イカス仲間と精霊と女神さまと異界にて
荒川 空
一話 部屋とティッシュと隕石と
流れ星が落ちてきたの。
なんて言うと、とてもメルヘンチックになるもんだな。
だが実際に落ちてくると、当然死ぬかと思うよ。
いや、本当は死んでなきゃおかしいくらいなんだがなぁ……
夏ももうすぐ終わりそうなある日、部屋にこもった空気を入れ替えるために大きく窓を開けると、遠くでサイレンが響いているのに気が付いた。
「火事でもあったかな?」
つぶやきながらパソコンで火災案内を見ようと机に向かう。
去年の春に中学を卒業して、そのまま合格した志望校に通うはずだった、が、一度も行ってない。
まあ、よくある家庭の不和だとか、青春の甘酸っぱいなんちゃらだとかが同時期に重なり合って、何もかもが嫌になってしまった、その結果引きこもってしまったという……これもよくある話である。
当然のようにネトゲの住人になり広大な仮想世界を走り回ると、引きこもった自分とは関係の薄くなった現実の世界のニュースなぞ興味もなくなっていく、なので世情にはさっぱり疎くなっていた。
安全地帯で座り回復をしている自キャラの画面を最小化し、火災案内を検索しようとする前に、サイトのトップニュース一覧が目に入る。
「え……隕石ぃ?」
三十時間ほど前に発見、以来観測されていたのか……知らなかった。
改めてよく読んでみると、十数メートルの大きめのが一個と、数メートルの小さいのが六~七個。
小さいのは遥か上空で燃え尽きるらしいが、一番大きいのは一部が燃え尽きずに落ちてくる可能性があるらしい。
宇宙関係の偉い先生が分析した結果を、危機管理担当の政治家先生が発表するところによると、落下地点は我が家から十数キロ離れた――おいおい近いな……海の上で、陸の上には被害は及ばない予想だそうな。
周辺海域の封鎖と、念のための海岸線の立ち入り制限が発表されていた、あのサイレンはそれだったのかなと、ちょっと面倒くさくなってきたので納得しておく。
怠惰な生活を送っていると、どうも根気がなくなってしまっていけないなあ。
海沿いに広がる、さほど大きくない街の高台に我が家は建っている、その二階のオレの部屋からは遥か向こうに海を臨むことができた、発表されてる落下地点への方向もいい感じなので、もしかしたら爆発の光くらいは見えるかも、などと考えると少しワクワクしてきた。
久しぶりにテレビのスイッチを入れてみると、ああ、やっぱり。
ワイドショー番組が、珍しい天体ショーのノリで中継している。
「はーい、こちら現地小学校の校庭からお伝えしまーす、隕石楽しみですかー?」
「うんとねーいんせきひろってうりたいー」
しっかりした経済観念のお子様が答えている。
被害予想が出ていないから気楽なのも仕方がないか、かくいう俺もワクワクしちゃってるしな。
画面は変わって、どこぞの大学の先生がフリップで解説を始める。
この先生ってば、テレビカメラの前で自分の日々の研究を披露するどころか、こんなに注目される機会すらきっと無いんだろうな、熱意は十分伝わってくるんだけど気負い過ぎて意味は全く伝わってこない。
隕石を「いんしぇき」と言ってるとこだけは、よくわかる。
先生本人は晴れ舞台だと思ってるんだろうけど、どう見ても番組のつなぎとしか扱われてないよな……可哀想に。
案の定、解説途中で画面が変わって、フォークソングを歌える飲み屋で『隕石の歌』の合唱が始まった。
テレビと窓の外が首を動かすだけで見える、特等席のようなベッドの上に腰をかけて待つと。
「さあ、間もなく隕石落下の瞬間です!」
と、期待を煽りながらCMに変わる画面を見て、ぬう~焦らしおって……などと思いつつ、窓のほうを向くと抜けるように青い空を見上げたせいかクシャミが出る。
ヘッキシッ! ああ、鼻水出ちゃった。
枕もとのティッシュの箱を取ると……
「うは、空だ」
そうだった、昨夜ラスト一枚でギリセーフで冷や汗をかいたのに、スッキリして寝ちゃったので、補充するのを忘れてたんだった。
鼻水を垂らしながらあちこち探る、CMが終わり番組再開の音声が聞こえてきた。
ベッドの小物入れ、ない、めったに使わないお出かけ用のカバンの中、ない。
顎に向けて進軍してきた鼻水に焦りながら、ごそごそと机の引き出しを探ると、やった、ポケットティッシュ発見。
余談だが本当はティッシュじゃなくてティシュまたはティシューと言うんだそうな。
ブビーッと鼻をかむと、空が光る。
「え?」
空のすっごい上の方で……光ったよな、今?
