十話 女騎士と家政婦と絡み上戸と



 瀟洒なペンションであった建物である。

 家具も落ち着いた感じの機能的なものが揃っていた。


 部屋数も多すぎるくらい多く、数えると一階には三部屋、広いリビングにある二階への階段を上ると四部屋あった。

 リビングから続いている大きな食事用テーブルのあるダイニングキッチンも、広々として使い易そうである。


 日も暮れ、灯の入ったリビングの中は幻想的と言っていいくらいだ。

 そんなムードたっぷりの夜の静けさの中で、長いL字ソファにゆったりと身を預けるオレ。


 同じソファにほんの少し離れて座るのはローサさん。

 二人っきりである、そして……

 ……実に落ち着かない。


 テレビもラジオもないのである。

 音を出したり、映像を映すものが皆無なのである。

 意識して会話しようとしなければ、静寂なのである。

 しかしその静寂、この環境だとムードを伴ってやってくるのである……

 非常にマズイ。


 ローサさんのほうをチラッと見ると、何を考えてるのやら、ポーッとした顔で放心したように物思いにふけっている。

 隙だらけである。

 ホントマズイ。

 なぜこんな状況に……


 精霊学部での力比べの後のことである。


 片付けの終わった部屋で、サクライ学部長より正式に審査の合格を告げられた。

 キラ神官からも、キラ神官と教会からの両方としてのお祝いの言葉をもらった。


 学部長はグリプス教官のような、力に偏った考え方の者は少なからずいると言う、グリプス教官は、そういった者たちの集まりの中心人物の一人だとも言っていた。

 そして、彼のような者の独走を止められなかったことを、心から詫びてくれた。


 それからお詫びとして、当然オレはこれから住むところを探すのだろうから紹介させてほしいと、紹介されてやってきたのがここであった。

 学部長が資産運用のために購入して、そのまま置いてある物件だそうで、人が住んでいたほうが建物は傷まないから、と格安どころかタダ同然の賃料であった。 


 当初は寮のようなところがあればなあ、くらいに考えていたのである。

 金額云々よりも、食事がついてるほうが自分で作らんでいいので楽だなあ、と思っていた次第であった。

 そのことをサクライ学部長に告げると、なんだそんなことか、と家政婦付きにするという、おれの考えの斜め上をいく解決方法で、強引に一件落着となる。

 そして今に至るのであった。


 ローサさんずいぶん静かだなあ……何考えてるんだろ。

 落ち着かないよなあ、やっぱなにか喋ったほうがいいよなあ。

 何か話の話題、話題、話題……

 笑い話のネタでもいい、ネタ、ネタ、ネタ……

 ダメだー、焦ってくると余計思い浮かばない、ここは平常心、平常心……ん?


 スクッ! と突然立ち上がるローサさんに心臓が飛び上がるほど驚き、ヒイッ? と言いそうになるのをグッと飲み込む。

 なな、なんだ? どうした……? ホアアァッ⁉

 そりゃ驚く、ローサさん、着ている騎士の略装服を脱ぎ始めたのである。


 胸前の留め具をはずすと内側にボタンの列が見えた、そのボタンをローサさんは上からはずしていく、するとやがて騎士服の前が全て開けてしまった、途端に彼女の甘い匂いが鼻をくすぐる。

 そのまま腕を後ろへ向けると、服の重みで自然とスルッと脱げていく。 


 騎士服の下から薄手のTシャツが現れた、胸の形がはっきりと浮かび上がって見えてしまっている、厚手の騎士服だったから分からなかったが、なかなかの大きさのとても形の良い胸である……


 服が下がってくるままに腕も抜くと、上半身の騎士服はトサッと音をたてて落ち、そのまま床へ積もるように萎れる。

 赤くなりアワアワしているオレの目の前で、細く綺麗な手は腰へと移った。

 七分丈のズボンの右腰側に留め具があるようだ。

 それを少しじらすようにゆっくりと、パチッ、パチッ、パチッと……留め具が一つはずれるごとに乾いた音が上がる。


 留め具が全て外れると、腰を巻いている紐の結び目が内側に見える、結び目から伸びる紐を指先でつまみ、スーッと引くとハラリと簡単に解けてしまった。

 ウェストの締め付けが全て解放され、ピッタリとフィットしていたように見えた騎士服のズボンは、いともあっけなく床まで滑り落ちる。


 ズボンの上からでもわかっていた形の良いお尻がショートパンツに包まれて現れ、眩しいほど白い引き締まった脚がそれに続いて伸びている……


 おおおおお落ち着けオレ。


 おかしくはない、おかしくはないのだ、部屋着という観点では最低限人に見られてもセーフのレベルであろう。

 むしろ堅苦しい騎士服のままというほうが不自然……ん、まてよ?

