七話 方向音痴と不運と脳天チョップと



 タクヤがハナノ村を出発した日より数えて八日目である。


 日も暮れかけた夕方、街への城門を守る門番は、昼間の雑踏がやっと落ち着き、出入りする者もまばらになってきた街道を眺めて伸びをする。

 本日もしっかり役目を果たした、もうそろそろ夜勤が交代に来る、晩飯はなににしようか……それにしても今日は街道に沈む夕陽がキレイだ。


 とりとめもなく考えていると、そこに夕陽を背に街道を向かってくる影がポツンと一つ、なにげなく目を細めて見ていると、どうやら馬車のようだな、おや、あれは公用馬車じゃないか? しかしなんだか……様子が……

 ポクリポクリと近づいてくるにつれて様子もはっきり見てとれるようになる、御者台にいるのは……民間人か? なぜ民間人が手綱を?


 ボサボサの髪と疲れ切ったような顔の表情は虚ろだ、なっ……

 キャビンが見えるとキャビンの床に直に座り、座るべきはずのベンチに上半身を預けてぐったりしている女性が認められた、こちらも御者台の男性同様疲れ切って虚ろな顔をしている、それよりなにより、あれは騎士服ではないか? 騎士団のかたであるのか?


 ポクリポクリと馬車は進み、あっけにとられて様子を見る門番の横を通り過ぎていく、馬車の車軸も歪み、車輪がガタガタしているのが見てとれた。

「やっと……ちゅいた……」

 城門の中へ入り、馬車や馬が停めてある一角にたどり着き、一言発するとオレはカハッと天を仰ぎ白目をむく。

「あ……あう……」

 キャビンでぐったりするローサさんが呼応するように呻き、カックンとベンチに顔を伏せた。


 バザルさんの商品をたっぷり積んだ荷馬車でさえ一週間の行程である、軽快な公用馬車なら、それこそローサさんが温泉宿への滞在を延ばすため言っていた、五日というのもあながち誇張ではないなと思っていた、実際のところもそうだと思っている。

 ならなぜ八日もかかったか。


 原因を考えると偶然や必然を合わせて様々であるだろうが、まず第一に判明したのは、ローサさんは重度の方向音痴であるということであった。

 Y字の道は、上から来るときは合流するので迷わない、が、下から来ると分かれ道として選択を迫られる、王都からハナノ村へは一人で迷わずこれたが、村から王都への帰途、彼女が道を間違えた理由である。


 このY字をどうやら三回ほど続けて悪いほうへ選択したようであった。

 たいしたものである、道標だってあっただろうに、普通狙っても難しいくらいの確率である。

 ゲロゲーロに追っかけられたときも、来たとき横に川なんてあったかなあ? と思っていたそうである、はよ言えやあぁ! というか、それだと村から出発して半日と経たずに間違った道を爆走していたことになる。

 非常にクオリティの高い方向音痴であった。


 それから第二に、方向音痴だけでは説明のつかないドツボへのはまり様、そう、つまりローサさんは非常に運が悪いということである。

 水と食料を分けてもらいに小さな農家へ立ち寄ったとき、道端にこんもりと出来上がっていたホカホカの馬のンコを見事に踏んづけた。

 グラディエータ型のサンダルを履いてるので、網目のあいだから見えるのは生足なのである、くるぶしまで埋まってたから、さぞや生の感触を味わったであろう。


 ヒックヒックとしゃくり上げる彼女を連れて、川まで下りて行って足を洗ってあげた。

 オレなんでこんなことやってるんだ? と基本的なことを思わなくもないが、可哀想だしいたしかたない。


 サンダルを脱がせて、浅瀬に入りまず足をきれいに洗う作業。

 ローサさんは片足立ちになるのでオレの頭に手を乗せている、川の流れに足首から足の甲、指の間まできれいに洗っていく、指の間をこすってると、くすぐったいのかクヒッとか笑いながらオレの頭に乗せてる手がグシャッと髪を掴む、イデデデとなるが我慢である。


 さっきまでベソかいてたくせに……と思いながら、彼女をその場に立たせてオレはサンダルを洗いはじめる、と、魚でも見つけたか楽しそうな顔をしてフラフラ動き出した。

 あー、川底滑るから……と言おうと思った途端に、バッシャーン! と派手な水しぶきを上げてすっ転ぶ、サンダル履いてないほうの足の裏が見事に空へ向いていた。


 あーあ……でもまあ浅瀬だから大丈夫か、と思って引き続きサンダルを洗っていると、水面にフワーと浮いたローブの端がたまたま流てきた流木に引っ掛かり、彼女ごと引っ張って流れていった。

 おいいいいぃ!

