第3話:新型試作機

「ほら、これ着ろ」

 そう言って、アストレア大尉は一着のパイロットスーツを放り投げてくる。既に、この部屋はプラント内の慣性制御システムを応用した重力システムの制御外であり、その宇宙服は宙をゆっくりと浮遊しながら俺の胸に飛び込んでくる。

「……ここまで来てなんですけど、やっぱり帰っちゃだめですか?」

 やっぱり怖くなって、一応聞いてみる。だが、アストレア大尉はまた意地の悪そうな顔をする。

「いまさら何言ってんだよ。新型MAS、見てみたいだろ?」

「はぁ……やっぱり」

 もう何度したかわからない、諦観のため息を吐き、大人しくパイロットスーツに着替える。ヘルメットを被ってから左右の腕に着いたスイッチを押してスーツの中に残っている空気を全て排出する。即座に、背中のバックパックから空気が供給され始める。

『じゃ、いくぞ』

 ヘルメットに内蔵されているヘッドセット越しにアストレア大尉と会話する。宇宙空間には大気が存在しないため、こうやって通信機を介してしか会話ができない。

「はあ、分かりましたよ」

『こっちへ来い。いいか、隠れろって言ったらすぐに隠れろよ』

 こくりと首肯してそれに答える。

『さ、こっちだ』

 それから十分ぐらいこそこそと隠れたりしながら三号バースに着く。アストレア大尉は特務で新型MASを輸送していると言っていた。つまり、その新型MASもついさっきここに到着したということだ。

『おい、あれを見ろ』

 アストレア大尉に指さされた方向を見ると、ガラス越しに一隻の巨大な宇宙艦が堂々と座していた。

『LHBBS‐184エリミネーター。わざわざ戦艦二隻、駆逐艦四隻もの予算を偽装してまで造られた、最新鋭艦だ』

「うわ、人はいないのに金はあるのかよ」

『ま、あるもんは使っちまおうって魂胆だよ』

 地国連には、案外余裕があるのかなと思う。しかし、わざわざ偽装予算を計上してまで造るとなれば、よほど秘密にしておきたいと見れる。やはり、俺が見てよいものなのだろうか。

 やはり、その戦艦の中に新型MASがあるらしく、アストレア大尉は俺を連れて戦艦のタラップへと向かう。途中、何人かとすれ違ったが、彼らは皆俺を他の整備士かなんかだと勘違いしたらしく、アストレア大尉に敬礼を交わして通り過ぎて行った。顔も、ヘルメット越しであるため、顔もよく判別がつかないせいもあるだろう。

『一応、言っておくけど。こっから見たことは、俺とお前の秘密な』

「わかってますよ。それくらい……」

 少し、拗ねたように言う。しかし、それは守らなけれならない。それは、俺の命が云々より、地国連側の未来に関わってくることなのだと思う。

 目の前の男は、こうやって少年のようにはしゃいでいるが、恐らくそれなりの考えが(俺の及ぶところではないが)あってのことだろう。

『おい、レイー。早く来いよー!』

 前言撤回、やはりこの男はただただ無邪気に、面白がっているだけなのだろう。民間人のMAS好きの少年。彼に新型MASを見せる、その行為にこの男はワクワクしているのだ。

 無邪気な少年みたいな人だ。そう思う。だから、これも少年心からなのだろう。だったら、その行為にいくらかの善意も見えるというものだ。

「はいはい、今行きますよ」

 だから、少し付き合ってみても、いいかなと思う。


『見ろよ。あれが試作機だ』

「これが……」

 固定具に拘束された、金属製の巨人。他の機体と全高も、全幅も変わらない。だけど、他の機体と違って全体的に山吹色と白が目立つカラーリング。そして、機体の節々に目立つ緑色の発光するライン、頭部で鈍く光る一対の碧色の目が、その圧倒的な存在感をひしひしと漂わせている。

 一目で、ただモノではない、と分かった。

「これが……」

『XM107、俺たちはプロトって呼んでいるけど、まだ名前すらついてない文字通りの試作機さ』

 今までの地国連軍のシンプルな開発思想とは打って変わった斬新なデザイン。明らかに量産を目的にデザインされていない。

『さ、こっちだ』

「あ、はい……」

 新型MASの勇姿に見惚けてしまい、アストレア大尉に慌ててついていく。

『いいか、俺がコックピットに先に入るから、お前は俺が合図してからサッと入れ』

「何でですか?」

『お前をメカニックだって信じ込ませるためだよ。メカニックがコックピットにいるままハッチを閉めちゃ、怪しまれるに決まっているだろ?』

「なるほど……」

 凄い、絶対にこの人は楽に生きるためには努力を惜しまないタイプだ……。

 それはともかく、アストレア大尉に手を引かれて、コックピットの開け放たれたハッチに足をかけ、半身を入れる。そして、じっと合図を待った。

『よし、今だ。入れ!』

 合図が出るとすぐに、コックピットの中に全身を入れる。それを見届けたアストレア大尉が素早くスイッチを操作してハッチを閉める。もう、後戻りはできない。

«BOOT UP SYSTEMS»

