十二話 拝礼と説明と女神の心と
女神さまはニコニコしていらっしゃる。
オレの胸の前に捧げられた手鏡の中で、オレの方ではなく向こう側を向いてである。
両手で手鏡を捧げ持つオレはちょこんと座っていた、カムイの扉前にあるあのばかでかいソファーに……
そこに本来座るハズの女神さまを胸に捧げているとはいえ、恐れ多くも女神の御座に座っている。
いや、これはオレの意思ではない、もちろん最初は断った。
だが女神さまのご命令である、直接本人から命じられたのだ。
「めがみめーれーですっ」って言っていた。
それでも誰の目もなければまだいいとは思う、だが、目はある、あるどころの話ではない。
「アウルラ・リヴェ・アリーシア!」
一斉に女神さまの名を讃えて拝礼する集団の声が、ホールにウワーンと響く。
今、ソファーの前のホールには、百名ほどの神官がずらりと並んでいた。
しかも並の神官ではない、この国中の神官の中でも、トップクラスのエリートたちなのである、そんな連中がこれだけの大勢で、オレの手に持ってる手鏡に拝礼なんてするものだからもう……
針のむしろである、気絶しそうである。
小さい声で「帰っていい?」と聞くと、向こうをむいてる鏡の中から「だ~めっ」と聞こえてきた。
拝礼が終わり、女神さまが長期の留守の間のねぎらいの言葉をかけ終わると、神官たちの大部分がホールを退出していく。
拝礼のときの最前列にいた面々が主に残ったようだ、エライ人たちなんだろうな、ああ、キラさんも残ってるが……
キラさんの顔が語ってるなあ『タクヤさん、あなたいったい……なにをやってるんですか?』って、そりゃそうだよなあ。
ついさっき、女神さまを探すため力を合わせようって、固い握手交わしておいて、すぐそのあと女神さま手に持ってるんだもんなあ……でもオレにだってよくわからないんだよ……
残った神官は十名だった。
一番格の高そうな、白くて長いひげの人が先頭でこちらにやってくる。
「アリーシア様、ご無事のご帰還、お喜び申し上げます」
白ひげさんがうやうやしく言う。
この手鏡の状態でご無事の判定なのか……うーん、わからん。
「君が神官キラの言っていたタクヤ殿だね」
「は、はひっ」
うわきた! と思ったので声がうわずってしまった。
「私は神官長のマクシムといいます、事の次第を説明していただけるかな?」
言い方は柔らかいが、つまるところ説明責任を追及されているようである。
「こほん!」
手鏡がゆるい声で喋り出した、オレを庇おうとしてくれているらしい。
「マクシムさん、タクヤさんはちっとも悪くありませんよっ! タクヤさんはぁ……わたしをとっても優しくつつんでぇ、護ってくださったのですっ! きゃっ」
……おい貴様、オレを死刑にするつもりか。
女神さまの話はこうだった。
一年半前に魔王にさらわれた。
さらわれたのは女神さまと、護ろうとした六人の風の精霊たち。
それぞれ封印されて土と岩で固められる。
オレの元の世界とのつなぎ目に放り投げられ、隕石として落下。
爆発で進路を変えてオレに突っ込む。
オレの中へ避難し、激突のエネルギーを利用してこちらへ戻る。
それからはオレの中でずっと休眠状態。
そして今に至る、以上。
ものすごく適当に要約しているようだが、これが話した内容ほぼそのままなのである。
「だからぁ」とか「それでぇ」とか、余計な部分を省くとコレなのである。
誰が聞いたって理解不能であろう、話のとっかかりから魔王なんて言葉が出てくる始末なのである、魔王ってなんだよ、おっかねえ、いろいろ大雑把すぎて想像すらできないよ。
こんな説明にもなってない話で納得するヤツは、いるわけがないっ。
するとマクシム神官長が眉一つ動かさずに言う。
「なるほど、よくわかりました」
このやろう手鏡ぶつけっぞ。
