四話 王都とやり手と商売と
試作品をお披露目した翌日から生産は始まり、王都販売用の二百足のブーツが完成したのは、それから五日後のことである。
集会所を借りての製造ラインは初日は十足ほどしか作れなかったが、日に日に人が増えて生産力が上がり、日ごとに熟練度も上がり、最終五日目の生産は一日八十足にも達していた。
賃金は商品が売れてからの後払い、売れなければ無しというとんでもない悪条件にもかかわらず、みんなは「絶対売れるさ、大丈夫!」と励ましてくれて、進んで手伝いに来てくれた。
人情が身に染み入るのである、しかし同時に、これは失敗できないぞ……と重圧も肩にのしかかってくる。
コートは開発に時間と費用がかかっており、まず今回の売り上げの確保ができてからということに決まった、なのでブーツの販売結果が出るまで待機の状態である。
出荷の準備は着々と進んでいった。
中央広場にガラガラと音をたて荷馬車が入ってきて、完成して箱に詰められたブーツを荷台に載せていく。
王都での商売は許可制なので、販売代理人のバザルさんに一任することとなる。
販売代理人とは、荷馬車で商品を運び、王都で売って売り上げを持ち帰るまでを一貫してやってくれる、文字通り商売のプロフェッショナルだ。
愛嬌のあるおサル顔をしたそのバザルさんに、積み込んだ商品を託し。
「販売するときは、現地で女の子を一人雇って、実際に履かせてみて下さい」
などと説明していると……
「その仕事、わたしがやります! やらせて下さい!」
声に振り向くと、そこにはコロナさんが立っていた。
「え? ……いや、だって王都まで……」
うろたえながら言うオレの言葉を遮って。
「わたし、王都へは何度か行ってます! それに、ブーツに足を通したこともない女の子より、わたしのほうが断然上手く歩けますっ! 売り上げに大きく関わることですよね?」
どういう訳だかグイグイとくる、オレはもちろんタジタジだ。
言ってることは正論ぽく聞こえるが、一体全体何が彼女をそこまでさせるのか、しかしバザルさんと一緒とはいえ女の子を一人で王都までとは、さすがに責任が持てない……
渋るオレの考えを察したのか、コロナさんは戦術を変更したようだ。
「仕事としてぇ、王都まで派遣するのがダメだっていうならぁー」
急に身体をくねらせて前かがみになり、膝に手を当てて二の腕で胸を両側から挟みあげると、胸元の開いたシャツから素晴らしい眺めが出現した、そう、これはグラビアポーズだっ! まずいっ、この手の攻撃へのオレの防御力は皆無である! むしろウェルカムであるっ!
「わたしがぁ、勝手に王都まで行ってぇー、そこで雇われればいいんですよねぇー?」
さあどうぞと見せつける胸の谷間に、吸い込まれそうな意識を無理やり引き戻しつつ、だがどうしても谷間に話しかけるようにはなってしまうのだが。
「ど、ど、どうして、そこまでして……」
するとコロナさんはスーッと普通の立ち方に戻り、少し上気した顔で何かを回想するように、斜め下へ視線を泳がせながら。
「だって……あんなに注目されたら、わたし……」
はっ! そ、そうかっ、あのお披露目で観衆の注目を集めて、歓声を浴びる快感がクセになっちゃったのか!
