黒雲獣みたいなのと、戦闘があるかもしれないってことなのかな……聞きそびれてしまったのでいろいろ想像してしまう。


 悶々としながら過ごしていると五日後、王城より迎えがやってきた。

「お迎えに上がりました、装備等を整え、出立の準備が整いましたら馬車へお越しください」

 騎士装備の人はそう言い、家の前に停めてある馬車へ戻っていく。


 オレは自室で着替え、短剣を装備して部屋を出る。

 リビングへ続く廊下の途中、オレの部屋の隣はローサの部屋だ。

 そのドアの前の壁にローサがもたれて立っていた、少しうつむき髪が表情を隠している。


 シグザールの居城へ赴き、イルビスと対峙することの危険性をアリーシアは隠そうとはしなかった、ローサにもサマサにもありのまま全てを説明した。

 その上でオレはアリーシアと二人でイルビスのもとへ行くことを告げた、が、予想に反してローサは反対も、一緒に行くとも言い出さなかった。


 ただ、「うん、わかった」と言っただけであった。

 感情を荒げることもなく、しかしどこか思いつめたような感じで、日ごとに口数は少なくなり、ここ二日ほどは会話はほとんどなかった。

 

「ローサ、行ってくる」

 うつむくローサの側で立ち止まりオレは言う。

 返事はなく、ただコクリと頷くのみであった。

「ローサ、顔を見せてくれないのかい?」

 優しく聞いてみると、壁から背を離して真っ直ぐ立ち、ゆっくりと顔を上げオレの方を向いてくれる。


「オレを心配してくれてる?」

 そう訊くとローサは少し上目でこちらを見ながら頷く。

「じゃあ、オレは約束する、絶対、すぐに帰ってくる」

「……ほんとに?」

「ああ、約束だ」

 しばしの沈黙、オレが安心して出発できるように決心してくれてるのだろう。


「うん、約束、信じて待ってる」

 予想以上にしっかりとした意志が込められているのに驚いた、しかしこの想いと言葉はなによりオレに力をくれる。

 肩を掴み引きよせてキスをする、唇が優しく触れあった。


「行ってくる」

 今ならわかる、ローサは「行かないで」という言葉をずっと我慢してたんだ。

 でもオレの約束を「信じて待つ」と言ってくれた、その言葉は絶対裏切れない。

 オレは扉を開け外の馬車へ向かう。


 オレを乗せた馬車はやがて王城に入っていく、なぜ王城に? と疑問が湧かなくもないが、アリーシアの考えだから必要なのだろうし従うほかない、オレの方が大変であるだろう、と言っていたことも思い出されて少々不安になるが、ここまで来たらやるしかないと思考に決着をつける。


 馬車を降り、城内を案内されて進み、通されたのは控え室であった。

「こちらでお待ちください」

 ずいぶんと立派な調度の控え室である、大きな鏡が壁にはめ込まれて、化粧台が据え付けられている一角まである。


 ちょっと待てよ、控え室に通されるってことは、まさか王族とかに謁見でもあるってことなのか?

 アカデミーに呼ばれて審査されたときの悪夢が甦ってくる。

 ブルルッ縁起でもねえ、オレはこれから次元の狭間に行くんだ、謁見なんて関係ないことするわけがない。

 嫌な予感を頭から振り払うように首を振る。


 そんなことをしていると、やがて。

 コンコン

「ご案内をさせていただきます、どうぞこちらへ」

 と、先程とは違う騎士装備の人がやってきた。


 案内されるまま廊下を進むと、やがて巨大な扉の前へ到着する。

 でかい……高さは五メートルはあるな、この扉の向こうに大きな空間があるのが予想できる、そしてオレの足元は中から続いてるであろう、赤い絨毯が敷かれていた。


 嫌な予感しかしない……


 そのとき、扉のすぐ内側から朗々とした声が聞こえた。

「タクヤ殿~ご到~着~!」

 同時にガコンッ! と重厚な音を響かせて、巨大な扉の中央から縦一直線に光が走る、観音開きのドアが部屋の内側へ向けて大きく開いていくのだ。


 まぶしい光に目を細める、扉が開き切るとようやく目も慣れ様子が見てとれる。

 足元の赤い絨毯は、やはり幅の広い道のように真っ直ぐ前方へ続いていた。

 その絨毯の両脇に等間隔で、肩からサッシュをかけ、鉾のような旗竿から王国の紋章旗を下げた式典騎士が立ち並ぶ。

 並ぶ騎士の後ろには大勢の人がいた、学者やら大臣やら貴族やら神官やら、立ち居並びオレのほうを見ている。

 そして正面、絨毯の続く奥はステップがあり、壇上には王座が、そして王座には赤いマントと煌く王冠の、おそらくはトムさんであろう王様が座している。


 大謁見ホールのようであった。

 ナニコレ……

 このままあのデカイ扉をパタンと閉めて、回れ右して帰れたらどんなに嬉しいことだろう、そんな逃避思考をしていると。

「さあ、どうぞ、王の御前へお進み下さい」

 横に控えていた、ここまで案内してくれた騎士が、オレを現実に引き戻す。

 どうしても行かなきゃダメ? という未練がましい表情のオレなど気にも留めず、進行方向へ腕を差し上げ、深々と礼をしていざなっている。


 こういうのが好きな人なら、胸を張って意気揚々と入場するんだろうな、逃げ場なしと諦めたオレは深いため息をつき、処刑場に向かうような足取りでショボショボ歩き出す。

 ワァーという歓声、暖かい拍手、中にはタクヤさ~んと黄色い声援まで聞こえる、一体全体なんでこんな状態になってるんだ? みんなオレの何を讃えてるんだ? アリーシア絡みの話なのか?


