八話 王女と審査とワールドと



 たっぷり寝た。

 やはり睡眠は大事だ、久々にベッドで寝てホントそう思う。


 王都の宿屋である。

 昨日、ヒーヒー言いながら辿り着いた後、気力を振り絞って宿へ入った。


 ぐったりと動けないローサさんを彼女用の部屋にぶん投げて、オレはオレの部屋で即ぐっすりだった。

 どさくさ紛れに同じ部屋に……とかなんて考える余裕もなかった、オレの頭の緊急着陸地点はベッドの上の枕以外にはなかったのである。


 身支度を終えて宿屋の一階へ降りる、夜は酒場、陽が出ているうちは食堂という定番の造りだ。

 ここ数日、ロクなものを食べていなかったので、まだ朝ではあるがボリュームのある注文をする。

 注文した料理が出てきた頃、ローサさんも起きてきて、おはようもそこそこにテーブルの上の料理を勝手にいくつか取りガツガツと食べ始める。


 本当に良家の子女なんだろうか……と見ていると、やがて彼女は満腹の様子でオレに言い出した。

「今日の午後から謁見が行われるからね」

「謁見? 誰に……?」

 また突然言い出したなコイツと思いながら聞く。

「んーたぶん王女様だと思うけど、気分屋さんだからねー」


 ローサさんは旅の間にすっかりくだけた口調で喋るようになっている、まあそれはいいが、謁見ってなにするんだろ、通過儀礼みたいなもんかな?

 食事の方に気を取られていたオレは、行けばわかるか、とすぐ自己完結してしまった。


「アリーシア聖導王国、第二王女、シャーロット王女殿下~」


 アカデミーの学長室である、学長『室』といっても舞踏会でもできそうなくらいにだだっ広い、なんでこんなに無駄に広いんだ?

 オレはその学長ホールの奥にドンと据えてある、これもばかでかいデスクの前で並んでいる。


 並ぶ、そう他にもいないと並べない、オレの他に二人いるのだ。

 どっちもなんというか『私はあなたなどとは頭の出来が違うのですよ!』っていうタイプだな……

 どっかのスクールローブを着て手に訳の分からない実験道具みたいのを持っている。

 オレは宿屋を引き払ってきたので、生活用品の入ったでかいバッグを横に置いている、邪魔だと怒られないかちょっと心配だ。


 そのバッグの向こうにローサさんが騎士の正装をして立っている、彼女の横にも騎士が二人並んで立ってるので、おそらくローサさんと同じく、オレの横の二人それぞれをここへ連れてきた『お迎え役』の人なんだろうな、連れてきた手前立ち会うならわしなのかもしれない。

 当然オレの横二人は、ここへ来るまでにオレのような苦労はしていないはずだ、それは断言できる。


 出座を告げる呼び上げから、もったいぶった間をあけてやっと扉が開き、シャーロット王女殿下の御登場のようであった。

 堅苦しいのは苦手だなあ、と思ってるところへ……何やら騒がしい。


「マイスタータクヤ殿! タクヤ殿はどちらじゃ? どの者がタクヤ殿じゃ?」

 ふわっとゆるくウェーブのかかった見事な金髪が揺れる。

 ツカツカツカと早足で入ってくる少女、慌てて追いかけてくるじいや。

「姫様! はしたのうございますっ!」

 とか言ってる、やっぱこれはどこいっても定番なんだな。


 それに耳も貸さない姫様も定番である。

「タクヤ殿! タクヤ殿は~……」

 正面に立ちオレ達三人を見比べる、オレ、横、その横、そしてオレ、これ絶対消去法してるな。

「そなたがタクヤ殿じゃな⁉」

 おや、このお姫様……ウチの限定ホワイトカラーブーツを履いてらっしゃる。

「はい、シャーロット王女殿下、お初にお目にかかります、ハナノ村のタクヤでございます」

 気取って応える。

 すると王女殿下がスッと右手を前に差し出した……


 それを見た途端、ガカァッ! と、オレの中で雷が落ちた如くのショックが走る。

 あれか⁉ あれをやるのか⁉ このオレが⁇

 一気に心拍数が上がり、襲ってくる緊張の波で膝が震える、まさかオレがあれをやる日がきたというのか? 一生縁のない行動ベストテンに入っているハズだぞ?

 ガクガクブルブルするのを必死で抑え、はよせな、不審に思われる……


 決死の覚悟で出された手を取り、片膝を突き、手の中指あたりにホントに軽く唇を触れる、そしてスッーと引かれていく手を惜しむような余韻のポーズ。

 死ぬ……恥ずかしすぎて死ぬ……誰かニヤニヤして笑ってくれればどんなに救われたことか、しかし全員平然とした顔をしている……それが当然ではあるのだろうが……


 立ち上がりつつなんとか気を取り直して改めて見ると、さすがお姫様だけあって洒落っ気のない一般人とは違う、薄手の下地はごく薄いピンク色、その上に品のいいレースを合わせたフワッとフレアなドレスを着ている。

