第6話:スクランブル
格納庫に背中から進入し、ワイヤーで制動をかける。ガクンと衝撃がコックピットを襲う。
『じゃあな。また生きてあえるといいな』
ハッチが開き、アストレア大尉はコックピットからとっとと去っていく。俺は、その後姿を見ながらほっと一息つく。
そして、そっと両腕を抱いた。操縦席のカバーが開くが、俺はそのままでいた。
あの時、リリウムの第二四三機甲隊のコスモブラストが駆けつけてくれなければ、俺はあのCRAのMASのパイロットを殺していたのだろうか。
あの時の死の淵にいた俺だったら撃っていた。躊躇なくトリガーを引いていた。
そのまま、俺は人殺しになっていたのかもしれないのかと思うと、体の震えが止まらなかった。
その恐怖で、足が震えて力が入らない。だから、近づいてくる整備員たちにも気付かなかった。
『カトラス軍曹、もうご搭乗になられていましたか』
「……?」
カトラス軍曹と言われ、最初誰を指して言っているのかわからず、間抜けたように目の前の整備員を見つめる。
『軍曹、今はOSの最適化を行う時間はありません。システムの即時最適化を有効にします』
その整備員は、コックピットに半身を入れると、ノートパソコンのケーブルを接続させてなにやらシステムをいじりだす。
『軍曹、システムは現在、戦闘時に収集したデータをその場で適用させる設定になっています。ケーリー大尉の戦闘データが適用されていましたが、消去いたしました』
「あの……」
『どうかいたしましたか? 軍曹』
自分はその軍曹とやらではないと言おうと思ったが、言いとどまる。ここでそんなことを言ってしまうと、自分は誰なのかという話になる。それは、大変に面倒くさいことだ。
そんなことを迷っていると、格納庫内に放送が入った。
『プロト出撃作業どうなっている!』
その放送を聞いた整備員たちが、次々に機体から離れていく。目の前にいる男も、作業を手早く終わらせて、ノートパソコンを片付けて足早に立ち去ろうとする。
『では、ご武運を。軍曹』
言って、ハッチを閉めてしまった。ロックもかかってしまい、出られなくなってしまう。
「やるしか、ない…んだよな……」
機体を拘束しているケージがレールの上を滑り、第一の機密扉を通り抜けて赤いランプに照らされたエアロックに入る。
『カトラス軍曹、貴機の呼称はホテル2になります。現在、敵機は四機。いずれもZEKEです』
通信とともにディスプレイに敵機の情報が出てくる。
『武装はA装備、その他備考はありません』
左右の壁からライフル、予備弾薬、グレネード、ハンドガンを持ったアームが出てきて、それを機体が受け取って装備する。
『現在、第二四三機甲隊とケーリー大尉のTF-12が交戦中。プロトはこの戦闘に参加してください』
背後の機密扉が閉まり、エアロック内の減圧が行われてから、ついに目の前の機密扉がゆっくりと開いていく。
「……ッ」
差し込んでくる眩しさに目をしかめる。心臓の心拍が上がっているのか、息が浅い。ヘルメットのバイザーの強化プラスチックで白い波が現れては引き、現れては引くことを繰り返している。
『ホテル2、こちら管制。拘束解除、出撃準備よろし』
通信の向こうから先ほどの女性のオペレータではなく別の男の声がする。同時にケージの拘束が解かれて、機体がガクンと揺れる。
「……ハァ、ハッ……ッ!」
息を一度すべて吐き出し、一つ深呼吸をする。頼れる人はいない、死ぬかもしれない、自分の命は自分で守らなければならない、自分の力は相手に通用するのかどうかもわからない。わけのわからないうちに自分がこの機体のパイロットにさせられてしまった。
だけれども、逃げることは許されない。
頭の中で、自分が敵の攻撃で死ぬ映像が何度も何度も、様々なバリエーションで流れる。
「……ッ」
今は余計なことを考えるのはよそう。現実になっても嫌だ。
