十一話 応接室と手鏡と再会と
王都の城壁は空から見るとほぼ円形に街を取り囲む。
その円の中心は王城ではない。
アリーシア聖導王国の原点と言われている、ここアリーシア大聖堂である。
この国の建国を導いた、女神アリーシアを祀っているという。
オレは目的があってこの大聖堂へやってきた。
この世界に飛ばされ、目が覚めたその日の明け方、光の中に浮かび上がったあの女神さま……
その姿は今もはっきり覚えている。
この世界の本質をオレに教えてくれた女神さまと、この国の建国を導いた女神さま、共通する部分は女神ってとこしかないが、今のところ手がかりもそれしかない。
祀られているなら、像なり肖像画なりがあるだろうと思い大聖堂の中へ進んでいく、神官のキラさんにも連絡は入れてある。
今日は案内役のローサさんもおらず、オレ一人の行動だ、大聖堂正面から入るとまず巨大な礼拝堂になっている。
一般の人は大聖堂イコールこの礼拝堂のイメージだな、だがその裏側にこそ教会の中枢部がある、こういうのはどこの世界でも同じのようであった。
礼拝堂に入るとすり鉢状に傾斜した扇形のホールになっており、正面に舞台のような祭壇がある、参拝者や観光客がどの位置からでも祭壇を見ることのできる造りになっていた。
祭壇には残念ながら像や肖像画などはなかった、奥の壁に女神の大きなシンボルマークが飾られており、中央前部に演壇があるだけだった。
なんとなく違和感を覚えながら祭壇を眺めていると、すぐ神官のキラさんがオレを見つけて、やってきてくれた。
「キラさん、お世話になります」
「ようこそタクヤさん、どうぞこちらへ」
キラさんに案内され、礼拝堂の祭壇の陰にある扉から奥へ進む。
廊下をしばらく歩き、通されたのは応接室のようだった。
キラさんが暖かいお茶を淹れてくれたのでいただく、うまい。
「まずこのような場所で失礼します」
キラさんが話し始める。
「奥へ進むための決まりとなってますので一応お伺いしますが、タクヤさんはなぜ大聖堂へ?」
もちろんいきなり光の女神のことなどは話せないので、事情があって女神さまの像か肖像画が見たくて来た、ということを告げる。
返ってきたのは意外な反応だった。
「像か肖像画ですかあ……う~ん……」
考え込んでしまった、まずいことをお願いしちゃったんだろうか。
「あの……開示条件が厳しいとかいうことなんでしょうか?」
恐る恐る聞いてみる。
「は? ああ、いえいえ、そうではなくてですね……記憶にないんですよ」
今度はこっちが、は? である。
「一応この大聖堂の隅々まで知っているつもりですが、そういったものがあるというのは記憶にはないですね、申し訳ないのですが……」
「え……でもこの大聖堂って女神さまを祀ってるんですよね?」
「ええ、もちろんです、女神アリーシア様のために我々神官は存在します」
「で、ではご神体というのはどのような……?」
「ご神体? 女神アリーシア様以外にございませんが?」
かみ合っていない。
「そのアリーシア様の似姿を表したものはないという……」
「そうですねえ、王都から遠隔地の教会にはあったりもすると思うのですが」
「なんせこの大聖堂には必要ありませんしねえ」
「そ、それはなぜ?」
「なぜって、アリーシア様ご本人がいらっしゃいますので……」
お茶が鼻からでた。
そうだった、うかつもいいところだ。
オレ自身が鼻から女神さまを出してるくせに、大聖堂に実際に女神さまがいるという可能性を無意識に排除してしまっていた、固定観念って怖いな。
反省しつつ、オレはキラさんに聞く。
「ではキラさん、お尋ねしたいんですが、女神アリーシア様は今この大聖堂にいらっしゃるんですか?」
オレのこの言葉に、キラさんの温厚な表情がスッと消えた。
まるで別人のような鋭い眼光と硬い声で、逆に質問が返ってくる。
「タクヤさん、あなた、なにか知ってらっしゃるのですか?」
キラさんのこの言葉と様子で確信する。
女神アリーシアは今大聖堂にはおらず、それはオレの光の女神と無関係ではない。
「キラさん、実は……」
オレは意を決して、この世界で目が覚めた日のことをキラさんに話し始めた。
元の世界のことは伏せておき、スタートは森で倒れていて記憶がなかった、というところからにする。
あと鼻から出たという部分も伏せて、普通に出現したことにしておく。
光の粒となって降り注ぎながらオレにこの世界のことを教え、消えていった部分までを語って話を終えた。
やはりキラさんは話の中で、光の女神出現の瞬間からテーブルに両手を突き、身を乗り出して聞いた、その表情もやはり驚愕の二文字である、ワナワナ震えていた。
「オレは、この国の教会が女神さまを祀ってると聞き、オレの見た光の中の女神さまと共通点がないかと、ここへ調べにきたんです」
テーブルから両手を離し椅子に座り直したキラさんが、前方の中空を見つめながらオレが語った内容を頭の中で整理構築しているのだろう、真剣な表情で思索を巡らしつつ、オレの言葉にもウンウンと何度も頷く。
「そういうことでしたか……」
キラさんの顔からは警戒の鋭さは消え、かわりに真剣さが倍増していた。
「たいへん興味深いお話です……タクヤさんのその話、今我々教会が直面している問題と、何か関係があるかもしれません」
「問題? ……女神さまに何かあったんですか?」
複雑な話になってきたなと感じる。
「その前に確認したいのですが、タクヤさん」
キラさんがオレを制して話す、もちろんオレは頷く。
「タクヤさんの話の、光の女神さまが現れたのは、今から一年半ほど前ということで、間違いありませんか?」
「んー……正確には一年と五カ月ほどになるのかな……」
記憶を手繰りながら計算する。
オレの様子に信憑性があると判断したのだろう、キラさんは頷き、続ける。
「わかりました、あと、お聞きしたいのが、その光の女神さま……何か特徴はありませんでしたか? 容姿でも、持ち物などでも……」
「ん~……」
シンプルであったと記憶している、何も持っていなかった、服もトーガのようなもので、飾り気のないものだった……あっ!
