Chapter 4 神社と巫女と(雪)

 雪が残る境内を歩く。

3日前に降った雪はまだ境内のあちらこちらに積まれている。

 カランコロンと音を立てて隣を亜里沙が歩いている。

 良く滑らないものだと感心してしまう。

 私はと言うとマフラーにコート、コーデュロイのロングスカートにタイツ、それからブーツと、とにかく出来得る限りの寒さ対策をしてきた。

 「ミコトー、それ重くない?」

 亜里沙があきれたように言う。

 「重い。でも寒いのはもっとイヤ」

 「そんなに寒いかなぁ…」

 「寒い。東北人と一緒にしないでよ」

 「そうやってミコトはすぐに東北人ってくくるんだから…」

 「私は関東の中でもめちゃくちゃ暑い所の出身ですから」

 「暑いねぇ…」

 「それにしても亜里沙。そんなに気張らなくてもいいじゃん」

 亜里沙はこれでもかっ!というくらいのド派手な着物を着ている。紫の地に花が咲き乱れている。

 「こんな時じゃないと着れないでしょ」

 「まぁ、そうかもしれないけど」

 今日は12月31日。大晦日だ。

 2年参りに行かないと亜里沙に誘われたのはお昼過ぎだった。

 ごろごろとコタツに入って駅メモをやっていた。母さんに何度も邪魔! と言われながらも、私はカタツムリになっていた。

 ――だって寒いし、雪ちらついてるし。

 いい加減駅メモにも飽きてきたところに亜里沙からラインが入った。

 〈今なにしてる〉

   〈コタツでごろ寝〉

 〈夜はヒマ?〉

   〈忙しい〉

   〈紅白見ながら、笑ってはいけない見るから〉

 〈そんなの〉

 〈録っとけばいいでしょ〉

   〈そうだけど〉

 〈2年参り行かない?〉

   〈2年参り?〉

 〈12時を神社で迎えるヤツ〉

   〈夜中じゃん〉

   〈やだよ、寒いし〉

 〈北仙台に11時ね〉

   〈ちょっと!〉

 その後何度も亜里沙にメッセージを飛ばしたけど返信はなかった。

 「お友達?」

 母さんがこたつの反対側から訊いてくる。

 「亜里沙。なんか2年参りに行こうって…」

 「行って来れば?」

 私はガバッと起き上った。

 「母さんまでっ!? こう見えても私高校1年生だよ? 16歳だよ? 心配とかないの?」

 母さんはみかんを食べながら

 「今日はどうせ電車もずっと動いてるし、人通りもあるから大丈夫でしょ」

 「そんな簡単に…」

 「どこに行くの?」

 「亜里沙は北仙台に11時って」

 「じゃあ、早めに夕食の用意するから。今夜は」

 「おそばでしょ。わかってる」

 「そ、じゃあ手伝ってね」

 「はーい」

 疲れ切った声で答えて、私はずるずるとコタツから出た。

 ――とにかく暖かい恰好しないと。

 そして約束の11時に駅に着くとかなりの人がいた。

 カランコロンと音がして

 「わっ!」

 両肩に手が置かれた。

 びっくりして振り返ると亜里沙が立っていた。

 「わあっ、綺麗!」

 「いいでしょぉ」

 亜里沙はクルリと一回転して笑った。

 「振袖?」

 「これは、訪問着かな。一応、加賀友禅だよ」

 加賀友禅はよく分からなかったけれど、とにかく派手で、綺麗だった。

 「行こっか」

 そう言って亜里沙が歩き出す。左手にぶら下げた巾着も藤色で可愛らしかった。私は目を落とし自分の服装を見る。

 ――もう少しましな恰好してくれば良かったなぁ…

 「ほら、行くよー、ミコト」

 かけられた声に「今行く」と返し、急いで亜里沙の後を追った。


-◆-


 に、しても人がいる。

 周りを見渡しても人、人、人…どこからこんなにも湧いてきたのだろう。

 仙台に来て驚いたことの一つは、とにかく人がいることだった。

 前橋は群馬の県庁所在地だから人口もそれなりにはいる。けれども街の真ん中の商店街は人気がなく閑散としている。シャッターが下りた店の方が多くて、昼間でも何だか暗かった。私も特に用がない限りあまり行かなかった。

 それに比べて仙台の人の多さには圧倒された。一番町も名掛丁も通りと名前が付くところにはいつも人がいたし、シャッターが閉まった店はほとんどない。駅前のコンコースはパルコやロフトとつながっていたし、バスプールに降りればバス待ちの人であふれていた。

