九話 チョップⅡと精霊学部と決闘と



 王立アカデミー中央管理塔の建物内、ロビーである。


 正確にはロビーの隅っこの、人目につかない柱の陰である。

 審査の終了直後にローサさんを引っ張ってきた。


 腰に手を当てた仁王立ちのオレと、その前でうなだれながら、上目でチラッチラッとこちらを見るローサさんがいた。

「だって~、言ったと思ったんだもん……」

 お姫様の伝言の件である。


「わたし、言ったと思うもん~、タクヤさんが聞いてなかったんじゃない~?」

 唇を尖らせて言う、あくまでもシラをきる気らしい。

 フゥー……とため息をついて渋々、という感じを出してオレは話し出した。

「ローサさん、オレがどうして必死になんとかしようとしたのか、わかりますか?」

 え? と、彼女はキョトンとした顔になる。


「あの『てぃしゅう』だって、あの場で初めてバッグに入ってるのに気づいたんですよ?」

「そもそも伝えられてないのに用意できるハズないじゃないですか?」

 そ……そういえば……と、すごく納得の顔をするローサさん、この辺は素直でカワイイ。

「あれは、全てあの場で必死に考えてやったことなんですよ? 何故そんなことをしたと思います?」

 あまりピンときてない表情なので続ける。


「オレからすれば、伝言なんか聞いていないって言えば全部済んじゃってたんですよ?」

 さすがに彼女もハッとした表情になる。

「そうです、オレが知らないと言ってしまったら、ローサさんの責任問題になるから、必死になってたに決まってるじゃないですか」

「あ……じゃあ……わたしのため……に?」

「当たり前です、前にも言ったでしょ? オレはローサさんの味方だって……」

 優しく言うと途端にローサさんの目が潤みだす。

「だからローサさんもオレには全部正直に話してほしいんです……」

 ウン……ウン、と頷いてくれた。

「伝言のこと、きれいに忘れちゃってたんですか?」

 スンスンとすすり上げながら、上目づかいにこちらを見ていたが、やがて。

「……う……うんっ! ……てへっ」


 ズビシッと頭頂へオレのチョップ炸裂。


 さて、審査を切り抜けたオレの次の問題は、三つの学部のどれを選ぶかということになる。

 これには、さほど悩んではいない。


 まず経済学部だが、投資家なんて言われはしたが、つまるところ単なる偶然である。

 結果を計算してやったならともかく、しょうがないなーって感じでやったら、良い結果が出たってだけのものである、偶然の結果を自分の実力と思ってしまうのは危険だという分別くらいはついているのであった。

 なので当然ナシになる。


 次に技術製造学部だ、これは自信を持ってハナノ村の職人トリオの力である、としか言えない。

 だってオレ、口しか出してないものな。

 なんか作れと言われても、お粗末な指輪がいいところである。

 周りはマイスターとか言ってチヤホヤしてくれるが、自分ではブランド名を売るために看板になっているだけっていう認識なので、ラフさえ描けばなんとかしてくれるという訳ではなさそうな、技術製造学部はナシになる。


