第8話:初戦

「アルファワン、ツー、スリー、ロスト! 敵機、全機離脱していきます」

「アルファ分隊が全滅……だと?」

 単縦陣で一直線に急速接近してきたCRAのMAS四機編隊にあっという間に防衛隊を全滅させられ、プラントリリウム基地司令が目を驚愕に見開いて絶句する。

「それだけ、敵の機甲隊は優秀ということです」

 隣で、エリミネーター艦長マーシャ・ウリヤノフスク大佐が頭を抱えて言う。

「恐らく、敵の狙いはプロト……こちらに近づいては離れ、近づいては離れて…を繰り返して炙り出すつもりなのでしょう」

 相も変わらず、物憂げな口調でマーシャがぽつぽつと話す。

「しかし、我々のコスモブラストも残り三機……今ので奴らとの圧倒的実力差も分かった! 九尾にも、試験機にも出てもらわねば……このプラントを守る術は……‼」

 基地司令官が、切羽詰まった様子でマーシャに詰め寄る。

「ええ、分かっています。だから、プロトも出します」

「なっ……⁉ さっき、試験機が奴らの狙いだと言ったではないか⁉」

「ええ、言いました」

「なぜッ!」

「ですが」

 混乱し、これでもかと顔を近づけてくる基地司令を追い返そうともせず、マーシャは物憂げに目を伏せ、妖艶に続ける。

「彼らにその気があるなら、見せて差し上げてもよろしいのではないかと」

 次に、ニヤリと口の端を上げて先ほどまでの物憂げな表情はどこにいったのかと思うほどの、嗜虐的な表情を浮かべる。

「私たちと、彼らの差というものを。……目に見せて差し上げてもよろしいものかと存じますゆえ」

 言葉遣いはやたらと丁寧で、透き通るような白い長髪を持つハッとするほどの美人である彼女だが、戦いのときに見せるその表情は、見たものを敵味方問わずに心をざわつかせる。

「ホテルツー、出撃準備よろし! ……、いかが、なさいますか? ウリヤノフスク大佐殿」

 その表情に慣れていない基地所属のオペレーターが俯きながら遠慮がちにマーシャに対して問う。

「プロト、出撃。ホテルワンと合流し、戦闘に参加せよ」

「はっ! ホテルツー、出撃せよ! 繰り返す、ホテルツー出撃せよ!」

 直後、指令室のモニターの一つから、出撃するプロトの後ろ姿が見えた。

「これで、少しは時間が稼げるとよいのですけれど……」

 マーシャの妖しげな眼が、漆黒の宇宙をしっかりと捉えていた。


 × × ×


『前方、一一時の方向距離四七〇〇、戦闘機を発見。ホテルワンと認められる。同座標にて、敵ZEKE型四機を発見。ジュリエットワンからフォーと確認。ホテルワンと交戦中』

 敵は四機、出撃前に送られてきたZEKE型のMASと一致。ということは、敵MAS隊は地国連がほとんど情報を持っていない新型機のみで編成されている。その戦力は、先ほどの二四三機甲隊のコスモブラスト三機があっという間に全滅したことから、かなりの手練れだと思われる。

 あそこでアストレア大尉が命を懸けて戦っている。

『ホテルツー、こちら指揮所。現在、ブラボー分隊が出撃作業中。増援に向かうまで持ちこたえてくれ』

 当分の間、応援は期待できない。こっちは試作機と三十年前の可変戦闘機が一機。対して、敵は最新機が四機。しかも、パイロットは熟練のエース級。

 何分、持つだろうか? 生きて、帰れるかな?

 わからない。何にも。何一つ。怖い。戦場が怖い。ゲームとは違う。死んだらもう終わり。リスポーンなんてチートシステムは現実には実装されていない。

 黒い何かが、そこで鎌首をもたげていた。


 × × ×


『九時の方向、距離四五〇〇に不明機発見! ジャックと外見的特徴は一致!』

 ナッツから通信でジャック発見の報が知らされる。直後に、CASによる警告が出て、レーダーに敵機を示すアイコンが一つ増える。

『クソッ、こんな時に奴かよ!』

 イラついているかのように悪態を吐くメイベル。先ほどから戦っている、地国連製可変戦闘機TF‐12ナインテイルズに最精鋭ヴァンパイア分隊は翻弄され続けている。

『ちょこまかして……鬱陶しいんだよ!』

 いつも平静を保っているフェイルノート・ナッツでさえ、イラつきを見せている。先ほどから、このナインテイルズはその機体特性である中折れ式の胴体と可動スラスターを駆使して、こちらの攻撃をかわしては攻撃を仕掛けてくる。

「落ち着け! 平静を失えば、奴の思い通りになるだけだぞ!」

『分かってますよ……ああっ、クソ!』

(ダメだ、平静を失っている。このままだと、ただの可変戦闘機如きにやられかねないぞ!)