 進むうちに王座周辺がよく見えるようになってきた、いた、アリーシアが王座の後ろに立っている、『お前何考えてるんだよ』という意思を込めてジトーッと見る。

 伝わったのだろう、困ったような愛想笑いを返すアリーシア、そうこうしてるうちに王座の前へ到着する。

 片膝を突き王への礼をとった。


 進行役が述べる。

「アリーシア聖導王国国王、トム一世陛下のお言葉である!」

 王座から声がかかる。

「タクヤ君、アリーシア様を救ってくれたこと、心より感謝するよ」

 これはいわゆる個人的なお声かけというやつだ、ギャラリーに聞こえるような声量ではない、なにより心がこもっていた。


 王様は立ち上がり、マントを翻して今度はホール全体へ声明する。

「我らが王国の礎にして守護者たる、聖なる女神アリーシア様を救いし偉業、まことにもって見事である! タクヤよ、此度のそなたの働きに『ナイト』の称号をもって遇しよう」

 そう言い王様は壇を降りオレの前に立つ。


 進行役の人がオレに。

「両膝立ちで剣を捧げてお渡しするのです」

 と囁いて教えてくれるので、その通りにする。

 オレから受け取った剣を見ながら王様は。

「うむ、よい剣だ、想いが入っている」

 と言った、ハナノ村の職人トリオがオレのために作成したものだ、オレはこの剣をそう言ってもらえるのが一番嬉しい、さすが王様だけあって人心掌握の術はすごいものがある。


 オレの肩に剣を当て、王様は宣言する。

「タクヤよ、只今よりそなたにナイトの称号を授ける、アリーシア様を救いしそなたはこれより、アリーシアナイトと名乗るがよい」

 そして王様は壇より降りてきたアリーシアに剣を渡す。


 アリーシアは渡された剣をじっと見つめた、オレには今彼女がなにを考えているか解る気がする。

 オレはその剣を黒雲獣に振るった、争うことや傷つけることを嫌うオレが彼女を護るために戦った、その意味が解らない彼女ではない。


 そしてアリーシアの身体が光り始めた、慈愛に包まれるような光を受け、ホール中が声にならない安らぎの声で満たされていく。

 やがて光は強さを増してホールを巡る流れとなって渡り、彼女の身体も輝きを更に増していく。

 慈愛や安らぎだけじゃない……なんだか情熱的なものも感じる今日の彼女の輝き方である、そんな気がするのはオレだけであろうか……


 光るアリーシアがオレの剣を捧げ持ち、そして剣身に口づけをした、すると途端にその唇からアリーシアを包む光が、剣の方へと移動し始めていく。

 唇が離れると剣は眩く黄金に輝き、やがて強烈な光は収まっていくが、全体が淡く光るのと、刃部分が青く発光するのはいつまでも続いていた。


「これはなんとも熱烈な祝福だ……まったく羨ましいかぎりだ」

 と傍らで見ていた王様が感心したように言い、オレを見てニッと笑う、オレはこの王様が気に入ってしまった。


 祝福された剣をアリーシアから受け取りホルダーへ戻す。

 オレが振り返り観衆のほうを向いた途端、割れんばかりの拍手と声援がホールを埋め尽くし、その波は長く続いていった。


 控え室に戻ってきた、未だに何が何だかさっぱりの状況である。

 アリーシアはオレに称号なんか付けてどうしようってんだ? などと考えてると、そこへ。


 コンコン

「失礼するよ」

 急ぎの様子で入ってきたのは、なんと王様ではないか。

「へ、陛下?」

 驚くオレへ、トム一世陛下は話す。


「いや、突然すまないね、君と少し話をしたくてね」

 王冠とマントは着けていない、様子から見るに公式の話ではもちろんないであろう。

「タクヤ君、聞いたよ、回廊に行くんだってね?」

 その話か、オレの意思の度合いを量りにきたのかな。

「はい、行きます」

 うむ、と頷き王様は。


「私を含めて国の要職に就く一握りの者だけが、ことの真相を知っている、今回の事態の決着をつけることができるのは、君だけだというのも解っている」

「その上であえて頼む、アリーシア様を護ってくれ」

 真剣な目である、オレの気も引き締まる。

「もちろんです、この身にかえても」

 うん、と安心したように王様は。


「そうそう、君が事を成して無事帰ったあかつきには、子爵位を授けるんでね」

 軽く言う。

「ええっ? 子爵って……オレはそんな……」

 遠慮します、と言おうとしたとき。

「ローサ君の実家は伯爵家でね、まあローサ君は次女であることだし、功績を上げて勢いのある子爵君となら十分良い組み合わせになるだろうね」

 王様のこの言葉にオレは口をパクパクさせるだけで何も言えなかった。


 ハッハッハと笑いながら王様は。

「それでは、無事を祈るよ」

 と部屋を出ていった、これは敵わない……


 嬉しいような悔しいような感覚を持て余していると、再びノックの音がして来訪者がドアを開ける。

「タクヤ様、お迎えに上がりました」


 今度のお迎えは、神官服を着ていた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る