十三話 悪知恵と色仕掛けと共同生活と



「ただいまあ……」

 やっと帰ってこれた。


 かなりの時間大聖堂にいたなあ。

 元ペンションの新居に着いたのは、日も暮れてしばらくたってからであった。


 家の中にはあかりが灯っている、やっぱ帰る家の中が明るいのはいいな、などと思いドアを開けると。

「おっそーいっ!」

 おっと、ローサさんが入ってすぐに、腰に手を当て仁王立ちになっている。

 サマサと二人で料理してたのかな、手にはしゃもじを持ってエプロン姿……だ、が……


 エプロンはいい、料理するときはとても便利だ、が、正面から見るとエプロンしか見えないのは問題である。

 エプロンで隠れた部分が一体どうなっているのか。

 着てない訳はないであろう、だが着てるのが見えている訳ではない、そこには曖昧な可能性の大海原が広がっている。

 もし着てなかったらどうしましょうっ⁉ と、とても心配になるのである。


 オレのそんな葛藤なんか知る由もなく、ローサさんはグイグイくる。

「なにやってたのよー、せっかく私の引っ越し祝いするのにー」

 自分のお祝いを主催してるのか……

 そうである、今日彼女が大聖堂に付いてこなかったのは、騎士団官舎からここへ引っ越してくるためであった。


「ごめんごめん、教会の人と長話になっちゃってさ」

 と、ごまかしている間にジロジロ検分される。

 ジロジロがジトーッに変わった。

 オレの懐に突っ込んでる右腕に注目してるのだ。

 そう、オレの懐には例のブツが隠されている。


 軽々しく人に見せられるものでもないし、その存在はなるべく知る人が少ないほうがいいだろうと、こっそり自室に運ぶつもりだった。

「ちょっと、なに隠してるのよ」

 うわやべえ、引っ張っちゃダメ。


「ちょ、ちょっとローサさんダメだって」

 腕をグイグイ引っ張られて、手鏡の裏の見事な彫刻がチラッと見える。

 ハッとするローサさん。

「や、やだ……タクヤさんたら、プレゼント隠してたなんて……もうっ」

「へ?」

「でももう隠さなくていいのよ、見せて見せて~」

 オレに、持ってたしゃもじを差し出す、思わず左手で受け取ってしまう、と、両手の空いたローサさんの手で、両手の塞がったオレからあっさり手鏡は奪われる。


「あ、ちょ」

 なんという早業だ、普段のトロさからは考えられん。

 オレに取り返されないようにクルッと後ろを向く、タンクトップにショートパンツ、うん、ちゃんと着てた。

「わー! きれー……い?」

 きれーいの『い』で目が合ったようだな。


 あちゃー、となるオレのほうへゆっくりと向きなおってくる。

「ひ……ひ……ひっ……」

 声もでないか、そりゃそうよね。

「ど、どうもー……」

 これはアリーシア様の挨拶、すると。

「ひっどーいっ‼」

「ええっ⁉」

「ひどい! タクヤさんのばかーっ! もう女連れ込む気だったんだっ!」


 ……それ見てその発想ができるって……お前すごいな。


 アリーシア様を紹介するためもあり、全員でキッチン横のテーブルを囲んで食事にすることとする。

 ジャムの瓶と小さな木箱で、倒れないように固定された手鏡もテーブルにセッテイングされた。

 サマサは動こうとしたが、いいからと言って座らせる。


 紹介するアリーシア様の名前に、サマサは常識的な反応をした。

「えーうそー、すごーい!」

 といった感じだったが、ローサさんは。

「誰?」

 であった、貴族のご息女にして騎士団に所属するこの人は、自分の国の名に象徴される女神さまの名も知らんのであろうか。

 ともあれ、食事を終え少し時間が経つと、自然と三人でガールズトークが始まった。

 やれやれ、仲良くなってくれそうだな。


 ワインの入ったグラスだけ持って一人リビングへ向かい、窓を開けて涼しい夜気にあたる。

 キッチンの方からはキャッキャッと聞こえてくる、いいなこういう雰囲気。

 外は静かな夜である、その中でなんだか温かいこの場所がすごく嬉しかった。