 その時、ナインテイルズの機体に、九つの尾を持ったキモノ姿の女のペイントを見つけた。

「全機、こちらヴァンパイアワン。 奴はキュウビだ!」

『んなっ⁉』

 驚いたような声を上げるメイベル。戦場を駆け抜ける、蒼炎のキュウビの噂は、CRAの連合相互防衛軍の中でも有名なものだった。時代遅れの可変戦闘機を操り、百機のMASによる機関銃の制圧射撃を巧みに潜り抜けては次々にMASを墜としていく、地国連のエース。奴にやられた機体は、三百を超えるとも言われている。

 だがしかし。

『キュウビがなんだ。 俺は、暴れ馬だあ‼』

 こちらだって、CRAの最精鋭だ。負けるわけにはいかない。負ける謂れがない。

「ヴァンパイアツー、フォー。こちらヴァンパイアワン。キュウビは任せた。俺とリュウジはジャックと戦う」

『任せてください。こいつは、俺がブチ殺してやりますよ』

『ええ、ご心配なく。僕とメイベルのペアは最強ですから』

 血気盛んなのはお前も同じじゃないか、という一言を飲み込む。何より、目の前にいる敵のエースと戦うという高揚感を、俺も感じずにはいられなかった。

「行くぞ、ヴァンパイアスリー‼」

『……了解』

 両足でペダルをぐっと踏み込む。

 漆黒の宇宙に、オレンジ色の流星が二つ、流れ落ちた。


 × × ×


 突如、コックピットに大音量のアラートが鳴り響く。

『敵機接近。ジュリエットツー及びフォーと確認。一時の方向三十四度より相対速度400で接近中』

「敵っ⁉」

 急なことに驚く。ディスプレイに近づいてくる敵機二機の姿が拡大して映し出される。ジュリエットツーは重火器と重装甲の支援タイプ、ジュリエットフォーはライフルだけの標準的な装備。

 敵はどう来る? ジュリエットツーを囮にしてフォーが突っ込んでくるか? それとも、二機で挟み撃ちをしてくるか?

「くそっ、どうすりゃいいんだよ!」

 どうすればいい、どうすれば、どうすれば勝てる?いや、生き残れるんだ?

『敵機との距離二〇〇〇、会敵まで30秒』

「……ッ!」

 迷っている暇はない。早く、なんとかせねば、俺が死ぬ。どうすればいい。どうすれば、どうすればこの場を切り抜けられる?どうすればあの二機を倒せる?どうすれば俺は生き残れる?

「どうすれば、いいんだ……?」

 早く何とかしなければ、俺が死ぬ。わかっているのに、どうすればいいのかわからない。手と足から血が引いて行って、鉛になってしまったかのように動かない。呼吸が浅くなり、心臓の鼓動が早くなる。それは、まるで誰かが隣で太鼓を打ち鳴らしているように思えた。




「ヴァンパイアスリー、こちらヴァンパイアワン。3カウントで俺が突っ込む。援護射撃を頼んだ」

『了解』

「3、2、1……今だ、撃てッ!」

 ペダルを踏み込んで上へ大きく避ける。同時に、リュウジの機関銃が火を噴き、ジャックへと1200グラムの火の雨が降り注ぐ。

 その援護射撃からジャックが逃げまどっている隙にスラスター全開で奴を追いかける。

(追いつけない……だと? これが地国連の最新機というわけか。こいつは放っておいてはいけないな)

 実際、奴のスラスター出力はかなりのものであった。500kNの出力を誇るミハヤ重工製のエンジンの全開運転での追跡を振り切るほどの出力を誇るエンジンを地国連が開発した。この一報が齎されれば、CRAの技術士がフル動員され、新型エンジンの開発に躍起になることだろう。

(だが、パイロットはまだ未熟なようだ)

 先ほどから、ジャックの動きはエースのそれとは思えず、度々リュウジの援護射撃が直撃していた。それでもしぶとく生き残っているのは、奴に搭載された装甲が優秀だからだろう。

 だが、奴のパイロットの意識がリュウジに傾いているのなら、こちらに気づくことはないだろう。ECM(電波妨害装置)で奴のレーダー波をジャミングしながら近づく。

「ヴァンパイアスリー、、こちらヴァンパイアワン。ジャックの意識を引き付けておいてくれ」

『ヴァンパイアスリー、了解』

 リュウジが、援護射撃によってジャックのパイロットの意識を引き付けているうちに背後から近づく。

 ジャックとの距離を慎重に詰めていく。奴は今、小惑星を遮蔽物にしてリュウジと交戦している。

 ジャックとの距離は3201メートル。恐らく、奴のライフルのほうが性能は高い。この距離から撃ちあえば、生存確率はこちらのほうが低いかもしれない。だから、超至近距離にまで近づいての回避不可能な位置からコックピットに必殺の一撃を与える。

 ジャックとの距離、1200メートル、1000、900、800、700、600、500……あと200メートル。一秒もかからない距離である。

 ──どこかで、小惑星がスペースデブリとぶつかった。

 ジャックの横顔が迫る。コンピューターに電子信号が走り、CASがライフルの照準を補正する。

 ──どこかで、小惑星が大きく砂埃を舞い上げた。

 僅かにぶれる照準を、手動で調整する。

 ──どこかで、小惑星に大きなひびが入った。

 ジャックがこっちに気づいて振り向く。右足を突き出して、奴に飛び蹴りをするような姿勢になる。

 ──どこかで、スペースデブリが小惑星を貫き、小惑星が四散した。

 右足が奴の頭を捉え、遮蔽物にしていた小惑星にたたきつける。大きな衝撃がコックピットを襲い、体が大きく揺さぶられた。

「ッ……終わりだ、新品野郎」

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