第10話:百合の落ちた日

 ピピピという警告音と共に、AIが砲弾の接近を告げる。しかし、レーダーと同じ画面に映し出された予想進路は、自機のはるか右を通り過ぎるコースを示している。だが、その直線の行き着く先は──

「プラントが、狙われてる……!」

 直後、近接信管が作動した砲弾が炸裂し、宇宙空間にいくつかの華を咲かせるのが見えた。

「あ、ああ……!」

 プラントリリウムは、レイ・アマギにとって生まれ育った土地であり、唯一の故郷であった。

 あそこで幼少期を過ごし、育ち、仲間に出会った。友人ができた。プラントの外にでたことは無い。だけど、だからこそ、レイにとっては大事な、たった一つだけの居場所でもあった。

 ちっぽけだけど、色々な思い出が詰まっている場所。

 それが、今まさに崩れようとしている。

「やめろぉぉぉ!」

 コックピットの中で叫ぶ。だがそれでも何もできない。敵艦は6万メートルも離れていて、近づこうにも燃料が足りない。

「ああ、ああッ!」

 手も足も出ない悔しさに、コックピットの壁をガンガンとたたきつける。が、壁は憎たらしくも傷つくことは無く、手に痛みが走るだけだった。

「くそっ、くそぉ……やめろよ、やめてくれ……壊さないでくれ……そっとしといてくれよ。……そこは、俺の、俺の家があるんだよぉ……。なんで、なんで……」

 これ以上、大事な場所が壊されていく様を見るのは辛かった。だから、両手で膝を抱えて丸くなる。

 操縦桿から手を放したのを感知したコンピューターが、手足の拘束を解いた。

 抱いた膝小僧からは、断熱素材を用いたパイロットスーツのせいでなにも伝わってこなかった。

 横隔膜を押し上げ、喉の奥から出かかったものを、顔を膝で囲うことで無理やり堪える。それを出してしまえば止まらないから、止められなくなってしまうから。その辛さは、果てることは無いだろうから。

 だから、せめて今は堪えよう。

 いつか、思いっきり枯らすことができるその日まで。

 これは、自分への罪。自分への戒め。自分の決意。

 敵意の認識。憎悪の肯定。悲しみを忘れないため。

 敵は、俺から大切な場所を奪っていった。だから俺は、

「あいつらを……殺す」

 胸の中で渦巻く激しい憎悪を認めて。

「絶対に、許さない……」

 この悲しみは忘れちゃいけないものだから。胸の中に難く焼き付けておく。

「殺して、殺して殺して……自分たちがやったことを、分からせてやる……」

 敵に、この悲しみを味合わせるために。

 それは、俺の復讐。

 消えて行ってしまった日常の報復。

「殺してやる……殺してやる」

 そっから、壊れたロボットのように繰り返し繰り返し呟いていた。

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