 今さっき閉じたハッチの裏の液晶ディスプレイにこのような文言が出てくる。

«PLEASE ENTER YOUR CODE»

『CPT5708ブルーフレイム』

 これが、アストレア大尉の軍の中でのコードなのだろう。つくづく思うが、民間人が聞いてしまっても良いものなのだろうか。

«SEARCHING YOUR CODE_»

 そう表示された数秒後、その真っ暗な画面に次の文章が出てきた。

«WELCOME CAPTAIN KALY・ASTREA»

 その直後、目の前のディスプレイが真っ白になり、格納庫の様子が映る。他にも、操縦席に付いているディスプレイや、左右のディスプレイにも機体状況、速度等々のパラメーターなどが映し出された。

 初めて見る、起動した状態でのMASのコックピットを見回していると、右ディスプレイに新たなタブがポーンッという音と共に出てきた。そこには、VOICE ONLYと書かれている。

『起動中のプロト!乗っているのは誰だ、なぜ勝手に起動させている!』

 ヘルメットのヘッドセットから聞こえてきたのは、焦った様子の女性の声だった。アストレア大尉は、緊迫しているようなその声に鷹揚に答える。

『今現在、プロトはアストレア大尉が稼働試験中でーす』

 少しおどけたかの様に思えるアストレア大尉の声に、通信越しの声ははぁ、と長いため息をつく。恐らく、そのため息には安堵半分、呆れ半分が混じっているのだろう。

『大尉でしたか。安心しましたが、勝手な行動は慎んでください』

『ゴメンゴメン。でも、実戦で使う前に、一度はテストしておかないといけないだろ?』

 こいつが起動した時、よっぽど緊張していたのだろう。女性の声はどこか魂が抜けているかの様な感じがする。それもそうだろう、超重要機密の試作機が突然起動し始めたとなれば、基地中が大騒ぎだ。

『分かりました。稼働試験ということで、今回は処理しておきます』

『ありがと、ナターシャ中佐殿』

『傷つけないでくださいよ』

 その声は、どこか諦めたかのような感じがする。

『それは、重々承知の上で』

『はぁ……』

 最後にため息ひとつついて、通信が切れる。これまでにも、この様なことは何度もあったのだろう。ナターシャ中佐と呼ばれた女性の声色がそれを証明している。本当に、子供の様な人だ。まるで、物語の中の主人公のような人である。

「自分より遥かに階級が上なのに、タメ口なんですね」

 ふと思ったことを口にしてみると、アストレア大尉がああ、といった風に言う。

『なに、階級があったって固く接されるのは、なんかむず痒いんだ。それに、戦場だと、指揮官に対して敬語なんて使っていると墜とされちまうからね』

 実に説得力のある説明だ。実際、この男なら戦場で指揮官の命令に対して怒鳴り返したりもするだろう。生死がかかっている場だ。効率的な方が好まれるのだと思う。

『さ、行くよ。レイ、宇宙に出たことは?』

「研修で何度か、宇宙服で」

『んじゃ、MASだと初めてだね』

 そう言って、アストレア大尉は足を動かして機体を前に進ませる──MAS及びMWの操縦は、パイロットの腕と足の動きを機体がトレースして行う。その為、パイロットは機体を操縦する際に両腕両足を操縦席に固定する──。アストレア大尉は操縦の為に前のめりに座っているものの、コックピットは狭く、俺はなるべく背後の壁に体を密着させ、背中を屈めながらなんとか固定させる。しかし、歩いていると振動が伝わってくるもので、ヘルメットがガンガンと壁や天井にぶつかり、脳が揺さぶられ、乗り心地は大変不快だった。

『じゃ、行くよ。宇宙に』

「はい……」

 機密扉が開くと、隙間から眩しいばかりの光が漏れ出て、思わず手で顔を覆ってしまう。

「わぁ……」

 黒地の布に宝石をまぶしたかのようだった。

 絶景だ。今まで、宇宙空間に出たことは何回かあった。しかしそれは、授業だったり研修だったりして、宇宙を意識したことはあまりなかった。

 だけど、今改めて見て思う。綺麗だ。願うことなら、自分のものにしてしまいたい。そう、この歳になっても素直に思えた。

『行くぞ、しっかり掴まってろよ!』

「わわっ⁉︎」

 アストレア大尉が、機体のスラスターをふかし、宇宙空間へと飛びでた。満天の星空に見惚れてしまっていた俺は、それに反応するのが遅れてしまい、壁に盛大に叩きつけられて目の前に火花が飛び散る。

「もう少し、安全運転をしてください!」

 叩きつけてしまった背中をさすりながら、抗議する。それにアストレア大尉は、はははと楽しそうに笑って答える。

『ゴメンゴメン、あまりに楽しそうだったから、つい。俺も興奮しちゃって』

「まあ、楽しいのは事実ですけど……」

『んじゃ、飛ばすよ!』

「え?え、え、ええー⁉︎」

 急な加速に驚いた俺があげた、情けない悲鳴は、音のない宇宙空間に遮られてしまった。

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