 よって精霊学部が最有力候補となるのだが。

 ファイと出会って、今では当たり前のように過ごしているが、やはり精霊のことや、この世界の構造なんかは気になるところであった。

 それに、オレ的にはっきりさせたいこともある。


 審査のあと、ワールドに浸っているお姫様には無理そうなので、じいやに精霊学部を見てみたい旨申し入れると、あっさり了承してくれた。

 なのでこれから精霊学部である、ローサさんは案内と世話役で数日付いてくれることになった。

「さあ、早くいかないと夕食が遅くなりますよ」

 と案内を急かすと、頭頂を両手で押さえたローサさんがベソをかきながら歩き出す。


 王立アカデミー精霊学部塔。


 塔とは言うが、でかい建物である、建物の屋根のあちこちから塔が生えているので、塔と呼ばれてるのだろう。

 そのでかい建物の正面入り口から入ると、圧倒された。


 とてつもない量の文献、スクロール、紙の束……なんとも気の遠くなる規模の図書館である。

 これ、精霊学関連の書物だけなのだろうか? と疑問も湧くが、違うとしてもすごい量である。


 ローサさんが受付に来訪の意を告げると、話が通ってるらしくすぐ案内された、じいや有能だな。

 図書館を過ぎ、長い廊下を抜けて建物の奥へ進むとでかい扉があった、その横、普通の扉へローサさんが案内される、控え室のようである。


 一人になったおれはでかいほうの扉へ案内されると、審査のときのように大きな部屋に出た。

 さらに似たようなでかいデスク、デスクの椅子に一人、左右に一人づつの計三人、なんだかイヤな感じがする……

 案内役の人がデスクに座る人にオレの来訪を告げ、礼をして出ていった。


「ようこそ、ハナノ村のタクヤくん、さあどうぞこちらへ」

 招じられデスク前へと進む。

 椅子から立ち上がるのは二十代後半くらいに見える男性だ、見た目すごく優しそうで知的な雰囲気が強い、ブラウンの短髪が爽やかだ。


 オレがデスク前に到着すると。

「改めて、精霊学部へようこそ、私は学部長のサクライだ」

 声や口調からも優しさと爽やかさを感じる、この人からイヤな感じはしない。

「ハナノ村のタクヤです、どうぞよろしく」


 オレが礼をすると、オレの右手側のデスク横に立つ人を。

「こちらは神官のキラさん」

 神官服に神官帽の、青白い顔をした細身の人だ。

 無言の礼に礼で応える、この人もイヤな感じはしない。


「そしてこちらが」

 オレの左手にいるデスク横の人物。

「精霊学部のグリプス教官だ」

 満面の笑みで礼をしてくる、おれは硬くなった表情で礼を返した。

 こいつだ……イヤな感じは。


「さて、タクヤくん」

 サクライ学部長が切りだす。

「君は精霊学部に入る意思があるのかね?」

 直球で来た、なるほど回りくどく探られるよりも、全く小気味よい。

「許されるならば、ですが、精霊のことやこの世界の本質を知りたいと思って来ました」

 こちらもストレートにいくのが礼儀だ。


「ほう、面白いことを言うね、では、本質を知ってどうするつもりだい?」

 切り込んできた。

「今のオレには何の知識もありません……知らねば考えることすらできないこともあると思います、今はただ知りたい、知ってみたいと思う……だけではダメでしょうか?」

 ウンウンと嬉しそうに頷く学部長、オレの答えを気に入ってくれたのかな。


 学部長は、どうだろうね? というように神官さんの方を見る。

 神官のキラさんは静かに微笑みながら、お任せいたします、と同義に見える黙礼で返す、どうやらオッケーのようだ。


 今度はグリプス教官のほうを見る、教官はニコニコしながら頷く……ように見せて小首をかしげたようだ、オレは見逃さなかった。

 学部長は小さくため息をつき、オレに言う。

「タクヤ君、審査の話はだいたい聞いたよ、君は見事審査をパスした……が、精霊学部関連の能力を見せての合格ではないようだね?」


 それはその通りである、ポケットティッシュを出していい加減なことを言っただけであった、嘘をつくわけにもいかないので。

「はい、そうです」

 と答えるしかない。


「アカデミーは実力主義的な面もあってね、力の無いものを入れるべきではない、との声も一部からではあるが、上がっているのだよ」

 学部長は淡々と述べる、しかし少し悲しそうに感じたのは気のせいだろうか。

 オレはなんとなく把握できてきた、学部長の言うその一部ってのが問題なんだろうな……


「それは、ある意味当然のことだと思います、でも、精霊学部で言うところの力というのはいったい……?」

 と尋ねると、待ってましたと言わんばかりに、グリプス教官が割って入り喋り出す。


「力とは⁉ それは精霊をいかに使役し、いかにその力を意思通りに操るか! いかに精霊をより強力に従えて、より強大な力を引き出すか! それに尽きましょう!」

 ニコニコと貼り付いたような笑顔でオレに続ける。

「ハナノ村のタクヤくん、あなたは精霊を十分に使いこなしていますか? 我々が知りたいのはまさしくソコなのですよ!」


 ……虫唾が走る。

 おれは元の世界でこういう上っ面だけ笑顔のヤツを、ごまんと見てきた。

 そして、そういうヤツらに、ことごとく嫌われてきた。

 そいつらの勝手な常識である上っ面の笑顔で返さず、とりあえず的な同調すらしないという理由でだ。

 そうなると、そいつらは瞬時に表情を変え、手の平を返して意味もなく攻撃し始める、こいつも例外ではないはずだ、絶対に。


「おや? どうしました? もしかして精霊の使い方も知らないと言うのではないですよね?」

 同調するどころか何も言わず、愛想のかけらもないオレにすぐイラついてきたようである、絡み始めてきた。

「聞くところによると、火の精霊使いとしてかなり有名というではないですか?」

「なんでも自分の作った靴や服に、火の印まで入れているとか?」

「火の精霊のおかげで投資にも成功したというのは本当ですか?」

 ムキになって言い返してくるのを心待ちにしてるんだろうな、だがオレは無言で硬い表情のままグリプス教官を見ているだけである。


 なのでオレが挑発に乗ってこない場合の選択肢に分岐したようだ、少し引いた言い方になる。

「まあいいでしょう、すぐに実力は証明されます、学部長! 精霊の力比べの御許可を!」

 こうなるのは目に見えてたのだろう、学部長はまた小さくため息をつき。

「許可します」

 とだけ答えた、その言葉を聞いてオレは口を開く。


「オレは……精霊を使役するとか、力を操るだとか、思ったことはありません……」

 オレの言葉でグリプス教官の笑顔はすっかり消えている。

「ですから、実力を測ってあげようというのです、なにも私に勝てと無理を言ってるのではありません、敵わぬまでもかかってきなさい、胸をかしてあげましょうと言っているのです」