ランウェイ依存症とでも名付けるべきか……これはオレにも半分責任があるな。
「わかった……いってらっしゃい……」
ずっと見ていたおサル顔のバザルさんが、キヒッと小さく笑う。
王都へは、荷馬車で片道約一週間かかるそうだ。
つまり、往復で二週間、王都で商品を販売する日数も加えると、成果をハナノ村へ持ち帰るのは、三週間から一か月後になる見通しであった。
バザルさんは、ハナノ村と王都を荷馬車で往復しながら、自分で仕入れたり、委託されて預かったりした商品を販売している。
村に結構立派な雑貨店も所有しており、そちらは若くて綺麗な奥さんが切り盛りしているのである。
おサル顔でもやり手という話だ、頼りになりそうであった。
「バザルさん、商品とコロナさんをよろしくお願いします」
「うん、まかせといて! ハナノ村のタクヤブランドとして、しっかり売り込んでくるから!」
それは恥ずかしい。
「う、売れるならなんでもいいです、お願いします……」
だがそう、まずは売り上げだ。
急ぎ旅支度をしてきたコロナさんを乗せると、荷馬車はカッポカッポとのんびり進み出す。
荷台から手を振るコロナさんに、こちらも手を振って見送り旅の無事を祈った、心の中は期待と不安が入り混じる複雑な心境である。
そして戻ってきたのはなんと十七日後だった。
「帰ってきたぞー!」
ガラガラと、二頭立ての荷馬車が、村の中央広場に入ってくる。
人がゾロゾロ荷台へ向かい、荷下しが始まった。
荷物の中身は、王都で仕入れた生活用品や雑貨、資材、手紙、小包、個人が依頼した買い物の品、そして王都へ持っていったが売れずに残った品等だ。
オレも急いで広場に来た。
帰ってくるのが予想外に早い、なにかトラブルでもあったのか? ほとんど往復の移動日数だけじゃないか?
不安を覚えながらバザルさんを探そうとしたとき、バザルさんのほうがこちらを見つけて、駆け寄ってくるのが見えた、オレを探していたようだ。
表情が緊張気味なのが見て取れる、やっぱりトラブルか?
「バザルさん、なにかあったんですか?」
「ごめん……タクヤくん……」
息が切れててなかなか喋れない、もどかしいのを堪えて待つ。
「勝手に……」
「追加注文……」
「受けてきちゃった!」
「千二百足……」
一瞬おサルの神様が目の前にいる錯覚に陥った……お供え物はやはりバナナが良いのだろうか……
と、あまりにも突然な話に、ちょっと逸れた方向へ向いてる思考を振り払い。
「と、とにかく向こうで、落ち着いて話しましょう」
こちらもオレを探していた、キャメルさんウッディーさんと合流し、キャメルさんの店へ向かった。
バザルさんは王都から、露天商としての許可を得ている。
そして、人の賑わう大きな広場の一角に、商品販売を許可されたスペースをもらっている。
そのスペースに荷馬車ごと乗り入れ、商品を広げて販売するのであった。
「さあ、みなさん、ご覧になっていってください! ハナノ村より参りました、今日はそんじょそこらじゃお目にかかれない、世にも珍しい逸品をお見せいたしましょう!」
バザルさんの流暢な口上に、なんだなんだ? と人が集まってくる。
「本日お目にかけますは、なんと火の精霊様の加護を受けた、我がハナノ村の誇る偉大な天才、その名もマイスタータクヤが世に創り出した、女性を魔法のように輝かせ、その魅力を余すことなく引き出す至高の逸品!」
ここでブーツ着用のコロナさん、荷馬車の陰から颯爽と登場。
「ご紹介しましょう! タクヤブランドの新商品『ブーツ』でございまーす!」
最終的には試作品のお披露目の十倍くらい盛り上がった、という話だから恐ろしい……
よりセクシーな歩き方を研究してたらしいコロナさんが、その研究成果を観客の前で思う存分披露する。
荷馬車から降ろしたブーツの箱がずらりと並んで展示台になっており、どんどん集まりだす観客とその展示台の間を簡易ランウェイに仕立てて、一気に客の目をその美脚に釘付けにしたようだ。
そこでもやはり、最後のポーズが決まるやいなや、大歓声とともに客からコインが雨のように飛んできたという。
「いやー、私、商品売ってて『おひねり』飛んできたの初めてですわー」
マイスタータクヤのくだりで、恥ずかしさのあまり作業台に突っ伏してヒクヒクしているオレに、バザルさんは本当に楽しそうに語ってくれた。
