十六話 買い物と襲撃者とスーパー家政婦と



 アリーシアが家へきてから、一週間も過ぎようとする日。

 オレは一人で商店街に来ていた。


 雑貨屋で、ハンモックの材料の丈夫なロープでも仕入れようかなと、フラフラ店を覗きながら歩く。

 家の前に手頃な木があるので、天気のいい日にハンモックで昼寝したら、さぞや気持ちいいだろうな、と考えてやってきた次第である。


 もちろん最初はローサに案内してほしいと頼んだ。

 が、彼女はリビングのソファーに寝っ転がり。

「えぇー? 雑貨屋? そんなのその辺歩いてりゃそのうち見つかるわよ、わたしは眠いのよっ」

 と、オレの案内と世話役が仕事のハズの女騎士様は、尻を向けてゴロリと寝なさった。


 まあ、しばらく大きな通り沿いに歩いてるとすぐ見つかったので良しとする。

 目当てのロープも見つかり、他のこまごました物もだいたい揃った。

 よーし、ひと休みするかなー、でもこっちの世界じゃコーヒーとか売ってないだろうなぁ……

 なんだか無性にコーヒーが飲みたい気分だったが、半分あきらめつつも飲食店ぽい店を探し歩く。


 あちこちの店に首を突っ込みながら歩いてると、通りの向こうから。

 「あ~、タクヤさま~!」と、よく通る明るい声が聞こえてきた。

 あ、サマサだ、大きな袋を抱えてこちらへ歩いてくる。

「サマサ買い出しかい?」

「ハイ! お野菜安くて買いすぎちゃいましたー、エヘッ」

 ええこやあ。


 サマサの大きな袋とオレの小さな袋を交換して持つと、おお……これかなり重い、サマサって華奢なのに力あるんだな……

 オレは何か飲んでいこうとサマサを誘い、店をみつくろってもらうことにした。


 選んでくれた店に入り、席に落ち着きメニューを見るが、やはりコーヒーとコーヒーに類似してるものはなさそうであった。

 しょうがないので果物ジュースを注文しながら、ミルクを頼んだサマサに聞いてみる。


「こうひいですか? ん~……聞いたことありませんが、それはどのような効能のあるものなのでしょうか?」

「効能? ん~、嗜好品なんで効能や効果を期待するようなものでもないんだが……」

「まあ例えば、中枢神経を興奮させて目を覚まさせるとか……」

「脳を活性化させるとか……あと脂肪燃焼効果もあったような……」

 サマサは真剣にフンフンと頷いている。


「なるほどぉ、それを聞きますと、心当たりが無いでもないような気がいたしますっ!」

「そ、そうなの? じゃあ……機会があったらでいいから手に入れておいてよ」

「ハイッ! かしこまりましたぁ」

 は~ええこやあ。


 出てきた飲み物を飲み、雑談しながらサマサのことを聞いたりもする。

 サマサはオレと同じく遠くの中規模農村の出身で、サマサの家の女性は代々家政婦として働いていくのだそうだ。

 六人兄弟姉妹の三番目であり、一番上が姉、次が兄、サマサ、弟、妹、末弟、という、見事に男と女交互になっていた。

 五歳上の長姉の一流家政婦姿に憧れて努力していると言っていた、いい話である。


 店を出て帰途につくとサマサの買い物袋はやはり重い、こんなの持って毎日のように歩いてるのかあ、頭が下がる思いだ。

 と、商店街からはずれ、人の往来が少なくなってきた道の正面に、オレたちの進行を遮るように地味なローブと、フードで顔を隠した姿が一人……


 イヤな感じがする、少し間をあけて止まる、と。

「ハナノ村のタクヤだな」

 やっぱりオレか。

「お前は調子に乗り過ぎた」

 大きなお世話である。

「グリプス教官は元気か?」

 カマをかけて聞くと。

「あいつは口だけの男だ、強き者は他に大勢いるぞ」

 見事に引っ掛かった。


 と、ヤツの足元の地面が盛り上がる。

 ズゴッと出てきたのは、あれは土とかの精霊なんだろうなたぶん。

 あ、もうなんか唱えてる、ずるいぞっ。

「まずい! サマサさがってろっ!」


 ファイに頼らなきゃか……と考え、まずサマサを下がらせようと声をかける……あれっ?

