十九話 器と謎と身の危険と



「ついてまいれ」

 ほどなくイルビスは落ち着きを取り戻してきた、声も冷静さを取り戻している、オレは促されて屋上大テラスより階下へ下りる。


「お前が見たがってるものを見せてやろう」

 歩きながらそう言い出した。

 オレが見たがる……まさか。

 廊下をしばらく進み、見えてきた部屋の入口でイルビスは立ち止まる。


「ここじゃ」

 着いたのは広々とした、開放的な部屋であった。

 ここが次元の狭間ではなく通常の世界であれば、ふんだんに光が差し込む明るい部屋であろう、多くの窓が連なり窓の外にはバルコニーも見える。

 ソファーやテーブル全て、白を基調とした瀟洒なデザインだ。


 繊細な茶器や刺繍用の道具、この部屋の主は女性だとわかる品が多い。

 部屋の中を進んでいくと奥にベッドが見える、その上に横たわる人の姿が……

 オレの考えが確信に変わっていく、そちらへ歩を進めると……


「アリーシア……」

 黄金の光のような美しい髪が流れている、白いトーガが身を包み、胸に四色の首飾りがきらめいていた。

 初めて見たとき、そう、光の女神と呼んだときそのままのアリーシアの姿だ。

 なつかしさに似た感情が心から湧いてくる、訳もなく涙が出そうになった。

「手鏡の中より美人なんじゃないか?」

 照れ隠しのような感覚で皮肉を呟く、本人が聞いたら頬を膨らませて怒るだろうな。


「ねえさまの身体じゃ」

 いつの間にか横にイルビスが立つ。

「どうじゃ、美しかろ?」

 言うまでもない問いには答えずオレは。

「封印されているのか?」

「いいや、今はもう何もしておらん」

「取りに来るなら来たで好都合、捕らえてまた封じて飛ばすだけのこと」

「オレが担いで逃げるかもしれんぞ」

「はっはっは、帰り道がわかるならかまわぬぞ、止めはせん」

 愉快そうに笑いながら言う。


「身体というのは新しく創れないのか?」

 オレは訊く。

「創るのは可能だ、だが一からとなると時間がかかる、早くて数年はかかるじゃろうの」

「数年もかかるのか……」


「余程の理由がなければ、新しい身体を創ることはまずないであろうの、通常は修復可能な破損なら修復する、不可能なくらい壊れれば、ほどいて新しい身体に組みなおす、当然一から創るより早く出来上がるのじゃ」


「なんせ自分の身を削って創るようなものじゃからの、入れ物とはいえ分身のような感覚もある」

「身を削る……?」

「精神体が物質を具現化するのじゃ、それなりにエネルギーも使う」

「なるほど……」

「さあ逢瀬は終わりじゃ、ゆくぞ」

「あ、ああ……」

 イルビスに言われアリーシアの部屋を後にした。


「タクヤよ」

 しばらく廊下を歩いていると、イルビスが後ろのオレを振り返りもせず呼ぶ。 

「はっ、ん?え?」

 イルビスのお尻を眺めながら歩いてたオレは、ドキッとして声が裏返る。

「お前は今日よりここで暮らせ」

 楽し気な声でさらっと言われたので、内容がよく頭に入ってこない。


「……なんだって?」

 訝しんで聞くオレの反応が面白いのか、イルビスはさらに上機嫌な様子になって。

「聞こえておるはずじゃぞ?、私の尻ばかり眺めておるからそうなるのじゃ」

 おもいっきりばれてたっ。

 アーハッハッハッと高笑いされるが、言い返せずアウアウしてると、どうやら目的の場所へ着いたようだ。


「ここじゃ、入れ」

 客室のような部屋だ、二間続きでリビングとベッドルームにきっちり分けた、というような造りだった。

 居住性だけ考えると、快適の部類に入りそうな部屋である。


 入口よりリビングに少し入ったところで、部屋を見渡しながらオレは。

「オレにここで暮らせと言うのか?」

「そうじゃ、この部屋では不満か?」

 斜め後ろでオレをじーっと観察しているな、なぜか身の危険を感じるような気がする。


「部屋じゃなくて……どうしてオレがこの城で暮らすんだ?」

「愚問じゃな、お前が気に入ったからに決まっておろう」

「あ……そ……そうなんだ……」

 顔の赤くなったオレは、超マヌケな返事をした。

 いかん、このままではペースに巻き込まれる。


 気を取り直して話題を少しずらす。

「イルビス、オレさ、今日お前に教えてもらって、いろんなことが理解できたんだ」

「さもあらん、私は理解させるために話した」

 言葉は小憎らしいが、顔は嬉しそうだった。


「イルビスからじゃなきゃ、知り得ないことだってたくさんあったし……」

「疑問が晴れて助かったってのもたくさんある」

 そうじゃろう、そうじゃろう、という感じで鷹揚と頷く。

「でも、オレからはイルビスに、これといって何もしてないんだよな」 

 イルビスも、そう言われてみれば、という表情になる。

「つまるところ、何が言いたいかというと……」

「イルビスは何の目的でオレをここへ連れて来たんだ?」


 オレの問いにイルビスは少し目を伏せ、ゆっくりと間をとってから口を開く。

「聞けばなんでも答える、と思われるのは心外なんじゃがの」

「まあよい、器じゃ……」

「器?」

「ねえさまを物質界に落としたとき、お前はねえさまの器になった」

「オレの中に入ったから、オレが器ってことか……」

「生身の人間に女神の精神が入るなど、普通はありえん」

「どうしても入るというならクリアすべき問題が三つある」


「まず、一つの器に二つの精神が入ることになる、つまり精神が競合する問題があるということじゃ」

「次に、許容量の問題、これは単純に女神の精神を受け入れるだけの余裕があるかということじゃ」

「最後に、相性の問題、これが一番厄介で、女神の方が器の主の精神を好もしく思えてからでなければ、絶対に入れないということ」


「精神の競合については、入る女神が自己を休眠状態にでもすれば解決はする」

「許容量はただあればよいというだけの話じゃ」

「じゃが、相性はそうはいかん」

「相手を好もしく思えるかどうかなど、相手とふれあい、話し、理解せねば判るわけないであろ?」

「これが判ってなければそもそも入ることができん、女神の精神は高潔ゆえに防衛本能も強いのじゃ」


「タクヤよ、落下前にねえさまと会った覚えなどないであろ?回廊が閉じて以後、物質界の者と会ったことなど、ねえさまだって無いはずじゃ」

「器になれるはずもないのに器になった、興味が湧かんはずがない、だからお前を呼んだのじゃ」


「なるほどなあ……だがその話はオレにもさっぱりだぞ……」

「当然じゃ、お前にわかるなら私はとっくにわかっておる」

 この人ほんとにオレを気に入ってるんだろうか。

 

「そうかあ、まあオレは役に立てなかったということで……そろそろ帰りたいんだけど……」

 ニイッと笑いの形に歪む紅い唇。

 ああやっぱダメだったか……


「往生際がわるいのう」



 

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