第7話:強行偵察

 漆黒の宇宙を、四機の深緑色のMASが扇のような陣形を組んで駆け抜けていく。

『全機、こちらガルムスリー。敵の迎撃機を探知した。送れ』

「ガルムスリー、こちらガルムワン、了解。こちらも探知した。対象をマイクワンからスリーと呼称する。……だが、目標はジャックだ。雑兵に用はない。全機、警戒はそのまま、攻撃に注意せよ。以上」

 敵、地国連軍のMASはスプルース型が三機いる。相対距離三〇六七メートル、一時の方向斜め下二七度から相対速度六〇キロで接近中。

 あの機体は最近よく見かけるようになった機体だ。実際、快進撃を遂げていたM-36『スーパーノヴァ』も、あのスプルース型にやられる姿もちらほらと見た。その内、地国連がMAS運用のノウハウを身に着け、パイロットの熟練化が進めば、対局は対等になるだろうというのが軍研の見解だ。

 だからこそ、今乗っているM-41『アイアンホーク』が開発されたわけなのだが。

『隊長、こちらガルムフォー。意見具申。ジャックが姿を現さない。派手に仕掛けた方が良いと俺は思う。送れ』

 通信から、待ちくたびれたかのような野太い声がする。この男はメイベル・コールマン軍曹。気性が荒く、問題行動も命令無視も多数ある。だが、それを補うほどの実績を持って帰る男。つけられたあだ名は〝暴れ馬″。

 例にもれず、この発言もこの男らしさに沿って乱暴なものであった。

 しかし、今回の作戦の目標はあくまでジャックであり、その他の雑魚には関わる必要がない。

 俺は、コールマン軍曹の変わらない乱暴な意見にため息をつきながら答える。

「ガルムフォー、こちらガルムワン。それは認められない。以上」

 この隊の長を引き受けてからというもの、この男には常に悩まされてきた。命令無視をして隊を危険に晒したこともあった。だが、この男の質が悪いところは、その分、大量の戦果を持って帰ってくるところである。まさに暴れ馬のように制御が効かないキラーマシーンのような男である。実際、この男のせいで作戦が瓦解したこともある。

『メイベル、今回は我慢しなって。スプルース六体とジャックじゃ、メイベルもキツイでしょ?』

 通信が入り、けらけらと笑うかのような少年の声が聞こえる。ニッチェ・ナッツ軍曹。暴れ馬メイベル・コールマンとは官制幼年学校からの同期とのことだ。

 長距離からの狙撃を得意とする彼は、マークスマンとして数々の功績をあげている。アーサー王伝説から必中の弓の名をもじり、〝フェイルノート″とのあだ名がつけられている。

「ガルムツー及びガルムフォー両名、こちらガルムワン。私語は慎め。作戦中だ。以上」

『ガルムツー、了解』

『ガルムフォー、了解』

「はぁ……ったく」

 暴れ馬のメイベル、フェイルノート・ナッツ。軍部でも屈指のクセ者として知られるこの二人がこの隊にいる。凡百の兵ならば、配属されたその日に逃亡するだろう。

(ヴァンパイアスリー、リュウジ・マキヤ軍曹。フォートレス・リュウジ……さすが、この程度の騒ぎでは動じないか……)

 嵐の前の静けさ。そのようなことわざがある。彼は普段は寡黙で実直な男であるが、敵を眼前にすれば豹変する。その戦様はまさに嵐のようで、重装の機体からは想像もできない機敏さで敵に接近し、大口径砲であっという間に殲滅する。

 戦い方だけを見ればコールマンと似ていいるが、この男が暴れ馬と異なるところは、命令に忠実であり、嵐のような戦いの中にも理性を保っていることだ。このアドバンテージは、彼の敵機甲大隊をも殲滅するほどの実力と共に、彼を機動要塞たらしめている。

 その軍部でも選りすぐりのクセ者であり、エースパイロットばかりを集めた特務機甲小隊の長が、自分、カミキ・ミツキ少尉である。しかし、自分は彼らのように操縦手の育成を目指した機甲予科出身ではなく、幹部士官養成を目指す空軍兵学校の出である。これが意味するところは、自分は彼らのお目付け役ということだ。