「そういえば……」
キラさんがぐっと乗り出す。
「胸に……ネックレスを……」
「たしか四つの色違いの宝石が入った四色の……」
全て聞き終わる前に、身を乗り出していたキラさんはストンと椅子へもどり、力が抜けたように背もたれへ背中をつける。
顔を上げ、天井のどことも知れぬ場所を見ながら。
「間違いない……四大精霊の精霊石……精霊の首飾りです……アリーシア様です」
放心したように、しかし歓喜しているようでもある。
感極まったかのように目を潤ませ、今度は胸の前で祈るように両手を握り合わせて。
「ご無事であったか……」
しばらく待つと、やっと平常心を取り戻し。
「タクヤさん感謝いたします、なによりの情報です」
「察せられているかと思いますが、今、アリーシア様は行方不明です」
「時期もピタリ、一年半ほど前より我々の前に、一切そのお姿を現されなくなりました」
「何かあったのではと思っても、我々人間にできることなどたかが知れています、ご不在の期間が長くなるにつれて出てくる、悪い噂を握りつぶすのが精一杯の状態になっておりました」
「ですが今の話で、少なくとも調査する必要があるということが判ったのです、それだけでも大きな前進なのです」
「タクヤさんにも今後、ご協力を仰ぐことになるかもしれません、そのときは是非、お力を貸していただけないでしょうか?」
キラさんの言葉は誠心誠意という表現がそのまま当てはまるように感じた、心の底から力になりたいと感じたオレは勢いよく応じる。
「喜んで協力させてもらいますよ、オレにできることがあれば、何でも言ってください!」
オレたちは立ち上がり、テーブルをはさんで固い握手を交わす。
キラさんは忙し気に。
「私はこれから、急ぎ神官長様へこのことを報告せねばなりません、案内役をご用意しますので、アリーシア様の普段おられる内神殿を見学していってください、タクヤさんなら何かヒントが掴めるかもしれません」
ホントにアリーシア様のことおもってるんだなあ。
「ありがとうございます、そうさせてもらいます」
退去の辞もそこそこに、キラさんはそそくさと応接室を後にする。
これは大規模な捜索活動もあるかもしれないな、などと考えてるとすぐに。
「失礼いたします」
と、神官の人が入ってくる。
「神官キラより、タクヤ様の御案内役を仰せつかりましたフーレンと申します」
と礼をする。
長い廊下を歩きながら、フーレンさんに神官のことを聞いてみた。
神官にも位階というのがやはりあって、この大聖堂に勤めるには、かなりの高位じゃないといけないらしい、エリート限定かあ……そりゃ女神さまのお側付きならそうじゃなきゃならないか、キラさんやフーレンさんもホントはスゴイ人なのね。
フーレンさんに案内されて入ってきたのは内神殿、大聖堂の奥の奥のそのまた奥、女神さまの居住スペースということだな。
まあ内神殿は居住スペースでいうところの玄関だそうで、そこから先の本物の中心部は、神居『カムイ』と呼ばれており、男子禁制、巫女さんしか入れない、女の子の花園(オレの脳内変換)なんだそうだ。
内神殿に入った途端に空気がピリッとする、イヤな感じではない、これは前にも感じたな、神気というやつなのかな……さすが女神さまの居住スペース、神域ということなんだな。
廊下の壁に絵が飾られはじめた、処々に花や観葉植物のポッドも置かれている、質素を旨とする教会部分から、女神さまを快適に過ごさせる居住部分に入ってきたっていうのが実感されてくる。
扉があり、そこから先にはいくつか部屋があった。
数は少ないであろう来客の控え室、内神殿で働く神官たちの憩う部屋、絵画などの美術品を展示している部屋、噴水の部屋なんてのもあった。
そういった部屋を見学させてもらい、最後に少し広いホールのようなところに出る。
入ってきた扉からホールを渡って反対側に、びっしりと精緻な彫刻の施された大きな扉があった。
あれがカムイへの扉か……と直感で理解する。
そのカムイへの扉を半ば視界から隠すように置いてある大きなソファー……
ソファーというよりは限定された、たった一人のための特等席、という造りのものが据えられてあった、当然女神さま用であろう。
ここでカムイから出てきた女神さまが、外の者へ下知するんだな。
ん……? 何か置いてあるな。
ソファーの女神さまがくつろぐであろう場所に、何か小さい金属製っぽいものが置いてある。
よく見ようと近寄ってみる。
ソファー前には、細い、飾られたロープで、ここから入っちゃダメよ、と仕切られていた。
強行突破しようとするヤツには、何の役にも立たないであろうが、ここまで来れる者に、そんなヤンチャをしようとするのはいないだろうから、役には立ってるはずである。
オレもロープぎりぎりから置いてあるものを観察する。
ん~……手鏡か?
