第12話:兵士になった子供

「収容作業急げ! プロトから目を離すなよ!」

 エリミネーター後方、Ⅹ字に交差する航空甲板の後端に位置する格納庫で指示を飛ばすエリミネーター副長ナターシャ・ミンスク中佐の両脇をカービンライフルやPDWで武装し、繊維系の防弾服を装備した保安部の隊員が固めている。その銃口が指し示すのは、回収作業中のXM‐107仮称プロトである。そのプロトも、背後からコスモブラストに両脇を固められて物々しく格納庫に侵入してくる。

「中佐、プロトパイロットに抵抗の意思は見られません」

「分かった。回収作業を続けてくれ。だが気は抜くなよ」

「はっ!」

 相変わらず脇を固められているプロトが格納庫の中で拘束されたまま、仰向けに倒される。

「軍曹、その状態でいてくれ」

『アイ・マム』

 拘束されたプロトのコックピットハッチに、保安部の隊員たちが銃口を向けながら新調に近づいていく。その後ろから、ノートパソコンを片手にした女性士官が恐る恐るといった感じで抜き足差し足近づいていく。

「は、ハッチ強制解放を、始めます!」

 女性士官がハッチ横についているレバーを回して蓋を外し、外部から機体に強制操作を行うためのケーブル差込口にノートパソコンから伸びるケーブルを差し込む。

「CRAでしょうか……」

 ナターシャの右隣で彼女を守る保安部のアゼル・アーガス少尉が小声で漏らす。

「分からん……いつ紛れ込んだのかすらも分からないんだ、どんな人物かは分からない」

 プロトのハッチに厳しい視線を向けるナターシャと同じくプロトを見上げているアーガス少尉の目が更に険しくなる。

 その時、プロトのハッチでノートパソコンをいじっていた女性士官がこちらに向けて合図を送ってきた。

「ハッチ、解放準備良し!」

 その一言と同時に保安部の隊員が銃を構えなおし、金属がぶつかり合うガチャガチャという音が格納庫に鳴り響く。

「ナターシャ中佐殿! プロトに乗ってんの、ジャックじゃないんだって?」

 張り詰めた緊迫の中に、突如場違いなほどに無邪気な明るい声が混じる。場違いなその声の主を全員が一斉に振り返って睨み見る。

「大尉!」

「怒らないでよ、中佐殿」

 ナターシャ中佐の本気の睨みでもアストレイ・ケーリー宙軍航空大尉は朗らかな笑顔を崩さない。

「で、あれはジャックじゃないんだって?」

「ええ、大尉も気を付けてください。今、プロトに搭乗している人物の素性は知れないんですから」

「はいはい」

 アストレア大尉がナターシャの横に並んだのを確認した女性士官がナターシャに再び合図を送る。

「ハッチ、開けます! 退避していいですか⁉」

「あ、……ああ、いいぞ」

 その一言を聞いた女性士官が、安堵の表情を浮かべながらナターシャの隣にやってくる。そして、遠隔操作にしていたのだろう、ノートパソコンをいじる。

「総員、要警戒!」

 ナターシャの命令で保安部の隊員たちがカービンの光学サイトを覗き、プロトのコックピットを狙う。同時に、プロトのコックピットハッチが気密を解き、吸気の音と共に重々しく開き始める。