 年齢は十二、三歳か、ウチのホワイトブーツはさっき気付いたが、よくみると指に飾り指輪も嵌めてらっしゃる、ご贔屓にしてくれてるらしい。

 指輪はまだいいのだが、ブーツはお姫様の年齢だと、ちょっと背伸びしちゃってるって感じになっちゃうなあ……まあ本人がよければそれでいいんだが、大人っぽくしたいということは意中の殿方でもいらっしゃるのかな。


 さきほどの羞恥プレイで儀礼的な筋は通ったらしく、お姫様は喋りだす。

「タクヤ殿、そなたの作るものはすごいのう、私は大いに気に入ったぞ、ご覧のとおり、そなたの作ったものを身に着けると、皆私のことを褒めたたえるのじゃ」

 そりゃ、お姫様に面と向かって苦言を呈するヤツは城内にはおらんだろうがさ。


「このブーツもかなり無理を言って手に入れたのじゃ、どうじゃ? 似合うか?」

「それはもう、とてもよくお似合いでございます」

 おれも苦言は呈せなかった。

「そうか、そうであろ、どうじゃ、隣国のキース王子は美しいと言ってくれるかのう?」

 うっとりとした顔で言う。

 ははあ、やっぱりいらっしゃったようだ。


 じいやが姫様! と割って入り自分の役割を思いだしたのだろう、でかい机をぐるっと回って学長の椅子に座り。

「コホン、話がそれてしまいすまぬ、これより審査を執り行う、各々存分に日々つちかいし実績を示すがよい」

 

 は……?

 審査? 実績? 示す? 聞いてないぞ……?

 呆気に取られていると、扉よりゾロゾロと人が入ってくる、なんか重鎮って感じの人ばかりだ。

 審査って言ってたから、まさかあれ、審査員なのか?

 審査されるってことは、オレも何かしなきゃならんのだろうか……?


「ではそちらから順に始めるがよい」

 オレと反対の端のヤツが指名された、オレは最後になるようである。

 助かった……と思いつつ、傾向と対策を考えるための材料にすべく、必死で様子を見ることとする。


 ヒョロッとした学者の卵風の一番手は、出身地と名前を告げ、専攻する学部を技術製造と言ってから手に持っていた実験道具の説明を始める、と、懐から液体だの粉末だのを出し、実際に道具を使用し始めるではないか。

 まずい、説明だけじゃなく実際にやって見せてアピールするレベルの審査なのか、う~ん、これはどうしたものか……


 困っているのは事実であるが、心のどこかではファイがいるからなんとかなるだろうっていうのもある。

 いざとなったらファイを呼び出して火の輪くぐりでもやらせればいいかー、と、ファイが聞いたら白熱化して怒りそうなことを考えていた。

 

 審査は二番手に移り、浅黒いガッシリした農学部専攻の人が、植物の苗のサンプルを並べていろいろ説明している。

 もうそろそろだな。

 ファイの火の輪くぐりの段取りを考えてると、すぐにオレの出番が来た。


 他のヤツに倣い、自己紹介から始めようとすると、進行役をやってるじいやが先に喋りだす。

 手に持った書類に目を通しながら。

「最後のお一人、ハナノ村のタクヤ殿ですが、精霊学部・技術製造学部・経済学部の三学部より参集依頼がかかっておりまして……」

 審査員がオォーとわざとらしく声をあげる、イヤ、あんたらがオレを呼んだんだろ……


「よって、三つのうち、どれかを選んでの審査になりますな、なお、審査で選んだ内容とその後進む学部とは、今のところ一致しなくてもよいとのことであります、必要ならば選んだ学部が再審査するということですな」

 つまりこの場を切り抜けさえすれば、とりあえず好きに選べるということか。


 いよいよファイに頑張ってもらうしかないか、と考えたところで突然。

「そのことであるがの、タクヤ殿、私の伝言を聞いておろ?」

 お姫様が言い出す、伝言? なんのことだ?

 オレが首を捻っていると、お姫様はじいやを含む審査員たちに向けて説明を始めた。


「タクヤ殿が火の精霊の加護を受けておるのはもうわかっておる」

「投資家としての活動も書類さえ見れば、どれほどのものかは一目瞭然じゃ」

「そこで私は製造マイスターとしての技術を披露してほしくての、私のためだけの物を何か持ってきてきてほしいと伝言を託したのじゃ」

 お姫様は、楽しみで楽しみでもう待ちきれん! といわんばかりの様子で頬を紅潮させている。


 伝言の内容は今ので把握した、だがその伝言自体が初耳だ、いったいどうなっている?

 その謎はすぐに解けた、キョトンとしてるオレに焦れたのか、お姫様が続ける。

「聞いておろ? 迎えの騎士にしっかりと伝言を申し付けておるのじゃ」

 迎えの騎士⁉


 ……その迎えの騎士はオレの横、少し離れたところに立っている。

 ギ・ギ・ギギと音を立てるような動きでローサさんのほうへ首をねじり回す。

 ホギャアアア! というように、口を大きく開いたまま固まっている顔が目に入ってきた。

 ま た お ま え かっ!

 そういや温泉宿で何か言いかけて、思い出せなくてやめてたな、このことだったのかああっ!