 もう侮蔑の色を隠そうともしていない。


 ツカツカと部屋の中央へ行き、オレが来るのを待つポーズをとる。

「私はいつでもいいですよ、さあいらっしゃい!」

 教官はオレが、尻込みして出てこない場合の計算もしているのだろう……なぜこんなヤツの優越感を満たす道具にされなきゃならないんだ。

 怒りというよりは悲しみが先にたつ、だがそれでも……


「おれは村にきてからずっと、精霊といっしょに暮らしてきました」

「精霊はオレをずっと守ってくれてもいました」

「……だからオレは、精霊に力比べなんかをさせようとは思いません」

 ハンッという教官のバカにした顔も気にせずに続ける。


「もし力比べをしなければ、学部には入れないとおっしゃるのでしたら……」

 ハナノ村のみんなの顔が頭をよぎる、やっぱりアカデミー入らないで帰ってきちゃった、とか言ったらガッカリするかな……みんなゴメンな……

「オレはアカデミーに入るのを、やめ……」


 シュオッ‼ と、突然オレの前にファイが現れた。

 驚くオレに背を向けてグリプス教官のほうをじっと見ている。

「ほう、火の精霊のほうはまだやる気がありそうじゃないですか」

 教官がニヤッと笑い、面白そうに言う。


「いいんだ、ファイ、戻ってろ」 

 が、ファイは動こうとはしない。

「おまえ……」

 オレたちの様子を見ながら、喉の奥でクククと笑う教官は。

「いいですねえ、それでは始めましょうか、奇遇なことに私も火の精霊使いでしてね」


 シュッ! と現れたのは言う通り火の精霊であった。

「我が家に代々伝わり使役されてきました、私の思い通りに動きますよ!」

 世襲制なのか、先祖が契約でもしたか、どおりで精霊がいて当たり前みたいな考えのはずだ。


 ファイが前に進み、戦闘の間合いで止まる。

 オレにははっきりわかる、ファイはかなり頭にきている。

 教官が自分の精霊に命令する声が響いた。

「火の精霊! 火矢と化し相手を撃ちなさい!」


 おれはファイに言う。

「ファイ……」

 ファイが肩越しにこちらを見る。

「怪我させるな……」

 !と少し驚いたような、しかしその顔が正面を向き直る瞬間……ふふ、と笑い声が聞こえたような、そんな気がした。


 教官の精霊が三つに分かれ火矢の形をとり、こちらへ発射しようとする、まさにその瞬間。

 ファイの、前に突き出した手のさらに前に、サッカーボールくらいの火のボールが現れる。

 それを見た、と、認識する間もないほどの数瞬後、ボールは白熱し強烈な光を放つ、光を放つ瞬間には、ボールが数倍に膨れたように見えた。

 同時にバアン! と破裂音で部屋中がビリビリ震え、続いて熱気を含んだ空気の壁がドッとぶつかってきて、よろけそうになる。


 慌てて見るとグリプス教官は、後方へ吹き飛び転がったのであろう、後転をする途中で止まったような、尻を上に向けて体を折り曲げた状態で動かない、失神してるのかもしれなかった。

 ファイの前の床に、放射線状の真っ黒な焦げ目がついている、教官の方向に向かって少し長い。


 なるほど、ファイはゴムボールのように中に空気を入れて火の玉を作ったようであった。

 その玉の内側を一気にとんでもない高温で熱して中の空気を膨張させ、斜め前の床に叩きつけたんだ。

 爆発というよりは破裂だな、衝撃波で教官は失神して、さらに押し寄せる空気の壁で飛ばされたようだ。

 そして……教官の火の精霊も姿は見えないが一緒に吹き飛んだはずだ……


 ファイがフヨフヨとやってくる。

 オレはなかなか声がでないが、無理やり出す。

「ファイ……ごめんな……」

 鼻水を垂らしながらベソをかく情けないオレを、心配そうな感じでしばらく見ていたが、やがてシュルッと消えていった。


 サクライ学部長が言う。

「タクヤくんの勝ちですね」

「ええ、いろんな意味で、圧倒的勝利ですね」

 キラ神官も同意の言葉で返す。


 二人ともオレたちを見て優しく笑っていた。  

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