 いくらか開いたところで止まり、隙間に保安部の隊員が銃口を差し込んで何事か叫ぶ。

「搭乗員はどうだ!」

 ナターシャの問いかけに、コックピットを覗き込む隊員の一人がコックピットから目をそらさずに答える。

「目標に、抵抗の意思は見られません!」

「よし、そのまま捕縛しろ!」

「はっ!」

 保安部の隊員がコックピットハッチを手で開け放つ。

「さーて、なにが出てくるのやら」

 保安部の隊員がコックピット内部から地国連製の量産パイロットスーツを着用した人物が引っ張り出され、保安部の隊員に両手を拘束され、跪かせられる。

「ヘルメットを外させろ!」

 ナターシャの指示に従って、保安部の隊員がその人物のヘルメットのロックを外し、むしり取る。

 その中から出てきたのは、黒髪の若い男の顔であった。

「あっ!」

 その顔を見た瞬間、アストレア大尉が大声で驚く。そして、しまったという風に口をつぐみ、顔をそらす。が、その場にいた全員の視線を集めてしまう。

「どういうことですか、アストレア大尉。あなたと彼は何らかの関係があると?」

 アストレア大尉はナターシャの疑惑の視線に居心地悪そうに肩をすくめる。

「いや、ん……と、まぁ。はは……」

 あいまいな返事をするアストレア大尉に、ナターシャの方眉が上がる。

「大尉、この後の出頭を命じます!」


 × × ×


「で、あの男の悪ふざけのせいでリリウム公立高校のレイ・アマギはプロトに搭乗し、戦闘を行ったと?」

 アストレア大尉の尋問を終えたナターシャは、マーシャの下で事の顛末を報告していた。

「え、ええ……そうなります」

 アストレア大尉がらみの事件を耳にしたときに見せる表情よりもさらに一段と、冷徹な表情を見せるマーシャに気おされつつも、ナターシャは事件の概要を説明する。

「まったく、あの男のやること為すことと言ったら……」

 そう言って、マーシャは深いため息とともに目を伏せる。

「胸中、お察しいたします……」

 そう言って、マーシャとナターシャは二人してため息をつく。

「それで、プロトはそのままパイロットをジャック軍曹に戻して運用することはできるのかしら?」

 それを聞いていた、技術科の女性士官が肩をびくっと震わせる。

「クライナー少尉? プロトは今後も運用できるのか?」

「そ、それが……」

 クライナー少尉の首が、ぎぎぎと擬音が発生しそうなほどにぎこちなく回る。その顔には、激しい焦燥が浮かび、こめかみを脂汗が伝う。

「なぜか、OSの即時最適化が有効化されていまして……プロトのOSには、情報の削除機能にバグが残っていまして……」

「つまり、どういうことだ?」

 煮え切らないクライナー少尉のあいまいな態度に最高指導者二人は追及の視線を向ける。この場の最高指揮権を持つ二人の視線を受け、クライナー少尉はごくりと唾をのみ、悲壮な決意をする。

「そ、即時適応化の機能は、学習結果が削除できないようになってしまっているんです!」

「は……? はぁ⁉」

 最高指揮官二人が揃って絶句する。

「つまり……」

 ナターシャが、手を震わせながら続きを促す。

「現状、プロトを動かせるのは、彼、だけです……はい」

「なんてことをしてくれたのかしら、あの男は……」

 マーシャが、艦長席の背もたれにもたれかかり、力なく天井を見上げる。艦橋にいた女性三人はそろって深いため息をついた。


 × × ×


『レイ・アマギ、出ろ』

 薄暗く、静かで殺風景な独房のモニターに踊る〈VOICE ONLY〉の一文。そっと、抱えていた膝から顔を上げる。

「おい、出るんだ。早くしろ」

 微かな駆動音と共に、のっぺりとした鋼鉄製のドアがスライドし、短機関銃を手にした軽装備の警備兵が一人が見下ろしてくる。

 その命令に従い、鎖で固定されたかのように重い腰をゆっくりと上げる。

「何している、さっさとしろ」

 急かすその声が一瞬、頭の中を突き抜ける。その警備兵の苛ついた視線に気づき、ドアのレールに突っかかりながら房の外に這い出る。

「…………。」

「…………。」

 ろくに会話もなく、念のためにつけられた手枷を眺めながら、警備兵についていく。

 それは、のっぺりとした黒い合成樹脂製で、伸びはしないがよく曲がる素材でできており、手首にきっちりと巻き付いているはずなのに不思議と締め付ける感触はなかった。この感触は、コックピットの拘束の感覚と似ていた。


「ミカサ二等保安官、お連れいたしました」

『入ってくれ』

 房に付いていたようなモニターを通じて、ミカサ二等保安官は目の前の房よりは装飾された自動ドアの向こうにいる人物から入室許可を得る。

「おい、入れ」

 かすかな駆動音と共に開く自動ドア。その向こうに居たのは、銀髪の若い女性と黒髪の若い女性。二人は並んで備え付けの机の椅子に座っている。その顔は鉄仮面を被っているかのように無表情を貫いている。

