二話 愚痴と光る美女とネーミングと


 窓から見える空が白み、夜が明け始めたようだ。


「ちょっと外の空気吸ってきます」

 そう言って、考えをまとめようと一人で外に出てきた。


 明け始めたばかりでまだ薄暗い農家の庭先に立つと、一人になった実感と共に、理不尽に対するやり場のない、怒りやら悲しみやらの負の感情が沸々と湧き上がってくる。


「異世界って……マジですか? なんなんですか? オレにどうしろと?」

「っていうかなんでオレ? こういう世界って普通、何か使命を与えられるとか、運命に導かれてとかいう、選ばれし者設定で来るものなんじゃないの?」

「隕石に当たって飛ばされたとか、ただ最高に運の悪い間抜けってことじゃないか……」


「たいして成績良かったわけでもなけりゃ、運動が得意なわけでもなし、その上一年以上引きこもってたんだから体力なんて平均以下だっつーの! 一人でこんな所来たって何もできねーよ!」 

「ゲームの世界じゃないんだから、こんな世界に一人ぼっちで飛ばされたって、ほんとに……何もできねーよ……グスッ」

「そのくせ精霊がいて加護されてるとか、ファンタジー的なお約束はしっかり押さえてあったりするし、なんなんだこの世界は……」


 感情を開放し、一通り愚痴って少し落ち着いてきた。

 現実から逃避するのが、最終的には一番嫌な選択だっていうのが、一年余りの引きこもり生活で得た教訓だからな、こっからは無理にでも建設的に考えていかなきゃ。

 

 まず、なんとか無理やりな屁理屈でもいいから、とにかく理屈をつけてこの世界のこと理解しないとだな、それにはまだ材料不足すぎる、どうにかして知識を得なきゃ。

 焦る気持ちと不安が交互に襲ってきて、またイライラしはじめている。


「ダメだ、落ち着かないと」

 とりあえず深呼吸しよう。

「すぅ~~~」

 大きく息を吸い込む、ひんやりと澄んだ空気がおいしい。

 そして肺に満ちた空気をゆっくりと吐き出す。

「はぁ~~~」


 うん、吐く息がキラキラ光っててとてもキレイだ……え、光……?

 傍から見ると今のオレは、鼻と口から光がとめどなく溢れ出る変な人に見えることであろう。

 あはは、エクトプラズムかな。

 あまりの出来事に楽しい気分になっている、明らかに許容量オーバーだ。


 金色の光は細かい粒子の集合のように見える、一旦上へ向けて上り全部出たと思いきや、オレの前に下りて集まり渦を巻くように周りながら形をとりはじめた。

 このまま回れ右して、家の中へ戻りたい強烈な衝動はしかし、光に浮かぶ姿を見た途端に消し飛んでしまう。


 浮かび上がる女性の姿、腰から上がホログラムのように淡く浮かんでいる。

 目を奪われる、何よりその悲しそうな眼差し、そしてあまりにも美しい、美しいというだけでは表しようのない、その存在……


 オレからだと、お姉さまというくらいの年齢に見えるが、内側から年齢を遥かに上回る風格が凛と伝わってくる、オーラというやつだろうか。

 トーガのようなふわりとした衣を着ており、首から下がるのは四つ四色の宝石の首飾り、シンプルだがそれがさらに美を引き立てていた。

 胸の前で両手を合わせ握り、オレに何か訴えかけるように見つめている。

 

 オレは存在を感覚で理解した、いや……もうこの言葉でしか表せないだろう。

「女神さま……?」

 よりにもよって、こんなオレの鼻や口から出るしかなかったのか? と考えると申し訳なさで一杯になる、いやいやまてよ、それ以前になぜオレの中から?

「あっ!」

 次第に光が薄くなり、浮かび上がる女神さまが見えなくなっていく、思わず声が出たのは、この数瞬の間まみえただけなのに、別れへの強い寂しさを感じたからであった、さすが女神さま、ものすごいカリスマ値だ……