途端にテレビから、明らかにトーンの上がったレポーターの声が聞こえる。
「爆発しました! 今、一番大きな隕石の一部が爆発した模様です!」
「おおー、盛り上がってきたなあ」
この時点でもまだ呑気なものである。
しかしレポーターの能力って、アクシデントが起きたときにはっきりわかるものだなあ……
爆発しました! をひたすら繰り返してるだけの、見た目重視で採用されたっぽい新人の局アナに、詳細早う……と思いつつ待っていると。
少しして、望遠鏡の映像を撮る観測班に切り替わったようだ、だが聞こえてくる音声がザワついている。
「ズレた」とか「変わった」と、少し遠くの慌ただしい音声をマイクが拾っているようである、なんか緊張感が漂ってきた。
さっきの先生が画面に大写しになる、がしかし……
「いんしぇき……爆発……減……速……西へ」
興奮してて聴き取れない……いや、音声が途切れてるのか?
嫌な予想はよく当たるものである。
途端に画像も乱れた。
デジタル放送特有の、一時停止のように画面が止まり、モザイクのようなちらつきが広がる現象だ、BS放送では天候によってたまに起こるが、地上波ではめったにないはずである。
「隕石の影響なのか? ……あれっ? なんだ?」
部屋の様子がおかしいのに気づいた。
「影が濃い、真っ黒だ……」
窓枠や机や椅子の影が黒すぎて、まるで実体として浮かび上がってくるように見えている。
「これは……」
ハッと外を見る、光だっ、外から強い光が入ってきているせいで影が濃く見えるんだ!
はっきり記憶にあるのは、このあたりまでだった……
あとは太陽の何百倍も明るい光と、その光に包まれた、妙に静かな空間の中で遠くなっていく意識。
光に飲み込まれていく中で、不思議と優しい何かがオレを包んでいるような気がした、優しくて哀しい想いが伝わってくる感覚……そして全ての意識が光に沈んでいった……
「う……」
ランプの柔らかいはずの光がすごく眩しく感じてしまうので、すぐには大きく目を開くことができない、頭がボーッとする。
ん? ……ランプ? ……ここは? ……どうなってる? なかなか現状と記憶がつながってこない。
身体の感覚で柔らかいベッドに寝ているのは把握した。
少しずつ光に慣れてきたので、周りを見ようと首を動かす、と。
ぴょこっ!
擬容語にするとまさしくそんな感じであった、顔のすぐ真ん前に飛び出た女の子の顔、完全に意表を突かれたので声も出ない。
意表を突いた方はそんなことお構いなしにクルッと振り返り。
「タオじーちゃーん、ヤヨイばあちゃーん、目、覚めたみたーい!」
ぼーっと霞がかかったような頭でも、オレがじーちゃんだったら、この孫のために命を懸けちゃえるな……と考えてしまうくらい可愛らしい声と仕草で、呼ばれた本物のじーちゃんとばあちゃんがゆっくりと現れた。
「よかった、二日も眠り続けてて心配したのよ、具合はどう?」
若いころはさぞかし美人だったであろう、静かな感じでとても優しそうなばあちゃんがそう言い、額に手を当てて熱を測りながら体の具合を聞いてくれた。
ここがどこなのか、オレはどうしてここにいるのか、訳のわからないことだらけである、とにかく質問を相手にぶつけたい衝動が激しく湧いたが、ぐっと飲みこんだ。
本気でオレのことを心配してくれてるみたいだ……まず答えなきゃ。
体の節々を少し動かしてチェックしつつ。
「所々、ぶつけたみたいな痛みがあるけど……大丈夫みたいです」
答えながら、かなり世話になっちゃったみたいだな、礼儀正しくしなきゃ……と考えた、まず自己紹介だな、うん。
「あの、かなりご迷惑かけてしまったみたいで……オレ、フジミヤ・タクヤといいます」
なんか今、自分の名前がカタカナで出たような違和感、気のせいかな。
「なにも迷惑なことなんてありゃせんよ、気にせず楽にするとええ」