 経験したことのない大都会だった。

 「にしても進まないねぇー」

 亜里沙の声で我に返った。

 「そうだね」

 「ミコトは初めて?」

 「うん。あんまり出歩かなかったから。学校と家との往復だったし」

 ――それに興味もなかったから。

「普通は大崎に行くんだけど、あたしんちは毎年ここなんだ」

 「大崎って?」

 「ミコト、ほんっとうに、何にも知らないね。仙台人の名がすたるぞ」

 「私、仙台人じゃないし。前橋生まれの前橋育ちですから」

 少し拗ねて言うと

 「大崎はね、大崎八幡宮。東北大の北のあたりかな。天照大神を祀ってるんだよ」

 「ふぅん」

 関心のない声で返した。誰が神様でも関係ない。神頼みなんて、事実や現実にはかなわない。私は今年嫌と言うほど味わわされた。

 「じゃあ、ここは何が神様なの?」

 「そりゃあ、仙台と言えばあの人でしょ」

 「誰?」

 「ミコトほんっとうに関心ないんだね」

 亜里沙はカランと地面を蹴って

 「正宗だよ、伊達政宗」

 「ああ、それなら知ってる」

 うん、うんと亜里沙が満足そうにうなづいて

 「じゃあ、『伊達の鬼』は?」

 「伊達の鬼?」

 「俺が行かずば誰が行く」

 歌うように亜里沙は言って、ぷっと吹き出した。

 「まぁ、面白いものがみられるよ、きっと」


-◆-


 1段上がっては待ち、1段上がっては待ちを繰り返して、神社の建物が見えたのは12時を30分以上回っていた。すでに年は明けている。人の頭でお賽銭箱は見えない。

 「亜里沙、あとどれくらい?」

 「毎年こんなもんだよ。家族と来ても帰るの明け方だし」

 ――明け方!? 気が遠くなった。

 それでも帰るに帰れない。人の波に逆らわずにゆっくりと進んでゆくしかない。

 私は空を見上げた。

 群馬の冬は風の季節だった。風が強く吹く。『風が吹き飛ばすから晴れの日が多いんだよ』と教えてくれた祖母を想い出す。冬の夜空はいつだって満開の星空だった。小学生の時の理科の授業でもらった星座早見表を持って、寒い中星を追い続けたことを今でも覚えている。

 お賽銭を入れて手を二回合わせてから祈る。

 ――何を祈ろう。

 私は何も想い浮かばなかった。特に願うこともない。チラリと隣を伺うと亜里沙が熱心に手を合わせている。

 私は、と再び想う。

 ――やっぱりないや。

 何も願いが無いことに少し驚いた。もっと小さい頃はいろんなお願いがあった。ぬいぐるみが欲しいとかそんなたわいもない願いが。

 ――今はからっぽなんだ。

 少しだけ淋しい気もした。

 「行こっか」

 亜里沙の声がして、うんとうなづいた。

 「おみくじ引いていこうよ」

 亜里沙が手をつかみ、社務所の方に引っぱる。

 「ち、ちょっと亜里沙…」

 引っぱられるまま、社務所の前に来た。中には紅袴に白衣の巫女さんが座っている。うしろの方では慌ただしく木札に何かを筆で書き込んだり、矢を持って動き回ったりしている。前のカウンターにはお守りやら絵馬やらが並んでいる。

 「ミコトはこれ買ったら?」

 亜里沙が赤いお守りを指して言う。上には安産祈願と書いた札が出してあった。

 「亜里沙!」

 「冗談だよ、冗談」

 ――何が安産だ。安産以前に相手がいないっうの。

 大体出逢いがない。これが女子高の厳しいところだ。もちろん、そんなものはものともしないで彼氏をつくっている子もいる。今は携帯でいつでも連絡がとれる。

 私は――めんどくさい。小学校や中学校を思い出してもオトコノコの行動は訳が分からない。分かろうとも思わない。オトコノコは子供だし、バカだと想う。

 それに本当に安産を祈願するような状況になれば退学だ。バカバカしい。バカなオトコノコのために人生棒に振るなんて。

 「中野!」

 二人で並んでおみくじを引こうとしたときに後ろから声をかけられた。

 振り返ると背の高いオトコノコが立っている。

 「やっぱり中野だった。俺の事覚えてるか?」

 亜里沙は少し考えて「ごめん。誰だっけ」とあっさり切り捨てた。

 切り捨てられたオトコノコは、うっと詰まるように身を引いてから

 「寺岡だよ。て・ら・お・か。北中で同じ吹部だったろ?

 「てらおか? 知らない」

 「あのな、お前クラだろ。俺はパーカスやってたんだよ!」

 「パーカス…? ごめん後ろの人覚えてない」

 今度こそバッサリ切り捨てた。

 オトコノコは頭を抱えてしゃがみこんだ。

 ――こういうマンガみたいな反応する人って本当にいるんだ…

 「ねぇ」

 私は亜里沙をつついた。

 「ん?」

 「さっきから話が見えないんだけど…クラとかパーカスとか言われても…」

 「ごめん、ミコト。クラはクラリネットであたしのやっている楽器で、指揮者から結構近い前の方に座るの。で、このてらおか?」

 …おい半疑問か、と寺岡?さんが叫ぶ。

 「がやっていたとか言っているのが、パーカス、パーカッションのことで、打楽器のすべてを担当する。一番後ろにいて、たたく楽器のところをうろちょろする」

 …おい、うろちょろって! 今全国のパーカス担当者全員を敵に回したぞ!

