五話 屋号と指輪と本名と



 さて、山は一つ越えた。


 追加注文の生産準備だの、賃金支払いの事務処理だのは、キャメルさんとウッディーさんに任せてしまう。


 オレには最重要課題を解決しなきゃならない義務がある、そう、ガンテツ(三代目)さんだ。


 最初にプロジェクトの話を持ち掛けたときに、ガンテツ(三代目)さんは詳細も聞かずに行ってしまった。

 それは仕方ないと思う、だってオレみたいな怪しい小僧が、いきなり怪しい話を持ってきたって、怪しすぎて聞く気になんかならないのは当然のことだ。


 同調する気にすらならなかったとしても仕方ないのである、去って行ったガンテツ(三代目)さんは少しも悪くない。

 悪いのは、そして責任をとってなんとかしなければならないのは、このオレだ。


 オレが来る前までは、職人三人組は仲良く力を合わせてやっていた。

 間に割って入り、三人の絆を壊したのはオレなのだ……

 オレたちがブーツ作成で盛り上がってるときに、ガンテツ(三代目)さんは独りで黙々と自分の作業をしていた。


 キャメルさんとウッディーさん二人は、たまに誘いの声をかけていたようである、だが首を縦に振ることはなかった、それはそうだ、肝心のオレが沈黙してるんだもんな。

 絶対に寂しかったと思う、オレも何度も声をかけたいと思った、でもできなかった。

 例え再び声をかけて、半ば強引にこちらへ引き込んでも、その先成功する保証はまだ何も無かった。

 そう、実績が何一つ無かったせいで、オレ自身もガンテツ(三代目)さんを自信をもって誘えるだけの根拠がなかったのである。


 だが今、念願の実績ができた!

 なので一刻も早くガンテツ(三代目)さんと話をしなければ!


 小走りで鍛冶屋へ向かい、作業中らしいガンテツ(三代目)さんの背中に、構わず呼びかける。

「ガンテツさんっ‼」

「キャァッ!」

 いきなり大声で呼ばれて驚いたか、意外と女の子らしい声がでた。


 そう、ガンテツ(三代目)さんは女性である。

 二十代後半くらいであろうか、背中までの長い髪は後ろで一本にまとめているだけ、いつみても寸の短いタンクトップを着ていて、見える腹筋はバッキバキのシックスパックである。


 身長は2メートル弱ほどか、オレよりはるかに大きい、ムッキムキのマッチョではある、が、超巨乳でもあるため眺めがすごい。

 なにがすごいか? それは奇跡のようである、鍛え抜かれた胸筋が、本来はただの脂肪のはずの超巨乳が重力により下へ垂れるのを一切許さず、それはまるで無重力の宇宙を突き進む完璧なロケットのようなのだ、そのロケットを贅沢にも2基装備なされている。


 キツイ目の顔がこちらを振り向いた。

 睨んでいるのではない、もともとキツイ造りの顔なのだ、眉はキリッと上がり目尻も上を向いているためどうしても挑戦的に見える、鼻筋もすっきり通っており、美人の部類には入るのだろうが、好みが大きく分かれるであろう。


「お、驚かすな、何か用か?」 

 結構驚いた様子だったがすぐに冷静に戻る、精神も強靭なのだろうか……だが構わずオレは続ける。

「ガンテツさん! オレ、やっと自信をもってガンテツさんをプロジェクトに誘えます!」

 勢いよく言うオレに、彼女はちょっと意表を突かれた様子だ。

「今までは、説得力のないガキの戯言と思われて当然でした、だから声もかけられなかった……」

「でも結果が出た今、やっと堂々と言えます、ガンテツさん! プロジェクトに力を貸してください!」


 彼女の驚いた顔……だが徐々に納得できた様子で。

「そうか……そのように考えてくれていたのだな、それは素直に嬉しく思うぞ、ありがとう」

 しかしここで目は伏せ気味になり。

「しかし少年、私が参加しなかったのは君が信用ならなかったから、というわけではないんだ」


 オレがストレートに思ってることを打ち明けたので、ガンテツさんも応えてくれる気になったのだろう、椅子を勧めてくれ、作業台越しに話し始めてくれる。

「私の父、二代目ガンテツが行方不明になってから十年経つ、父以外に縁者のおらぬ私は必死でこの店を守ってきた……」

「もちろん生きていくためだ、だが鍛冶屋など技量がなければ相手にもされない商売だ、だから必死に腕を磨こうとしたよ」


「しかし他人より体格に恵まれてはいたが、当時の私ははまだ小娘だった、最初は客の満足するものなど打てるはずもなく惨めな毎日だったよ、キャメルやウッディーと村のみんなの助けがなければ、確実に野垂れ死んでいた」