 なぜローサさん、ここでくつろぎスタイルに?

 自分の住処に帰ってから脱げばいいものを、なぜマイハウスでリラックスなさる?


 そんなことを考えてると、Tシャツ、ショートパンツになったローサさんはトスンとソファに再び座り、むぅー、という顔で。

「おなかすいたぁ」

 こ、こ、こいつは……


 さすがに一言もの申そうと口を開いた瞬間。

 トン・トン・トン

 と、ノックの音。

 はいはーい、とドアを開くと。

 風呂敷が喋った。


「はじめまして! 家政婦として参りました、サマサと申します!」

 風呂敷と入れ替えに顔が現れる、深々と頭を下げていただけのようであった。

 背中に大きな風呂敷包み、中にはヤカンを筆頭にいろいろ入っているのが見える。


「あ、学部長の言っていた家政婦さんか、もうきてくれたんだ?」

「ハイッ、今日からよろしくお願いします!」

 彼女を中へ招き入れながら。

「で、でもすごい荷物だね、全部サマサさんの仕事道具なの?」

 そうオレが聞くと。

「ウフフ、まさかぁ、タクヤさま冗談がお上手ですね、私の生活用品も入っておりますよ」


「あ、ああ、なるほどぉ、これはうっかりー、あはは」

 と笑ってごまかしはしたが、ってことは……ま、まさか住み込み?

 案の定、サマサさんは続ける。

「まず、私物を置いておきたいですので、どこか適当なお部屋を一つ下さいませんか?」

 やっぱりかあああ。


 いいのかこれ? オレが気にし過ぎなのか? そうだよな、住み込み家政婦なんて上流階級ではよく聞く話だもんな、オレにヤマシイところがなければ、堂々としてればいいんだよな? よーし。

 フル回転で脳内会議を終了し、気を取り直したオレは。


「広い家だからなあ、オレしか住んでいないし、どこでもサマサさんの好きなとこ選んでいいよ」

 そう聞くと途端に嬉しそうな顔になり。

「わあ! 嬉しい! それじゃあ、キッチンに一番近いお部屋をいただきますねっ、お給仕が早くできるように!」

 明るくてええこやあ。 


「あ、それからタクヤさま、サマサさん、は言いづらいですし、サマサと呼んでいただけると私も嬉しいので、サマサでお願いしますっ」

 ニッコリ笑う。

 ほんまにええこやあ。


 デレッとした顔で、ふと横を見ると。

 ジトー……とこちらを見るローサさん。

 はっ、しまった忘れてた。

「じ、じゃあサマサ、落ち着いたら夕食お願いしてもいいかな?」

 荷物を運んでいるところへ声をかける。

「はーい、かしこまりましたあー」

 ええこやあ。

 ジトー……


 サマサは十七歳、オレの一つ下だった。

 背中にかかるくらいの赤髪を一つにまとめてお団子にしている。

 華奢と言えるくらいスレンダーで、背も百五十センチほどなので年齢より幼く見られることが多いであろう。


 サマサの作ってくれた夕食をローサさんと平らげて、お酒も飲みたいと言い出すのでワインを開けて、全部飲まれるのも癪なのでオレも飲む。

 ワイングラス三杯ほどでローサさんの目つきが怪しくなってきた、よわっ……


「ねー、なーによ、あのでれ~っとしたたいどー」

「え……?」

 ロレツの回らない言葉でオレに言い始める。


「よびすてにしちゃってさー、きょうあったばっかなのにぃー」

 おいおい。

「ふたりですんでー、なにするつもりようー」

「ちょ、人聞きの悪いこと言わんといてっ、住み込みの家政婦さんじゃないっ」

「どーだかぁー、さっきはわたしのむねばーっかみてたくせにぃー」

 オレ、絡まれてる? 晩メシ食わせて酒まで飲ませてやった相手に、オレ、絡まれてるの?


「いーなぁー」

「は?」

「このいえすてきだなぁー」

「わたしのかんしゃなんてさー」

 かんしゃ?ああ官舎か、ローサさん騎士団の官舎に住んでるのか。


「せまいしぃー、ふるいしぃー、うまくさいしぃー」

 まあ騎士団っていうくらいだから馬いるだろうしねえ。


「いーなぁーここー、わたしもーここすむー」

 …………


「いーなぁー……」

 テーブルの上の腕に頭をのせてスヤスヤ寝息をたてはじめた。


「ああ、いいよ」


 賑やかなのは悪くない。

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