 ……ん。

 いかん少し寝ちゃったか……

 リビングのソファーだ、ワインのせいでウトウトしてしまったようだ。


 部屋の中が少し薄暗いな、灯りが小さくなってるのか……

 みんな寝たのかな……と左肩が重いのに気付く。

 ぽーとした頭でそちらを見ると、すぐ目の前に顔があった。


 オレの左肩の上に両掌を乗せ、その掌にじぶんのアゴをちょんと乗せて、こっちを見ている。

 一気に目が覚める。

「んな……ロ、ローサさん? どうしたの?」

 ローサさんも寝ているわけではない、しっかり目を開けてオレを見ている。


「ねぇ……」

 ゆっくり喋りだす。

 と、同時に右掌だけをオレの左肩に残し、スッとオレの体の上を移動する。

 オレの上を跨ぐかたちになるので、自然とオレは両脚を閉じることとなった。

 すると彼女はオレの閉じた腿の上へストンと座ってしまう。


「え、え、ええっ?」

 これはいったいどうなっている? ローサさんいったいどうしちゃった?

 心臓がバクバクいいだすのがわかる。

 彼女の左掌がオレの右肩に乗って、マウントポジションが完成した。


 彼女の顔が目の前にある、オレの腿の上に座ってるので位置は少し高い、ということは、胸もまた目の前にあるということになる。

 黒のタンクトップだ、襟元は広く開いてはいないので谷間の始発点が見える程度だが、生地が薄いようで先端の突起がわかる。

 胸の膨らみがタンクトップの生地を押し上げ、その生地は頂からストンと下へ真っ直ぐに落ちる、頂から下は肌に触れていない。


 騎士の訓練で引き締まった身体を、さらに下へ見るとくびれたウェストへと続く。

 両掌をオレの肩へ乗せているせいか、身体が少し反っているので、くびれがさらに強調されて見える。


 くびれに反比例して、ショートパンツに包まれた形のいいお尻はボリュームが増したように見えるであろう。

 そこから伸びる、オレの腰をはさみこむ引き締まった脚は、薄闇のせいか一層白く透き通って見える。

 オレの肩に乗せている掌と、腿の上のお尻からローサさんの体温が伝わってくる。


「ねぇ、タクヤさん……」

 囁くような声だ。

「は……は?」

「わたしのこと……」

「ローサって……呼んでくれないの?」

「え? ええ?」

 オレの耳元へ囁く。


「サマサみたいに……」

 耳元へ囁くためには近づく必要がある。

 彼女の胸はオレの胸にぶつかりひしゃげている。


「ローサって……呼んでくれないの?」

 頭がグルングルンし始めた。

 彼女の身体からは甘い匂いが、口からはワインの香りがする。

 耳元へかかる熱い吐息が、一気に思考能力を奪ってしまう。


 口の中がカラカラに乾いている。

 オレの震える掌はローサさんのくびれた腰へ回された。

 ピクンと彼女の身体が反応し、短い吐息がオレの耳をうつ。

「ろ……」

「ロー……」


「ヘックチ!」

 ハッ⁉

「あ、ばか!」

 霞のかかった頭が一気に覚醒する、なんだ、どうなってる?


 くしゃみの方へ首を巡らすとソファーの裏に……手鏡を持ったサマサがっ⁉

「あーん、もう少しで私の勝ちだったのにいぃ!」

 ローサさんだ、オレから降りてソファーの裏へまわり、サマサを見下ろす。

「えへへ、ローサさんすいません」

 床のサマサがテヘッと謝る。

「あらあら、おしかったわねぇ」

 アリーシア様までっ⁉


「お……おまえら……」

 震える声で言うオレは、ゆらりと立ち上がる。

「オレがローサさんを……呼び捨てにするかどうかで賭けやがったな……?」


「すごいです! アリーシア様が教えたやり方でイチコロでしたねっ! 負けました!」

 サマサがダメ押しを言う。

「おまえら……」


「ゆるさーーーん‼」

 きゃーっと逃げ回る女性陣、ウガーッと追うオレ。


 笑い声は夜更けまで続いた。


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