三話 挑戦と試作品とランウェイと



「タクヤー! ちょっと来てくれー!」


 リンゴを平たくしたような果物を、持ってお行きと渡してくれた露店のおばちゃんに礼を言い、声の掛かった方にある大きな屋根の建物へ向かう。


 ハナノ村の中央広場前にドーンと構え、周辺地域の木、金属、皮の三大工業製品製造を一手に引き受ける三店舗の入った建物である。

 建物の中は壁はないが、棚や製品や材料工具でなんとなく分けられており、入口から向かって左が皮加工の店、真ん中が木工大工、右が鍛冶屋だ。


 せんべいリンゴをシャリシャリかじり、平たいと食べやすいな……などと考えながらなめし革のいい匂いのする皮加工店へ入った。

「キャメルひゃん、ろうしたー?」

 お行儀悪いが昼飯代わりなのだ、ご勘弁と思いつつ。

「うん、新作ブーツの内皮なんだが、これなんかどうだい?」

 キャメルと呼ばれた、ちょっと顔の長いおじさんが尋いてくる。

「毛足はこれの半分くらいがいいな、できればもう少し柔らかめで」

 作業台の上の見本毛皮を撫でながら伝えると、長い顔がフンフンとうなずく、表情も真剣そのものだ。


 真ん中の木工店から四角い顔がひょいと覗く、木工店主のウッディーさんだ。

「タクヤー! 靴底の試作ができたよ、見ておくれー!」

「あいよ、すぐ行く!」


 すると間髪入れず、その向こうの鍛冶屋からガンテツ(三代目)さんのよく通る声だけが飛んできた。

「タクヤ! その次はこっちもだっ! 飾り指輪の細工を見てくれー!」

 ああ、忙しい。


 初めてここを見て回ってたときは、こんな活気はなかった、控えめな表現でも閑古鳥が鳴いていた。 

 唯一ガンテツ(三代目)さんの、農機具を修繕するハンマーの音だけが、カーンカーンと響いているだけだった。


 鍛冶屋には、奥の壁に数本の刀剣武器と斧、数種の盾が飾ってあるが、しかしメインの商品は、棚に並んでいる包丁や串や採取用ナイフといった生活用品と農機具のようである。


 皮加工店の製造ラインナップは、メインに馬具、あとはバックパックや簡易テント、雨具など、無骨で頑丈さだけが取り柄のものばかりだ。


 木工大工店は、家屋や柵の建造・修繕が主だが、それもめったになく、材料の木材をそのまま売るほうが多かったという。


 そしてどの店も共通して言えるのが、ほとんどの仕事を受注してから取り掛かっていたという点である。

 オーダーメードも悪くはないが、それのみになると。

 どうしてもそれが必要であり、個人で自作できないので作成依頼するしかなく、なおかつ支払えるだけのお金を持っている客……というハードルを、全てクリアした依頼しか来なくなる。

 そんな現状に思うところもあって、オレは勇気を振り絞って門戸を叩いてみたのであった。


 三人の店主さんを前に、オレは企画を打ちだした。

「美意識向上潤い計画~?」

 怪訝そうな声が三つハモッたがおれは続ける。

「ここに来ていろいろ見て回り、観察して思ったんだ……質素すぎるっ!」


 そう、ここのところずっとそれを考えていた、特に女性は飾りっ気がほとんど無い、共感・感応力や伝心能力が発達している、この精神界ならではの弊害ってやつだ。

 簡単に言うと『飾る必要性が薄い』である。

 なんてったって共感して本質を理解しちゃうんだから、外側なんてあまり関係ない、むしろ外側を飾り立てても、中身が釣り合ってないとなるとかえって恥ずかしい思いをする……自然と飾らなくなるのは道理といえば道理だ。

 オレの元いた物質界とは全く正反対である。


 そこでだ。

 オレの祖国には『わびさび』という素晴らしい美意識があるではないか。

「飾り立てず、機能は重視したまま、しかし洗練された美しさがある……そんなものができたら、みんな欲しがると思わないか?」


 一通りプレゼンが終わる、すると……

 間髪いれずにガンテツ(三代目)さんが、クルッと踵を返し、無言で奥へ行ってしまった。

 あらー……と言葉を失くしたオレに、残った二人もウ~ンと首を捻っている。

「じゃ、じゃあこうしよう!」

 二人にも断られる前に、急ぎ提案する。

「オレの言うとおりに試作品を一つ作ってみてよ、その出来次第で考えるってのはどお?」

 それならばいいか、ということに決まったので何を作るかだが……

 鍛冶屋が離脱しちゃったので、皮と木……ウ~ン……靴……いや……よし! 決めた!