 実力があるとはいえ、凡百の将校では手の負えない彼らをまとめ、作戦に従事させる。彼らの行動を監視し、上層部への評価書を定期的に作成することが自分の任務である。

 少数精鋭を率いるには、精鋭でなければならというわけであろう。座学成績は首席、運動能力も優秀な自分が選ばれたのは、妥当な人選と言える。

 ただ、それだけに。その決断には責任と力が生じる。間違いは許されない。

「全機、こちらヴァンパイアワン。プラントに各機分散し、乙字機動で接近、スプルースとの距離七〇〇で反転、急速離脱を行う。……ジャックをあぶり出すぞ。送れ」

『ガルムスリー……了解』

『ガルムツー、了解』

『ガルムフォー、了解。……派手に仕掛けてやりましょうぜ』

 メイベルが最後に付けた余計な一言に、項垂れる。呆れた声で、忠告する。

「ガルムフォー、こちらガルムワン。これは心理戦だ。敵にわざわざ攻撃させるようなことをするな。分かったか? 送れ」

『……ガルムワン、ガルムフォー。 その時はその時ですよ。以上』

「本当にわかってるのか、あいつ?」

 素早く通信を切り、そっとぼやく。そして、再び回線を開いて彼らへ指示を飛ばす。

「全機、こちらガルムワン。先頭よりガルムスリー、フォー、ワン、ツーの順に単縦陣で突入、敵機との相対距離二〇〇〇で各機分散、ガルムワン、ツー、フォーはマイクワンからスリーへと陽動を仕掛ける。ガルムスリーはそのままプラントへ接近せよ! 送れ」

『『『了解!』』』

 現在、実用化されているMAS用のライフルの内、最大射程を持つものは攻撃偵察機AU‐13コスモスカウターの五〇口径二〇センチメートル加速荷電粒子収束射出砲M‐52の最大有効射程距離二三キロメートル(尚、荷電粒子は太陽風などの影響を受けて偏向しやすい)である。

 だが、この砲は全長がMASの身の丈ほどもあり、一度の砲撃に五秒程度を荷電粒子の加速に費やし、消費電力も非常に高いため、ビーム兵器はエンジン出力が大きい攻撃偵察機や攻撃機、戦闘艦以外には搭載されていない。

 よって、現在主流のMASの主兵装は実弾のライフルである。今も装備しているが、我々CRAの機甲兵標準火器は一〇口径五七ミリメートルライフルM‐24である。有効射程距離は一〇〇〇〇メートル。無論、この距離にもなってくると人間の手動照準による戦闘はかなりの熟練者でないと難しい。

 そこで、CAS(戦闘支援システム)の出番である。

 CASによる射撃修正し、その修正データを基に迎角と仰角の修正を行うほか、脅威度順に敵機をランク付けし、次の目標の指示や背後から急接近する敵機の警告などの戦闘支援を行ってくれる。

 CRAがここまで勝ち進めたのは、MASという画期的な新兵器の影響もあるだろうが、CASによる兵士の負担減も大きいだろう。

 ともあれ、システムと火器とハードの性能が組み合わさって現代宙戦は成り立っている。

 その火器とシステムをもってして、こちらの有効射程距離は少なく見積もって七〇〇〇といったところだろう。しかし油断は禁物であり、敵は一〇〇〇〇を超えた時点でこちらを撃ってくると思っておいたほうがいいだろう。

「いいか、陽動とはいえ失敗したら次会うのはヴァルハラだぞ!」

 返事はない。だが、彼らの気迫は繋がったままの通信から伝わる息遣いで分かった。

 あるものは全くもって動じず、ある者は規則正しく呼吸を繰り返し、ある者は荒々しく追い詰めた兎を見て笑う狼のように、ある者は不規則に浅い呼吸を繰り返す。

「敵機との距離一〇〇〇〇! 全機、敵の攻撃に警戒せよ!」

 敵の有効射程圏内に入った。現在の機体のプラントリリウムとの相対速度は時速五七八キロメートル、最も近い敵機マイクツーとの相対距離は九七五六メートル。残り一分程度で近距離にまで近づくだろう。