 瞬時に全て把握する、アカーン! これは非常にまずい、ファイに頼ることもできなくなってしまったああぁ。

「しょ、少々お待ちを」

 イヤな汗が出てくる、とにかくなんとか切り抜けねば! バッグを開き何かないかと探し始める。


 生活に必要な日用品のバッグである、気の利いたものなど何一つ入っているわけがない、コップやハブラシ、簡単な食器や羽ペンなどの筆記用具、リイサちゃんに貰ったファイ人形、ばあちゃんの干した果物の入った瓶、あとは着替え用の衣類、寝間着用に持ってきた中学ジャージ……


 これはまずいっ、試作品のたぐいなど持ってきてないし、身に着けてるものでも出せるようなものは何もない。

 うわーっ! 万事休す!

 お姫様もなんだか不審そうな顔になってきているっ! 時間がないっ!


 衣類の間に何かないかとひっかき回す。

 ふと、ジャージのポケットに何か……入ってるな……?

 引き出すと……あ‼ ……これだっ。


 オレはゆらり、と立ち上がり。

「王女殿下、たいへんお待たせいたしました」

 おおっ! とデスクの向こうから身を乗り出すお姫様。

「私がお持ちしたのは……こちらでございます」


 うやうやしく持ち上げるオレの手にはポケットティッシュが乗っていた。

 隕石直撃の前に鼻をかむのに使ったポケットティッシュである、ずっとジャージのポケットに入っていたようだ。

 見慣れぬものなので、いったいそれは? と全員が注目している。


 お姫様が頷くと、じいやがツカツカとやってきてポケットティッシュを受け取り、お姫様のもとへ戻っていく。

 安全を確かめるためであろう、お姫様へ渡す前にじいやが検分する。

「これはいったい……?」


 不思議そうに見ているが、包みの切れ目から出ているティッシュの端を見つけ、つまんで引っ張る。

 正常な使用である、ティッシュは一枚シュルッと引き出された。

「こ、これはっ……」

 つまんで引き出されたティッシュを、指先から垂らしたまま目の前へそーっと持ち上げ。

「なんと軽い! それになんだこの薄さは⁉」


 審査員もじいやの周りにゾロゾロ集まり口々に述べはじめる。

「いったいこれは……何でできておるのだ? 布のようでもあるが……」

「いやいや、紙ではないか? しかしこれほど薄く柔らかいとは……」

「おおっ! 見たまえ、さらに薄く分かれるぞ! なんという薄さだ!」


 二枚重ねに気付いたらしい、気付いた審査員がじいやと一枚ずつ持っている。

「どのように作るのかすら想像もできん、なんということだ……」

「その包みの中にまだ入っておるのか? すごいのう……」


 そうこうしていると、じいやが自分のつまんでいたティッシュをピリピリピリと破き始めた。

「おー真っ直ぐ裂けるぞ、これはまたなんとも……」

 そこでオレはワザと。

「ああっ破いてしまわれたか?」


 ビクッとして固まるじいや。

 ワシ、なんかまずいことしたのかな、と少し青ざめた顔になる。

 それまでポーッと放心したように様子を見ていたお姫様が、ハッ‼ としてじいやからティッシュの包みをシュバッと奪った。


「それの名は『てぃしゅう』と申します」

 オレの言葉に全員が口の中で『てぃしゅう』とつぶやいて練習するのが見えた。

「大変残念なことに、今の私には同じものを作れと命ぜられても作ること叶いません」

「今の私の持てる知識と技術を全てかけ、さらに奇跡的な偶然が重なり創り出されたのが……その『てぃしゅう』でございます」

 もちろんもう一回作れと言われないための釘差しである。


「今回は王女殿下のご命により、殿下のためだけのものとして、一つ限りのその秘蔵の品をお持ちいたしました」

 じいやは破いたティッシュをすでに体の後ろに隠している。


「で、こ、これはいかようなものなのじゃ? どう使えばよい?」

 お姫様がデスクの上に乗らんとする勢いで聞く。

「はい、その『てぃしゅう』愛を伝えるといういわれがございます」

 ハッとお姫様は目をむき体を硬くする。


「清らかな乙女が愛しい殿方を想い……」

 グワッと食いつく。


「伝わらぬ想いに切なく苦しく眠れぬ夜……」

 ハワアァと目を見開く。


「密かな胸の痛みで流す清純な涙で、その『てぃしゅう』が濡れたとき……」

 グググッと乗り出す、もうデスクの上に乗っている。


「意中の殿方へ、その切ない想いがそこはかとなく届いてゆく可能性があるという言い伝えがなきにしも……」

 最後の方はゴニョゴニョごまかす。

 が、もうお姫様に声は届いていないだろう。


 デスクの上にヘチャッと座りこみ、両手でポケットティッシュをキュッと胸に抱きしめ、あらぬ中空をトローンと見つめて、完全にワールドに行っている。

 もちろん愛しのキース王子とキャッキャウフフのワールドだ。

 以降シャーロット王女により、オレの鼻をかむ用ポケットティッシュは、まるで国宝のように大事に扱われたそうな。


 よし、なんとか審査を乗り切った。


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