第4話:潜入

「ここか?」

 プラント外壁を爆破して開けた穴から侵入し、内部を進むこと一時間ほど。プラント外への連絡用の機密扉の前に偵察隊隊員全員が集まり、その機密扉を見下ろしていた。

『そのようです、隊長』

「間違いないか?」

 問うと、答えた隊員がタブレットを見せてくる。そこには、作戦要綱などのデータが載っていたが、彼が指差したところに書いてあったものは、地国連のプラントリリウムの3Dマップデータだった。その中の一点が示されており、AlphaAttackPoint(第一攻撃目標)と書かれていた。周囲の構造物の特徴と、マップデータを照らし合わせ、そのポイントが現在位置であることを確認する。

「作戦第二行動へ移る。一八〇〇時丁度から予定通り溶断開始!」

『はっ!』

 この場にいる全員が自分の指示に従い、溶断機を用意したり、作業のために体を手近なものにロープで固定しようとする。

 この作戦の目的は、地国連軍側にいる諜報員から齎された、地国連超最新鋭MASの威力偵察である。その情報によると、我々の連合製MASの数世代先の機体であるとのことであった。

 そしてもちろん、そんな機体が量産化された暁には、戦局は大きく地国連側に傾いてしまう。そのため、その新型MAS、呼称『ジャック』のより正確な情報を得て、あわよくば奪取、または破壊を行うのが今回の作戦である。

 自分が長を務める突入隊の任務は、プラントリリウムの外部連絡用機密扉を溶断し、攻撃偵察型MAS、AU13『コスモスカウターMk.3』の突入進路を確保した後、AU13とジャックの戦闘を観測、その性能を見極めることである。

 ヘルメットのHUDに表示された時刻は、UST17:52:23であった。作戦第二行動、目の前の機密扉の溶断の予定時刻までしばらく時間がある。周りでは、なにやら雑談している雰囲気の隊員もいた。それを咎めようとするが、止めておく。今は、作戦の中で唯一の気を抜ける時間だ。それを奪うのは、酷というものだろう。

『カミキ・ミツキ少尉』

 そんな隊の様子をぼんやりと眺めていたら、自分を呼ぶ声がした。しかし、通信越しでしか会話することができないこの宇宙空間では、誰が、どこから話しかけてきたかを判別しづらく、キョロキョロと辺りを見回す。すると、背後に大きな通信機を背負った隊員がいた。彼は、この隊の通信兵だ。

「なんだ、ナッツ一等兵」

 声を返してやると、その通信兵はピシリと敬礼をしてから、手近な突起で体を固定しながら言った。

『はっ、本艦より通信です』

「デンドロビウムからだと?」

 俺たちが乗ってきた、戦艦デンドロビウムからの通信だった。今回、デンドロビウムは作戦指揮所の役割もしている。よって、そのデンドロビウムからの通信ということは、作戦に関することなのだろう。

『はい、今繋ぎます』

 目の前の通信兵が、タブレットを操作する。すると、わずかなノイズの後に、ヘルメットのヘッドセットから男の声が聞こえてくる。

「こちら、アサルトワン。デンドロビウム、聞こえるか」

『こちら、デンドロビウム。良好です、よく聞こえますよ』

「要件はなんだ?」

 文脈だけを見ると、全くもって唐突なその質問に、デンドロビウムの通信兵は文句ひとつ言わずに答える。

『はっ。先ほど、本艦がジャックと見られる未確認機体を捕捉いたしました』

「なに?」

 事の真偽を問いただそうとすると、通信の向こうでガチャガチャとなにやら物音がした。

『ジャックは我々が動く前に出てきてくれたという事だ。余計な手間が省けた。だから、戻ってこい』

 そして、出たのはエラン・ウェストン中佐であった。今回の作戦指揮を行なっている、俺たちの直属の上官である。

「ウェストン中佐。それは本当にジャックでしょうか? そう、機密機を簡単に出すでしょうか」

『真偽のほどはどうでもいい。確かなのは、奴が未確認機体であるということだ。よって、スカウターを帰還させ、MAS隊を出撃させる』

「なっ、我々が出るのですか⁉︎」

 そもそも、今回の作戦の目的はジャックの性能調査だ。だから、威力偵察を行う機体には、戦闘データを持ち帰るために、足が速く行動時間も長いAU13が選ばれたはずだ。しかし、俺たちの機体は、完全にMAS同士での戦闘に特化しており、逃走する際には、地国連主力MASスプルース型に追いつかれることもあるくらいである。

 ならば、なぜ、彼は俺たちのMASでの出撃を命じたのか。その答えは、すぐさま帰ってきた。

『今さっき、スカウターを向かわせたが、右腕部を損傷して帰ってきた』

「ならば、早めに撤退するべきではないでしょうか?」

 コスモスカウターがやられたとなれば、ジャックにはそれなりのスラスター出力と、撤退時に複数のMASの攻撃や艦砲射撃にも耐えられるように設計された、コスモスカウターの装甲を打ち破る兵装を持っているはずだ。

 それに、その戦闘によって地国連軍リリウム駐屯地のスプルース型も全て出てくるであろう。そうなったら、多勢に無勢だ。こちらのMASはコスモスカウターを除いて四機。対して、地国連軍側はコスモブラスト六機とジャックである。劣勢は目に見えている。

『だが、いかんせん収穫が少ない。まだ、議会に持って帰れるほどの成果は出ていないのだよ』

「しかし、奴はコスモスカウターを打ち破れる。それだけで十分ではありませんか!」

『君は、このまま帰って、臆病者と嬲られたいのかね?』

「うっ、それは……」

『確か君には、婚約者もいたな』

 頭の中で、彼女の顔が浮かぶ。このまま帰り、自分が臆病者と嬲られるのはまだいい。だが、彼女まで臆病者の妻呼ばわりされるのは嫌だ。

『なに、もう少しの成果を得れば良いだけだよ』

「分かり…ました……」

 そこで、通信が切れる。いつの間にか、隊の全員が自分の周りに集まっていた。

「我々は、直ちに撤収。デンドロビウムに帰還後、MASにて再出撃……ジャックと交戦する」

『はっ!』

 どんな無茶な指令よりも、どんな窮地よりも、何も疑わずに付いてくる、年上の部下たちの真っ直ぐなその声が辛かった。

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