だけど、思ってもみなかった。
自分のことは自分でする。そんな当たり前のことが、こんなにも苦しいことだなんて。
思ってみたこともなかった。
「プロト……出撃します」
通信はしていない。聞く相手はいない。でも、一人そう呟いた。
「行くよ……」
右足をそっと踏み出す。スラスターが静かに陰極線を放ち、背中からそっと押されるかのようにして、俺は暗澹たる宇宙へと放り出された。
× × ×
「こーやって、空がいつものままだとなんかパーッといいことないかなーって思いますよねー」
ニック・ニクセンがコンクリートの地面に仰向けになって転がりながら、呑気な声で言う。
「おいニック、それってフラグじゃないのか? 嫌だぞー俺は。核が降ってくるなんてこと」
コスモブラストで作業をしているラッセル・マテリア地国連軍技術少佐が、上から投げやりな声をかける。
「先生も、単調な毎日ばかりが続いていると息が詰まってきませんか?」
「お前みたいなガキと違って大人は気負ってるもんがあんだよ。だから毎日が一生懸命なんだよ」
くるり、とニックが仰向けになったまま首だけを回す。
「その気負うものがないガキやってんのも結構つらいですよ」
「それも経験しなきゃいけない道ってもんだ」
ニックが口をとがらせて言う。
「ああ言えばこう言う……なんかテキトー言ってません? 少佐殿」
最後の一言に、ラッセル・マテリアがずっこける。
「そう呼ぶなよ……むずがゆくなってくるんだよ、それ」
苦々しい顔でラッセル・マテリアが言うと、ニックがにやりと意地の悪い笑顔を浮かべる。それはまさに、いいおもちゃを手に入れた子供のような笑顔だった。
「少佐、なんで少佐って呼ばれるの嫌なんですか? 少佐」
「ああもう、やめてくれぇ!」
ラッセル・マテリアの反応に満足したニックは、さらに畳みかける。
「少佐殿、少佐、主任、主任殿、開発主任殿!」
「あー、痒い痒い痒い!」
コスモブラストの肩の上で全身を掻く真似をするラッセル・マテリアを見たニックは、口を大きく開けて笑う。
「あー、面白い。久々にいいもの見ましたよ、少佐殿」
「いや、本気でやめてほしいんだがな──」
ラッセル・マテリアが言いかけたその瞬間、近くに建っているサイレンから不安をあおりたてるような警報が鳴り響いた。
「先生、これは⁉」
直後に、ラッセル・マテリアの携帯電話に着信が入る。
「はい、マテリアです。一体何が?」
『少佐、ZEKE四機編隊を捕捉。管区長より非常事態宣言が発令されました。現在、二四三機甲隊及びリベレーター機甲隊に出撃命令が出ています』
「分かった」
そう言って会話を切ったラッセル・マテリアの後ろからニック・ニクセン達機工科第三班の面々が不安そうな面持ちで彼を見つめる。
「先生……」
「非常事態宣言だ。シェルターに行くぞ」
「それって……」
生徒が言いよどむのを見て、ラッセル・マテリアは彼らが思うところを察する。
「ああ、敵が来る。下手したらここも戦場になるかもしれない」
言って、身の回りの荷物を整理しだす。が、ニックがラッセル・マテリアを悲壮な声で呼び止める。
「先生……レイがまだ……」
「……ッ!」
レイ・アマギはいまだに彼らの下に帰ってきていない。そして、彼らはまだレイ・アマギがプロトに乗って出撃したということも知ってはいなかった。
「……俺は二四三機甲隊の出撃作業がある。あいつは俺が見つける。お前らは先に行け」
「でも……」
まだ不安そうに残っている生徒に向かって、ラッセル・マテリアは言った。
「大丈夫だ。あいつと一緒に、シェルターで会おう」
「はい」
そう言って、機工科第三班の生徒はシェルターの方向へと走って行った。
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