「敵機との距離七〇〇〇! 全機攻撃用意。いつでも攻撃できるようにしろ」

『ガルムワン、こちらガルムツー。マイクツーを狙撃可能。送れ』

「ガルムツー、こちらガルムワン。狙撃用意、そのまま指示あるまで攻撃待て。以上」

 一分。たったの六〇秒程度ではあるが、人の時間感覚というものは気まぐれである。今は、たったの六〇秒でもぬかるんだ泥の中にいるかのように遅々として進まない。

 だが、その間にも見なければいけない情報は大量に出てくる。レーダーを確認し、CASから送られてくる様々な情報を確認しつつ、目視で敵からの攻撃に警戒しながら前の機体との速度と機体間距離、進路を調整する。

「敵機との距離三〇〇〇! 分散まで十、九、八……」

 敵との距離二四七三メートル。敵からの迎撃があってもおかしくない距離だ。この距離から撃たれれば必中、大きな損害は免れないだろう。

 だが、それでもそこを突っ切る! なぜなら、そうすることで敵の心理に大きな負担を与えることができるからだ。戦場で最も恐ろしいもの。それは、傍をかすめる銃弾でも、巨大な戦艦でも、ビーム兵器でもない。

 ただ、わき目も降らずに、一心不乱に突っ込んでくる一人の敵兵だ。飛んでくる銃弾を避けようともせず、体がズタズタになろうとも構わずに、銃剣先をこちらに向けて獣のような雄たけびを上げて突っ込んでくる敵だ。

 その姿は敵に畏怖を与えるだろう、えも知れぬ恐怖を与えるだろう。凡百の兵士が耐えられるような状況ではなかろう。

 ただし、突っ込む側にも弾を自ら受ける蛮勇、あるいは愚かさがなければならない。その点、この小隊の者ならば問題はないだろう。ある意味で愚かであり、野蛮で、悍ましいほどまでの力を持った奴らの掃きだめである。

「距離二〇〇〇!各機分散、ガルムツー、撃てッ!」

『ガルムツー、了解っ、と』

 前の二機が左右に離れ、自分もスラスターを吹かせて上昇する。最後列にいたナッツ機が手にしていた八二ミリメートル狙撃砲が激しいマズルフラッシュと共に弾丸を撃ちだす。真っ暗な背景にナッツ機の頭部アイレンズが炎を反射してキラリと不気味に光る。

『ちっ、外したッ!』

「了解、ガルムツーのバックアップに回る。ガルムスリーはマイクワン、フォーはマイクスリー、ワンはマイクツーを追え!」

『ガルムスリー、了解』

『ガルムフォー、了解!』

 それぞれが割り当てられた目標に向かって飛んでいく。俺は、すべてのスラスターを使い、機体を相手から見て反時計回りに大きく回転しているように見える回避運動、バレルロールで敵スプルース型の砲弾を避けつつ、正面から手早く近づく。

(逃げようともしないか……プラントを死守せよとでも言われているのか?)

 敵との距離が一〇〇〇を切る。搭載されたCASのFCS(火器管制システム)はこの程度の戦闘機動に遅れることなく弾道予測点を表示している。その動きをよく見ながら、バレルロールを止めて正面からの反航戦を仕掛ける。ロックオンを告げるアラートがなるが、構わず突っ込む。

「死ねッ……!」

 敵機コックピットハッチに向けて弾道予測点を手動で修正、重なったところでトリガーを引く。手にしたライフルが火を噴き、コックピットに激しい振動が伝わる。X字のマズルフラッシュと共に五七ミリライフル砲弾が敵コックピットめがけて突進していく。マガジンに混ぜられた曳光弾の緑色の線がまるでビームのようだ。

 最初の数発は外れ、命中した後の数発は跳ね返り、そのあとようやく敵コックピットに破孔が一つ空いた。そこに次々と砲弾が飛び込んでいく。みるみるうちにその穴は広がり、最後の砲弾が中のパイロットごとハッチを砕き、最後の一発が敵機を貫く。

「上出来」

 敵機の頭を右足で踏みつけながら言う。

『ガルムワン、こちらガルムスリー。マイクワンを撃破』

『ガルムワン、こちらガルムフォー。マイクスリーを撃破』

 フォートレス・リュウジの落ち着いた戦果報告の後に、満足げな暴れ馬メイベルの声が続いた。

「全機、こちらガルムワン。マイクツーを撃破した。敵機影は認められず。これで増援が来るだろう。すぐに離脱するぞ。以上」

『もう、みんな結局血の気が多いんだから』

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