「ご苦労、ミカサ二等保安官。下がってくれ」

「はっ!」

 黒髪の女性が形式上の労いを掛け、警備兵が部屋から出て行く。

「君も腰かけたまえ」

 言われて、のそのそと椅子に座ろうとする。その時、ふと、入り口の壁に隠れて見えていなかったもう一人を見つける。

「アストレア大尉……」

「よ、よお、ボウズ」

 そこにいたアストレア・ケーリー大尉の笑顔は不自然に引き攣っていて、声も震えている。それを訝しく思いつつも、無言で椅子に付いた。

「何の用なんですか……」

 ぶっきらぼうに答え、目の前の二人を睨みつける。だが、二人は微動だにせず、鉄仮面のまま。

「レイ・アマギ君。私はエリミネーター艦長、マーシャ・ウリヤノフスク大佐です」

「副長、ナターシャ・ミンスク中佐です」

「…………。」

 鉄仮面のまま、感情を着飾った自己紹介に気味の悪さを感じ、一つ身震いをする。しかし二人はそんな様子など知ったことではないとでも言うかのようにすまし顔を保っている。それに身の危険を感じたからか、レイ・アマギの目つきが厳しいものになっていく。


「時に聞きますが、君にとってのCRAとはどのような存在なのでしょうか?」


「は?」

 唐突な質問に、訳も分からず困惑する。答えるべき答えを探し、思案を重ねる。いくつもの草案ができては消えていったが、不思議とすんなりと一つの答えが出てきた。


「奴らは敵です。生かす価値のない、畜生以下の存在だ──」


 目の前の二人が目を見開き、息をのむ。アストレア大尉も、眼を見開いてぽかんと口を開けている。

「どういう意味か、詳しくお聞きしても?」

 ひとつ、呼吸を整える。

「言わなくてもわかるじゃないですか──さっきのプラントの崩壊……奴らの仕業でしょう?」

「ぁ……」

 ミンスク中佐が息をのむ。それを、ウリヤノフスク大佐が目で鋭く睨んで制す。

「……艦長、これは……」

 ミンスク中佐が戸惑ったかのような目をする。

「副長、口を慎みなさい」

「ですが、艦長……」

 直情な彼女は、規則や道理から外れた行為を嫌う。

「あなたも聞いたでしょう? 技課の報告を」

「それでも……」

「現在の戦力は、ケーリー大尉のナインテイルズ、カトラス軍曹のコスモブラスト、そして余人を受け付けないプロトのみ。私たちが生き残るには、彼を引き込む以外にはありません」

「…………。」

 そこまで言うと、ミンスク中佐も渋々と引き下がる。

「早く本題に移ってくださいよ、なんなんですか、わざわざ呼び出して」

 ウリヤノフスク大佐とミンスク中佐の秘密めかした行動に不信感を覚え、野良犬のように睨みつけて威嚇する。

「そうですね……では本題に移りましょう」

 ウリヤノフスク大佐が表情を変えずに言う。


「レイ・アマギ君。貴官を今より特務少尉に任命し、XM‐107仮称プロトの専属パイロットを命じます」


「は……?」

 唐突な命令に、眼を見開いてぴたりと止まる。突然のことすぎて思考がショートする。

「おめでとう、ボウズ」

「おめでとう……といっていいのかな? レイ・アマギ特務少尉」

 アストレア大尉とミンスク中佐からの歓迎を受けるが、今のレイ・アマギにはなにがなんだか分かっていない。

「ちょ、ちょっと待て!」

 かろうじて出した言葉の先に続くものが出てこない。

「どうかいたしましたか?」

「俺はまだ高校生だ、しかも民間人だぞ!」

「ですが、貴官は先ほど戦う意思を示した。それに、貴官はリリウム行政府立高等学校の生徒でしょう?」

「──ッ!」

「ならば、リリウム学生規定法が適用されます」

 プラントリリウム行政府立の高等学校で教育を受けるものは、総じて公的機関から求められた場合に応じる義務を持つ。つまり、行政府立高校に通う生徒は全員公的機関からの指名があればどのような内容であったとしても応じなければならないというプラント内の人手不足対策のための法律。思えば、この法律があったせいでアストレア大尉と出会い、プロトに搭乗するという事態になったという経緯もある。

「そんな……無茶苦茶だ……」

「ええ、無茶苦茶です。プラントリリウムが敵戦艦の砲撃によって崩壊したその時から。貴官が今までの日常に帰ることは、叶わぬ願いです」

「…………。」

「本艦が地球に到着するまでの旅路です。本艦は、貴官とプロトを運用することで地球までの安全な航路を保証致します」

 ウリヤノフスク大佐が左ほおを上げて笑う。

 俺は、その不敵な笑みを浮かべる女性が持つ暗い影が気味悪く見えて仕方なかった。

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