 「うるっさいなぁ」

 亜里沙は下駄で寺岡?さんを蹴る。

 ヴっとうめき声が聞こえた。

 「とーぜん、前に座っているあたしからは見えない。だから知らない」

 「そ、そうなんだ…」

 「そんなことよりミコト。おみくじ引こうよ」

 うずくまったままの寺岡?さんを置き去りにして、もう一度おみくじの列に並ぶ。

 「引くところだったのに。てらおか?のせいでもう一度だよ」

 亜里沙がふくれる。

 私は後ろを見た。まだ寺岡?さんはうずくまっている。

 ――やっぱりオトコノコはバカだ。


-◆-

 

おみくじは中吉だった。良いのか悪いのか分からない。

 「ミコト、なんだった?」

 「中吉。どうなんだろう。亜里沙は?」

 「へへへー、大吉」

 ぴらっと薄い紙を差し出してくる。

 「いいなぁ…私大吉引いたの小学校の3年生から無いよ」

 へへへと亜里沙は笑って大事そうに巾着に入れた。

 「あれ? 結ばないの?」

 「あれは悪かったときにするんだよ。あたしは大吉引いたから持って帰る」

 「私は…どうしようかな…」

 どっちつかずの中吉を持ったまま迷っていると「中吉なら結んだ方が良いと思います」と声をかけられた。

 大きな袋2つを抱えた巫女さんがいる。

 「これですか? 破魔矢です。売り切れちゃったから」

 よしっと抱え直した。ガチャと音がした。

 「手伝うよ、1つちょうだい」

 亜里沙が親しげに声をかける。

 「ダメです。折角の着物が汚れます。これくらい大丈夫です」

 私はわけが分からす「亜里沙、知り合い?」と訊いていた。

 「ミコト、まだ分かんないの? よく見てみなよ」

 長い黒髪、大きな黒縁の眼鏡、白衣、紅袴、足袋…どこを見ても典型的な巫女さんだ。

 …ん?眼鏡?

 もう一度顔に戻ってよく見る。

 「あっ、もしかして優子!?」

 大きな眼鏡の下の頬がほんのりと赤く染まり、うんとうなづいて、うつむいてしまった。

 「ゆーちゃんはいつも手伝いしてたもんね」

 亜里沙が落としそうになった袋に手を伸ばしながら言う。

 「ごめん、話が見えないんだけど」

 「簡単だよ」

 亜里沙は袋を押し上げて、優子がしっかりと抱えたのを確認してから、

 「あたしとゆーちゃん、若生さんは幼なじみだってこと」

 「そうなんだ、知らなかった。教室でもあんまり話しているところ見たことなかったし」

 「部活とかあったからね。小学校の4年生からだっけ?」

 「違うよ、2年生からだよ」

 「そうだっけ? ま、いいや。小学校からの仲なんだぁ。中学は別になっちゃったけど」

 西林中だっけと確認している。

 優子はうんとうなずいて、走って行った。

 「袋置きにいくって」

 私はぼんやりとてててと走っていく優子の背中で揺れる髪の毛を見つめていた。

 「ミコト?」

 亜里沙が意地悪そうにのぞき込んでくる。

 「ほれた?」

 「な、なんで私がオンナノコに!?」

 「だって、ぼけっとしてたから」

 「ちょっといいなぁって…」

 「巫女さんが? ミコトってコスプレとかに興味あるの?」

 「ないよ! いいかげんにしてよ、もう…」

 ハハハと亜里沙は歯を出して笑いながら、悪い悪いと言っている。

 でも、と思う。いつもとは違う世界を持っているのは良いことだ。

 私には世界が1つしかない。

 だから逃げられない。そこで戦って勝たなければいけない。

 それが正しいことなのか、私には分からない。

 そんなことをぼんやりを考えていると、亜里沙の叫び声が響いた。

 「しつこいっ! あんたなんか知らないって何度言ったらわかるの!?」

 「何度でも言う。俺は同中の寺岡だ。一緒に東北大会目指して演奏しただろう? 思い出せよ!」

 「だーかーらー、知らないっていってるでしょぉ!?」

 「ちょっと2人とも落ち着きなよ」

 私は二人の間に割って入った。

 「寺岡?さんはさっさとここからいなくなって下さい」

 「お前、何だよ」

 ギロリと睨まれた。まぁ迫力は中山センセの方がある。

 「亜里沙の友達」

 「説明になってねぇっ!」

 「これ以上の説明があるの?」

 「あるね」

 「どんな?」

 「とにかくだ! 俺は中野に話があるんだ。どいてくれ」

 寺岡?さんは私の肩をつかんで押しのけようとする。

 私はバランスを崩して左側に倒れた。手が冷たい地面のついた瞬間に、嫌な音がした。

 同時にパアンッと頬をたたく音も聞いた。

 私は左側からやってきた痛みと気持ちの悪さで気を失った。

 あとのことは何も知らない。

 救急車で母さんの病院に運ばれたことも。

 雪が強く降り出したことも。


 ―chapter 4 神社と巫女と(雪)了―  chapter 5 大切な友達(吹雪)

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