 光は再び渦を巻くように動き出すと、そのままオレの頭上へ上り、そして突然静かに散った。

 降りかかる光の粒がオレの体に当たって消えていく、いや、沁み込んでくる……一粒一粒が、言葉や想いになってオレに教えてくれていた……


「精神界……? そうか、この世界は精神的な方向へ育った世界なのか……物質方向に育ったオレの世界とは、表と裏になっていると……それを教えに出てきてくれたのか……」

「……でも、なぜオレの鼻や口から?」

 独りつぶやくと、いつの間にか火の精霊がふよふよと横に浮いている。


 そちらに目をやると、ゆらゆら揺れる炎の顔がなんとなく悲しそうに見えたのであった……


 ハナノ村である。

 中央に広場があり、広場を囲んで教会や市場、皮革・木工・鍛冶の工房など、小規模ながら色々揃っている、人口二百数十人ほどの中規模村だ。


 広場を中心に商工業施設があり、それらを囲むように住居がある。

 そして住居のさらに外側に農地が広がり、農地の中にタオじーちゃんの家のようにそれぞれの農家が建っている、村の全体の形は少しいびつなドーナツだ。


 文化は、奇しくも多くのファンタジー物に倣うがごとく、中世ヨーロッパに類似するところが大きい、当然ハナノ村に限らず王都もそのようであった。

 この世界に来てから二か月あまりも経つころには、タオじーちゃんの畑を手伝いながら、空いた時間で村の工房などに出入りするようになった。

 最初は単なる情報収集目的だったが、村中を見物してるうちに、オレでもやれそうなことがあるんじゃないか? って気分になってきたのである。


 しかし想い起すと、最初はもの凄く警戒されたものだった……

 転移の混乱も二週間ほどのんびりして落ち着いてきたころ、この村に住むために筋を通してこよう、という話になった。

 タオじーちゃんが一緒に、村長さんや役員的な人達のところへ挨拶回りしてくれたけど、どいつもこいつも不審人物を見る目つきだった、じーちゃんが一緒じゃなかったら犯罪者扱いされてたんじゃなかろうか……


 しばらく後でわかったんだがこの精神文化の世界の人達って、インスピレーションというか直感をすごく重要視するみたいで、異界から来たオレがどうにも不安定な存在に感じられたらしかった。

 そこで非常に役立ったのが、ファイの存在であった。

 ファイってのは火の精霊のことである、会った翌日にオレが命名した。

 

「名前が無いとなにかと不便だしな、よーし、君の名は今日からファイだー!」

 だがピクリとも反応しない。

 通じなかったかな? と思って繰り返し呼んでみたんだが、こっちを見ようともしない。

 他の言葉や複雑な会話にまできちんと反応するのに、ファイにだけは無反応、ということは……

 こ、こいつー……ワザと無視してんな⁉


 そりゃあ、オレはネーミングセンスがあるなんて自分でも思っちゃいない、小学校のころ飼ってた犬はシロ、そのあと飼った猫はミケ・ランジェロだもんな、ファイなんて、ファイア→ファイだと? ……ばかにしてんのかっ⁉ ってレベルなのもわかってるんだ。

 でもいいじゃないか、ペットの名前って愛着がわくのが一番だよ、オレは君ともっと仲良くなりたいんだ!

「おーい、ファイー、こっち向いてくれよ~」

 ……こっち向いてくれるまで一週間かかったよ。


 話はそれたが、不審な目を向ける村の人も、ファイがシュッという音とともにオレの顔の横に現れてフヨフヨ浮くのを見た途端、例外なく全員オ~ゥという険の消えた顔になり、たちまちフレンドリーな状態になった。

「なんだよ、人が悪いな、そうならそうと早く言っておくれよ、ハッハッハ」

 そう言われても、オレにもなにがなんだかよく分かっていないよ。


 タオじーちゃんより皆へ、オレは『どこか遥か遠くから旅をしてきたが、事故に遭って記憶喪失な人』という設定で紹介されていた、これが不審がられた原因なんじゃないかというのは言いっこなしだ。

 ゆえに多少なら常識的なことを知らなかったり、この世界ではちょっと変な言動をとってもアレな人の認定は受けずにすむ、この世界に来たときのままの、部屋着と寝間着兼用の中学ジャージでもなんとかセーフなのである。


 なので早速、なぜファイにそれほど感心するのか、理由を聞いてみた。

「精霊様の実体だもの、それは珍しいし、ありがたいさあ」

「世界は精霊様と共にあるんですもの、一緒なんてうらやましいわ」

「精霊様の守護を直接受けられるには、つながる力が抜きんでて強くないとならないらしいですよ、祝福された能力をお持ちなんですねぇ」

「四大精霊の内の、火の精霊様だろ? オラァ初めて見たよスゲェナァ」

 口々に語る言葉には、精霊への畏敬の念がそれはもう十分にこもっていた。


 そういや、じーちゃんがおれを助けたのもファイがいたおかげだもんな……そう考えるとファイって恩人なんだよな……

 挨拶回りが終わり、タオじーちゃんは作業があるからと先に帰っていたので、工房を見学していたオレは夕暮れの道を一人トボトボ帰途についた。


 いつの間にか横をフヨフヨ飛んでるファイに聞く。

「あの……ファイって名前……ダサくてキライ?」


 なにをいまさら、と肩をすくめられた。


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