 必死で追っかけたがなんせ流木、追いつけるわけがない「ローサさーん!」と叫びながら浅瀬を走り追う。


 しばらく下ったところで流木自体が浅瀬に乗り上げて止まっており、そのすぐ側で彼女がヘチャッと座り込んでいた。

「ローサさん大丈夫⁉」と走り寄る。


 放心していた彼女だが、おれが駆けつけると堰が切れたように。

「ウッ……エグッ……ヒックヒクッ……ウワアアァ……」

 と泣き出す、オレは頭を撫でてやりながら。

「よしよし、怖かったね、もう大丈夫、だいじょうぶ」

 二歳年上の成人女性をよしよしとあやす、本当に何やってるんだろうオレ……

 にしてもこの人、運悪すぎだろ……


 そして出発より四日目にオレは、さすがにおかしいと思い訊くことにした。

 ポクポクと歩を進める馬車の、手綱を握るローサさんに尋ねる。

「ねえローサさん、本当に道はこれでいいの?」


 オレが疑問に思うのも当然で、どんどん道が細くなってきている、民家も、農家すら見当たらなくなってきていた。

 街道ってこういうものじゃないよね? いわゆる国道なんだから、やっぱこうなってくるのはちょっと変だ。


 ということで質問したんだが……

 キャビンから尋ねるオレの声は聞こえているハズだ、が、彼女は振り返らず応えもない。

「ローサさん?」

 ……やはり応えない。

 

 キャビンから身を乗り出し、御者台のローサさんの顔を見ようと横から覗く。

 すると彼女はスッとオレが覗く反対の方を向いた、後頭部しか見えない。 

「…………」


 乗り出した身を戻し、今度は反対側から覗く。

 またオレと反対方向を向いた、後頭部は何も語らない。

 こ……こいつ……そういうことか、じゃあ……


「……まあ、オレは間に合わなくてもさほど困りはしないんですけどねー」

 キャビンのベンチにゆったりと腰掛けながら話し始める。

「でも、間に合わなかったらおおごとだろうなあ、絶対に理由を問いただされるだろうなあー」


 ピクッとローサさんの肩が跳ねる。

「嘘つくわけにもいかないから、全部喋らないといけないんだろうなあ」

「ゲロゲロに追っかけられてプルプル震えてた誰かさんのこととかー」


 ギクッと体が強張っている。

「ンコ踏んで、泣いてー」


 ギクギクッと言うたびに動く、ちょっと面白い。

「川で転んで流されて大泣きしたりー」

「わっわかった!」


 耐えきれなくなって降参したようだ、 馬車を止め、オレの前にきて拝むように言い始めた。

「私が悪かった! 頼むそんなことは……」

「嘘ですよ」

 鷹揚な態度をコロッと変えて、優しい声でオレは言う。

「オレはローサさんの味方です、絶対にそんなこと言いませんよ」

「タクヤ殿……」

 彼女は潤んだ目でオレを見る。

 ウンウンと頷いたオレは。

「だからローサさんも本当のこと言ってください、道、間違えたんですか?」

 微笑みながら優しく言うオレの言葉に。

「……う……うんっ! ……てへっ」

 ズビシッとオレのチョップが頭頂に炸裂した。


 ゲロゲーロ、二匹

 鶴に似たすごい速度で走る鳥、二羽

 こっちをすごいイヤな目で見る犬、一匹

 決まった間隔でずっとついてくる毛玉、一個

 血吸いモウコリ、多数

 ハサミの部分が棍棒になってるクラブクラブ、一匹


 それから王都に着くまでに、オレたちを追っかけてきたヤツリストである。

 ローサさんが人気のない道を突き進み、こういうのの生息域の奥深くまで入ってしまっていたようだった。


 街道に戻れたのは、もう王都が見えてくるほどのところであった、どんだけ裏道さまよったんだろうオレたち……

 城門の門番さんが不審な顔で見ている、そりゃそうであろう、オレたちも馬車もボロボロであった。

 期限は明日の午前中だ、今日はやっと宿に泊まれる……ハズである……


 だが、もうだめだ……少し……やふまへてくれ。


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