じーちゃんも優しそうだが、笑った顔にちょっとイタズラッ子ぽいお茶目な影が見えた、女の子は楽しそうに、タクヤー!タクヤー! と連呼してクルクル回っている。
オレが現在に至る経緯を知りたがってるのを察してくれたようで、じーちゃんのほうから話し始めてくれた。
タオじーちゃん、ヤヨイばあちゃん、そして孫娘のリイサちゃんの今三人のこの家は農家をやってて、ハナノ村に所在するらしい。
リイサちゃんは九歳、赤い髪を肩まで伸ばし、ゆるく波うったくせっ毛の毛先がクルッと巻いている。
日本なら子供向けファッション誌のモデルに引く手あまたなのは間違いないだろう、庶民派の元気一杯美少女ってところだ、何にでも興味津々のお年頃のようで、突然降って湧いたオレを珍獣を見るような好奇の目で見てくれている。
タオじーちゃんの娘夫婦、つまりリイサちゃんの両親は隣の家に住んでるが、今は王都に商売に行っておりしばらく戻ってはこれないそうで、リイサちゃんはその間じーちゃんの家でお留守番って訳だ。
もうすぐムウギの収穫時期だから、手伝ってくれるなら好きなだけここに居なさい、とも言ってくれた。
優しいじーちゃんとばあちゃんの話を聞いてるうちに、ほっこりした気分になってきた、見ず知らずのオレにこんなに優しくしてくれるなんて……と感謝の気持ちで胸が熱くもなってきた。
……って、いや、ちょっとまて、ほっこりしている場合じゃないぞ、ハナノ村? 王都? ムウギ? なにそれ? 王都ってどこにある王国の都? 全部聞いたことないぞ?
「あの、ちょっと聞きたいんだけど……」
オレの家のある街の名、県、日本、果てはアメリカ、ロシア、中国も知らないと首を振られた、パソコンやスマホ、テレビ、ラジオ、電話すら知識に無いようだ、自動車、電車、飛行機に至っては、ほえー、そんなものが本当にこの世に……? と感心すらされる始末。
この辺で微かに頭をよぎるタイムスリップや異界の可能性。
いやいや、さすがにそれはないだろ、からかわれているか超ド田舎なだけにきまってるって……
こうなる原因で思い当たるとしたら、やはりあの隕石、上空で一部爆発したって言ってたから落下のコースがずれたんだろうな、オレの家を直撃だったのかな……
目覚める前の最後の記憶である、強烈な光を想い起してみるが、現状とつながるような確かなことは何もわからない。
そんな中、話は核心に近づいていく。
タオじーちゃんは近くの森の中でオレを見つけてくれた。
でかいクレーターの真ん中に倒れていたらしい、農作業用の一輪車に乗せて運んだが途中何回か落とした、とフェッフェッと笑って話してくれた。
頭や背中が痛いのはそのせいだったのか……
とにかく、もうここがどこの国の田舎でどう運ばれたにせよ、隕石が原因に大きく関わっているっていうのは確定だろうな……
「普通ならこんな怪しい人、絶対助けたりしないんじゃがのう」
今度はフオッフオッと笑いながらタオじーちゃんが。
「じゃが、精霊様が加護しとる人じゃでなぁ、助けんわけにはいかんかったわい」
……いろいろありすぎてお腹いっぱいなのにまだくるか。
「せいれいさま?」
さすがにちょっと……と訝しみながら聞くと、じーちゃんは黙って指をさす。
オレの、頭の? 上……?
指差された上を見上げると、オレの頭頂すぐ上空に手のひらに乗るくらいの小さな人型の炎がフヨフヨ浮いている……ファンタジー物でよく見る火の精霊そのものじゃないか……
火の精霊は無言で固まり引きつった顔のオレに、ヨッ、という感じで小さな炎の片手を上げた。
「……あ、ど、どーも」
どうやら異界に来てしまった……というのも確定したようである。
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