「ブーツでいってみよう!」


 気にはなっていたのである、こっちの世界に来てからサンダルしか見ていない、あってもサンダルに付いた帯紐を足首に巻きつけていく、グラディエーターっぽいやつくらい。

 キャメルさんに聞いても、革で作った靴は昔、革袋と大差ないものを一度見ただけ、とのことであった。


 オレはラフ画を描きながら、二人に細かい仕様を話していく。

 流石に職人だけはある、内容を把握していくとともに、ここはどうなっている? とか、ここはこうしたほうがいいのでは? と、熱がこもりはじめた。

 靴底担当のウッディーさんの、踵部分の強度を上げるノウハウの講釈は、二時間にも及んだほどである。


 試行錯誤のうちにだんだん面白くなってきて、三日と待たずに試作品は完成し、その翌日お披露目が行われようとしていた。

 朝から村中を巡り、やっと発見したモデル役のお姉さんをスカウトし中央広場に連れてくる、連れてくる前に膝上までの丈の短いスカートに替えてもらうという小細工も忘れない。


「職人連中が、なんかはじめたって?」

 話を聞きつけて野次馬がゾロゾロ集まってくる、狭い村だもんな、まあ注目を集めるのは商売上悪いことではない、むしろ願ったり叶ったりである。

 キャメルさんとウッディーさんのほうを見ると、大丈夫! バッチリだぜ! と言うように親指を立てた、やる気満々の様子である……あんたら、この結果で考えるって話じゃなかったんかい……


 会場が落ち着き、これから起こることへの期待が高まってきた頃合いをみて。

「えー、これから新商品『ブーツ』の試作品のお披露目をいたします」

「ポイントは従来のサンダルとどこが違うのか、履いている人がどのように変わるのか、というところです、それでは開始したいと思います!」


「モデルはコロナさんでーす!」

 紹介されたコロナさんは、観衆にペコリとお辞儀をして恥ずかしそうにする、予想以上に人が集まって、緊張しちゃってるのかもしれない。


「まず、普段のサンダルで歩いてもらいます、みなさん、歩く姿をよく覚えておいて下さい」

 オレの頷きに促されてコロナさんが歩きはじめる。

 やっぱり緊張して少し硬くなってるな、まああのくらいなら大丈夫か。


 サンダルでカランカランと進むと、ミニからスラリと伸びた脚に目が吸い寄せられてしまう、さすがオレの目に留まるほどの美脚であった。

 観衆の男達からホ~ゥと、ため息のような歓声が漏れる、あ~あ、コロナさん赤くなっちゃった。

 目印まで進み元の場所へ戻ってくると、何に対してなのかわからないが、パチパチと拍手が起こる。


「さあ次は、いよいよ試作品で歩いていただきます、準備に少々お待ちください」

 ストゥール代わりに用意した背の高い椅子に軽く腰掛けてもらい、ブーツを履かせる作業にかかる、サイドの紐で締めるタイプなので、適度に締めて結ぶと……よし、準備完了。

「踵が高いので、最初、足をくじかないように注意して」

 コロナさんが頷き、立ち上がる。


 ザワッと観衆がどよめいた、続いて徐々に大きくなる、おおお~という声。

 さもあらん、踵高は五センチ、五センチあれば世界は変わる。

 コロナさん本人も驚いているようだ、傍から見ていてもわかる。


 スラリとした脚が更に長く見え、ヒップは位置がキュッと上に上がった。

 踵が高くなるので背筋がピンと伸び、相乗効果で胸を張るためバストがより大きく、バストトップの位置も高くなりツンと上を向くように見える。


「腕は少し大きめに振って、リズムよく歩いてみて、それから目印のところで腰に手を当てて、みんなにポーズをとって見せて」

 オレの注文に頷いたコロナさんは颯爽と歩き出した。

 ここまで注目されてるんだから、オレのスタートの口上なんて野暮ってものであろう。


 ヒップの位置が上がったから、スカートの翻りかたもよりセクシーになっている、もう別人になってしまったほどの効果だ、観衆の声もすでに悲鳴に近くなってきていた。

 コロナさん自分を完全に把握したな、もうノリノリで歩いていらっしゃる。

 モデル歩きで目印に到着し、腰に左手を当て、右手は斜め下に伸ばす、首を傾げてウィンクしながら唇はキスの形にすぼめる……完璧に決まった。


 歓声が爆発したように広場を渡っていく。


 波に乗るっていうのは、こういうことなんだろうな。

 量産体制の段取りは、勝手をよく知るキャメルさんとウッディーさんが仕切ると言ってくれた。

 ある程度まとまった数ができたら、王都へ行商に行くという。


 オレの最後の挨拶に大きな拍手で幕を閉じた、試作ブーツお披露目会場のハナノ村中央広場を後に、これからの戦略を練るべくキャメルさんの皮加工店へ移動してきた。

 オレとキャメルさんウッディーさんの三人、あと、モデルを引き受けてくれたコロナさんも一緒である。

 モデルをしてくれたお礼は奮発してあげてほしい、と言うと当然オッケーがでる、あれだけ盛り上げてくれた功労者だもんな。


「あ、あのっ!」

 コロナさんである、意を決して何かを言おうとしてるような感じに、オレ達三人が、ん? とそっちを向くと。

「お、お金はいりません……」

 と、もじもじしながら言う、とてもさっき観衆にポーズをとりながら、チュッってやってたおねえさんと、同一人物には見えない。


「できれば……これを……」

 そう言いながらサンダルに履き替えたあと、ずっと手に持っていた試作ブーツを胸の前でギュッと抱きしめると、豊かな胸がブーツ越しに圧をかけられ、行き場を失くして困っていらっしゃる。