バザルさんは口上を述べてる間に、取り巻く客の中からよさそうな女性を探していた。
そしてみんなが注視する中、呼び寄せてブーツに履き替えさせる。
目の前で、決定的なビフォーアフターを見せられるんだから、歓声の湧かないはずがなく、喝采を浴びたスケープゴートの女性もいい気分で舞い上がってしまう。
そこでバザルさんがその女性へ。
「いかがです、美しいお嬢さん? お安くいたしますよー、お買い上げいただけますかー?」
……とノーと言えない状況で背中を押す。
「ハイ」の一言で、一人が買ったという事実は、周りの客の自制心を一瞬で溶かしてしまい、あとは我も我もと客の方が殺到してくるということであった。
だが、完売程度ならそのくらいで理由はつくのだが、追加千二百足はそうはいかない……一体何があったのか、バザルさんは話を続ける。
「でね、あまりにも盛り上がってるんで、貴族のかたが一人、何事かと見に来たんですよ」
貴族とて例外ではない、歩き、ポーズをとるコロナさんの姿に、オ~ゥ……となる。
そして、これは是非! うちのメイドどもに! と、まとめて五十足、ポンと買い上げていってしまった。
これが功を奏した。
在庫がガクッと減ったため、残った客のほうは慌て始める。
そこでバザルさん「う~ん、今日はもう店じまいかなあ~」と小芝居をうつ。
そうなるとどうなるか……
なんと客が勝手に競りはじめるのである、元の売値より、もう少し出すから売ってくれと、実演販売から競売へとシステムが変化する、実に魔法のような現象を引き起こすバザルさんであった。
内心はホクホク、しかし外面は渋りながら売っていくと、値段は徐々に上がっていき完売の最後の一足は、元値の実に二十倍で売れたそうだ。
大成功の余韻に浸りながらその日はすぐ定宿に落ち着き、食堂でコロナさんと完売祝いの乾杯をし、旅の疲れもあってそれぞれの部屋で早めに就寝したという。
が、夜半も過ぎたころ、バザルさんは部屋のドアを叩く音で目が覚めた。
誰何すると、昼間、まとめ買いしていった貴族の使いの者だと言う。
招じ入れて訪問の理由を聞くと、その日夕刻からその貴族の屋敷でパーティーがあったらしい、主人が急きょ買っていったブーツをメイドたちに着用させ、そのまま給仕にあたらせたところ、他の招いた貴族の間でも大変な評判になったということだった。
メイドたちがスケベ客にお尻をさわられた回数は、普段の十数倍に上ったという、なんともかわいそうな話である。
優越感がなにより好きだというのは、どこの世界の貴族も同じようで「いやーお目が高いですな」などと持ち上げられ、ついついバザルさんを紹介するなどと言ってしまったようであった。
当然どこにいるのかもわからないのだから、使用人総動員で夜中まで探し回ってたということだ、可哀想な使用人にとっては迷惑もいいところである。
翌日バザルさんは、例の貴族達と会見して注文を受けた。
中級の貴族の集まりだったらしいが、それでも貴族は貴族、メイドの人数分キッチリなんて言うわけがない、消耗品でもあるということで、各々が百単位で注文してくる。
結局初回なのでとりあえず、ということで、千二百足の注文がまとめて入ってきたということであった。
初回とりあえずで千二百って……オレも職人二人も口があんぐり開いていた。
んでバザルさん、王都にしっかりとした店を持つ、知り合いの雑貨商を指定取扱店として契約してくれた。
今後はそこが窓口になるから楽になるという話だ。
ついでに千二百足分の革などの材料も買い付けてきたので、追っ付け届くと言われた、おサル顔だがやり手、というのは事実のようである。
「それでは、こちらを」
バザルさんが大事そうに持っていたバックパックから、ぎっしりとコインの入った大きな袋を三つ、作業台の上へズシリと置く。
キャメルさんウッディーさん共にウホォーという感じだ。
「私の取り分は、割合計算してきっちりいただいてありますので、それから追加注文のブーツよろしくお願いします、出来上がり次第私が運びますので」
そしてオレのほうへきちっと向き直り。
「タクヤくんっ! 次 の 新 商 品 も、期待してますよ~?」
ニキッと笑い。
「では! 毎度ありでした!」
片手をあげてササッと引き揚げていく。
う~ん……やり手である。
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