ジーッと見てるとフーレンさんが笑いながら、手に取ってご覧になられますか? と、あっさりロープの横から進み、手に取って持ってきてくれた。
「い、いいんですか……?」
あまりのあっけらかんとした行動に、驚き訊ねると。
「もちろん許可できる立場の者が責任をもってのみ、許される行為です」
「神官キラより、タクヤさん、あなたの行動は最大限の権限で許可されています」
「そ、そ……そうなんですか……へえぇ~」
と間抜けな返事しかできなかったが、せっかくなので、手に取り見せてもらう。
渡されると、予想したより遥かに軽い、金属ではあるはずだがなんという軽さだ……何か特別な素材なんだろうか……?
美しい細かい模様が一面に掘ってある、実にいい仕事だ、とジュリアさんなら言うだろうな。
クルッと反すと鏡面だ、やはり手鏡か、これはこの本体の金属をそのまま磨いた鏡面だな、金属鏡ってやつだ、きれいだなあ。
「そちらは、アリーシアさまがカムイよりお出でになり、外の者に謁見される前に、御髪を整えられるために愛用されていた鏡です」
フーレンさんがにこやかに説明してくれる。
「へー、なるほどぉ」
女神さまでも、意外と人間っぽいことをしたりするんだなぁ。
などと考えながら鏡で自分の顔を見る。
うん、大きな口を開けて映ってる。
……クチ?
オレは口を開けようなどとは思っていない、開けようともしていない。
重ねて言うと閉じようとすらしている、が、閉じない。
本能的に鏡の向きを変えて、顔を映らないようにしようと努めた。
が、腕も体も動かない、脚も同様だ。
そうなるんじゃないかなあ、と瞬間的に思ったことがその通りになりそうだ。
鏡に映る、一杯に開けたオレの口の奥が光り始めた。
音は無い。
が、音波とは別の、不思議な波がホール中に洪水のように溢れる。
オレの口と鼻から奔流となって出た光は、手鏡を捧げ持つ腕の距離だけ旅をして、鏡面に吸い込まれていく。
様子のおかしいオレを見て、不審そうな顔をしていたフーレンさんは、今はオレと変わらないほどの大口を開けてへたり込んでいた。
風もないのにソファーの布が激しく翻り、細いロープが暴れ出す。
なにごとですか! と、出てきた他の神官たちも、オレの様子を見て呆然と立ち竦んだ。
前よりたくさん出ております。
口と鼻からほとばしる光が強さを増し、強烈な光のせいでホール全体が暗くなったような錯覚すらし始めた。
ビリビリとホールに振動が広がっていく、光と波動で平衡感覚もおかしくなりそうである。
オレは何もできない、体が動かない、まばたきすらできない、あ、涙は出る……とりあえず泣いておこう。
すると体の中から何かが抜けていくような喪失感、満ち足りていたものが急激に減っていくような感覚。
光の女神さまが消えていったときと同じ、どうしようもない寂しさ。
可能であれば、子供のように声をあげて泣いていただろう。
耐えがたいほどの哀惜の感覚が押し寄せて……そして突然スッと消える。
同時に、口と鼻からほとばしる光の最後が、あっけなくシュルッと鏡面に吸い込まれた。
カクンと口が閉じ体が動く……ホールの中も元通りに静まり返り、今のは全部夢だったんじゃないかと思ってしまうほどあっけない。
と、そのときオレが両手で捧げ持った鏡面から……
「ぷぅ!」
「あ、でれましたぁ~」
あのとき見た光の女神と同じ顔が、鏡の中でニコニコしていた。
オレの異変に驚いて集まっていた神官たちが気付いたようだ。
「あ……あああ……」
「アウルラ・リヴェ・アリーシア‼」
と、女神さまのフルネームだろうか、を唱えて一斉に平伏のような最上級の拝礼を始めた。
手鏡を前方へ捧げ持ち
ケツをおもいっきり引いた
スーパーヘッピリ腰ポーズのオレに
超エリートの神官たちが土下座する
……そんなシュールな画が完成した。
ヒクヒクと引きつった顔のオレ、その手に持つ手鏡から、ゆる~い声が聴こえる。
「あらぁみなさん、おひさしぶりぃ」
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