神官長はしかし結構理解していた、長年そばに仕えてきた者のみが得ることのできる境地らしい。
「ならばアリーシア様、再び危機が及ぶやもしれません、ここはカムイに入られるのがよろしいかと、ただ今巫女を呼びますれば……」
「いいえ、わたしはカムイへははいりません」
「ならばどうなされる?」
「タクヤさんと一緒にいきますっ!」
ソファーに座ったままのオレは一人になった。
いや、正確には手鏡の女神さまと二人きりである。
神官長は意外にも反対するような言葉は言わなかった。
ただ、ああ……という感じで嘆息して了承したのみである、この女神さまは言い出したらきかない、というのを骨の髄まで叩き込まれている風だった。
あとはまあ、なんだかんだで信頼もしているのだろう。
「タクヤ殿、アリーシア様を、どうかよろしくお願いします」
と、どんだけ問い詰められるかとビクビクしていたオレにも、なんの咎めの言葉もないまま、ただそれだけであった。
「わたしたちだけにしてください」
と、女神さまが言うと、すぐに全員がぞろぞろとホールを出ていく。
疑問をさしはさむ余地もなく、一言ですぐ従うという……それだけこの女神さまには、絶対的な影響力があるということか。
二人だけになったホールの静寂の中で、むこうを向いた手鏡から聴こえる声は小さく、微かに震えているように感じた。
「タクヤさん、ごめんなさい」
「あなたをこちらの世界にひきこんだのは……わたしです……ごめんなさい……」
見なくてもわかる、むこうを向いた手鏡の中で女神さまはとても悲しそうな顔をしている。
「オレ……」
「この世界で結構楽しんでるよ、だから、大丈夫!」
「……ありがとうタクヤさん」
少し安心したような、だけどもまだ哀しそうな声がそう言った。
オレの中には訊きたいことが山のようにあったが、哀しそうなその声に今はその時ではないような気がして口をつぐむ、すると、あっ……と、女神さまが何かに気付いたようであった。
「ああ、みんなきてくれたのね」
その言葉と同時にシュッとファイが現れる。
それだけじゃない、ぽ、ぽ、ぽ……と空中に光がいくつも……どんどん増える、すごい数だ。
「みんな、ただいま、しんぱいかけてごめんね」
これを見ると疑問を持つ気になんてならなくなるな、確かに……
精霊の光の渦は、オレと女神さまを中心に流れる。
きこえますか?
あなたはわたしの妹
わたしの名はアリーシア
アウルラから生まれリヴェの冠をいただいたアリーシア
きこえますか?
あなたはわたしの妹
あなたの名は……
イルビス、おきなさーい
「ん、う~ん……」
「あ、アリーシアねえさま……あれ? もういっちゃったの?」
「ひどーい、こんど一緒につれていってくれるっていってたのに」
「あの世界にいくのはいつもねえさまひとりだけ……」
「あの世界ってたのしいのかな?」
「ねえさまあの世界ですてきな騎士さまにあったって」
「騎士さまとくにをつくるって」
「くにをつくるってたのしいのかな?」
「ねえさまたのしそうだからたのしいことねきっと」
「わたしねえさまのおてつだいがしたいな」
「いっぱいいっぱいおてつだいしたいな」
「おまえたちおはよう」
「あら水の精霊どうしたの?」
「そんなによごれてしまって」
「また土の精霊にいじめられたの?」
「よしよしわたしがいってあげるからね」
「なかよくしなきゃだめよって」
「なかよくしなきゃ……」
「アウルラ・ヴァンデ・イルビスの名において命ず!」
「土の精よ岩の精よ其を包み封じなさいっ」
「まって! イルビスまって! 話をっ……」
「ねえさまっ、わたしは二つの世界をつなぎ――」
「ねえさまと彼の地を滅ぼします」
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