「とにかく死にもの狂いの毎日だった、炉の炎とハンマーで形を変える金属だけが、私の全てになっていった……」

「気が付くと私は、ただそれだけのものになってしまっていたのさ」


 ガンテツさんは自分の両掌をオレに見せ。

「見たまえ、毎日焼けた金属とハンマーを相手にし続けた私の手を」

 傷跡だらけで節くれだってゴツゴツしている。

 なんと言っていいかわからず、言葉を出せないオレを見て。

「悲観してはいないぞ、これは我が誇るべき職人の手だ……だが……女の手ではない」

 ハッと言葉を出そうとするオレを制して。

「悲観はしてないと言っただろう、だがもう石や金属の気持ちはわかっても、普通の女性の気持ちはわからない、君の作った『ブーツ』とか言ったか、お披露目を見ていたよ、素晴らしいと思う、が、それだけだ、私には興味がもてない……製品に興味がもてない者が参加すると良い結果がでるはずもない、私は参加してはいけないのだよ……」


 沈黙が流れる、オレが俯き固まっているからだ。


 少し待ったあと、フーッと小さくため息をついて彼女が言う。

「そういうわけだ少年、ありがたい話ではあったが私のことは……」

 その言葉は最後までは言わせなかった。

「だめだっ……それでいいハズがないっ」

 バンッ! と作業台を平手で叩き、その勢いで立ち上がると、彼女はギョッとした顔で見る。

「ガンテツさんっ、これから少しの間だけオレの思う通りにやらせて下さいっ」

 そう言うとオレは鍛冶工房の道具や材料を使い、作業を開始すべく動き出す。


 藁をこよりにしてガンテツさんの指サイズを測ると、ちょうどいい頃合いの鉄心棒を探してきて指サイズに合う場所へ印をつける。

 そう、これから指輪を作る、昔クラフトキットで作った経験がある、記憶を総動員して頭の中はフル回転状態である。


「材料を少しもらいます」

 さすが彫金鍛冶の工房であった、何でもそろっている。

 銀の丸線、ホウ砂、ロウ銀、磨き粉……

 

 さっきの藁を銀線に当てて指のサイズを出し印をつけ、その部分に傷を入れてポキリと折る。

 これを赤々と燃える炉の炭で加熱していくと、すぐに銀線は熱され赤みを帯びてくる。

 ピンク色になったところで炉の横の水の中へ突っ込むと、シュッという音と共に湯気がもあっと立ち上る、灼熱する炉の熱気がジリジリと顔に熱い。

 まず、これで硬かった銀線は柔らかく加工しやすくなった。


 これを鉄の丸棒に押し当てて曲げ、輪にしていく。 

 木槌で叩き、微調整しながらCの形にしていくのである。

 ある程度輪の形になると、切れ目の切断面をヤスリで平らにし、再び叩いて切れ目をピタリと合わせる。


 綺麗な輪になったところで、水で練ったホウ砂を表面に塗り付けレンガの上に置く、そして置いた指輪の切れ目の上にロウ銀の小さな欠片を置いた、これは切れ目の接着用である。