 サマサのいたところには、サマサの持ってたオレの買い物袋が置いてあるだけ……

「ふはははぁ! もう遅いっ‼」

 土の塊が高速回転してこっちを狙っていた。

「撃てっ金剛……」


 ひゅっ


 いつの間にかヤツの目の前にいるサマサ、ヤツから見ると突然現れたように見えただろうな、オレもそうだもの。

 若草色のロングワンピースがサマサを中心に渦を巻いてひるがえり、それが回転運動だとわかる。

「遅いのはあなたですっ」


 回転する力をそのまま乗せた一撃が斜め下より撃ち上げられ、サマサの見事な後ろ回し蹴りがヤツのアゴを強烈に捉えた、スカートがピラリとめくれ、細く白い脚が付け根近くまで見えてしまう。


 ヤツはアゴを先頭に、絞った雑巾みたいに体を捩じらせて吹っ飛んだ、スカートの前を慌てて押さえて赤くなるサマサが、オレを向いてニコッと笑うその後ろで、ドザァッとヤツが落ち地面に土埃が上がったのであった。

 家政婦って……戦闘職だっけ?


 白目をむいてヒクヒクしてるツイストパンは、哀れなのでそのままにしといてやった。

 帰り道、すごいなあーと絶賛するオレに、サマサは真っ赤になって謙遜をする。

 ほんまええこやあ。


 夕食時もその話で盛り上がった。

 あたしだってその場にいればそのくらいっ! とローサ、尻むけて寝てたのによくぞ言った、むしろ感心する。

「オレが出てくるのを待ち構えてたフシもあるし、あんな往来でも襲ってくるなんて、この先何があるかわからないからさ、もしかしたら人質作戦なんて卑怯な手をつかってくるかもだし、みんな一応気を付けてね」

 とオレは全員に注意喚起した。


「それからサマサ」

「ハイッ?」

「今回の件は、急いでサクライ学部長に報告しといてよ。」

「え? ……えぇっ? ……どうして⁉」

 おれの言葉にかなり意表を突かれたようだ。


「いや、さすがにわかるよ、もともと学部長が手配してくれたんだし……」

「それに、今日の戦闘の腕前見るとやっぱりねぇー」 

「あ、あははは……そう……ですか……」

 ローサだけが「?」である。


「グリプス教官をKOして、他の連中から狙われることも十分想定できるのに、護衛どころか注意を促す話のひとつもないってところから始まって……」

「アリーシアの件があってからは、精霊学部にだって知れてるだろうに、学部に在籍してるオレを召喚して聴き取りすらしないし」

「教会だってアリーシアの動向は把握してなきゃならない立場だろうに、無干渉を貫いているし」 

「結局この家の中に、最初から監視報告と護衛のできる人が付いてないと、つじつまが合わないんだよね」


 おそらくオレを特定してという訳ではなかったはずだ、新入の学部員は一定の期間、思想やらなんやらのチェックを知らずに受けるのであろう、このペンションはそういう目的で使われていたものだったのかもしれない。

 そして最初はオレのチェック目的だったが、アリーシアが来たために風向きが変わったのであろう、護衛と監視報告に重点が置かれたように見受けられた。


 サマサは観念したように神妙に聞いている。

「と、いうわけで、サマサの正体は……」

 オレが言い出すと、ギュッと下唇をかんで悲しそうな表情になった。


「面倒な報告を肩代わりしてくれて、護衛までこなしちゃう、スーパー家政婦さんだったのですっ!」

「えっ……?」

 

「……スパイとか……言わないんですか……?」

 サマサは意外すぎて放心気味の顔になってる。

「なんで? オレたちに不都合な部分ないじゃん」

 オレの言葉に一瞬絶句するが、すぐに。

「タクヤさま……どうして……そんな風に考えられるんですか? ずっと黙って生活の様子を報告してたんですよ⁉」

 う~ん……と、オレも少し考えるが。

「だってさぁーしょうがないよなあ……」


「サマサの作るごはん、うまいもんなー」

 ニッと笑いながらオレが言うと。

「そうよねー、ごはんおいしいわよねぇー」

 と、ローサ。

「私が曇ったとき拭いていただけますしー」

 と、手鏡。


「だからさー……隠し事なしで堂々といてくれよ、なっ?」

 サマサが何か隠してるってのは最初から感じてた、アリーシアが来てからは特にそうだった。

 でも、それで苦しんでるってのもすぐにわかったんだ、いつも明るい振る舞いのあと、ちょっとだけ寂しそうな目になるのがずっと気になっていた。

 だから取り払ってやりたいと思ってたんだ。


 まさか監視の対象からお墨付きがもらえるなどと、思ってもいなかったのであろう、サマサは信じられない様子で。

「本当に……いいんですか?」

 尋ねる唇が細かく震えている。

「もっちろん!」


 根が素直なせいか感情がすぐ顔に出るようで、頬は紅潮し泣き笑いのような表情で目がジワッと潤んできたのが見えた、そして……

「……もうっ! これでも罪悪感で悩んでたんですよっ! しらないっ!」

 クルッと後ろを向いてしまう。

 嬉しくて泣いちゃってるのが恥ずかしいんだろう。


 ホントに隠し事するの下手だな。



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