「お金の代わりに、これが欲しいです!」


 モノづくりを生業としてる人達は、自分の手がけたものを気に入ってもらえたとき、こんな気持ちになるんだな。

 そんなに気に入ってくれたんだ……目頭が熱くなる、目が潤んでくるのもそのままに横を見ると、そうだぜボウズ、これが職人の本懐さ! と、眼で語り口元をニッとさせた二人の職人の顔があった。

 駆け出しもいいところの口でしか参加してないオレが、こんなに感動しちゃうんだから、生粋の職人にとってはホント最高なんだろうな。


 二人の顔からも否定要素は伺えないので。

「ああ、いいぜ、大事にしてくれよ」

 心の中で、ありがとう……と思いながらコロナさんに言う。

「きゃー‼」

 嬉しいんだなあ、ブーツをさらにギュ~ッと抱きしめて、その場でピョンピョン飛び跳ねる彼女……


 ハハハ、おいおい、ミニでそんなに跳ねると見えちゃうぞ。

 見えちゃうって。

 あ……見え……

 うん……ホントにありがとう……

 横を見ると別の意味で口元をニッとさせた、ちょっと赤くなった二人の職人の顔があった。


 翌日からプロジェクトは加速する、プロジェクト名は適当だったため忘れた、潤いなんとかだっけ……?

 村の集会所を借りて人を雇い、ブーツのパーツごとの製造ラインを作った。

 こういう特需的なものは、初めてではないらしく、職人側もパートさん側も手際よくことを進めていく。


 オレはというと……

 ブーツだけで終わらせるなんて、とんでもない、次だ次、次いってみよー! ということで、選んだのが『革コート』である。


 この世界で革製衣類を身に着けるのは、主に悪天候時の雨や風よけのためで、生活の中で常用されるような衣服はあまりないそうだ。

 一部例外で、猟師さんたちが獲物の毛皮でベストをつくるってのはあるらしい。


 どうにも元の世界でどっぷり浸かっていた、ファンタジー系MMORPGの様式が脳に焼き付いてしまっているようで、冒険者の軽装備に革のコートっていうのがオレにとっての憧れのファッションになってしまっている。

 なのでこの『革コート』作成ってのは、少なからず個人的な便乗の要素もある、それは否定しない。


 だが当然、勝算がないわけがない。

 風呂敷の真ん中に穴を開けただけに見えるポンチョ風のものや、着ると呪われたてるてる坊主にしか見えない、子供が見ると泣き出しそうな雨具しか知らない人々が、シンプルだがスタイリッシュな革コートを与えられるとどう感じるであろうか。

 試作ブーツのお披露目でつかんだ実感は、間違いではないはずだ。


 というわけで、今日はラフ画描きを頑張ることにする、量産の準備に走り回っているキャメルさんたちに負けぬよう、頑張らなければならないのである。


 熱中すると時間はあっという間に過ぎてしまうものだ。

 だが、感じる疲労感すら考えを受け入れてもらえた喜びを噛みしめる糧にすぎなかった、日が落ち始めて薄暗さに気づき顔を上げると、窓から見える広場にはもう建物の長い影が伸びている。 

 キャメルさんの店の作業台の上には、かなりの数になったラフ画が広げられていた、明日から選定の作業になるであろう、激論になるかもしれぬのもまた楽しみであった。


 それをまとめる作業を始めながら、ただいまーの最初の「た」で、ミサイルのように突っ込んでくるリイサちゃんや、クツクツ煮えてるヤヨイばあちゃんのシチューの鍋を想い起す。

「今日はこれで帰るかあ~」


 店を出て家路につくと、おれを見かけて声をかけてくれる村の人に手を振り返しながら、家並みが途切れた畑の道からは一人のんびりと、茜色の消えかけていく空を眺めて歩く。

「なあ、ファイ、オレの企画した製品には、ファイにちなんでファイアーボールの印を入れてくれるらしいぞ、ロゴマークになった感想は?」

 いつの間にか、頭の後ろに浮いていたファイが、ふーん、べーつにー……という感じでツイーッと前へ飛んでいく。


 心なしか楽しそうに見えるのは、気のせいかなあ。



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