「よし、あとは……」


 ここで興味深げに見ていたガンテツさんがオレに訊ねる。

「そんなに細いものを指にはめるのか? 何のためなのだ? 格闘用のものではないようだが……」


 そう、リサーチ済みである、この世界の指輪は近接格闘のときに装着する武器としてのものか、裁縫や農作業のときに限定して使われる仕事用のものがほとんどだ。

 例外として貴族が手紙などの封蝋に紋章を押すための象嵌指輪がある程度であった。

「出来上がったら教えてあげますよ」

 む~と考え顔の彼女を横目に作業を続ける、ここからが山場だ。


「ファイ!」

 シュオッとすぐにファイが現れる。

 すると、おおおっと彼女が身を乗り出す、ファイの存在は耳にしていたようだが、実際に目の当たりにするとやはり感動するらしい。

「ファイ、頼みたいことがあるんだ、お願いできるかな?」

 と聞くと、しゃーないねーという感じだ。


「よし、じゃあこの指輪の全体を熱していってくれ、赤っぽくなってきたらここの銀ロウが先に溶けてくるから、指輪の切れ目に流れ込んだらすぐ加熱ストップだ」

 ハイハイわかったよ、という感じでファイは指輪の正面に立つと両手を指輪へ向けて構える。

 見ているとシュアアと向けた両手が温度を上げ白熱していった、炎を司るというのは伊達ではないなと感心してしまう。

 ファイに熱せられて指輪全体が赤みを帯びてきた、見てると銀ロウが溶け始める、こうなると早い、シュルッと指輪の切れ目に溶けた銀ロウが流れ込んだ。


「よし、ストップだ!」

 オレの声にファイがヒョイと飛び避ける、用意していたヤットコで台にしていたレンガを掴み、水桶の上で傾けて指輪を落とし込んだ。

 チュンッと音と湯気を少し上げ、指輪は水へ沈んでいく。

 拾い上げて見ると、切れ目はしっかりロウ銀で塞がれていた、どうやら上手くいったようである。


 一番最初に指サイズの印をつけておいた鉄心棒を持ってきて、これから叩きとサイズ合わせを始めていく。

 鉄心棒の先端から指輪を通すとシュルッと落ちていき途中で止まる、つけた印まではまだ届いていない。

 これを木槌で叩いていき、印のところまで延ばしていく、叩くことによって銀も硬くなりしっかりとした指輪になるのだ。


 コンコンコン、と集中しながら慎重に作業を進めるオレをガンテツさんは優しい目で見ていた。

 今まで自分が必死でやってきた鍛冶彫金の仕事を、拙い真似事ではあるがオレが必死にやっているというのを見て、どうやら微笑ましくなったようである。

 もしかしたら幼いころ、親父さんから鍛冶を教わったことを想い出してるのかもしれない。


「よしっ!」

 叩き延ばして印のところにピタリと嵌った指輪を鉄心棒から外し、あとはヤスリ掛けと磨きの作業だ。

 この店にある最も目の細かい鉄ヤスリを借り、銀ロウの盛り上がった部分をきれいに削っていく。

 全体も作業の過程でくすんでいるので均一にヤスリ掛けをしていった。

 そして最後は磨き粉で磨くのだが……布がないな。


 そうだ、キャメルさんのところからなめし革の端切れをもらってこよう、そう思い付いたオレは。

「ちょっと、革の端切れをもらってきます」

 彼女に言い皮加工店へダッシュする、同じ建物内なんだから当然すぐ着くのである。


「あったあった」

 もう勝手はよくわかっている店内なので、端切れをまとめて入れておく箱から、すぐ良さそうなのを見つけ出すことができた。

 早速鍛冶工房へ戻ろうと小走りに進む……と、途中のウッディーさんの店の前に差しかかった時、横の店内からガシッと腕をつかまれた。


「へっ?」

 驚き見ると……なんだキャメルさんとウッディーさんか、何してるんだ?

 そんなオレへすかさずキャメルさんが耳打ちする。

 ……!

「そうか、そうだったんだ……」


「戻りました」

 鍛冶屋へ戻り、磨きの作業を再開する。

 まず荒い磨き粉から、なめし革へ乗せて指輪を包んで磨いていくのだ。


 徐々に光を得ていく様を確かめながら、最後は一番細かい磨き粉を使い磨き上げていく、作業台越しにイスに座り台に肘をつきながら、ガンテツさんがこちらをじっと見ていた。


 磨きの作業も終わり、なめし革だけで念入りに包み拭く仕上げをしながら、オレは作業台を回って彼女のほうへ向かうべく、立ち上がり動き出す。


「オレの元いたところでは、指輪は嵌める人を飾る、飾り指輪でした……ただ飾るだけのものもありましたが、中には特別な意味を持つものもありました」

「いろんな想いをこめて相手に送る人もいました」

「いろんな願いをこめて選び嵌める人もいました」

「それから指輪は、嵌める指によってもいろいろな意味があると云われていたんです」


 そう話しながら歩を進めるオレは、イスに座った彼女の前に立つ、包み拭いていたなめし革の中から指輪を取り出し。

「この指輪は特別な意味を持つ飾り指輪です」

 オレの人差し指と親指の間で、鏡面のようになるまで磨き上げられた、美しく華奢なリングが光る。

 

 無言でオレの話を聞いていたガンテツさんは、これも無言で惹きつけられたように指輪を見つめていた。


「でも三代目ガンテツさんは鍛冶一筋です、飾り指輪は必要ない」

 オレの言葉に彼女は少しビクッとなり、寂しそうな目は指輪から離れていく。


 だがオレの言葉はまだ続いた。

「だけど……ジュリアさん」

 ハッとしたガンテツ、いやジュリアさんが今度はオレの顔を見る。


 オレは片膝をついて屈み、彼女の左手を取った……硬く節くれだった、しかし一途な手だ。

「オレはこの手、とても綺麗な手だと思います……」

「ジュリアさんのこの手だから、オレは指輪で飾りたいと思いました」


 左手をとったまま中指に銀のリングを嵌める。

「左手中指に嵌めるミドルフィンガーリング……良い出会いと、仲間との協調と、そして成功を祈るという指輪です」


 正直内心は、少しどころの話ではなく照れている。

 王子様じゃあるまいし片膝立てて指輪を嵌めるとか、ないわと思う。

 セリフも歯の浮くようなことたくさん言っちまったと思っている。

 ミドルフィンガーリングのくだりは、クラフトキットに入っていた豆知識であるし、元の世界じゃ下手すりゃプロポーズに間違えられてもおかしくない、というのも自覚している。

 超ハズカシイのである……でもそんな考えは……


 冷えて固まった心が溶けて流れ出たみたいに、ポロポロとこぼれるジュリアさんの涙を見て吹き飛んでしまった。

 オレにさっき「ガンテツは屋号で本名はジュリアだ」っていうのを教えてくれた、キャメルさんとウッディーさんも、木工大工店の陰からこちらを隠れ見て、目をうるうるさせながらウンウンと頷いていた。


「ありがとう……タクヤ……」

 泣きながら笑っているジュリアさんの顔を見て、少年からタクヤに格上げになったオレは確信した。

 

 今日からオレたちは四人のチームになる。 


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